IPEの果樹園2004

今週のReview

1/12-1/17

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光や電磁波を蓄えることができる箱(フォトニック・フラクタル)ができた,というニュースに仰天しました.技術革新が,個人の生活だけでなく,社会の仕組みを変え,国家間の権力バランスを変え,遂には,地球環境や宇宙さえも転換する時代が来るかもしれません.

もしフォトニック・フラクタルが,光や熱を閉じ込め,いつでも同じだけ放出できるなら,夜と昼,熱帯と温帯の差を利用して,地球上(さらに宇宙)のどこでも快適に暮らすことができるのではないでしょうか? 小さな光の箱でオンとオフが操作できるなら,コンピューターも光で動かせるかもしれません.ひょっとしたら,嵐からエネルギーを取り出し,台風を爽やかな春風に変え,乾燥地帯には慈雨をもたらすでしょう.人類の記憶や時間の流れさえも,小さな箱に閉じ込めることができる・・・? そんな箱ができればよいのに.

もしかすると,未来のフォトニック・フラクタルなら,社会の影も照らしてくれるでしょう.厳冬の白夜や,闇深く,犯罪に怯える地方の夜が,フォトニック・フラクタルで,はるかに住み易くなるでしょう.現在は温帯地域に集中する富や権力が,世界全体に,より均等に,分散されるかもしれません.人類は化石燃料を捨て,もっぱら太陽エネルギーを集めて,世界中で利用するでしょう.

しかし,画期的な技術革新が成功したとき,ますます知識の報酬と世界の富やその分配構造は,特別な説明を要する状態になるでしょう.たとえば,紙や文字・数字は今も非常に重要な情報媒体ですが,最初に紙を発明した人は誰か分かりません.もしそれが誰かの独占的な技術であれば,知識は今ほど普及していたでしょうか? 私たちは,フロッピー・ディスクやCDのように,将来,フォトニック・フラクタルで情報や処理システムを蓄え,運搬するかもしれません.そして,Windowsが更新されるたびに,マイクロソフトへ年貢を納める時代も終わるのでしょう.

核分裂や核融合のエネルギーも,同じくらい世界を変える力があったかもしれません.地下資源や海洋資源の開発,人工衛星,電波の利用など,もっと違う形で利用できれば,人類に大きな利益をもたらし,世界を作り変えたのではないか,と思います.さまざまな文明の発達にもかかわらず,その利用や富の分配に不公正を感じることが,このニュースを聞いて,フォトニック・フラクタルを人類の財産とし,その利益は世界基金にしてほしい,と思った理由です.

フォトニック・フラクタルが共通の財産になった場合,法の執行と富の分配をめぐる権力は,誰が担うのでしょうか? 電話やテレビが示したように,国家・政府ではなく,激しく競争する世界企業が技術革新の利用可能性を決定するでしょう.そして政府や市民は,新しい技術に適応した標準化に奔走します.革新がもたらす利益と無駄は,正しく比較されれば無駄の方が多いかもしれません.人間的な価値を重視すれば,国際的な市場統合や戦争の潜在的圧力を取り除いて,急激な革新を制御する方が望ましいのではないでしょうか?

技術革新にともなう問題は他にもあるでしょう.フォトニック・フラクタルの利用が,季節や共通感覚を失わせ,基準となる時間と空間,政治的理念を,失わせるかもしれません.魔術のように人々の快適な生活を支配し,私たちは専門的な助言(もしくは,祈祷師たちの呪文)無しには日常生活にも支障を来たすでしょう.

フォトニック・フラクタルが地球環境を破壊し,人間以外の生物は,旧来の動物園(あるいは,地球環境博物館)でしか生存できない,などという時代が来るでしょう.かつて豊かな国(しかし,原初の自然を失った国)の探検家たちが,熱帯のさまざまな生物種を植物園や動物園に集めたように.私たちは自然を破壊してしまい,結局,その断片を売り歩く少数の者たちが豊かになる世界に閉じ込められます.

フォトニック・フラクタルが従うべき,南極や海洋,火星を支配する法則とは何でしょうか? 理性を共有し,同時に,他者を支配する生き物として,人間が社会を通じて技術革新の実現経路を決めるのです.3004年には,南極を緑地化し,海洋を牧場にして,火星にも移住した人類が時空間戦争を準備しています.彼らが地球に最後通告を行った日から始まる戦争小説を読んだとしても,そこに書かれているのは,私たちの社会の貧しさや限界です.

