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IPEの種 11/21/2005

ニューヨーク・メッツの松井選手は年俸61億円!? シアトル・マリナーズのイチロー選手は年俸51億円! ・・・そして私は彼らへの共感を失います.こうしたグローバルなマス・メディアを介する娯楽産業の高額所得者,あるいは通信やインターネット業界のIT長者,M&A成金,ファンド・マネージャーなどが,世界の所得分配を不平等化する傾向(スター効果,カジノ社会化,強欲崇拝)に,どうすれば歯止めをかけることができるでしょうか?

うまく伝えることができなったかもしれませんが,私は講義で以下のように主張しました.

1.  個人の能力を高める(もしくは損なう)点で,社会構造が決定的に重要である.しかし,そのメカニズムや社会の構造変化を正しく理解することは難しい.

2.  各国はさまざまなテーマについて国際制度を構築し,(ナショナリズムや軍備増強・軍事同盟で)対立するより,(経済的,社会的に)協調して紛争を解決する条件を整える.

3.  移民たちは,個人として,社会変革の窓を開く.また都市(そして,暴動)は,社会的革新の容器(溶鉱炉!)である.

4.  旧来の規制・制度を撤廃して「自由化」するだけで,「良い社会」の条件が満たせるわけではない.社会の柔軟性,調整能力を高めるには,新しい規範や望ましい社会に関する価値を共有し,特に,平等な分配を社会的に実現するため,仲間として,話し合うことが重要だ.

私は,J.バグワッティのグローバリゼーション擁護が優れたものであると思います.確かに,環境保護派や児童労働禁止運動は,自由貿易と両立する有効な是正手段を工夫するべきでしょう.労働組合は保護主義やナショナリズムとの関係を絶ち,労働基準の国際化や労組の支援に向かうべきです.しかし,自由貿易そのものが現実の不平等や不均衡を拡大する傾向がある点は,擁護派の責任として,積極的に是正する手段を見出すべきではないでしょうか?

もし社会的な観点から望ましい解決策を考えれば,極端な不公平・不平等を放置したまま自由貿易を推進するより,直接に,技術移転や移民を受け入れるルール,国際メカニズムを構築する方が優れています.しかし,さまざまな知的・経済的資源を独占して優位を競い合う企業や国家が支配する現実の世界では,それが容易に実現しません.優れた技術は企業によって所有され,企業間の連携や優位を維持する「軍備」となっています.また,国家は自国企業の優位を確保するために国際システムの改変を競っています.優秀な技術者を奪い合っても,貧しい難民は国境の外へ追い返すのです.

その結果が「比較優位」であり,「自由貿易」の現実です.社会としての望ましさではなく,各国内の資源再配分がもたらす「効率性の改善」によって正当化される「自由」です.しかし,各地の自爆テロ,フランスの暴動,若者の失業や犯罪の増加,教室の私語,難民・・・を解決できるわけではありません.R.ドーア(『働くということ』中公新書)は,新古典派の経済学や,数学によって正当化されたハードな教条主義を痛烈に批判し,「あなたの不安が私の平和を脅かす」という社会的連帯感を重視しました.「小泉構造改革」は論争の始まりに過ぎません.日本の多くの経営者がピーター・ドラッカーや藤沢周平を愛読しているとしたら,「竹中・ホリエモン革命」がすべてだ,とは考えないはずです.

「ブッシュ大統領の来日に,何の意味があるのか?」と,私は学生たちに尋ねました.新聞やニュースが伝えるところでは,重要な紛争事項(牛肉輸入再開,普天間基地移転)や政治課題(自衛隊のイラク派遣延長)は扱わず,単に日米同盟の意義を強調して,中国を牽制するだけではないか,と私たちは思いました.しかし,ブッシュ氏は国内でも世界でも孤立しているから,日本が仲間だとアピールしたかったのだろう,という意見も出ました.

確かにブッシュ氏は以前より孤立しているかもしれません.しかし,アメリカが孤立した世界では誰もが不安を感じます.さまざまな形で,アメリカの孤立を解消する話し合いが持たれます.しかし,日本はどうでしょうか? 日米同盟が強ければ強いほど,アジア諸国との関係も改善される!? ・・・「心ならずも尊い命を失われた人々に感謝するために」と,オウムのように繰り返し,靖国参拝を正当化する小泉首相の浅薄さが,自国を侵略・占領され,多くの命を奪われた側の国民を憤慨させます.

さまざまな経済的利益を共有しているにも関わらず,日本はアジアで孤立しています.ブッシュ氏の来日は,束の間,「日本の孤立」を救済するだけでしょう.

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