The Economist, October 8th 2005

A survey of Japan: The sun also rises

第三次小泉内閣が発表されるのを,教育テレビ以外のすべてのチャンネルが報道しています.小学生の息子に,これは何をしているのか,を教えました.

まず,パパ()が選挙のときに小学校まで投票に行った.それぞれの地区で立候補した人の中から,国会に送る代表を選んだ.そこで決まった議員たちが各地から国会に集まり,互いに投票して内閣総理大臣・首相を決めた.それが小泉純一郎だった.彼は,政府の諸機関のトップ・大臣を指名できる.政治家たちは,皆,大臣になりたい.小泉さんに呼ばれて,その大臣になれる.今,彼は自分の内閣を組織し,内閣が日本の国を動かすわけだ.

・・・すごいな と子供は喜んで,そのニュース映像を観ていました.漸く,ドラえもんや仮面ライダーの世界が,こうした現実にも結びついたか・・・?

The Economistの日本特集は,冒頭ページを小泉・自民党の大勝が飾っています.まさに彼の成功と成果を分析し,その将来を予想しているのです.結論から言えば,大いに期待できる,と.

l         総論

日本の改革を,その「期待を裏切る点で驚くべき能力」,と逆さまに絶賛したこともあるThe Economistの編集長Bill Emmottが,中国と日本の経済改革を「ウサギと亀」にたとえ(亀が勝つこともある),ドイツに示すべき模範とみなし,小泉改革が転換点を超えて後戻りできなくなった,と世界の投資家に青信号を示しました.

その意味は,余りにも遅かったが,正しい方向に積み重ねてきた改革の断片が組み合わさって,いよいよ投資家や政治家の動機を変え始めたからです.政府は時間をかけて小さくなるだろう.その過程で,破綻しかかっている財政を立て直し,政府関与を減らして金融秩序を回復し,公共工事や派閥に頼る政治も止めるだろう,と.

ただし,すべては少しずつGradually,です.これが日本型改革のキー・ワードでした.日本は,1980年代にサッチャーがイギリスでやったような「ショック・セラピー」(もしくは革命)を決して望みませんでした.ここは革命の国ではないが,いったん合意したなら,信念を持って着実にやり遂げるだろう,とEmottは考えます.

その重要な変化の中心に,彼は労働市場の「革命的な」変化を見ます.かつて「終身雇用」を標榜してきた一流企業が,今では大規模にパートや派遣社員を利用しています.企業への忠誠や社会の安定性と,経済の弾力性とを,コア(中核)社員と外部労働力の利用によって,(企業として)解決しつつあるわけです.すなわち,債務を減らして,巨額の利潤を出す企業が増えています.キャノンの重役が示す数字は衝撃です.日本の工場では,正規社員以外の雇用が10年前は10%でした.5年前は50%になり,今では70%に達する,と.

もちろん,日本経済が完全に自立的な拡大に向かうには,中国への輸出や財政赤字,債務削減や派遣社員に頼って利潤を出すだけではいけません.その転換は,正規労働者の雇用が増え,賃金が上昇し始めたことに示される,とEmmottは考えます.企業も労働者も,それを何に使うのか? それこそが日本の成し遂げた,もう一つの「見えない革命」です.日本でも,いよいよ資本市場が機能し,政治家はそれを補佐する役割に徹するだろう,と.

財政赤字と金融緩和によって,ようやく生命を維持していた集中治療室から,日本経済は外へ出るリハビリ過程を始める決意をしたわけです.

l         日本的な資本主義

ホリエモン革命を,Emmottは大いに賞賛します.さまざまな分野で企業の買収が行われ,しかも複数の競争的なオファーが示され,UFJをめぐって東京三菱と三井住友が争ったように,法的な手段も取られています.いずれの国でも敵対的買収は少なく,それでも資本市場の圧力が経営者の行動を変える質的な転換を日本も実現しつつある,と評価しています.

ライブドアとフジテレビとの紛争は,@経営の問題を法廷によって解決する姿勢を示した,A株式の保有が市場によって変化するようになった,B投資ファンドやパートナーシップによる個人投資家が経営者に反対するようになった.こうしたファンドは,かつての官僚や日銀のスタッフなどを積極的に幹部に加えており,経団連など,ビジネス界の主流もその活動を受け入れている.

この重要な変化は,これまで政府が,金融ビッグバンや商法改正,自己資本規制,ペイオフ解禁,など,さまざまな規制や制度の変更を積み重ねて市場圧力を強めてきた結果なのです.敵対的買収に備えて,ポイズン・ピル(毒薬)という対抗措置を取る権限を求めた経営陣に対して,いくつかの重要な企業の株主総会がこれを拒んだことは象徴的でした.外国企業が行っている,株式交換によるM&Aの法制化も準備されています.株式市場の圧力が強まったために,業績が良くても,さまざまな部門で企業の再編・統合が進められ,株主への配当が増え,社外から重役を迎えるようになった,と言います.

企業の資産を積極的に効率化し,動かすのは,何よりも厳しい競争である,とEmmottは指摘します.すなわち独占禁止法を厳格に施行する,そのために公正取引委員会を強化する,ということです.まだまだ強化は必要ですが,彼はこの点でも改善が見られる,と最近の違反行為に対する措置を紹介しています.

l         「新しい政治」と「旧い政治家たち」

政治の変化は決して速くなかったはずです.しかし,郵政民営化,それに先立つ道路公団の分割・民営化などは,日本が抱える巨額の(GDP170%に及ぶ)国債管理と財政再建の問題,高齢化と社会保障費の増大,を解決しなければならない,という不可避の方向を打ち出すものでした.それゆえ,小泉首相が多くの重要な点で譲歩したにもかかわらず,Emmottは改革が実現する,と予想します.

