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IPEのタネ 10/4/2004

タイから来て,仙台の大学で研究し,教えてもおられたチャティップChatthip Nartsupha教授が,帰国する前に同志社の研究会で講演されました.

チャティップ教授が主張したのは,タイ社会に占める共同体文化(Community Culture)の重要性です.タイ人の温厚さや柔軟さ,社会対立の少なさは,確かに,その社会を基礎付ける農村共同体の構造に起因するのかもしれません.そこでは家族が農地を所有して耕し,村落内で相互に助け合いながら暮らしています.祭りも,労働も,農村共同体が生活のすべてなのです.

小規模で自律的な農家の共同体がバンコクを取り囲む形で広がっており,タイの経済発展を加速するルイス・モデルの原型を示すとともに,経済や社会を安定させる「共同体文化」と「資本主義的文化」という,チャティップ教授の「二重社会=文化論」を喚起するのです.

同席されていたパスークPasuk教授の明快な解説によれば,農家は自分たちが食べる米を持っているため,市場に出す米の価格が下がってもその打撃は限定されるようです.アジア通貨危機の際にバンコクで失業者が急増したために,多くの労働者は農村に帰り,不況の時期を耐えたと言います.

チャティップ教授の視線は,共同体文化論を三段階に分け,開発のオルタナティブ(ヒューマン・ニーズ論)から,社会システム全体への関心(タイ社会論),そして国民文化やナショナリズム形成を通じたイデオロギーへ向かい,彼自身の考える「資本主義のタイ化」(歴史過程の一部)へと高められます.日本がそうであるように,タイはタイ文化を失わずに,逆に資本主義的文化をタイ化する,というチャティップ教授の理想がここに示されています.

しかし,パスーク教授がやはり指摘していたように,タイの二重社会は市場化された経済のブームと金融危機によって解体に瀕しています.ブームの時期,資本家たちが農村にまで投資して利益を上げ,「資本主義的文化」を地方にも波及させました.農村でも土地の価格が上昇し,地方の資源が略奪され,農家の債務は増大したわけです.時とともに共同体が失われていく,という点に,私もパスーク教授に同感でした.

講演の後の懇親会で,チャティップ教授に二つ質問しました.まず,資本主義的な開発が進めば共同体は失われるのではないか? と尋ねました.教授は,小規模生産者の共同体が資本主義の中でも生き残る方法はある,と考えておられました.特に,さまざまな生産者や農家の協同体を編成することです.そのような協同体を促進する政策や農村共同体を守る制度の法制化などは進んでいるのですか? と問うと,チャティップ教授は残念そうに首を振りました.

もう一つの質問は,講演の中で教授が,タイ文化圏は国境を越えて広がっている,と指摘したことに関わっています.共同体文化を守る,という政治運動が強まるとしても,それがチャティップ教授の言及したドイツや戦前の日本で生じたように,国家意識の肥大化,右翼思想や帝国主義的拡大・侵略政策と結び付くかもしれません.しかし政治も軍も,国際情勢も,タイと当時の日本では大きく異なるでしょう.教授の答は聞けなかったように思います.

チャティップ教授は,最近の日本におけるアジア共同体論に関心がある,ということでした.私は,日本に共同体論があるのだろうか? と思いました.戦前のような共同体文化論を戦後の日本人は避けてきました.市場や通貨を介して,経済・政治統合を展望する新しい世代が,アジアの協力関係強化を主張しています,と思いつくまま数人を示しました.

タイの共同体文化に限らず,中国のナショナリズムも,ヴェトナムの対米貿易拡大,香港やインドネシアの選挙結果,シンガポールのグローバリゼーション礼賛,マレーシアのブミプトラ政策見直し,北朝鮮やミャンマーからの難民流出,韓国の核兵器開発疑惑,その他,アジアの変化は経済取引や政治交渉に加えて,文化的な軋轢も増やすでしょう.アジア各地の共同体文化論は,理想でもあり,悪夢でもある,という印象を私は持ちます.

プレ・ゼミのテキストに,森嶋通夫の『イギリスと日本』(正・続)を取り上げました.学生たちと話し合いたいです.

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