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IPEの種 12/18/2005

日曜日の夕刻,報道番組では,北朝鮮への帰国運動により日本を離れた在日朝鮮人や日本人妻の軌跡が紹介されていました.他の番組では,将来の国づくりに希望を託して投票所に集まるイラクの人々が紹介されていました.多くの人々にとって,幸せな生活を実現する条件が失われたとき,それに抗って生きることは難しい,多分,まったく不可能なことなのです.

国際政治経済学(IPE)は,現代の「帝国主義論」であると思います.また「構造学派」(そして「構成主義」)や「民主化論」(あるいは,エンパワーメント論)でもあるでしょう.IPEはアダム・スミスやJ.M.ケインズの思想を継承していますし,さまざまな社会主義的理想も,その他の理想と同じように,選択可能であると思います.時代の課題に応えて形成された主要なイデオロギーは,現実の変化とともに変容し,新しい社会的理想や政治目標を示す限り,すべて生き続けるのだと思います.

「世界都市には,グローバリゼーションの頂点と底辺が集まり,その生活空間を共有する.都市は革新の社会的容器であり,都市暴動は溶鉱炉である」と,私は学生たちに教えました.香港で開催されたWTO閣僚会議には,世界貿易や情報サービス産業,技術や知識,ビジネス・モデル,政府の規制や産業補助金,政策の自律性,などをめぐる,世界的な生産と投資に関するルールについて関心を持つ政府,企業,市民団体,などが集まりました.香港そして中国の民主化運動も,その存在を世界のメディアに訴えます.

そんな中で,週末にお二人の話を聞きました.まず金曜日には,吾郷健二先生が研究会で報告されました.債務危機後にメキシコを支配した「ネオ・リベラリズム」が,貧困解消や雇用創出には役立たず,結局,アメリカ資本によって自動車産業や銀行業を支配されてしまった,というお話でした.一部には新しい農業ビジネスが栄え,豊かになったものもいます.サリナス以後の大統領は,アメリカの大学で経済学を学びました.現大統領のフォックスはコカ・コーラのメキシコ支社長でした.しかし,多くの農民たちは土地を失い,都市へ,アメリカへと流れて行ったのです.

雇用や賃金,分配率,さらに環境破壊や民主化などを見れば,NAFTAは失敗だった,というのが吾郷氏の結論です.しかし,そうでしょうか? むしろ,NAFTAは幻想だった,と言うべきではないか,と思いました.そして,「ネオ・リベラリズム」はイデオロギーに過ぎない,と.

もしNAFTAが成功していたら,メキシコはむしろアメリカにますます似ていたはずです.アメリカのように豊かになれる,と考えることが,間違いだったのでしょうか? なぜ東欧諸国はEUに加盟し,中国はWTOに加盟し,成長するために改革を続けているのに,メキシコはそうではないのか? GMもシティバンクも,ウォル・マートも,なぜメキシコでは貧困や搾取を意味し,アメリカでは最強国の経済発展に貢献するのか? 保護政策が維持されれば,メキシコも韓国のように工業化できるはずだった? 何が経済発展を妨げたのか?

私は,ナショナリズムと市場統合を思いました.多国籍企業を批判し,権力の濫用を批判することは当然です.しかし,もし貧困や失業を減らし,不平等の対策としても有効な政策があれば,GMであれ,シティバンクであれ,メキシコ政府と協力できるのではないか? と思います.メキシコの農業が改善できなければ,また,インフラや教育,政治システムが改善できなければ,NAFTAの「理想」は実現できません.

最適通貨圏論が主張するように,ショックを調整し,需要の変動を政策的に吸収するには,それにふさわしい地域を統合することが重要です.メキシコがアメリカになるか,アメリカの南西部がメキシコになるか,市場統合と移民,選挙により,いずれの過程も進むでしょう.かつて帝国主義論や構造主義が持った意味を,グローバリゼーションに対して主張するには,何が必要でしょうか? 私は,リベラリズムの理想も,権力批判や地域の自律性,多様な社会的価値も,ともに実現できる社会を望みます.

土曜日には,AMネットの神田浩史さんが「フェア・トレード」について学生たちに話してくださいました.特に,Oxfamの問題提起と政策論に感銘を受けました.グローバリゼーションによって食糧や富が増えるとしても,社会には公正さが欠けています.世界人口の8分の1,すなわち8億人が飢餓に直面しているとき,他方で,私たちは大量の食糧を輸入し,さらに,その多くを残飯として捨てています.

もし理想的な社会が実現可能であるとしたら,それは具体的な試みとして,既にどこかにあるはずです.歴史や世界を見渡せば,さまざまな社会モデルが模索され,試みられてきました.そして,現在も世界中で模索は続いています.フェア・トレードが何でありえるか,まだ分かりません.中間搾取を排し,直接生産者により大きな分配,安定した収入をもたらす仕組みが,たとえ世界貿易の1%でも存在してほしいと思います.緊急援助として始まった国際的な支援組織が,援助漬けの問題を意識し,地域の自律支援や開発協力に移行してきた,というのは説得的です.

その背景には,「最適技術論」や生産・流通の「最適規模」があります.地域のエコロジー循環や温暖化防止など,WTOを批判するため香港に集まったNGOの多くがさまざまな基準を示し,各地の政府も議論しています.たとえ原発や化石燃料を拒んでも人類は死滅しないでしょう.自動車に乗らなくても,インターネットを観なくても,社会が崩壊するわけではありません.神田さんが示唆したように,グローバリゼーションや自由貿易を拒むことはないが,世界には並行したルールも存在し,選択できるほうが良い,と思いました.

みずほ証券の間違った売り注文を市場に流した東京証券市場も,それを買った機関投資家や個人も,社会的な非難にさらされます.非常時の緊急措置や,機関投資家から「利益」を拠出させて「基金」とする政治的?収拾策が取られても,根本的な説明や方針を《政治》が何も示さないことに不満を覚えます.・・・耐震強度偽造問題を,税金の投入ではなく,建設業界の補償基金設立で解決できないでしょうか? ドイツ政府と産業界がナチスの犯罪に対してユダヤ人に補償したように.政府は公的基準を明示し,建設業者は建築確認書を公開して,買い手に確認できるシステムを構築するべきです.

国際通貨制度改革論や,移民政策,国際移民システムの構築は,グローバリゼーションを制御し,改善します.それは間違った政策判断や望ましくない社会的帰結に人々が反対する基礎をなし,政治的な介入と新しい制度化を求める社会の声に応える試みです.優れた社会においては,さまざまな弱者も,幸せに暮らすことができるでしょう.

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