(前半から続く)
l モスクワの憂鬱
FP
DECEMBER 28, 2012
You're
a Mean One, Mr. Putin
BY ANDERS ASLUND
モスクワの,寒い,雪の12月.1991年のソ連崩壊以来,これほど沈鬱なムードの首都を見たことはない.強まる弾圧はプーチンを恐れさせているが,彼への敬意は急速に失われた.敵意と怒りが満ちているが,人々の思いはバラバラだ.
そのムードはブレジネフ時代の末期を思わせる.誰もシステムが維持できると思わなかったが,それをどう変えたらよいかわからなかった.不満は高まったが,反対派の勢いは失われた.なぜなら人々には対案が無く,プーチンに代わる指導者も改革案もなかったからだ.中産階級の上層は,いつも国外移住を話題にした.いつ,どこへ移るか? 彼らの未来は海外にある.
矛盾することに,ロシア経済は好調だ.モスクワの富は驚異的で,100人の億万長者と,多くの中産階級がいる.ヨーロッパの諸国が不況に苦しむ中,ロシアは3.6%の成長を遂げ,公的債務はなく,経常黒字と外貨準備を豊富に持っている.
ムードが変わったのは2011年11月の議会選挙であった.大規模な不正が行われた.彼の戦術は鋭さを失い,演説や長時間の記者会見は中身がなかった.プーチンは安定の保証人ではなく,突然,不安定化の源泉になった.そして,さまざまな政治的反対勢力を弾圧し,ナショナリズムやロシア正教を奨励した.プーチンには,基本的な価値が無く,それゆえ彼の政治支配には正統性が無かった.安定性や成長は無限に続くものではない.
多くの権威主義的指導者と同じく,プーチンは自身を民主派と称する.「しかし,ロシアには強い国家という伝統がある.」 支配こそが国家の最も重要な機能だ,とプーチンは語る.それは,ファシズムへの憧れだ.
プーチンは,腐敗の撲滅を掲げ,エリート層に混乱を持ち込んだ.プーチンこそが腐敗の蔓延を進めてきたのだ.外交的には,メドヴェージェフの外交を否定し,反米主義を強めた.人々には,現実に代わる対案が無い.
FP
JANUARY/FEBRUARY 2013
A
New Law of Petropolitics
BY JOSHUA E. KEATING
FP
JANUARY/FEBRUARY 2013
The
Law Still Stands
BY THOMAS L. FRIEDMAN
NYT
December 29, 2012
Deadly
Bite of Winter Returns to the Ill-Prepared Refugee Camps of Kabul
By ROD NORDLAND
l グローバリゼーションの逆転
FT
December 30, 2012
Raising
the curtain on 2013
guardian.co.uk,
Monday 31 December 2012
Our
columnists' predictions for 2013
Simon Jenkins, Polly Toynbee, Hannah Betts
and Seumas Milne
WP December
31, 2012
Can
globalization survive 2013?
By Robert J. Samuelson
2013年の決定的な問題は,グローバリゼーションの逆転(“deglobalization”)は起きるのか? である.経済停滞とナショナリズムが支配的になるか,あるいは,世界経済は安定し,政治的に受け入れ可能な形のグローバリゼーションが持続するか?
脱グローバリゼーションには,アメリカにとって魅力的な響きがある.海外の生産拠点と雇用がアメリカに戻ってくる,と思うからだ.中国の賃金上昇もあって,アメリカの経営者の意識が変化している.この変化はまた,アメリカの輸入を減らすだろう.資金の移動に関しても,ヨーロッパの金融的混乱は同じ効果を持っている.
もちろん,グローバリゼーションが消滅することはない.しかし,近年の不均衡は異常だった.中国など,新興諸国は黒字を増やし,アメリカの巨大な赤字を融資した.同様の不均衡がヨーロッパ内にもあった.今や不況は輸入を失わせた.
