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IPEの種 7/11/2005

アメリカの独立記念日に関する論説があふれ,スコットランドでG8が始まり,2012年のオリンピック開催地がロンドンに決まったことで,その幸運に感謝する論説が載った新聞を人々が読んでいるとき,テロが起きました.報道されているようにこれがアルカイダの犯行であれば,彼らは再び世界経済の心臓部を直撃したわけです.テロリストたちは,今なお,9・11が終わらないことをはっきり示しました.

2001年の9・11について,私の記憶に残っているのはJohn Balzarの論説 (“God Have Mercy, War Has Come Home,” Los Angeles Times, September 12, 2001)が描いた,星条旗を持って高速道路を走る半裸の若者です.

・・・「そのとき火炎が上がった.世界は激情に翻弄され,アメリカもこの炎から逃れられない.21世紀にわれわれはどこへ向かうのか? 大地が揺れていると感じただろう.受話器から聞こえた,助けを求める声.誰かに取りすがるほか無かっただろう.

郊外の住宅地でも,フリー・ウェイでも,人々は言葉を失い,隣人とむなしく眼を合わせた.あの煙とジェット燃料の中で燃え尽きたのは,あなた自身ではないか? アメリカ国旗を振りながらパシフィック・コースト・ハイウェイの路肩を走った上半身裸の若者は,あなたではなかったか?」

9・11は,アメリカが「戦争モード」を起動させる理由となりました.しかし,相手はテロリストであり,宣戦布告もない「新しい戦争」,「テロとの戦争」とマスコミが喧伝しました.しかし私は,一つのテロ事件を一連の戦争に変えたのはブッシュ氏であり,「ブッシュの戦争」だと思います.そして彼こそ「戦争指導者」としての優位を確保し,その結果,再選されたわけです.

「テロとの戦争」という表現は当初から批判されていました.それは,1.「貧困との戦い」や「エイズとの闘い」,地球温暖化や人種差別との戦いと同じような比喩であり,軍事力によって粉砕し,一掃できるようなものではない.また 2.戦時であることを理由に,社会のさまざまな関心やその他の重要な政治課題は無視され,テロと戦うために情報を統制し,国民に一方的な犠牲を求めた.3.政府(支配者)による「民族紛争」「地域紛争」への軍事力行使,人権抑圧,政治弾圧を「テロ」とは呼ばず,むしろ強硬策を正当化した.4.ヨーロッパの多角主義を軽視し,それ以前の同盟関係を再編した.ブッシュ氏が誰かを「テロリスト」と呼べば,彼らの政治的主張はすべて無視され,その支援者とみなす人々との政治的対話を拒むことも当然とみなした.

・・・9・11の翌週に私はReview(2001/9/17)で書きました.

テロリズムですべてが変わったとは思いません.世界は多くの点で継続性を維持し,それぞれが転換を模索しています.アメリカの政権内部では権力争いが続くでしょう.グローバリズムもユニラテラリズムも,テロリズムとともに同じ世界で生き続けます.世界同時不況や通貨危機,日本の構造改革など,テロリズム以外に解決すべき問題は多く存在します.

テロリズムは戦争ではありません.たとえ死者の数が,アメリカ側から見て,湾岸戦争を大幅に上回ったとしても,ブッシュ大統領はこれを「戦争だ」と宣言すべきではなかったでしょう.アメリカが戦時体制に変わることで喜ぶのは,景気や市民生活を重視しなくてよい,保守派の政治家たちです.そして,アメリカで「戦争」を,と望んだテロリストたちの願いは何だったのか,答える者はいません.

もしテロリズムがアメリカの理想を突き崩す脅威であるとしたら,それは本当の意味で「世界政府」も「世界民主主義」も存在しない,という事実でしょう.アメリカは一方的にその代役を演じ,多くの人に感謝されながら,多くの憎しみも買いました.テロリストを懲罰するには,その仲間も,支援者も,かくまった政府や団体も同類とみなして,戦時のような爆撃をするのでしょうか? 「これは戦争なのだ」という大統領の意思表示は,間違った方向を目指しています.

テロリストを逮捕するだけでなく,彼らを産んだ,暴力と血の報復に圧倒された地域が世界から無くなるよう,協力すべきです.国際安全保障体制の整備,中東和平の進展,極端な貧富の格差解消,軍備縮小と兵器の国際管理,経済活動や市民生活の不安定性を減らすことなどが,人々の孤立した絶望をテロリズムから切り離すでしょう.アメリカや豊かな諸国だけでなく,世界中の貧困や戦乱に苦しむ地域でも,「民主主義と法の秩序」をより多くの人が支持するような方策を,政治指導者たちは模索する必要があります.」

・・・翌々週にはReview(2001/9/24)で対策について書きました.

