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IPEの種 9/5/2005

夏の終わりになれば,昼間は鳴き通しだった蝉が,ぽろぽろ通りに落ちて足をうごかすのに出くわします.あるいは夕方から夜半にかけて,騒々しいほどの虫の音に寝付けないこともあります.こうして夏が終わるのを知るとき,他の季節には,感じるとしてもごくわずかであった,激しい焦燥と落胆を味わう人が,他にもいるのではないか,と思うのです.

情念よりも利益を重視するようになったことが近代世界の秩序をもたらした,とハーシュマンが説いたように,政治を志す人々が選挙に注ぐ情熱はまるで溶岩の奔流です.炎天下を駆け抜け,一人でも多くの人に握手を求め,笑顔を振りまく候補者たち.聴衆の関心をそらさぬよう,時には拳を突き出して怒声を張り上げ,あるいはユーモアを交えて支持を訴えます.

しかし,有権者の前で土下座したり,葬式で涙を流したり,赤ちゃんを抱き上げたからと言って,その人物が好ましい政治家であるなどと判断できるでしょうか? 

政治家を選ぶとき,私たちは「どのような政策を実現してほしいか?」という問題だけでなく,「どのような人物が政治家に望ましいか?」という問題にも答えを見出そうとします.マニフェストは,前者の問いに答えるだけで,後者については何も述べていません.

カリフォルニアの知事や,ロサンジェルスの市長選挙ともなれば,ロック歌手から映画俳優まで,さまざまな有名人や変わり者,とにかく目立つ人が登場します.もちろん,売れなくなった元ポルノ女優が裸で歩いても,政治家にふさわしくない,とは思いません.しかし,テレビによく映って人気があるから比例投票の上位に並び,それで政党を作る,というのも納得できません.

政治であるからには,何のために権力を行使するのか? という問題に答えるべきでしょう.それは,結局,どのような統治を目指すのか? という質問です.社会と人間について,どのような思想・信条を持つ人物か? ということを示して欲しいと思います.かつて優れた政治家たちは,後の世代に,優れた哲学者や歴史家としても評価されるだけの知性を示したわけです.

選挙戦の後半に入って,小泉氏の雄姿を見る有権者の目に,若干の弛緩と疑念がにじむような気がします.小泉氏は民主党を批判して,郵政民営化は公務員を減らすことであり,民主党は労組の支援を受けているから反対しているのだ,と主張しました.他方,こうした批判を意識してか,民主党も国家公務員の2割削減にこだわっています.私は,彼らが間違った論争に固執していると思います.

目標を定め,成果をチェックして,公務員がその能力を発揮できるシステムを実現することは重要です.民間にできることは民間に任せる,というのも良いことです.私は,銀行や保険,宅配,コンビニ,債券投資,不動産売買などで,郵便局が不当に市場を奪ってはならないと思います.ヤマト運輸が郵パックに勝てないはずはない,と思うのです.民営化すれば赤字になる,という説明は,それを負担している納税者に対して何と言い訳するのですか? 儲かる分野は民営化して競争させ,儲からない分野は公共サービスとして,税金で負担するべきか,サービス内容や事業の改善・整理を正直に国民に問うべきです.

奄美諸島の沖永良部島が本土復帰した頃の映像を観ました.本土との交流が制限されていたため,産業や暮らしは戦前と変わらず,所得水準も本土の3分の1であった,という説明がありました.島民たちがもっとも誇りを感じていた新しい高校も映りました.しかし日本からもアメリカからも財政的な支援は無く,その校舎は寄付と無償の労働奉仕で建てた茅葺屋根と木枠だけでした.教科書は少なく,すべて学校が管理して,次の学年に受け継いで大切に使ったのです.雨が降りだすと学生たちが最初にしたことは,教科書を濡らさないように守ることであった,と言います.それでも彼らには情熱と希望がありました.

世界のどこであれ,選挙が終わっても,あるいは戦争や内戦が始まっても(終わらなくても),政治は続きます.もし当選したら,あなたを支持しなかった有権者も落胆させないような,すばらしい論戦と政治党派の再編成を行って,その情熱により私たちの希望に形を与えてください.

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