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IPEの種 3/7/2005

経済学の伝統的な(?)手法に従い,The Economistなら,火星人に来てもらって,彼らに尋ねるでしょう.「アジア通貨危機以後,何が変わっただろうか?」 「国際通貨制度は,通貨危機の問題に何か抜本的な対策を取ったか?」 「金融市場のルールや制度の運営に変更は加えられたか?」 「多大の社会的なコストをもたらした危機の責任は,一体,誰が負うべきか?」 と.

そして多分,火星人たちは答えるでしょう.「・・・特に変わっていない,・・・いいえ,・・・ある意味では,少し,・・・地球人の≪政治≫のことは分からない,・・・」 と.

結局,中国が通貨危機の波に巻き込まれることはなく,日本のバブル崩壊はそれ以前から既に深刻でした.アメリカはLTCMの救済に動き,ロシアで危機が再発したものの,ヨーロッパがコストを吸収して,ブラジルは危機を回避できたのです.もしあのまま危機が拡大したら1930年代の世界恐慌を再現したかもしれません.しかし,結果的に,危機は「アジア」に封じ込められました.それゆえアジアの稚拙な経済運営,あるいは愚劣な市場介入が,浮動的な国際資本移動の気まぐれによる日常的な為替レートの見直し,特に資本市場の方向転換を,制度そのものの崩壊にまで結び付けた,と結論されたわけです.

しかし,多くの政治的「もし・・・」が残されたままです.危機の影響が大きかったタイ,インドネシア,香港,韓国では,それぞれが異なった社会的・政治的コストを強いられました.もしタイがIMFの忠告をもっと早く受け入れていたら,特に,バブルに対して警戒を怠らなかったら,アジア通貨危機は起きなかったのでしょうか? また,もしインドネシアがスハルトの独裁政治に蝕まれておらず,IMFやアメリカ政府が強硬な国内制度改革を主張しなかったとしたら,危機はあれほど劇的な波及効果を示さなかったのでしょうか?

あるいは,もし香港がまだ中国に返還されておらず,イギリスの統治下でカレンシー・ボードを強制され続けていたら,香港市民やイギリス政府,中国政府はどう対応したでしょうか? もし韓国が財閥とは距離を措く方針を明確にしていた金大中の大統領就任を決める前に危機を迎えていたら,対外債務の処理や,その後の日米との関係はどうなっていたでしょうか? 何よりも,日本がバブル処理にあれほど手間取らず,金融市場における対外的な発言力を著しく失っていなかったとしたら,タイやインドネシアに対する支援がより早期に行われたでしょうか? また,マレーシアの資本規制やアジア通貨基金の呼びかけに対して,日本政府はもっと積極的な対応を取ったでしょうか?

確かに,イラク戦争にも関わってトルコの通貨危機は回避され,他方,アルゼンチンはIMF融資を断たれて巨額のデフォルトに向かいました.アメリカとIMFとが管理・支配する国際通貨制度は,むしろアメリカ発のITバブル崩壊やイラク戦争,ブッシュ再選,グリーンスパンの金融政策によって,展開されてきたわけです.・・・周辺部の危機が,周辺部に留まる限り.

多くのことが議論されました.しかし,新しいIMFの緊急融資制度は成功したでしょうか? IMFに対する左右からの厳しい批判,IMF解体論,SDRsや金保有の利用,国際破産法廷の提唱,ヘッジ・ファンド規制,各国金融規制や金融制度整備のスタンダード,銀行内部のリスク管理や格付け機関とIMFとの協力,などは国際通貨制度の安定性を高めたでしょうか? そして,小国の為替レート制度選択や資本自由化(もしくは規制)の条件について,その後,国際的な合意と支援は確立されたでしょうか? ・・・残念ながら.

もし9・11テロやイラク戦争,インド洋の津波,地球温暖化の防止が国際システムの再設計に繋がるとしたら,アジア通貨危機が明確な国際制度の転換点となりえなかったことを,私たちはもっと嘆くべきではないでしょうか?

IMF = I’M Fired! というスローガンを掲げた韓国の労働者.食糧の配給を奪い合ったインドネシアの群集.繰り返される株価の暴落を表示するボードに見入っていた香港の人々.銀行の窓やドアを煉瓦で叩き続け,街頭に集まってはフライパンを叩き,大統領府の玄関を壊して放火した,アルゼンチンの庶民や「暴徒」.通貨・金融システムの混乱,危機に対して,誰が責任を負うのでしょうか? ・・・やはり,各国の政府と中央銀行,もしくはその国際協力関係が負うべきだと思います.たとえ小国であっても,自国民にふさわしい参加の条件を合意する点で,無視されてはなりません.

為替レートの決定や国際融資の条件,返済の順調な実行を保証するメカニズムは失われたままです.他方,その政治的なピラミッド構造は変わりました.@最底辺: 金融市場をまったく利用しない,もしくは末端で小規模な取引しかしない庶民.A下層: 金融市場の変化に従うしかない周辺地域の政府や銀行・企業.B中核: 活発な国際金融取引を行う銀行・企業,投資機関や個人資産家.C頂点: 彼らを監視し,為替レートの誘導や危機回避のために市場介入の機会を互いにうかがい,互いを牽制する,主要諸国の政府・中央銀行,があります.中核部分が膨張するとき,頂点でさえその管理能力は低下しました.しかも,彼らは豊かな自国民にしか公式な責任を負っていません.中核部分の富と自由を,すなわちウォール街やシティー,兜町の利益を,世界に拡大することが政治目標として最優先されてきたように思います.

そもそも,なぜ金融市場は莫大な富をもたらすのでしょうか? 近代的な金融システムと金融市場がなければ,巨額の設備投資と,それによって可能となるさまざまな革新を実現できません.世界的な規模で情報を交換し,世界的な規模で生産を組織し,世界的な規模で商品を売買して配達することができません.つまり,アダム・スミスやケインズが描いたようなグローバル化した世界の豊かさを,金融市場の支配者たちは保証しています.それと同時に,ビン・ラディンや金正日のように,それを人質に取って大きな利益を得ているのです.

(来週のReviewは休みます.人文研の研究費で,アルゼンチンに行ってきます.)

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