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ただしFT:Financial Times, NYT:New York Times, WP:Washington Post, LAT:Los Angeles Times, BG:Boston Globe, ST:Straits Times, IHT:International Herald Tribune


NYT January 1, 2004

Avoiding Previous Blunders

By VIRGINIA POSTREL

(コメント) Joel Mokyrが編集した The Oxford Encyclopedia of Economic History, Oxford University Press についての紹介です.「なぜ世界全体が豊かではないのか? なぜ彼らはわれわれと違うのか? なぜかつてソ連はスウェーデンやデンマークのようにならなかったのか? なぜアフリカは貧困の海に沈んだままなのか?」 多くの謎に答えるために,経済学者たちは最も古い問題に戻ります.すなわち「諸国民の富の原因とその本質は何か?」

こうした問題に答えるには歴史が必要です.すなわちMokyrは,それらの国が豊かになったのはなぜか,を知る必要がある,と言います.たとえば,すでに4500年前に,害虫を駆除するためにシュメール人は硫黄を用いたこと.1世紀前には,ニュー・ヨーク証券取引所に上場されていた半数の銘柄は鉄道会社だった(その前は政府債).1850年に最大の雇用をもたらしていたのは靴製造業だった.産業革命によって利益を得た人々の多くは企業家ではなく,水力や鉱山の利用を支配していた地主たちであった.1880〜1914年に組合が50回以上もストライキを行ったのは,雇い主に黒人を採用させないためだった.

中世以前は人口によって決まった社会の運命も,次第に,技術革新と社会制度によって,大きく異なるようになりました.たとえば綿花です.18世紀の半ばに紡績機械が導入されるまで,綿花は高価な,重要でない繊維でした.それが発明される前は,100ポンドの綿糸を得るのに,インド人の紡ぎ手が5万時間を費やしていました.しかし,この発明により300時間に短縮されました.さらに,ミュール精紡機によって,人の手指から解放された紡績は大幅に改良され,1825年に自動化された結果,135時間となりました.綿布は安価な主要生産物となり,綿産業が産業社会の中心となったのです.

またこのEncyclopediaは,婚姻に伴う女子の家族に支払われる結納の起源や,労働力としての重要性が失われて消滅する過程を描きます.かつてイスラム法の優越とメッカ巡礼による商業の興隆がヨーロッパよりも豊かな社会がイスラム教徒の中東世界に実現したことを指摘します.しかしその後,所有制の多様化に対応したヨーロッパの法体系に依拠して新しい富が蓄積されました.他方,非宗教的な市場を弾圧して,イスラム社会は衰退します.

富も,人間の持つ社会制度も,環境も,歴史的に形成された条件なのです.


ST JAN 2, 2004 FRI

Worried about jobs? Here's a history lesson ...on nutmegs

By Janadas Devan

(コメント) シンガポールの論調は,しばしば,日本の改革イメージと重なります.しかも,シンガポールの方が危機意識は高く,行動力もあります.

今ではインドネシアに属するMaluku Islandsは,かつて香料(ナツメグ)の島として,富と国際紛争の主要な源泉でした.スパイスは17世紀ヨーロッパのもっとも貴重な奢侈財で,さまざまな病気に効く薬として重用されました.10ポンド(4.5キロ)のナツメグが島では1ペニーしかしないのに,ロンドンでは210ポンド,すなわち6万%に価格付けされた,と言います.それゆえ,ヨーロッパ諸列強は,この島をめぐって戦争を繰り返しました.

オランダに敗れてこの島を失ったイギリスは,代わりにマンハッタンを手に入れます.当時は,とんでもない取引だったわけです.この条約に反対して,香料諸島はスコットランド全部やマンハッタン島以上に価値がある,と主張されました.しかし,イギリスならびに世界を変えた新しい思想は,その後,このスコットランドで誕生します.哲学者のDavid Hume,地質学者James Hutton,化学者Joseph Black,そして蒸気機関を発明したJames Watt,経済学の始祖Adam Smithなどです.

さて,筆者のDevanが主張したいことは,この香料をめぐる争いのように,古い富にしがみつくことは非常に愚かであり,むしろ,新しい思想こそが富をもたらす,という教訓です.なぜなら,現代の論調は,アメリカの鉄鋼からブラジャーまで,ヨーロッパや日本の農民からアメリカのホワイト・カラー労働者まで,中国,インド,その他の安価な生産拠点により,自分たちの職場を奪われるという不安と恐怖に満ちているからです.