それを歓迎する意見もあるが,David
Smick(the International
Economyの編集者)はグローバリゼーションに代わるものはない,と考える.より大きな市場,より安価なコスト,それらを求める投資が世界中に成長と雇用をもたらす.それは弱まったが,代わりはない.国内需要は不十分で,中央銀行の金融緩和は安価な融資でその穴を埋めようとしている.しかし,それは少ない需要を求めて輸出を競う通貨戦争,資産バブルの後,破滅をもたらす.
FP
JANUARY 2, 2013
The
Coming Year in Review
BY DAVID ROTHKOPF
WSJ
January 3, 2013
Asia's
Challenge in 2013: Nationalism
By MICHAEL AUSLIN
東アジアにおけるナショナリズムの相互作用は緊張を高めるだろう.それを鎮静化する計画や,それを指導できる者がいない.アメリカはこの地域の領土紛争に関わることを拒み,北朝鮮のミサイルや核実験にも対応しない.
もう1年で1914年から1世紀たつが,ヨーロッパの経験を東アジアはもう忘れたようだ.
Project
Syndicate 03 January 2013
The
Political Economy of 2013
Mohamed A. El-Erian
2013年も,政治と経済との緊密な相互作用は続くだろう.その成否が非常に重要だ.
ある国(イタリア,日本,アメリカ)では,政治が経済を決定し,他の国(中国,エジプト,ドイツ,ギリシャ)では,経済が政治を決定する.こうして国によって異なるロジックは,世界政治を難しくする.異なる成長,異なる金融ダイナミズムが,多角的政策のシナリオを決めるだろう.
基本的なシナリオは三つある.1.良好な経済が,成長と,より協力する世界経済の基礎を提供する.2.経済の悪化と機能しない政治が,破滅をもたらす.3.経済と政治の間で激しい駆け引きが起きて,それでも,ますます不安定化する世界を何とか維持する.
中国,ドイツ,アメリカが決定的である.2013年も,彼らの安定的な役割は変わらない.しかし問題は,そのアンカーだけでは不十分で,世界の成長も金融安定化も実現できないことだ.
l 財政の崖
NYT
December 30, 2012
Brewing
Up Confusion
By PAUL KRUGMAN
Howard Schultz(the C.E.O. of Starbucks)は,善意で主張しているにしても,間違っている.
政治家たちが,債務を減らすために妥協し,協力するべきだ,という主張は,財政赤字の問題を理解していない.「財政の崖」が意味するのは,財政赤字を一気に縮小することが不況につながる,という問題である.
確かに,政治家たちは妥協できなかった.しかし,オバマ大統領は多くの妥協をしたのだ.財政支出を削ったし,社会保障も削ると約束した.富裕層へのブッシュ減税も大部分を残すと表明した.他方,共和党は何も妥協していない.税制の穴をふさぐ,と言うが,その中身を示さない.
それにもかかわらず,Schultz
やFix the Debtが「妥協」を求めるのは,共和党の財政均衡を主張する極端な姿勢を支持していることになる.
Project
Syndicate 31 December 2012
Alternative
Fiscal Medicine?
Jean Pisani-Ferry
The
Guardian, Tuesday 1 January 2013
Obama's
tax threshold concession bodes ill for debt ceiling talks
Dean Baker
FT
January 2, 2013
US
has been let down by its leadership
By Nouriel Roubini
新年の合意は,いわゆる「財政の崖」を回避した.アメリカの政治システムが機能しないことを見れば,危機は近い将来に再現する.
社会的給付と税制を議論しなければならない.アメリカも付加価値税を導入するべきか? あるいは,単一課税率が良いのか? 所得税を増やす(減らす)のか? 炭素税か? 税制の抜け穴をふさいで税収を増やすのか?
オバマは,目標の1.4兆ドルに比べて,10年間で6000億ドルの歳入増は小さ過ぎる,と考える.共和党員は,支出を劇的に削減するべきであり,バランス・シートは回復しない,と言う.
