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IPEの種 11/28/2005
デニス・レヘインの小説,『闇よ,我が手を取りたまえ』を読みながら,アメリカで暮らすのは大変だ,と思いました.「なんて狂った世の中だ.」
アメリカ人は,なぜ犯罪や精神分析,経営学,選挙分析,・・・に熱中するのか? 優れたコンピューターや,優れた制度があれば,社会の中でも恵まれた知性を持つ人々が消耗されるべき分野ではないはずです.ジェームズ・トービンは,かつて,自分の優秀な学生たちが金融ビジネスに吸収されてしまうのを嘆いたそうです.社会的モラルを信じる,優秀な人々が,刑事や,ハードボイルド小説の私立探偵となって,サイコパスを経た快楽殺人犯を探すしかないとしたら,同様に,悲しいことです.
「撃たれた司祭と,私の人生に不意に現れた連続殺人犯と,旧ソ連圏で行われた最近の《民族浄化》や,ここからほど近い中絶クリニックを襲撃した男や,ユタ州で10人を殺害してまだ逮捕されていない別の連続殺人犯とは,まったく関わりがない.」
「だが,ときおり,関係があるような気がする.」 ・・・ 暴力,人殺し,戦争を好む人々.
レヘインは書きます.不意に暴力を振るう人間.飛行機を爆破し,幸せな家族を皆殺しにし,地下鉄に毒ガスを流し,無力な人質を殺し,・・・振られた女性に似ていたというだけの理由で見知らぬ女性を殺す人間.毎年,多くの子供が行方不明になり,売られたり,奴隷にされたり,殺されたりしています.・・・人を殺すとき,他人の命を支配し,全能になったような気がする.その刺激と快楽を求めて,殺人を繰り返す.殺人とセックスは似ている,と.
「自分の死を受け入れたかのような,うつろな目をしていた.・・・以前に見た,アウシュビッツか,ダッハウか,ボスニアの女性の写真を思い出した.」 あるいは,日本軍が切り落とした人間の首や,アメリカ南部でリンチによって木に吊るされた死体,南米の独裁者が殺した大量の市民,幼い子供の首を握りつぶし,人体を切り取って飾る「異常者」たち.・・・こうした「犯罪」はどこから来るのでしょうか? 人間は,恐怖と快楽を一気に膨張させるDNAを持っている?
かつて,私は韓国のご婦人に質問されました.「なぜ日本人はあれほど残酷なことができたのですか?」 アフリカ各地からモロッコに集まり,100キロ沖のスペイン領カナリア諸島に密入国を目指す人々を写したドキュメント「密航者たち」を観ました.金品を奪われ,レイプされても,従うしかありません.戦争だけでなく,資本主義的な競争と格差が人間を狂わせる,と私は思います.資本主義と精神分裂は,フロイト左派やフランクフルト学派のテーマでした.
ポリー・トインビーは『ハードワーク』で書いています.「コールセンターや電話セールスの現場は現代の奴隷船だ.労働者が鎖ならぬヘッドホンでデスクに縛られている.」 それは労働の成果ではなく,偽りの情報による競争である.誰にも生産的な価値などもたらさない,と.正社員は解雇され,不定期・低賃金の派遣労働者が増えます.彼らは長時間,わずかな報酬のために拘束され,不安定で,それゆえ最悪の労働条件にもしがみつくのです.共稼ぎで,すさんだ公共住宅に集まり,子供たちの学校が荒れていることを心配しています.
団地に問題を起こす家族や住人が入れば,社会秩序の微妙なバランスは崩壊し,もう誰も花を作ったり,階段を掃除したり,壁を洗ったりしません.ロシアから来た会計士は,英語が最悪で,毎晩寝る前に百科事典を読んで勉強しています.彼は,患者を運ぶ臨時雇いのポーターです.いつか病院の経理部門で働きたいと言っていたが,「ここには上のレベルに上がる梯子もなければ手助けもない」とトインビーは書きます.かつては労働組合が強かったイギリスも,証券マンがもてはやされ,今や,不定期労働と貧困者層の国です.
ピーター・F・ドラッカー『ネクスト・ソサエティ』の論説は,こうした資本主義の衰微を予見します.「私はアメリカの経営者に対し,所得格差を20倍以上にするなと何度も言ってきた.これを超えると,憤りと倦怠が蔓延する.私は1930年代に,余りの不平等が絶望を招き,ファシズム,全体主義に力を与えることを心配していた.残念なことに,心配は当たった.」 「資本主義と社会主義を超えるものとしては,年金基金や投資信託を通じての所有権と,コミュニティーのニーズに応えるものとしてのNPO活動を包含する何ものかということになる.」
ドラッカーは,都市においてコミュニティーを再建せよ,と説きます.それは,自由で任意のものでなければならず,それでいて,都市社会に住む一人ひとりの人間に,自己実現し,貢献し,意味ある存在となりうる機会を与えるものでなければなりません.
しかし,新しいコミュニティーが生まれる前に,海外の政治的混乱で日本への移民が増えるかもしれません.そのわずかな増加がさまざまなタイプの「国粋主義者」を活気付かせ,各地に自警団がうまれるとしたら,ここでも資本主義は滅ぶでしょう.レヘインが描いた小説の中の殺人狂たちは,地域の自警団として,人殺しの味を覚えたのです.
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