アメリカは何より,自爆テロの犯人たちを支援したテロ・ネットワークを追及すべきであり,空港・飛行機の安全確保に努めるべきです.テロリズムに冒された集団を社会から排除し,暴力によって偏った意見を社会に押し付ける行為に何の正当性も与えないような,優れた民主主義を実現することです.しかし,街の至る所に暴力集団がはびこり,企業であれ,石油であれ,偏った富を独占する個人が賛美され,拳銃や麻薬,SEXが日常的に売買されるような社会で,もし政治的な腐敗や議会の内紛が国民生活を無視し続ければ,テロリズムと闘う「正義」も犠牲者の悲しみを利用した政治ショーに変わります.

テロ攻撃がアメリカ社会の道徳的保守派をブッシュ氏の政治基盤として強化した,ということかもしれません.そうであっても,アフガニスタンの戦場にアメリカ人の若者を送る以外に,その他の選択肢を積極的に議論できるはずです.ブッシュ氏のアフガニスタン侵攻準備は,その他の多くの(非軍事的)選択肢を十分議論しない点で,「アメリカらしくない」と思いました.たとえば,

(1) 国際調査団の派遣:アメリカは,イスラム圏の国を含む複数の国からなる調査団をアフガニスタンに派遣し,オサマ・ビン・ラディンの活動内容や関係団体に関する調査・事情聴取などを行う.イラクや北朝鮮への国際査察は,妨害や非協力に悩まされても,敵対する軍事力を削減できたと思います.報復や華々しい戦果を期待せず,国際監視や経済制裁を議論すべきです.

(2) 対テロ情報収集・諜報活動の整備:テロ活動を防止し,それに関わった者を逮捕・起訴するための情報収集や諜報活動に関するルールを定め,明確な監督の下に行わせる.日本でも,諜報機関やテロ対策組織を強化する必要があるでしょう.問題は,それが何をしているのか,を明確にチェックすることです.

(3) 第三国への政治亡命:アフガニスタン政府は,今後の政治活動を完全に放棄することを条件に,オサマ・ビン・ラディンを中国などの第三国へ政治亡命させる.内乱状態の早期終結を求める周辺諸国の圧力によって,多くの独裁者が,アメリカなどの第三国へ亡命しました.そして明確な証拠があれば,彼らを国際法廷で裁くべきです.

(4) 新しい国際安全保障体制の合意:国家間の戦争を防ぐのではなく,国際的規模のテロ活動に関する政府間合意を形成し,恒常的な協力機関を設ける.

(5) 犠牲者への同情と生活再建・テロ容認社会への浸透と経済援助:400億ドルの特別軍事予算を,むしろ遺族基金として運営してはどうでしょうか? ドイツが行った犠牲者のための追悼集会と,日本政府が決めた難民救済のための資金援助は,優れた対応でした.

・・・ニューヨーク,マドリード(その後,スペイン政府は軍隊をイラクから撤収),バリ島(オーストラリアからの観光客が多い),ロンドンがテロの標的となりました.ブッシュの戦争を強く支持し,イラクに派兵している日本が標的とならないはずはありません.

9・11と7・7との違いは,アメリカとイギリスとの違い,ブッシュとブレアの違いです.同じショックに対しても,社会構造や政治の質,何より指導者が異なれば,対応は違います.子供まで含めて無差別に殺戮するテロリストを許すことはできません.しかし,それを戦争の拡大につなげるのではなく,市民生活を守ること,政治の力でテロを克服することを宣言し,G8に集まった政治指導者たちに支持されたブレア首相は,ブッシュ大統領の戦争宣言と違って,アフリカの貧困や地球温暖化を話し合う世界政治への信頼に焦点を当てました.

今のところ,テロがロンドンや世界経済に与えた影響は9・11に比べて小さなものです.しかし,世界経済やイラクの現状を考えれば,それが最終的にどのような展開に至るのか,楽観できません.アフガニスタンやイラクとの戦争は,アメリカにとって財政刺激策の側面を持ちました.今はむしろ,市場もアメリカの住宅バブルや財政赤字を心配しています.何より,9・11の後,テロの再発はありませんでした.化学兵器や病原菌,核物質を使ったテロも起きませんでした.今回もそうだ,と楽観することはできません.

7・7テロは,アメリカ独立の理想やG8の使命,オリンピックに向けたロンドン貧困地区の再開発という人々の希望を打ち砕き,人々の意識をイラクやチェチェンと同じ血の海に沈めたのでしょうか? そうではない,と私は思います.優れた政治は参加を促して現実を変え,敵を味方に,憎しみを希望に変えるでしょう.主要国には,それを示す政治の質が求められます.

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