2013年の財政はGDPの1.4%を削減することになるだろう.それは成長率を下げる.2%の成長しかいしていないとき,財政を緊縮することになる.
民主党も共和党も,グローバリゼーションと技術変化,人口圧力の時代に必要な福祉国家を維持するには,富裕層だけでなく中産階級にも増税する必要を認めない.
債券市場は反応していない.それは,成長は低いがインフレはさらに低い,ドルは準備通貨であり,財務省証券は資産の避難所になっている,金利がゼロである,連銀は量的緩和を続ける,中国と新興市場は自国通貨の増価を避けるためにアメリカ・ドルを保持し続ける,と考えるからだ.
しかし,最後には債券市場が目覚めるだろう.
Project
Syndicate 02 January 2013
The
Unstarvable Beast
Kenneth Rogoff
財政赤字を減らすことだけでなく,政府の支出をもっと効果的にする創造的なアプローチを議論するべきだ.
サービスを提供する産業の生産性は上昇しにくいから,他のもっと生産性を上昇させる産業と人材を取り合い,それがコストを上昇させる.政府もサービス産業の一つだ.農業や製造業が生産性を高めて労働者を減らしたように,サービス産業も競争して技術革新を行うべきだ.50年前とほとんど変わらない労働集約的な作業を教育やインフラ供給部門が示すように,インセンティブに働きかける創造的なアプローチが求められている.
WP January
4, 2012
What’s
missing from the cliff debate: Growth
By Fareed Zakaria
「財政の崖」を避ける合意よりも,アメリカはもっと重要な課題に応えなければならない.アメリカの成長が減速し,失業や賃金の低下が続いていることだ.
技術革新とグローバリゼーションが高賃金国としてのアメリカに厳しい圧力をかけている.成長を回復する戦略を欠けば,政府長期債務の増大などの問題は悪化し続ける.もっと競争力を高めるような改革と投資,若い世代の教育が重要だ.
世銀やIMFが対外赤字や債務危機に陥った国に指導しているように,財政赤字を減らして安定化を求めるだけでは十分でない.構造改革を行い,人的・物的資本に投資しなければならない.
アメリカにも,あまりにも多くの税制と規制がある(7万3000ページに達する).経済を豊かにしない農業への莫大な補助金が支給されている.金融規制は複雑すぎて,銀行は50もの機関に監視されている.
アメリカにとっても,人的・物的な資本への投資が重要なのだ.ところが政府支出の多くは社会的給付として,現在の消費を維持するために行われる.新しい成長をもたらす支出は少ない.民主党も,共和党も,その意味を理解していない.
かつて日本が世界1の経済国家になると予測したEzra Vogelは,最近,日本の経済的奇跡は本物であったけれど,1990年代の挑戦に政治システムが対応せず,解決できなかったことは予想していなかった,と弁明した.現在,日本は豊かな国であるが,その未来は縮小している.一人あたりのGDPは世界の24位であり,低下しつつある.政府債務はGDPの230%に達している.
われわれは20年後に,こんなふうに後悔したくないだろう.アメリカ経済は基本的に活力を保持していたが,政治が行き詰まって,日本と同じ運命をたどったのだ,と.
FT
January 1, 2013
Africa
is hooked on growth
By Sebastian Mallaby
サブサハラ・アフリカの経済成長は数年に及ぶが,疑いをともなった.土地に隔てられ,多くのエスニックに分裂し,熱帯の伝染病や,内戦が広まるアフリカは成長できない,と思われていたからだ.しかし,健全な政策が成長を実現することは,アフリカにおいても正しい.
1980-2000年のアフリカはマイナス成長であった.しかし,2000年以来,その傾向は変わった.IMFは,アフリカの非産油諸国について,過去5年間の平均成長率を5.4%と推定した.アフリカの統計は,非公式な経済活動や家計の所得を過小に評価していた.しかし,各地における幼児死亡率の減少は生活水準の上昇を示している.
