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IPEの種 5/30/2005

昨日,フランス国民は,投票によってEU憲法を否決しました.いよいよEUは縮小に転じ,各地の産業・社会政策が復活し,大量移民は規制され,ユーロ圏を離脱する国が現れるはずです.・・・すくなくとも考えるでしょう.

統合や拡大は,必ずしも常に,好ましいものではありません.独立した小国はいずれも,生き延びるため,世界経済の変化に対して調整能力を高めてきたはずです.大国が,それを妨げる場合もあります.そして貿易ブロックや経済圏は,経済改革や政治統合への合意が無ければ,所詮,支配の道具に過ぎません.アジアの通貨秩序は,ヨーロッパの経験や論争から多くを学ぶことができるでしょう.

昨年,翻訳されたブレンダン・ブラウン著『ユーロは存続できるか?』は,難解ですが,興味深い内容を多く含んでいます.ユーロ圏から離脱する国があるとしたら,また,ユーロ圏が解体するとしたら,それはどのようなシナリオになるか?

l      ある一国に深刻な銀行危機が発生したのに,欧州中央銀行(ECB)には十分な資金を融資する権限が無く,同国政府も緊急に起債できる信用状態に無い.

l      ある参加国が財政赤字に関する条約上の制約を無視し,赤字超過に対する罰金の支払いを拒否したため,国際価格が暴落して債務危機が発生する.

l      ある参加国が非参加国と(あるいは参加国同士で)交戦状態に入り,金融危機が起きる.

l      ある参加国の大政党が,自国経済はEMUのせいで苦しんでおり,同盟を離脱することが繁栄のために必要だ,と主張して政権を握った.

l      ユーロ圏全域がデフレに陥り,すばやく離脱すれば自国通貨をユーロに対して切下げ,デフレを脱することができる.(逆に,激しいインフレになれば離脱して切上げる.)

l      ある参加国で大きな不動産・建設ブームが起き,その後,バブルとなって破綻し,それが加盟国間の深刻な非対称的ショックとなった.

l      銀行信用が脆弱で,政府の信用力も中程度でしかない新規のEMU参加国で,バブルが生じ,それが破裂する.銀行は対外借入の借り換えができなくなり,国内から資本逃避も起きる.債券価格は急落,金利は暴騰し,不況が深刻化する中で税収も落ち込み,巨額の財政赤字に対して協定により罰金が科せられる.銀行破綻の不安から大衆は預金を引き出し始めるが,ECBは「救済融資をしない」と宣言する.政府は緊急会議を開いて離脱を検討し始め,銀行や企業,個人も自国通貨の暴落を予想し投機的な売りに加わる.

アジアで為替・通貨システムを選択する者は,それがインフレ(とデフレ)を抑制できるだけでなく,金融危機の防止や為替レートの調整と安定化にも有効であるか,という点に関心を持つでしょう.その基準は,率直に言って,曖昧です.制度は,さまざまな思い込みや政治家の信念によって変化しており,理論や国民合意によって決まるわけではありません.破綻した銀行・企業の救済や水準の維持を約束することは,ときに,好ましくない結果を招くからです.

通貨危機は将来も起こります.たとえ制度として「最後の貸し手」があっても,その特権を効果的に行使できないかもしれません.融資もしくは協調介入によれば為替レートを安定化できますが,介入の具体的な合意には時間がかかり,他国の政治家に強制することはできないだろう,という不信が市場にはあります.他方,金利や為替レートが自由に変動することで「調整」を促せても,その過程で大規模な失業や社会不安が生じるなら,政策や制度は変更されるのです.

通貨危機と国際的な波及が深刻な問題になるのは,政治的不安や対立が既にあるときです.反日デモよりも,私たちは,この地域に通貨秩序の混乱が広がることを恐れるべきでしょう.人民元の切上げと制度改革は決して短期間に解決できないと思います.アジアに,ヨーロッパに,そしてアメリカにも,再び,危機の揮発性ガスが充満しています.

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