すべての民主党大統領候補が,何らかの保護主義を支持しています.New York Timesにおいて,Bob Herbertの論説はグローバリゼーションを「多くのアメリカ人家族にとっての自殺行為だ」と非難しました.これに対して,クリントン政権の労働長官であったRobert Reich はWall Street Journalに反論した,と言います.Devanは,シンガポールの目指す進路をこの論調に見出しました.

Reichの主張は良く知られています(ロバート・B・ライシュ『ザ・ワーク・オブ・ネーションズ』).アメリカだけでなく,実際には,むしろヨーロッパでも日本でより多く,また中国でさえ,さらに多くの雇用が製造業から失われています.シンボル・アナリストと彼が呼ぶ新しい労働こそ,増大する富をもたらす職業であって,逆に,ルーティン化された労働は,可能なら,急速に安価な生産拠点によって供給されるようになります.

しかし,移動できないルーティン化された労働は,豊かな国の国内で安価な移民労働によって担われるか,機械化されることになるでしょう.機械化されないサービスは,一方で,高度な技能を必要とし,高い所得をもたらします.他方,特別な訓練を要しないサービス労働は,貧しい移民労働者によって委ねるべきだ,と言います.すなわち,こうした部門への移民流入を自由化して,アメリカやシンガポールにおける貧富の格差を教育によって解決するべきだ,と主張します.それによって,託児所,清掃作業,老人介護など,新しい労働機会が海外の貧しい労働者に与えられ,新しい分野に向かう国内の労働者への教育と移動が促進できるからです.

もちろん,人口規模が日本とはまったく異なる都市国家であり,農業も軍隊も無く,政治システムの違いやエスニック紛争の歴史,中国との関係など,日本とシンガポールは異なります.しかも私は,教育だけでなく,所得格差の拡大を抑制することが重要だ,と思います.


WP Thursday, January 1, 2004

Slavery in 2004

By John R. Miller

(コメント) アメリカ国務省が新しく強調しはじめた論点は,国際的な人身売買,です.国務省のOffice to Monitor and Combat Traffickingを取り仕切るMiller局長は,「現代の奴隷貿易」と呼んで,その廃止をアメリカ国民に訴えます.特にSEX産業や強制労働のための国際人身売買はあらゆる国に及んでいる,と言います.ブッシュ大統領は,この問題の深刻さに注目して,国連総会で奴隷貿易を廃止する提案と,そのための財源を国連に与えました.

アメリカ政府は,毎年,80万人から90万人の男女,大人や子供が,国境を越えて取引されている,と推定しています.実際,Miller氏は,アムステルダムの売春宿で働いていた少女や,バンコクの工場で強制労働に従事した少年と話した印象を述べています.彼らがその身体と精神に受けた傷の深さを知り,この政治目標の重大さを理解するだろう,と.実際,メキシコの村から都市のレストランで働けると思って応募したが,テキサスを経て,フロリダで債務を返済するために売春を強要された,と,数年前に議会で証言したマリアという女性がいました.

アメリカ政府は人身売買を一掃しようと努めましたが,その成果は上がらず,議会は協力しない国への軍事・経済援助や,IMF・世銀からの支援を打ち切ることができる,という決議を行いました.その後,さまざまな国で必要な法律が整備され,強制的な取締りが行われています.こうした各国政府の関心を高めるためには,アメリカの外交政策が重要でした.アメリカ国務省は,反奴隷貿易のための国際協調を,重要な成果として,モデルにしたいようです.


BG, 1/1/2004

Decisions involve diagnosis, intuition

By Howard Dean

A response to cancer forged by Vietnam

By John Kerry

Leadership is about working with people

By Wesley Clark

(コメント) 民主党の大統領候補に,BGがインタビューして,その人物を描く試みです.それぞれに,有権者が聞いてみたいであろう質問をぶつけられます.Dean氏には,直感的な意思決定に問題があるのではないか? Kerry氏には,ヴェトナム戦争で患った前立腺がんとの闘病生活は何をもたらしたか? Clark氏には,あなたの戦歴は国内政治とどんな関係があるか? それぞれが対話の重要部分を掲げています.