中国の消費や投資に向けて一次産品輸出が増え,価格が上昇した.労働人口の就労率が上昇した.携帯電話など,技術革新が波及した.同時に,経済政策が改善された.たとえば,虫よけの処理をした蚊帳の配布方法が改善され,マラリヤの感染者が減少した.生産性の上昇についても,こうした政策の改善がみられる.
持続的な生産性上昇は,自給的な農業から,もっと道具や熟練を要する職業へ,労働者が移動したことだ.たとえば,モザンビークのGDPに占める農業の割合は42%から26%に低下した.
NYT
January 1, 2013
America’s
Retreat From the Death Penalty
l The Fukushima 50
The
Guardian, Wednesday 2 January 2013
In
praise of … the Fukushima 50
2011年3月14日,福島原発が爆発してから,750人の労働者が退避した.しかし,原発の完全な崩壊を阻止するために,50人は残った.その後,東京電力の各地のスタッフが参加し,消防士や技術者,自衛隊員も参加して,the
Fukushima 50は数百人になる.
彼らは2人御犠牲者や,20人以上の負傷者,放射能汚染の深刻なリスクがあるにも関わらず,そうしたのだ.他の国であれば,彼らは英雄であっただろう.しかし日本では,彼らに何の報奨もなく,インタビューもなく,紹介もされない.18か月もたって,漸く,政府は公式に感謝した.その勇気と公共精神を考えるなら,これは村八分に等しい扱いだ.
l 世界政治のパワー
FP JANUARY/FEBRUARY
2013
The
Second Coming
第44代アメリカ大統領として,オバマは何をするべきか? 地雷禁止の国際条約,ギリシャとヨーロッパの救済,国際戦争犯罪者の逮捕,同盟諸国における人権尊重,核兵器の削減,外交的な権威の回復,発電所による汚染の防止,ヨーロッパとの通商条約,アメリカ民主主義の再建.
SPIEGEL
ONLINE 01/03/2013
A
Decisive Year
Merkel's
To-Do List for 2013
By Philipp Wittrock
FP
January 2, 2013
The
world’s most powerful people
Posted By Ian Bremmer
われわれの世界政治に関する特集記事Who are the world's most powerful people? は「パワー」を「多数の人々の生命や資産に重大な影響を(単独で)与える個人の能力」と定義した.
1位は誰もいない.Gゼロ・ワールドには,世界で最も困難な課題に応える者はいない.
2位以下は,2. ロシアのVladimir
Putin,3. アメリカ連銀のBen Bernanke,4. ドイツのAngela Merkel,5. アメリカのBarack Obama,6. ECBのMario Draghi,7. 中国のXi Jinping,8 (tie). イランのAyatollah
Khamenei,8 (tie). IMFのChristine Lagarde,10. サウジアラビアのKing Abdullah Bin Abd al-Aziz,である.
l グローバルな逆転
FT
January 3, 2013
The
decline of western dominance
By Samuel Brittan
未来について断言するのは愚か者だけである.ヨーロッパ文明を終焉させるほどの世界大戦であったが,1913年の初めに戦争を予想した者はほとんどいない.すでに分かっている傾向から考えることだ.
世界人口は70億に向かって増えているが,アメリカと西欧を足してもその人口は7億7000万人にすぎない.一人当たりGDPは世界平均の3倍もあるが,グローバリゼーションの中で,この差がいつまでも続くことはないだろう.
コロンブスの大航海から数年後の1500年,中国とインドはどちらも総GDPでヨーロッパを超えていたし,一人当たりGDPでもわずかに少ないだけだった.その前になると,1000年ころには,どこも同じような生活水準で,中国が少しリードしていただろう.これまでの逆転は始まっている.世界のGDPはすでに半分が新興市場や発展途上諸国によって生じている.
西側の一時的な膨張を支えた理由を,歴史は様々に指摘する.個人とその活動を重視する宗教,科学的思考に好意的な知の環境,富を獲得することを守る所有権,先制的でない統治の形態,など,際限なく続く.そのどれもが重要であっただろう.
