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IPEの種 8/8/2005

猛烈な日差しにより,その日の気温はぐんぐん上がりました.高校野球で開会式後の第一試合が終わる頃,雲に覆われ始めた空から,その後,大粒の雨が降り注ぎました.私は,水遣りをしていなかったから山桃の木が喜んでいるだろうな,などと思いながら,ふと,妙な疑問を感じました.

・・・なぜ植物は動かないのに,動物は動くのか?

植物という生命のシステムは素晴らしいと思います.彼らは基本的に,二酸化炭素や酸素,太陽の光,そして水さえあれば,エネルギーと身体を作り出せるのです.日光と大気はいたるところに存在しており,動くことはむしろエネルギーの浪費,身体への制約となるだけでしょう.植物は何千年も生きることができるけれど,動物の種族には世代交代が避けられません.・・・しかし,山桃の木は水が欲しくても,台所へ行き,手を伸ばして蛇口をひねって,コップで水を飲むわけには行かないのです.

地理的・気候的な変動に対しては,植物が緩やかに繁茂し,種子を拡散することで適応できたと思います.他方,草食動物と肉食動物とはなぜ生まれたのか? 水中を漂う微生物が変態する中で,なぜ一部は定着して植物になり,他の一部は捕食活動を発達させて動物になったのか? 明らかに,動物の方が短期的な激しい環境変化に適応できると思います.また,個体としての生命が時間や空間を制限されている分,動物は互いの激しい競争と世代ごとの淘汰・進化を加速できたのではないでしょうか?

固体としてだけでなく,種族や社会構成,文明もそうである,とダイヤモンドは考えます.ジャレド・ダイヤモンドの書いた『銃・病原菌・鉄』という本は,熱帯ニューギニアで得た面白い質問で始まります.「白人の入植者の多くは,ニューギニア人を『原始的』だと,あからさまに見下した.1972年当時においても,もっとも無能な白人の『ご主人さま(マスター)』でさえ,ニューギニア人よりはるかに生活水準は高く,ヤリのようなニューギニア人のカリスマ的な政治家より暮らし向きが良かった.」

そこで,才気煥発な政治指導者のヤリは著者に尋ねました.平均的なニューギニア人が平均的な白人に少しも劣っていないのに,なぜニューギニア人には自分のものとして白人に誇れるものが無いのか? なぜ,文明や生活様式の違いにとどまらず,生活水準にこれほど大きな格差があるのか? 世界の富や権力は,なぜ現在あるような形で分配されてしまったのか? つまり・・・一方は他方の土地を奪い,殺戮し,征服し,その多くを絶滅させてしまった

かつては同じポリネシア人の祖先から枝分かれしたマリオ族とモリオリ族との歴史的邂逅は,異なる文明間の凄惨な征服,略奪,殺戮になった,という1835年の事件の叙述はショッキングです.しかし,人間の社会が自然環境や人口増加によって可変的であることを知るのは実に刺激的です.「マオリ族の祖先は,数百年を要せずしてさまざまな社会形態に分化し,海辺の狩猟採集民になったグループもいれば,新しい食糧貯蔵の方法を実践する農民になったグループもいる.」

ところで,W・アーサー・ルイスも同様の問題を立てました.すなわち,なぜガーナの農民は,アメリカの農民が小麦を育てる(あるいは日本の労働者が自動車を作る)のと少しも劣らない配慮と労苦を,そのピーナツの栽培に費やしながら,価格や報酬がこれほど少ないのか? と.彼の答えはアダム・スミス的であり,その差は農民の豊かさとその国の主要輸出産品の違いによる,というものでした.

勝手な空想ですが,私はもちろん固定相場制と変動相場制を考えているのです.

いわば植物のように,固定レートの地域が拡大する中で,個々の貿易や投資は活発に行われるでしょう.こうした通貨圏を越えて取引を行うためには共通の価値尺度が必要です.しかし,必ずしもそれが変動相場制を必要としたとは思いません.金Goldのような実物で決済できれば,個々の経済主体がそれを保有し,あるいは外国為替市場の需給が実物決済と連動する仕組みを発達させたわけです.

政府が貨幣の発行を独占し,外貨準備を集中するようになってから,通貨圏を越えて資本が移動することと,政府が貨幣を介入手段として需要(それゆえ成長や雇用)を刺激することとは,互いに異なった動機を持ち,ときには矛盾するようになりました.いわば,その市場における政治的妥協として変動相場制度は受け入れられているだけであって,植物のような庶民の生活から見れば,これは好ましくない環境です.

貿易や投資が盛んになれば,為替レートの変動は耐え難くなるだろうから,政治的妥協の形が変わるだろう,とリチャード・N・クーパーは考えます.通貨は世界的に共有され,地域間の不均衡は銀行システムや市場を介した資金と人々の移動,そして財政的な移転によって調整され,需要の激しい落ち込みを回避する独自の仕組みが工夫されるでしょう.同時に,地域的な合意は拡大していくはずです.

なぜ多くの人々は移動しないのに,多国籍企業やヘッジ・ファンドの資産は頻繁に移動するのか? あなたは・・・植物ですか? 動物ですか? もちろん,植物でもあり,動物でもありたいでしょう.しかし,世界はどちらかといえば,植物と動物の均衡を意図的に制御する時代に近づいて行くと思います.なぜなら,植物が繁茂しなければ動物は生きることができません.また,民主主義や平和,多様性を許容する<生命圏の理想>に近いと思うからです.

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