*****************************

IPEのタネ 11/22/2004

自宅のすぐ近くで,幼女誘拐・殺人事件が起きました.小学校1年生の少女が誘拐され,殺害・遺棄されたのです.犯人は捕まっていません.ブッシュ再選を促した寓話「セキュリティー・マム」を思い出します.私たちの関心は萎縮し,保守化します.恐怖は,社会・政治的な意識の広がり,もしくは,想像力によって得られた私たちの理解や共感を奪い,土着の信念や偏見,狂信に回帰させます.

森嶋通夫の『イギリスと日本』『続イギリスと日本』を2回生と読んでいます.森嶋は「イギリス病」に関する安易な批判を退けて,むしろイギリス型の資本主義を応援しているように見えます.たとえばイギリスの大学は金儲けに冷淡で,産業界の指導者を生み出さなかった,という非難に抗して,だから学問の発展に大きな貢献をした,と考えます.住宅政策によって衰退する地方や緑を守り,衰退産業を国有化して雇用を維持したことは,経済成長よりも福祉国家を選択した,それは「政治的意志の問題」である,と考えます.何でも経済効率や収益率,成長率で測れるものではないのだ,と.

先週は,フリードマンの『レクサスとオリーブの木』を3回生のゼミ生が報告しました.この本はグローバル化とローカル化とを適度にバランスさせて,グローバリゼーションが維持できる状態を期待している,というわけです.またフリードマンには,それをアメリカ社会として理想化します.・・・文化のバランス? コスモポリタンと国粋主義とがバランスするのでしょうか? 学生たちは,グローバリゼーションの行く末と,日本や自分自身の文化について議論していました.

1回生への講義「経済の歴史と思想」では,ちょうどグローバリゼーションについて,4回分の講義をしています.私のメッセージは,たとえ困難ではあっても,理解と参加を,すなわち「グローバリゼーションについての正しい理解」と「富を創り出すこと(そして富の分配と共有方法を決める政治)への参加」を求めることでした.@社会は存在する.グローバリゼーションとは,社会が世界化しつつあるという事実です.Aこの事実を動かすメカニズムや法則を,正しく理解することが必要です.Bグローバリゼーションに対抗する政策手段や制度を鍛えなければなりません.

「望ましいのは大きな政府か,小さな政府か?」とゼミ生たちが議論する中で,「政府は何をするのか?」という質問を受けました.私は,「インフラ投資と,社会保障と,戦争であろう」と答えました.あるいは,世界経済で生き残るためにイギリス労働党が採る唯一の政策は,「教育,教育,そして教育」,すなわち人への投資である,とブレアは主張しました.そのために,他の支出は節約しようとします.そこには経済競争だけでなく,社会的結束(もしくはコミュニティーへの帰属意識や忠誠心)という目的もあるでしょう.

「人権教育」として移民問題を教えるために,デレック・ヒーターの『市民権とは何か』を読んでいました.その中で市民と帰属意識に興味を持ちました.市民権・意識の範囲は,なぜ変化し,どのようにして決まるのでしょうか? ルソーは,民主主義への期待と一般大衆への不信との間で,その対立した関係に苦しみました.政治に参加する市民には十分な時間がなければならず,それゆえ資産を保有していることや,利益の点で社会や国家を代表していることが重要でした.しかし市民がより大きな公共心を持ち,国家に対する永続的な忠誠心を持たなければ,政治は機能しません.マキャベリもルソーも,それは市民が兵士としての役割を果たすことで得られる,と考えました.

他方で,世界的な移動性は領土的国家への忠誠心を失わせるかもしれません.グローバリゼーションは自由移民論を現実の選択肢に含める水準へ達したようです.N.ハリス(N. Harris, Thinking the Unthinkable, 2002)では,移民自由化に関してThe Economistとイギリスの左派の意見が完全に一致しました.それは,産業革命がもたらした穀物法撤廃運動のように,グローバリゼーションにより反・土着派(国粋派)の政治同盟が形成される瞬間です.

大学院の演習で取り上げたベンジャミン・J・コーエンのOrganizing the World’s Money は,その後の国際金融の変化を意識したGeography of Moneyと何が違うのか? という話になりました.国際通貨制度の問題を理解する点で,私は前者が劣ることは何も無い,と考えました.しかし,コーエンはストレンジと違って,市場への参加による世界貨幣と世界市民の誕生を期待します.領土的な支配する国家に変わって,金融秩序と世界統治の問題は,次第に投資家たちの発言を直接に反映するようになるだろう,と.

オランダのイスラム教徒による殺人事件によって,どれほど進歩的な,超近代的金融サービスや社会福祉に依拠した市民社会でも,新規で異質なものへの寛容さや自由を急速に失い,市民についての意識も縮小させています.これは後退でしょうが,政治は政治的な現実を反映しなければなりません.世界には,超リッチな階層もいれば,底辺を流浪する階層もいます.富によって動く,文明の「巨大な車輪」を回すのは,強欲なのか公共心なのか? ブッシュの戦争による死者の数は何人か? 戦争の敵や味方として,虐殺や解放として,ブッシュ政権は誰を数えているのでしょうか? 基本的な質問に対しても,「科学的な」正しい答は見つかりません.

私たちは何を美しいと思うのか? また,なぜ泣き,なぜ笑うのか? 誰にも,それぞれ,自分のアイデンティティーがあります.だから社会に参加し,文化を共有しながらも,自分たちの人生が進む道を理解し,自分の生活に充実した意味を感じることが重要なのです.たとえグローバリゼーションにおいて,それが非常に難しくなるとしても.

私は学生たちに話しました.移民労働者を差別しない社会を作るには,A)まず自分がまじめに働くことです.自分の仕事に誇りを持った社会であれば,たとえ国籍や出自が異なっても,同じ条件で仕事を競い合うことを正しいと思うでしょう.そして,B)社会的な移動性と個人による改良が活発な社会です.居住や職業選択の自由,一般に,地理的移動,社会的地位の上昇,制度的な革新が十分に実現できる社会です.最後に,C)所得格差を効果的に(人々の活力を削ぐことなく)抑制している社会です.たとえば,公共的な必要が広く満たされているために,最底辺で社会に参加し,働く者であっても,平穏で豊かに暮らせる社会です.

アメリカも,中国も,日本も,それぞれが特有の文化を持つとともに,それぞれの内に多くの異なった美意識や考えがあります.たとえその政策を政府が代表しているとしても,私はそれを虚偽意識に固定してはいけないと思います.やがて日本が「イギリス病」を経験する日も来るでしょう.国際収支危機,弱い円,高率のインフレーション,低成長,低生産性,失業,労働争議,などです.それでも森嶋にとって,イギリスは魅力的な国でした.学園祭で休講の期間,城崎温泉での卒論強化・カニ合宿へ行って,すこし考えてみます!?

*****************************