政府の債務と支出は,新しい制約に従わなければならず,債務の返済や利子には資本市場の圧力が働くようになるでしょう.利益集団に支配された自民党政治だけでは,それに適応できないかもしれません.しかし,小泉政治はそれを打破しました.旧来の政治家の外からも大臣を起用し,岡田・民主党の失敗に助けられたこともあって,選挙では自民党の伝統的な支持基盤以外からも票を集めました.

小泉が1年で辞めたら,自民党の旧い政治は復活するのか? Emmottは三つの根本的な変化を指摘します.@選挙制度の変更も加わって,派閥政治を壊した.A党の執行部に権力を集中した.Bどのようにして,誰が権力を握るのか,ということを決める新しい筋道を示した.

もはや予算の分捕りや派閥への政治献金が重要ではなくなったのです.国民は旧エリートたちの無能さに嫌気がさしています.その証拠に,多くの地方選挙で新しいタイプの知事や市長が誕生しました.ロビー活動やNGOも増大しています.情報公開や陪審員制度は,より多くの声を表に出すでしょう.

かつて,日本は「法によって支配」されていました.それは官僚やエリートたちの支配を法律が正当化しました.漸く,「法が支配する」社会に変わりつつある,と.

l         「新しい東アジア」と「旧い敵意」

しかし,大きな疑念は,小泉政権が反中国のナショナリズムに間違って依拠している,という点です.日本がバブルとその後の停滞に苦しんでいる間,隣の中国は急速に経済を拡大し,天安門事件で失った国際的評価も,最近では大いに高めつつあります.

かつて,アジアでは日本だけが,民主主義と市場経済を繁栄させた特別な国であり,西側にとっての重要拠点でした.日本にとってもその貿易はもっぱらアメリカや西欧に向かい,アジアは重要な市場になりませんでした.しかし,今では日本の貿易取引の45%をアジア諸国が占めています.日本はアジアで孤立しては生きていけないのです.

ところが日本は,その最重要な隣国である中国や韓国と,今も歴史認識などで反目し合っています.20世紀の日本の歴史は,反面,近隣諸国にとっての屈辱と苦難の歴史でもあるからです.これまで日本政府はそのことを楽観していました.しかし,アジアの相互信頼や外交が重要性を増しています.北朝鮮の核兵器開発やミサイル問題を見ても,中国の成長と軍事拡大,台湾海峡の緊張を見ても,日本はナショナリズムを放置して,隣国の反日感情を無視していることが,大きな損失になるのを知るべきです.

中国との経済関係ではますます補完性と相互依存関係を強めて,また韓国企業とは競争を強めて,日中韓の政治的連携が必要になるでしょう.日本が関係改善に努めなければ,中国の影響力はこの四半世紀で急速にアジア全体に及ぶでしょう.そして地域の貿易や投資,環境,安全保障をめぐるルールを決めるようになるのです.

日本はドイツと比較されますが,むしろイギリスの立場に近くなります.近隣諸国への影響を確保し,反日感情を緩和しなければなりません.ところが日本の政治家と世論は,北朝鮮問題や中国の反日デモに対して,ソフトなナショナリズムを次第に硬化させつつあります.油田や領土問題で中国との紛争を加熱するより,国際的なルールに従って冷静な解決を導く方が,いずれの国にも好ましいはずです.

もしEUに似た東アジア共同体を結成する動きが起これば,日本は孤立するわけには行かないでしょう.日米関係だけを重視するのは間違いです.それ以上に,アジアの覇権をめぐって中国と衝突することは,すべての国にとって破滅をもたらします.日中両国が参加したアジアの諸制度を整備し,共通のルールや手続きを整えることが求められます.その枠内で,日本は民主主義諸国の連携や,アメリカ,EUとの開かれた関係を,重視できるのです.

l         2020の日本を展望する

日本の出生率は低く,人口が減少して,労働力も不足します.現在の12000万人から,2050年には8600万人まで減少するという予測もあります.人口を増やす政策は,女性の雇用や財政再建と矛盾する面があります.それゆえ,財政再建は進めても,少子化対策に投資する必要は区別するべきです.

同時に,労働市場が二極化することは景気が回復して投資が増えるなら,労働市場を弾力化して解決できる,とEmmottは考えます.もう一つの解決策である移民労働者の利用拡大は,看護婦や老人介護など,限られた分野で慎重に進められるだけでしょう.

Emmottが期待する生産性上昇は,技術革新への投資,特に未来のロボットたちが実現するかもしれません.それ以外の点では,現実に適応する政府と政策決定能力,東アジアにおける対話の促進があれば,日本は憲法改正や核武装には至らず,より重要な国際貢献をする国となっているでしょう.2020年に,日本政府はアジア連合の中で中国の野心を抑え,アメリカとの緊密な協力を維持して,日本には米軍基地を損座くさせているはずです.

・・・しかし,もし構造改革の核心が,厳しい低賃金労働に励む派遣社員と,上昇する株価によりM&Aを繰り返すホリエモン型投資革命であるとしたら,貧しく,這い上がれない人々が多く出るのではないか? 私は書評で見た本を読もうと思いました.ブレアのイギリスが抱える低賃金労働者の問題を描いた,ポリー・トインビーの『ハードワーク』です.