21世紀にグローバルな転換が起きても,それは中国の支配を意味しない.中国が最大のGDPを得るのは人口規模が重要な理由であるし,インドがそれを抜くだろう.中国以外にも,BRICsに加えて,メキシコ,インドネシア,ナイジェリア,トルコが現れる.中国は多極化した世界の一つになる.また一人当たりGDPでは,21世紀もアメリカが最大であろう.
より驚くべきキャッチ・アップは,国際資本移動である.裕福な西側は貧しい発展途上諸国に資本を流出させると思われたが,既に逆転している.中国など,新興市場の貯蓄が,アメリカなど西側の経常赤字や財政赤字に融資している.西側の依存は,金融危機後に低下するだろうが,なくならない.次には,アフリカのような地域に向けた証券投資,直接投資でも,逆転が起きるだろう.
それは,アメリカやヨーロッパへの証券投資や企業買収にもつながる.今はそれを歓迎しているが,将来も友好的な形で続くとは限らない.
l イデオロギーの囚人
FT
January 3, 2013
The
new prisoners of ideology
By Philip Stephens
「保守派のプラグマティズムに何が起きたのか? イデオロギーは左派のものだった.右派は権力の行使に関心があった.しかし,大西洋の両側で保守派の姿勢は逆転した.今や保守派はイデオロギーの狂信者になって,幅広い中道派を見捨てて,イデオロギー的な絶対論に殉じる.リベラル派や社会民主派は新しいリアリストになった.」
アメリカ議会の共和党員はあらゆる増税を拒否する.イギリス議会の保守党員はヨーロッパからの離脱を主張する.彼らは,選挙の候補者選択を通じて,ますます原理主義に向かって勢力を増やしている.しかし,右派は選択しなければならない.近代社会の優先順位や道徳を守るのか,あるいは,イデオロギーの囚人となるのか?
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The Economist December 22nd 2012
The gift that goes on giving
Japan’s election: Go on Mr. Abe,
surprise us
Hell: Into everlasting fire
The Senkaku or Diaoyu Islands: Narrative
of an empty space
(コメント) 世界経済の回復が確かではないのに,金融政策や財政政策に限界があり,ドーハ・ラウンドやG20による政策協調も進まない.アメリカは地域の自由貿易協定を,EUは域内の完全な市場統合を進めて,貿易自由化を進めるべきだ,と主張します.他方,日本における自民党の勝利,安倍政権の成立は,民主党の失敗によるものです.安倍は,景気回復を図ると同時に,日中・日韓関係の改善を目指して,領土紛争は鎮静化に努め,学生の相互交換を進めるべきだ,と記事は主張します.
クリスマス・新年特集号として,多くの特別記事がありますが,あまり読めませんでした.最初の地獄の話と,次には,尖閣(or釣魚)諸島の話に,独特な姿勢を感じます.確かに,尖閣諸島は沖縄の一部であるかもしれないが,沖縄はどうなのか? という不安or特殊さです.
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IPEの想像力 1/7/13
1月2日にTEDを観ました.12歳の作家が「もっと大人は子供から学べ」と呼びかけ,子供の発想の方が自由で柔軟だ,と説明します.無責任な大人もいるのに,「子供っぽい」ということで決定から子供を排除するのは間違っている.
インドの作家は異なる視点が見えるiPad絵本を提供しました.たとえば,赤ん坊をお風呂に入れている.その絵を揺さぶると,カップルは男女から,男二人のホモセクシャルに変わり,また揺すると,女二人のレズビアンに変わります.インド独立の歴史は,揺さぶることで,イスラム教徒から見た歴史の絵になり,また,イギリス帝国から見た歴史にもなる.私たちは,一つの観方に縛られることで,多くの間違いを犯しています.
