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IPEのタネ 10/18/2004

今年のThe Economistによる世界経済サーベイはThe dragon and the eagle (The Economist, October 2nd 2004) でした.「中国が目覚めれば,世界が動揺する」とナポレオンも言ったように.

世界の成長率は5%という予想を越える高水準を維持しています.その理由は,二つのハイオク・ガソリン,<アメリカの消費ブーム>と<中国の投資ブーム>を注ぎ込んだからです.中国経済の規模は,既に購買力平価(PPP)で見て世界第二位であり,成長や貿易,直接投資先に占める役割はさらに重要です.新しい世界の工場として,中国はコピー機,電子レンジ,DVDプレーヤー,靴の世界生産の3分の2を占め,デジタル・カメラの半分以上,パーソナル・コンピューターの5分の2を生産します.

しかしこの二つの機関車には内部に問題があり,互いがそれを一時的に庇い合っています.アメリカはITバブルの破綻による(日本型)デフレの危機を恐れる余り,低金利を長期にわたって維持しすぎた,と批判されています.人々は株価や住宅価格の上昇を期待して貯蓄を止め,消費に耽っているからです.他方,中国では投資ブームや不動産バブルなどが心配されながら,それにふさわしい金融引締めが行われていません.人民元とドルは為替レートを固定し,アメリカの金融緩和が中国にも波及する事態を変えようとしないのです.むしろ,為替レートを固定するためのドル債券購入が,二つのハイオク・ガソリンを供給し続けています.

この特集記事は,技術革新の波及とキャッチ・アップ過程が,中国の豊富な労働供給によって,長期にわたる高成長を今後も可能にする,と基本的に楽観しています.中国の潜在的な成長率は7〜8%である,とIMFも認めており,PPPによるGDPは2020年でアメリカを超えます.市場為替レートでも2016年には日本を超えるでしょう.それは金融市場の激しい動揺もともなうかもしれませんが,かつてアメリカがそうであったように,長期的な成長は損なわれません.

むしろThe Economistの重視する問題は,中国のもたらすデフレ懸念やインフレ要因に対して,主要国の金融政策が十分な分析と判断を準備できていない,ということです.大統領選挙の始まった頃,中国からの安価な輸入品によって,アメリカはデフレや失業を輸入している,と激しい論争が起きていました.しかし,選挙の終盤では,中国の過熱した経済と石油需要が,アメリカのガソリン価格を高くしている,と非難されています.金融政策は,株価や為替レートではなく,インフレを抑えるためにだけ使われるべきだ,とグリーンスパンは主張します.しかし,世界の他の中央銀行は住宅価格や金融資産,為替レートに,もっと注意しています.

通念とは異なり,貿易や雇用をめぐって工業諸国が多くの利益を受ける,と考えられます.中国が世界市場に参加することでもっとも損失を被るのは,同じような軽工業製品を輸出している貧しい発展途上諸国でしょう.工業諸国が受ける利益とは,@特化と世界的な効率改善,A交易条件の改善,B開発モデルの普及による世界の成長加速,です.日本も含めたアジアの工業諸国は,開放的な中国の急成長によって,生産拠点を移設し,多くの工業製品を輸入し,同時に,高度な工業製品の生産と中国向けの輸出を増やす,というわけです.グローバリゼーションを支えるリカードの「比較生産費説」は今も有効です.

かつてイギリスからアメリカへの貿易・投資・移民を介した工業力の移転と,「大西洋経済」の共同管理を研究した二人(Brinley Thomas, Richard N. Cooper)の重要な研究を,私たちも見習うべきだと思います.新しい「太平洋経済」について,The Economistは資源,為替レート,金融政策,を問題にします.資源に対する需要が増えることは,一次産品生産の交易条件を改善し,世界の貧困解消に役立つかもしれません.他方,資源の輸入国は価格変動を安定化し,長期的な解決のため技術革新に投資しなければなりません.そもそも中国の現在の需要も,資源の効率的な利用によって,大きく抑制できるわけです.

むしろ中国の為替レート政策や銀行部門の改革,アメリカなどの住宅バブルに依存した貯蓄率低下と財政赤字,経常収支赤字が問題です.人民元が過小評価されている,国際収支の不均衡解消には変動レート制にして増価させるべきだ,とG7は求めました.しかしThe Economistは,変動させても人民元は大幅に増価しない,逆に減価の恐れがある,と反対します.この記事では,まず通貨バスケットに固定し,その後に,資本自由化と変動レートに移行する,というIIEのGoldsteinによる提案と,資本規制を強化して直ちに変動幅を拡大する,というIMFのPrasadによる提案が紹介されています.

The Economistから見れば,問題は中国が世界市場に参入したことではなく,それを各国が市場の調整に結び付けるかどうかです.その条件は,発達した工業諸国が製品市場を開放し,労働市場の弾力性を高め,失業する労働者が教育や訓練を受けて,新しい職場に移動できることです.かつて1970年代にも,日本が世界の工業製品市場を席巻し,欧米で雇用危機と保護主義が懸念され,同時に資源の枯渇や石油価格高騰が騒がれました.このとき主要国は金融政策を過度に緩和してしまい,その後のインフレと停滞をもたらしたわけです.

フランス革命の評価を訊かれた周恩来は,「それを行うにはまだ早すぎる」と言ったそうです.中国の改革と世界市場の変化について評価するのも,まだ早すぎるでしょう.それは中国だけでなく,今後の主要国の対応に懸かっているからです.

日本と同じように,ドイツは新興工業国として国際秩序に挑戦し続けました.ドイツの東西統一を検証して,朝鮮半島の南北統一にどう備えるべきか? 日本の政策専門家たちは,アジア政治経済統合を展望します.しかし中国の今後の成長を考えるなら,ドイツではなく,次第にイギリスの政治・経済を研究するようになるでしょう.EUやユーロに倣って,日本がアジアの市場=政治統合を主導する見込みは小さいし,望ましいとも思いません.むしろ二つの巨大な経済圏に挟まれて,それでも自律性と独自の活力を失わないイギリスの姿勢が,魅力的になるのです.

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