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IPEの種 12/25/2005

今や引退した世代が問われた(そして自問した)はずです.なぜ政府はアメリカや中国と戦争したのか? なぜナチスやファシストと連携し,テロによって権力を掌握した軍人たちが戦争を拡大し続けて,国民を苦しめ,残酷な侵略・犯罪行為にまで及ぶのを許したのか? と.同様に,私たちの世代は死ぬまで後続の世代に詰問されるのです.なぜ政府はバブルを放置し,不良債権を処理せず,バブル破裂後も長期にわたって経済を再生できなかったのか? 多くの銀行や企業が経営を過ち,大蔵省も日銀も経済運営の失敗を重ねたのか? と.私は学生に問われるたびに,正しい答えを求め,永久に,そのような研究や記録を読み,証言を聞くでしょう.

ピーター・タスカ『揺れ動く大国 ニッポン』やビル・エモット『日はまた沈む』,クリストファー・ウッド『バブル・エコノミー』,などを読んだとき,海外の金融ジャーナリズムの鋭さ,分析力・構想力に,ひたすら感嘆しました.なぜ彼らにはこんなものが書けるのか? 日本人にはできない? しかし,木村剛『小説ペイオフ:通貨が堕落するとき』(講談社文庫)を読んで,満足しました.むしろ小説(フィクション)として告発することは,日本人に向いているのかもしれない,と.

・・・住専7社の「審査能力はなきに等しく,母体行からの安易な紹介融資に頼るその姿は,金融機関ではなく,垂れ流しのパイプというべきものであった.」 そして,バブル崩壊で生じた不良債権は先送りされます.農協系統の金融機関が保有しているために,農林族の反対が強く,住専を潰せなかったのです.公的資金の導入は政争にまみれ,大蔵官僚たちは「実態を糊塗しながら国民を欺き,政策の中身をごまかしながら,現状をわずかずつ辛抱強く改善させていく」という苦行を強いられました.それが《金融村》を支配する掟であり,《日本》を導くために彼らが得ていた権力でした.手放すことなどできません.

バブルから住専問題,ノーパンしゃぶしゃぶ,不良債権処理,インターバンク市場の突然死,ジャパン・プレミアム,マイナス金利,銀行の株価下落,会計基準の見直し,自己資本規制,国債格付けの低下,大蔵省改革,金融庁,公的資金注入,ゼロ金利から量的緩和,流動性の罠,公共投資,2000円札,地域振興券,国債発行残高の累積,国債の日銀引受け,マル優廃止,破綻銀行の外資への売却,投資組合,競争入札,スイスの秘密口座,瑕疵担保特約,モラル・ハザード,デリバティブ,外債投資,インターネット・バブル,金融詐欺,逆ザヤと生保破綻,調整インフレ,世界デフレ,ヤクザと脅迫,貸し渋り,割増金利の大口定期預金,セイフティー・ネット,ペイオフ延期,金融幹部の過労死,あるいは暗殺,ヘッジファンド,円安促進,過剰流動性,キャリー・トレード,中東紛争と石油ショック,円暴落,ドル化,キャピタル・フライト,インフレーション,長期金利上昇,ボルカー・ショック,実質債務切捨てによる財政再建,あるいは,・・・《国民の成熟度》

論争や改革の背後にある金融政策の意思決定と銀行,地方の景気や雇用,次の選挙,政権・政局,政党と政治家,アメリカや国際市場の影響,経済学者・評論家,マスコミ,世論,などの相互関係,そして個人の打算と情念が《フィクション》として説得的に描かれます.それらが一連の真摯な動機と模索の末に選択され,意図した効果であれ,意図せざる結果であれ,さまざまな副作用や連鎖反応,激しい反動を生んで《日本》を変えて行きます.土手の小さな穴から洪水が起きるように,辺境の些細な破綻から始まって,《金融村》の慣習や伝統的な合意,行動規範は崩れ,《大蔵省》や《日銀》の合理的な判断,党派的な利害を超えて,不安に駆られた経営者や投資家が強大な市場圧力を生みます.日本の舵取りは方向感覚を失いました.

・・・「粉飾決済や違法取引なんて,どこでもやってることだ.」 破綻した銀行の専務は,外資に売却された後も銀行で雇われ続けるために,公的資金を使って不良債権を増やし,買収相手の取引を有利にします.大蔵省や日銀がチェックしても,資料を隠し,改ざんし,不良債権をダミー会社に「飛ばし」まくったのです.個人の利益が,国民の税金を無駄にすることで膨らむ仕組みを許す限り,彼らは自分たちが利巧で,政府が愚かなのであり,誰でも合理的に不正を行ってしまう,と詐欺行為の正当性を強弁します.

『小説ペイオフ』は,日本国《金融村》を旅して帰国した鬼才が描いた現代の『ユートピア』です.アルゼンチンと日本を比較したい,というゼミの学生に薦めました.インターネット上でここまで訪ねてくださった「果樹園」の読者なら,年末年始に読んでみてはどうでしょう.

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