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IPEのタネ 6/14/2004

少し遅れて至誠館の研究会に出席しました.田中さんの話で,中国に進出したトヨタ自動車と下請メーカーの事情が少し分かりました.雨音に気づいて窓を見れば,台風の持ち込んだ南の湿った風が梅雨前線を刺激して,外は篠突く大雨になっていました.

中国政府にしてみれば,自動車工場を外資によって経営してもらい,雇用を確保し,周辺産業も育成し,優れた技術やノウ・ハウもできるだけ習得したい,と思うでしょう.国営企業の遊休資源を利用する形で外資を受け入れる,という開発戦略は,中国の潜在的自動車市場に期待して各社が参入競争を強めたからできたわけです.この点で,私は三つの疑問を感じました.

[疑問1] なぜ日本から輸出しないのか? 中国で工場を経営しても採算が合わない?

中国に生産拠点を設けるトヨタの利益とは何でしょうか? 私は,日本から輸出した方が良いだろう,と思いました.中国側がもてあました国営工場や労働者を引き受けて,カンバン方式やQCサークル運動を教えるのは,トヨタにとって大きな負担です.むしろ,アメリカ市場に対して,当初,百万台以上も輸出したように,中国市場が形成される過程に輸出で参加した方が確実に利益を得られるはずです.中国がWTOに加盟し,市場経済も成熟すれば,それが可能になるのではないか?

報告者の答は,関税障壁を越えるための直接投資(FDI),ということでした.中国への自動車の輸入は,今も,高い関税によって守られている,ということです.しかし,比較優位による貿易の利益を考えるなら(消費,雇用,資源),日本だけでなく中国政府も,日本からの輸出を支持した方が良いのでは?

[疑問2] なぜトヨタは,群を抜いて儲かっているのか? 日本的な企業経営には限りがある?

アメリカやヨーロッパの自動車会社に比べて,トヨタが特に大きな利益を上げている理由は何でしょうか?

報告者の答は,徹底したコスト削減,でした.トヨタは厳しい在庫管理だけでなく,徹底したコストの削減を求めます.具体的な例を聞いて,なるほど,製造業におけるウォル・マートみたいだ,と思いました.しかし,それは高級車レクサスのイメージと矛盾します.あるいは,自動車産業の「夢の時代」に築かれた,安価な自動車と高い賃金,大衆市場の拡大,とも矛盾します.

[疑問3] 中国市場とトヨタの将来はどうなるのか? 日本自動車産業の繁栄は続かない?

以上の疑問を言い換えれば,中国の自動車業界やトヨタの利益は,10年後,30年後に,どうなっているのか? ということです.そして日本の自動車産業は,そのときもまだ,存在しているでしょうか? たとえば,今の造船や鉄鋼が生き延びてきたように? あるいは,イギリスの自動車産業やオランダの造船業がどうなったか,考えてみるべきでは?

報告者の答は,市場規模の拡大と「独資化」による経営改善で,もし各社の規模拡大が過剰生産による危機を深刻なものにしなければ(その危険は強まっていますが),急速に市場シェアを拡大し,中国でも利益を上げ始める・・・と思う,でした.

自動車,という商品は,設計から部品の発注,組み立て,販売やローン,工場建設や技術開発,そのための資金調達など,さまざまな異なった側面を持っています.また,基本的な用途のトラックや軽自動車から,高度な専門的車種,ステイタスのための高価な車種など,とても一つの商品とは思えません.世界中で企業が合併したり連携したりするのには,いろいろな理由が考えられますが,中国への直接投資もその一環ではないでしょうか.

もし,プロダクト・サイクル説が言うように,製品が標準化し,生産コスト削減による価格競争が厳しくなったのであれば,日本企業が中国で生産して,標準的な自動車を安価に生産することは成功しないように思います.中国の価格引き下げ競争は,外国企業に利益よりも常に投資を促し,生産設備や技術の移転を強いるだけではないでしょうか? むしろ,たとえばエンジンの生産に集中して,日本から輸出する方が良いでしょう.あるいは,ブランド戦略を進める?

NHKの特集では,ハイテク部門まで次々に中国へ生産拠点を移すけれど,重要な技術は「ブラック・ボックス化」しておく,と紹介しています.ゼロックスやポラロイド,マイクロソフトなど,優位を維持しようとしても,成功する例もあれば,失敗する例もあります.自動車産業の将来は,・・・繊維,造船,鉄鋼,テレビ,・・・携帯電話,飛行機,半導体,・・・あるいは,米? そして,日本製のエンジンを積んだアジア・カーが,中国から世界市場にデビューします.

企業としては,巨額の利益を何かに投資するでしょう.たとえばトヨタもホンダもロボットを作っています.あるいは,アメリカなら,ハイテクの軍需産業に投資するでしょう.FDIで異なる社会に入り込む日本企業にとって,人事問題がネックになると思います.

トヨタの技術的な優位はどこにあるのでしょうか? カンバン方式でも,QCサークルでも,他社が真似できるものは急速に普及するでしょう.日本に特殊な条件を失う程度に応じて,中国への投資も利益を失うのではないでしょうか? コスト削減の厳しさが,中国市場で,他社を圧倒できる理由になるとは思えません.今,懸念されている中国市場の「減速」,さらにブーム・アンド・バーストを繰り返しながら拡大する過程に,日本と同じ類の優位が重要でしょうか? アメリカやヨーロッパと違い,アジアにおいては,為替リスクや政治リスクも優位の意味を変えます.

朝日新聞に載った紹介記事「6者協議と北東アジアの安保協力(日中韓合同シンポ)」を読みました.アジアでも的確な議論が行われ始めたことを実感させます.他方,先に録画していた,ボスニア内戦を描いた映画「セイヴィア」を観ました.必ずしも成功した映画とは思いませんが,戦争の狂気と恐怖を,最初から最後まで描いています.主人公たちをかくまった老夫婦は,殺された息子の服を彼に与えます.セルビア人とクロアチア人である彼ら夫婦の愛した息子も,孫も,殺されました.主人公が助けた娘は,捕虜となって強姦され,孕んだ末に産み落とした赤ん坊を,それでも愛していました.けれど逃げ切れず,彼女は民兵に捕まります.そして,赤ん坊のための子守唄を歌いながら,撲殺されます.

アジアでも,合同シンポジウムやさまざまな協議の機会を増やし,制度化して,政府や庶民のレベルでも話し合いを続けるべきです.私たちは国を越えて,領土や資源について利益を共有し,尊敬し合える関係を築かねばなりません.そして軍事的な威嚇やナショナリズムを利用した政治的駆け引きが,いかに危険で,深刻なコストをもたらすか,指導者たちは自覚していなければなりません.たとえば,愛国主義的な戦争映画を,アジアで共通基準を設けて,禁止してはどうでしょうか?

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