40歳で失業するまで「企業戦士」であった男性(ナイジェル・マーシュ)は,仕事と生活のバランスを今すぐに考え直せ,企業に頼ってはいけない,と主張します.4人の子供を育てる父親である彼は,ある日,妻に頼まれて末っ子の迎えに行く役を交代することになります.夕食を食べさせ,風呂に入れ,絵本を読んで,寝かせるとき,末っ子は「人生で一番幸せだった」と,彼に感謝してくれました.自分にできる小さなことが,とても重要なのだ.ボーナスや昇進ではない.
聴衆から最高の支持を得た黒人弁護士は,アメリカ社会の不正義や差別に黙っていることを許さず,それを変えるために,たとえどんなに厳しく,疲れる闘いであるとしても,自分の尊厳やアイデンティティのために闘うべきだ,と具体的に述べました.
監獄に暮らすアメリカ人が230万人もいて,しかも白人より黒人が死刑になる確率は22倍も大きく,富裕層より貧困家庭の若者が圧倒的に多い.ロサンゼルスやワシントンのような都市部では,有色人種の若者の50-60%が収監されている.13歳の子供にも保釈無しの終身刑を認め,アラバマでは有罪となった黒人から永久に選挙権を奪い,死刑囚の9人に1人が冤罪であるようなアメリカの司法制度は間違っている.14歳の黒人の少年を終身刑にしようとする裁判官に対して,彼は我慢できずに,裁判官が魔法を使って,被告を75歳の白人の企業重役に変えて裁くべきだ,と申し立てました.「貧困の反対は富ではない.貧困の反対は,正義なのだ.」(You Tubeで観ることができます.Bryan Stevenson: We need to talk about an
injustice)
http://www.ted.com/talks/bryan_stevenson_we_need_to_talk_about_an_injustice.html
それはアイデンティティの力だ,とStevensonは強調しました.もし飛行機が9機に1機は墜落すると知ったら,あなたは乗るだろうか? しかし,自分のことではない,と思っている.人は自分で想像できることしかしない.「私たちは革新を愛し,創造性を愛し,技術を愛し,娯楽を愛する.しかし,その現実には苦しみの影がともなう.濫用され,人々の尊厳を奪い,辺境に追いやっている.」
著しい貧困や不利益を強いられている同胞に,そして,彼らの尊厳だけでなく命まで奪うことに,十分な合理的理由がある,などと言えるでしょうか? すばらしいことや,優れた機会,富に至る過程に,誰でも参加できるし,その成果は全ての人に分かち合える.それを認めるとき,私たちはアイデンティティを共有していると言えるのです.
彼の話を聞いて私が想ったのは,3人の子供たちを,次々に,日本の受験システムの犠牲にしてしまったことです.私は,自分が味わった不正義や屈辱と同じものを,制度を正すことなく,結局,自分の子供たちにも強いた,と後悔しています.
受験というシステムは,それに成功する一部の者がいる一方で,それに満足しない,逸脱したり,反発したりする者を多く作り出し,ときには社会的に排除します.優れた能力を持つ者さえ,支配的な価値観に染めて,権力者や富の正当化に利用します.「ワーク・ライフ・バランス」を解決するには,根本的な問題を直視せよ,とマーシュが述べたように,塾や予備校,エリートクラスの利用は問題を解決しないのです.
大学間をもっと自由に,もっと多くの学生が移動できるシステムに変えるのが良いでしょう.また,編入試験を多くし,他方で,入試における推薦制度はごく少数に絞るべきです.それらは既にありますが,規模が小さく,奨励されていません.ある水準を超えたとき,受験システムの弊害を打ち破るパワーを持つはずです.意欲的で,能力の高い学生は,どの大学でも,好きな科目,好きな講師の話が聴けるのです.
これほど複雑で,予測できない困難な挑戦に満ち,為政者に高い能力を要求する時代であれば,もっと若者たちが挑戦的で,しかも,社会的な成果を分かち合う公共精神を学ぶべきではないか,と思いました.
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