FT January 2 2004

Half a crisis afflicts world trade

この2ヶ月以内にWTO加盟諸国がドーハ・ラウンドを再開しなければ,アメリカの大統領選挙とEUの拡大が始まって,政治日程からはずされてしまうだろう.しかし,WTOは混乱状態にある.

その第一の理由は,アメリカの指導力が失われたことだ.過去のラウンドを推進したアメリカが,冷戦終結によって,国内政治よりラウンドを優先して進める地政学的な正当性を失った.

第二に,WTOの加盟国が急増したことだ.その3分の2は貧しい,貿易額の少ない諸国である.その結果,WTOを運営することは難しくなり,しかも,ウルグアイ・ラウンドは発展途上諸国に多くの権利を与えた.それ自体は賞賛すべきことだが,貧しい諸国は関心がバラバラで,しばしば互いに矛盾している.中には,WTOを通商交渉ではなく,ますます政治的なロビー活動の場にする国もある.

第三に,貿易政策と他の政策との境界が曖昧になっている.環境問題や食品の安全規制が,主権を超えて求められる.それがWTOの内外でグローバリゼーション反対派の標的になる.

これらの傾向により,ラウンドの推進は難しくなったし,政治指導者たちの関与も曖昧である.EUは市場の開放よりも新しいルールにWTOを一致させることが目標であり,日本も最小限の要求しか満たさない.どちらも農産物保護を維持することを重視している.他方,アメリカはより大胆な自由化を提案しているが,その政治的な実現可能性は低い.実業界はより低い障壁を望んでいるが,保護主義に反対するより,現状を防戦するだけだ.

制度の危機は深まっているが,実際の貿易が保護主義によって損なわれてはいない.大掛かりな貿易自由化交渉は,広く薄く,しかも容易に証明できない,時間をかけて実現する長期的な利益を求めて,国内の短期的な痛みを受け入れるという点で,政治的な直感に矛盾する行動である.ラウンドが成功するとしたら,それは経済的な利点よりも,システム崩壊の恐怖があるときだ.ウルグアイ・ラウンドはアメリカで強まっていた保護主義と,ラテン・アメリカの債務危機に対する反応だった.9・11はドーハ・ラウンドを開始する力になったが,その影響はすぐに薄れた.

ドーハの交渉失敗は制度の改善を約束しないが,非常に重要だ.もし協調が失われれば,各国はレミングのネズミみたいに,差別的な二国間交渉になだれ込み,多角的ルールによるシステムと世界経済秩序を弱めるだろう.それは結果的に世界経済を悪化させる.手遅れになる前に,各国は貿易に関する原則を実行する必要がある.


LAT January 2, 2004

Democracy Sags in Serbia

WP Wednesday, January 7, 2004

Snatching Defeat in The Balkans

By Morton Abramowitz

(コメント) 過激な民族主義や人種差別のブラック・ホールをヨーロッパ内部に作らない,という方針が失敗しつつあります.

セルビアのZoran Djindjic首相が暗殺されたことが混乱のきっかけでした.しかし,より根本的な問題は,Zoran Djindjicが殺された理由でもある,マフィアにも似た,腐敗した政治システムが改革されていないことでした.またEUとアメリカの協調は内戦終結に重要であったとしても,セルビアとモンテネグロを協力させるためにコソボの独立を許さず,彼らに民主的な政府を樹立させなかった政治方針も混乱を深めたようです.

ロシアのプーチン政権など,自由主義的でない「民主主義」が世界に拡大する,というNewsweekの編集者Fareed Zakariaの予見が的中したわけです.


NYT January 2, 2004

A Wounded United Nations

BG, 1/3/2004

A new push to meet UN's antipoverty goals

By Gunnar Stalsett

(コメント) ブッシュ政権が示したさまざまな国際合意からの離脱や一方的な行動,先制攻撃原則は,国連の築いてきた原則を破壊しました.しかし,アメリカ政府もすでに占領の代償を支払い,復興過程に国連の参加を必要としています.アメリカ政府と国連が,イラクの統治をめぐって,現地の代表者たちと会談を開くことが重要でしょう.

世界を見れば,戦争やテロ対策に多くの予算が割かれる一方で,貧困問題の解決には十分な注意が払われていません.国連のすべての加盟国は,2015年までに貧困を半分に減らす,という目標を支持しました.すなわち,より多くの人に,食糧,飲料水,医薬品,教育を利用できるようにする,ということです.

