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IPEのタネ 12/27/2004

押井守監督のアニメ映画,『機動警察 パトレイバー』と『攻殻機動隊』を観ました.アトムやゴジラを経て達成された,宮崎駿,大友克洋などとともに彼が示す日本アニメ=怪獣映画の新しい水準に,私は改めて感銘を覚えました.

そのモチーフは都市(文明化された生活)の不安,そこから生じる「都市伝説」です.繰り返し,都市の現代と過去が対比され,その断絶が描かれています.そんな都市に生きる人々の孤立感,喪失感を養分にして,「都市伝説」は育ちます.押井氏のアニメ作品は,都市それ自体の生命やその物語として,文明の苦悩や悲鳴を映像化しているように感じます.いつ,どこにおいても,発達した文明はその住民や自然に大きな負荷をもたらし,善良な弱い者から,その心を傷つけ,病や狂気で蝕みます.やがて,文明自身も死滅へと向かうのです.

レイバーと呼ばれるロボットが奴隷労働者として都市インフラを築く近未来の東京で,エホバと呼ばれた男,帆場英一(E.HOBA)がMITで開発したソフトは,レイバーの操作性能を著しく増強しました.ソフトはその非常な優秀さにより急速に普及しますが,そこに組み込まれたウィルスが感染を広げて行きます.そして終末への超音波が生じるとき,8000台のレイバーたちが一斉に狂い,都市文明すべてを破壊するに至る計画が進行します.その成功を確信した「犯人」エホバが「箱舟」と呼ばれる巨大建造物から飛び降りて自殺した後も,彼の「犯罪」は生き続けて,誕生のときを待っています.

あるいは,優れた女性研究員である岬は,癌で逝った彼女の幼い娘を愛しむ余り,バイオテクノロジーの先端的な技術を駆使して,細胞分裂に限界のない生命体に娘を移植します.その細胞は増殖を続け,遂には「怪獣」となって人を食らい,都市を破壊するに至りますが,彼女は自分の「娘」を生かし続けたい,そして「娘」とともに死にたい,と願って止みません.彼女をこの世にとどめる者は,余りにも少なかったからでしょう.

「犯人」たちは,高い知能を持ちながら,都市の暗さと労働の孤独,人としての弱さによって狂人となります.そして,彼らの弱さを犯罪とみなす社会に対して,意図的に,あるいは意図せずに,大規模な復讐を企てます.もちろん(?)現実には,その復讐が成就する寸前で,彼らの肉体だけでなく精神も破滅し,都市の狂騒が易々と彼らを呑み込んでしまうのです.しかし,都市伝説は生き続けます.

ふと,私は感じました.TVのワイド・ショーやニュース番組では爆笑や細切れの映像の中に消し去られているけれど,何かがいるのではないか,と. ・・・人類の乾燥標本を展示するような,毎日のありふれた記録にも,そのすぐ裏まで,本当の狂気が爆発寸前でせりあがって来ている,という鮮烈なイメージ.文学や思弁に比べて日本のアニメが優れているのは,こうした複雑な社会的メッセージを,その細部にまで鮮明に視覚化する力です.

パトレイバーたちが危機を回避できるのは,政治家の英断によってではありません.レイバーによる都市建設を加速した同じ政治家たちが,「自然現象で崩壊したのであれば,仕方ないな」という口実で,プロジェクトの破壊を正当化できることに満足したからです.また,母親との記憶を餌におびき寄せた「怪獣」を,封鎖したスタジアム内で焼き殺し,危険なテロ事件として隠蔽する者たちこそ,その発端となった生物兵器の開発を委託した日米の軍隊です.「犯人」をめぐるこの複雑な設計は,ヤング・アダルトたちに向けた先端空想科学=怪獣・ロボット・アニメ映画に,複雑な奥行きを持たせます.

・・・両親や家族と中華料理を食べるため家を出た私は,大阪に向かう電車に乗って,生駒山の斜面を埋め尽くす,菌類のような住宅群を駆け抜けました.そして降り立った駅前は,ネオンと騒音に包まれたパチンコ店が競い合う(電子ではなく)原始の空間でした.自分が子供の頃に親しんだ大阪とは,どこか本質的に違う,暗い印象を持ちます.それは・・・

帰宅してから,少し始まっていた『攻殻機動隊』を観ました.この話の主人公たちはサイボーグです.彼らがロボットではなく人間の側にあるのは,身体も知能も完全に取替え・拡張可能な人造物でありながら,神経の一部に脳髄と固有の記憶らしきものを残しているからです.しかし彼らも,電子空間上のプログラムや情報と生命体の遺伝子情報が混じりあった世界にさ迷う「生命」です.だからこそ彼らは,自分が本当にまだ「生命」であるかどうか,不安を感じています.

映像の舞台は,『ブレード・ランナー』と共通する無国籍な都市,水没し始めた香港を思わせる近未来です.そのころ,ヒトは電脳化と擬態化の技術を駆使したサイボーグたちを組織し,電子世界に潜む「ゴースト」(自律的な擬似生命型電子プログラム)の探査,抹殺に全力を注いでいます.なぜなら,もしそれに失敗すれば,逆に,人間がコンピューターの奴隷になるからです.

・・・2059年,崩壊が進む大阪の町を,レイバーたちが徹底的に破壊,再建します.バイオテクノロジーで演出された人造の自然により中ノ島や御堂筋を彩るGMパラダイス社,若年化治療や人工身体で若返り,擬似空間で思いのまま犯罪やSEXに耽る裕福な「老人」クラブ,安価な排卵=受精=栽培キットで「少子化」問題を解消する快楽製薬付属幼稚舎,クローン世界基準を満たす科学者や財界・政界の「指導者」たちをコピーし,危機に陥った国に供給する権限を持つ遺伝子世界バンク,などが現れます・・・

・・・辺境への奴隷狩りやレイバーの利用範囲は急速に拡大し,システムの地代に拠って暮らす有閑階級が増え続けます.しかし,電脳化したサイボーグへの変態によっても「生命」として解決不可能な問題に直面した者には,それにふさわしい形で解決を求めます.すなわち自殺や決闘,戦争を実存ゲームとして認めているのです.大阪も,こうしたプログラムや遺伝子情報を配列・抹消する「ゲームのルール」が支配する新世界秩序の一部となり・・・

ほぼ同じ頃,宮崎駿監督の『ラピュタ』や『未来少年コナン』がTV放映されていました.宮崎氏の作品は,同じ不安に対して,それを跳ね返す力を描こうとします.作品に登場するのは,原初的な生命力を持った少年や少女たちです.文明の劣化や,死滅へ押し流される大人たちに抵抗し,希望に至る道は,子供たちが発揮する原始の生命力にあるだろう,というメッセージです.

・・・子供や仲間と,真摯に,そして無償で向き合える人々がいる限り,文明も変わりうる,と思いませんか? あなたの都市には元気な子供たちがいるでしょうか? あるいは文明の壊死が広がり,監視カメラや暗証番号,深夜だけ働く移民労働者,休日でも子供の歓声が湧かない住宅地,朽ちた遊具と雑草に沈む児童公園,輝きを増す夜の遊技場,スタジアム,ストア・・・

来る年(都市)が,繁栄するロボットやゲーム機,死滅する危険に耐えている生物種だけでなく,私たちにとっても良い年(都市)になりますように.

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