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IPEの種 6/13/2005
ドミニク・リーベン氏の日露戦争に関するコメント(読売新聞6月10日朝刊)を読み,感心しました.あの「戦争」は,欧州の帝国主義という時代に制約された,思考と行動の結果でした.ロシアも日本も,世界が少数の列強によって分割されていくのを単に見守るより,自ら大国=帝国として振舞うことを「国益」であり,「侵略」=「防衛」であると考えたのです.
今の政府が言うように,日米安保条約を強化すれば,日本は中国の台頭によって生じているアジアの不安定性に対処できるでしょうか? 国家の最適な規模を決めるのはナショナリズムでしょうか? 戦争遂行能力でしょうか? あるいは経済運営でしょうか? テレビで,しきりに日本の核軍備や相互確証破壊を浅薄に論じる政治家がいます.もし本当に核攻撃の可能性が高まるのであれば,むしろ政治・経済機能の地理的分散や,さらには日本人の海外移住を検討してはどうでしょうか?
リアリストであれば,「国際秩序とは,先の戦争を考え,次の戦争を準備することで成り立つ」と言うでしょう.EU崩壊を懸念する論説において,「アジアは第二次世界大戦後のヨーロッパではなく,むしろ第一次世界大戦後のヨーロッパに似ている」という一節に眼を止めました.なるほど日中韓の指導者たちは,独仏のように資源や経済機会を共有することで安全保障を確立するより,それを奪い合って,自国のナショナリズムに訴えることを好みます.
しかし日本は,ドイツよりも「イギリス」に似ています.イギリス政府は,ヨーロッパ大陸が政治統合して大国化することを嫌いながら,しかし政治的に分裂したヨーロッパが平和を維持し,互いに市場を開放して経済的繁栄を分かち合うことを望んだのです.日本には,むしろ,中国が政治的に分裂することや経済破綻に向かうことを望む人もいるでしょう.しかしその場合,むしろ軍事的な強硬派が権力を握って,外部に敵を求めるのではないでしょうか? 地域紛争や移民・難民の流出がアジア全域に及ぶでしょう.
いっそ,アジアはヨーロッパよりも中東地域に似ている,と感じるでしょう.つまり,孤立を深める中で,アメリカとの同盟を重視する日本は「イスラエル」の立場に似ているのです.第一次大戦か第二次大戦か? ではなく,中東では6度(?)の戦火を経て,なお安定した秩序や交渉メカニズムを得ていません.そして,隣国が軍備を増強する前に,あるいは,権力の真空地帯や時期を狙って先制攻撃に訴える,という発想が次の戦争を不可避と信じる人々を暴走させます.
先週,「IPEのタネ」を書いた後で,The Economist, June 4th 2005が紹介する中国とアメリカの自動車文化を読みました.上海市は自動車産業の中心地を育てる計画を立てています.郊外にF1のレーシング会場を建設し,すでに中国人に広まる自動車熱を煽ります.職場と一体化した住宅も,自転車の洪水も,公共交通手段も,過去のものとなりました.民営化とブルドーザーの後には,高速道路が急速に伸びています.もちろん,都市の渋滞や大気汚染は日々深刻になり,一日1ドル以下で生活する地方の人々が乗用車を手に入れることもありませんが.
交通渋滞,通勤地獄,交通事故,・・・それでもアメリカ人は自動車を捨てません.市電や地下鉄を建設するには政府の財源が要ります.アメリカのように四方八方に都市が拡散してしまえば,誰がどこへ行くのか,公共輸送で解決するのは困難です.有料道路を建設し,あるいは有料車線や有料時間帯を決めることも検討されています.反対派が考えるほど,それは貧富の差を反映する結果にはならないようです(低料金なら).むしろ問題は,その便利さが自動車の保有をむしろ促すことです.
サンフランシスコの音楽ホールには駐車場がありません.コンサートが終われば,人々は近くのバーやレストランで歓談します.他方,ロサンゼルスのディズニー・ホールは2188台を収容する地下駐車場を1億1000万ドルも費やして建設しました.そしてコンサートが終われば,観客たちは自動車で去り,無人の街だけが残されます.・・・なぜ,それでも駐車場を作るのか? ・・・そうしなければ観客が一人も来ないから!
先日,昼休みにゼミ生たちと話すため,大学へ向かいました.しかし,電車で横に座った見知らぬ男子学生たちの話題はほとんど競馬です.その日は遅い時間に委員会があり,夕食を済ませて電車で帰宅しました.隣に座った男女(おそらく学生)は,車両の中央で体を触り合い,他の乗客に自慢するかのように,囁いたり笑ったりする始末です.
リーベンは書いています.「日本が誇ることのできる非常にたくさんの成果が,日露戦争にはある.政治指導者,一般兵士の勇気,軍事指導者の合理性などだ.」「しかし,時代は非常に残酷だった.日露戦争は,日本の軍国主義の大きな一歩だったかもしれない.」 当時は,欧州の勢力均衡が日本から遠く離れた形で影響しました.しかし今,日本自身がアジアの覇権争いの一部です.しかも,あの若者たちが「戦争を研究し,バランスがとれた形で考えること」に近づいているとは決して思えません.
私たちは,将来の「パレスチナ」なのでしょうか?
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