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IPEのタネ 9/20/2004

私は予約した時間に遅れ,歯医者で長い間待ちながら雑誌を読んでいました.そして週刊文春に載った猪瀬直樹「ニュースの考古学」を読み,道路公団民営化と郵政民営化とをワン・セットで考える,という説明に納得しました.しかしTVニュースが,反対派の情報を真に受けて,要点を正しく伝えようとしない,とも主張していました.

そもそも,なぜ小泉氏は野心的な改革を進めるのでしょうか? 自民党が政権の基盤でありながら,なぜ自民党が囲い込んでいる既得権を解体するのか? という疑問がわきます.他方,自民党だから,この改革も曖昧で,中途半端に終わりそうだ,という不安も感じます.国会で法案を成立させなければならない以上,多数を占める与党の合意が必要です.日本経済を変革し始めた,という印象はありません.

なるほど,政策を志向する経済学者や政治学者は,改革が重要だ,と小泉氏に理論的な支援を与えるでしょう.しかし,実際の重要な支持は,やはり財界からではないでしょうか? ユーロが導入されたときも言われましたが,国外で活動する企業家たちの,投資コストや機会,市場の可能性を比較する厳しい視点にさらされることが,政治指導者にとって,改革を進める最も強い刺激となるでしょう.

郵便貯金と国債に国民の貯蓄を「塩漬け」にしたままで,それが特定の人々の雇用を守る以上に,日本経済の再生や国際競争を不当なハンディで苦しめているとは思わないのか? 誰の雇用や利益を守るために,誰を犠牲にしているのか? 国民は少しずつ,「誰が生産やサービスを担うべきか」は,税金や保護政策などによって,政治家が決めるより,(自由なだけでなく)公正な市場競争によって決める方が良い,と信じ始めたのでしょう.

もう一つ関心を引いたニュースは,プロ野球選手会のストライキ決行,でした.ヤクルトの古田選手は,交渉決裂の事情を,明確に,真剣に述べました.これに対して経営側の代表は,経営上の問題だ,と頭から説明を拒み,新球団への嫌がらせと,損害賠償による脅しを公言しました.何とも悪辣な封建領主の顔です.なるほど,何億円も年棒をもらう選手たちが球団経営を圧迫しているかもしれません.しかし,有力選手や人気選手を奪い合って値段を釣り上げたのも経営者たちです.新人選手との契約,球団の買収・合併,新規参入,保証金,などの制度は,時代遅れの既得権を保護する発想ではないか,と思います.

市場も団体交渉も,人間が社会関係を調整する仕組みの一つです.秋の講義の予習を兼ねて,R.コヘイン『覇権後の国際政治経済学』とヘドリー・ブル『国際社会論』を読んでいました.前者のキー・ワードが(協調的解決を促す)「制度」であれば,後者は(規範や法を受け入れさせる)共有された「社会意識」です.郵便局の改革にも,球団の合併や新規参入にも,同じような工夫が必要だ,と思います.

院生にもらったR.マンデルの邦訳原稿(東京大学での講演)「円の固定相場制度を復活せよ」(論座,2004年9月号)に驚きました.確かに,固定相場制度で通貨価値が安定し,各国が政策協調に悩む必要がない状況もあるでしょう.しかし,むしろ通常はそうならないだろう,という心配から,現代では固定相場を支持する見解が少数派です.私自身も,各国経済の自律性や政治的な合意形成を重視し,為替レートによる調整が必要だ,と考えていました.

しかし,マンデルは断固として確信的です.貨幣的な統一が実現すれば,世界の成長やリスクの軽減に大きな利益が約束されます.もしそれほど経済学者や中央銀行,政府が信用できないと言うなら,国際金本位制(あるいは,マンデルではないですが,商品バスケット制)を採用するのが良いでしょう.・・・論争の根深さに幻惑されます.

大学の夏休みも終わりです.片付かない仕事や秋の講義を考えると,すっかり鬱になってしまいますが,子供と赤目四十八滝にハイキングです.これが一番楽しい!

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