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IPEのタネ 5/31/2004

MHK人間ドキュメントは,イギリス人の弓道家リアム・オブライエン氏を紹介していました.彼が自宅で静かに引く弓は,とても美しいと思いました.しかし,来日して挑んだ八段審査の結果は不合格.弓を引く腕に力が入って,震えるのを止められなかったように思います.彼は淡々と語りました.「的は変わらない.弓も変わらない.変わるのは,ただ自分の心だけである.敵は自分自身の内にある.」

たとえば,「今週のReview」を見てください.世界を設計する巨人が弓を引き絞っている姿を,少しでも,感じることができませんか?

アメリカの金融政策.イラク再建.インドの選挙と不可触民の学校.アメリカの道路建設予算.トヨタの利益.パウエルの凋落.イスラエル軍のガザ侵攻.エルサレムの壁.ヘッジ・ファンド.教育の制度改革.インドネシアの労働運動.石油価格の上昇.ユーロ圏の新しい安定協定.アメリカの財政赤字.アフリカの紛争地帯.中国の高度成長と不安.北朝鮮.ケリーとブッシュの経済政策競争.非合法移民.ウォル・マートと地域の選択.イギリス経済の成功.スーダンの民族浄化.ブレアの道徳的破滅.・・・

おそらく,国際金本位制の時代に,この(近代の)巨人は誕生したはずです.なぜ通貨危機は起きるのか? なぜ調整政策は必要か? 国際通貨制度とは何か? 私は学生たちに説明を試みました.かつて,古典派の世界において,労働価値説や資本蓄積と,自由貿易,金本位制,人口論,物価・正貨流出入メカニズム,貨幣数量説などが,世界の生産や投資をいかに説明し,組織していたか.あるいは,それがなぜ崩壊したのか? 巨人が声を上げようとしたとき,その体は大きく震え,砕け散りました.

土曜の夜のNHKドキュメントでは,ヨーロッパの人身売買ルートが紹介されていました.EUに加盟することで,新しく物や人の移動が活発になったことが,極端な所得格差や失業を背景に,人口移動を促しています.出稼ぎで多くの家族がバラバラになり,社会から若者のほとんどが流出しています.親に捨てられ,路上で生活する子供が増加して,彼らを売買するブローカーも現れました.モルドバでは約3万人も,家族を失った子供たちがいる,ということでした.

外国に連れ去られた子供たちは,路上でアクセサリーなどを売り,頻繁に暴力をふるわれ,女性たちは売春を強要されます.傷だらけになって逃げ帰っても,彼らの家族や社会は貧しく,崩壊してしまったことを知ります.結局,彼らは再びブローカーの手に落ち,あるいは,自分がブローカーとして子供を集めることになる,と番組は伝えます.だから,弱者の権利を法律が守らなければならない,社会が国際的に協力し合う必要がある,と救済機関のスタッフは訴えます.

日曜日,NHKドキュメント「イラク戦争・戦場の目撃者」の再放送を観ました.私は,すべての戦争に関する政策決定やその基礎となった情報を,そして個々の戦闘行為を,戦争中も,戦争が終わってからも,第三者が記録するべきだと思います.実際,カメラマンたちは,それぞれにとっての戦争と,自分や戦争に巻き込まれた人々のことを深く考え,心に焼きつく多くの映像を残しています.命がけで,彼らは巨人の眼となります.

弓道家は,的を見てはならず,その矢は心を映す,と言われます.どれほど世界が平和でも,理想の弓道家のように巨人が無心でいることは無いでしょう.無心であるとは,巨人が良心にかけて迷いの無い弓を引くことかもしれません.あるいは,いつか,構えることもなく,的を射抜く?

私は彼に名前を付けました.「人類の歴史的自己統治能力」,もしくは「良心」です.

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