もし人類の社会的改善に役立つという意味で,軍事予算と貧困解消のための計画が関連するのであれば,これらの支出をリンクし,比較することが望ましいでしょう.軍事予算の何割かを貧困解消の予算に充てることが要求されます.それには,人類を包括する宗教的な心性が必要なのかもしれません.

オスロのルーテル派司教(Lutheran bishop of Oslo)は考えます.ビル・ゲイツやアマルティア・セン,ネルソン・マンデラ,そしてさまざまな宗派の指導者たちが集まって,実行委員会を組織してはどうでしょうか.そして,たとえば,ノーベル経済学賞受賞者のジェームズ・トービンが提案した資本取引税や,イギリスのゴードン・ブラウン蔵相が提唱した基金を実行することです.


NYT January 2, 2004

Analysts Hope the Weakening Dollar Will Avoid a Sudden Plunge

By JONATHAN FUERBRINGER

NYT January 2, 2004

Demand in China, Weak Dollar Will Support High Oil Price

By SIMON ROMERO

(コメント) 世界を動かすドルと石油はどうなるのでしょうか? 不均衡を調整するために,ドルは安くなるでしょう.ドル安は資本の還流を有利にし,純輸出を有利にします.けれども,暴落を回避してもらわねばなりません.この為替レートと金利に対して,アメリカが先に動くのか,それとも中国が先か?

石油は高くなるのでしょうか? いっそ,世界が石油への依存(そして,その生産地域の政治や戦争)から自由になるべきではないでしょうか? 産油諸国は,ドルによって石油が取引されるため,ドル安で大きな損害を被るでしょう.それゆえ,一方では,ヨーロッパではなくアメリカから輸入するでしょうが,他方でユーロ建の取引や資産に代えるかもしれません.ロシアのプーチン,サウジ家,ヴェネズエラのチャベス・・・ 石油の価格は不安定です.


IHT Saturday, January 3, 2004

Bush is ignoring the political lesson of Vietnam

William Pfaff

(コメント) 2004年とは,いろいろな疑問に答えが出る年だ,とPfaffは言います.アメリカの外交政策,先制攻撃や予防的な戦争,第二次世界大戦後の同盟関係や多角主義の終焉,イラクの勝者,イラクにおける勝利がもたらす代償,・・・

イラクをヴェトナムにたとえることは,軍事的な意味では,間違いです.アメリカに対してヴェトナムが勝利したのは,アメリカの戦略的な同盟者が政治的には国民のナショナリズムを妨げたことでした.アメリカは今も10万人規模のアメリカ兵による占領を続けたまま,アメリカに協力する国民的な政治指導者を求めています.

ヴェトナムで何人もの将軍を交代させ,結局,サイゴンから帰還させたアメリカ兵に続いて,南ヴェトナム政府も崩壊します.ニクソンは議会を非難し,自由主義の新聞に責任を転嫁しました.それは,今の「イラク化」計画と同様,「ヴェトナム化」と呼ばれたようです.

2004年が終わって,ブッシュ政権が消え,アメリカによる中東の「民主化」も消滅して,パックス・アメリカーナが新しい使命だ,というアメリカ議会の政党を超えた合意が失われても,それ自体はさほど悪いことでもないだろう,とPfaffは考えます


NYT January 3, 2004

Immigration Reform

FT January 8 2004

Bush's plan won't fix immigration

By Kathleen Newland

NYT January 8, 2004

A Vital Immigration Debate

WP Thursday, January 8, 2004

Immigration, at Last

(コメント) NYTは,移民政策の重要性を指摘します.大統領は共和党議員たちに,今のシステムが機能しておらず, 800万から1000万人に及ぶ非合法移民を政府が無視し続けることなどできない,ということを認めさせるべきです.また,彼らを母国に押し返すことが解決策にはなりません.なぜなら,それは単に多くの移民たちを非合法化し,職場で搾取され,子供たちも学校に行けない,強制送還に怯えて病気や怪我の治療を受けられない状態にするからです.9・11後も移民流入は続き,2003年には,国境を越えようとして490人以上が死んでいます.

ブッシュ大統領は一括のアムネスティーを与えることを排除し,議会関係者との交渉を始めています.しかし,さまざまな提案や関係者の利害を,選挙の年に,調整することは難しいでしょう.NYTは,すでに両党の支持によって提案されている二つの法案を,まず実現するよう求めます.一つは,アメリカ国内で農業に従事する約50万人の労働者に合法的な地位を与える法案.もう一つは,非合法移民の子供たちも,大学に入学し,市民権を取得できる,という法案です.

他方,FTのNewlandは,ブッシュ氏の選挙目当ての移民政策が無駄なことを指摘します.移民の一つの原因である,産業社会の低賃金労働力需要を前提すれば,短期の労働ヴィザを発効して,そのような職種に無制限で移民を受け入れることは,すでにアメリカ国内に居る非合法移民を合法化することになるでしょう.しかし,もう一つの主要な原因,家族の呼び寄せ,については何も改善されません.しかも,一時雇用が終われば,すべての移民たちが帰国すると考えるのは間違いでしょう.

移民政策の改革は,移民たちが合法的に職場に参加し,収入を得ることを認めるべきです.そして,彼らが法に従って生活し,数年にわたって雇用された記録があれば,永住権を与えるべきでしょう.彼らの家族も同様です.ブッシュ氏の提案は,非合法移民たちにとって,強制送還や貧しさを連想させ,アメリカン・ドリームの否定を意味します.せいぜい本格的な改革への小さな一歩.悪く取れば,選挙目当ての単なる宣伝です.

NYTやWPによれば,この法案提出は,議会に移民労働者への依存を認めたうえで,しかも国境の警備を確実に行いたい,という説得が行われるという,要するに,9・11に便乗した法案通過を狙っています.しかし,法案の最大の疑問点であり,弱点は,永住権を得られない,事実上,永久に一時雇用される移民労働者階級を創るのではないか? という問題です.そして,アメリカの労働者が受け入れるような,労働者の不足した「移民職種」をどのように決めるのか? という問題にもなります.最初から議会の支持を期待しておらず,所詮,ヒスパニックの有権者や商工会議所,そして,メキシコの大統領に対する,「われわれは努力している」というアリバイ作りなのか?


Jan. 5 (Bloomberg)

Euro Will Be Top Currency When Asia Says So

William Pesek Jr.

(コメント) アジアからの投資が,ドルからユーロへの覇権移行を決めるだろう,という結論は当然です.それは,日本の通貨政策と関連しています.そして,アジアのドル・ペッグ政策とも.また,アジアの投資は自由化されておらず,中央銀行の介入として管理されています.アジアの債券市場が成長し,民間投資が自由化されれば何が起きるのか? 今後とも,ドルの暴落と反騰を回避するために,アジアの中央銀行が介入しなければならないでしょう.しかし,アメリカの財政赤字や貿易赤字(もしかすると,イラク占領の出費によるインフレ)を放置したまま,安定化介入を続けるでしょうか? ドル危機(資本逃避と金利上昇)に対してIMFが安定化融資を行い,アメリカの財政赤字に上限を課す.そのときの融資はユーロ(もしくは,加えてアジア通貨)建で,というとき,ドルの通貨覇権は終わるわけです.


The Observer, Sunday January 4, 2004

Of vice and men

David Aaronovitch

(コメント) 喫煙に対する社会の反発にはうんざりだ,と愛煙家?のAaronovitchは言います.禁酒法がそうであったように,社会の現実に対して法律で特定の行動や規範・道徳を強制することは,むしろ歪みを増幅するでしょう.正しい分離と法的な規制に合意する方が,魔女狩りのように禁止や禁欲を神聖化するよりも賢明です.

売春・買春についてはどうでしょうか? 売春婦や売春宿を禁止する法律が必要でしょうか? 一般に,売春を仲介したり,斡旋したりすることを禁止する,という法律が多いようです.しかし,売春宿そのものを許せない,市民社会の敵だ,と考える有権者も多いでしょう.少なくとも,道徳的に許せない,と.

この論説は,喫煙と同じように,売春も合法化して,正しい規制や検査に従わせる方が良い,と主張しています.要約するのは難しいので,関心があれば,実際に読んでください.

「最後に,私はこんな反発を予想する.『議論としては良くできている.しかし,あなたは自分の家の隣に合法的な売春宿が開店したら,どうするのか? あるいは,自分の娘が売春婦になったら? それでもあなたはリベラリズムを守るのか?』と.それに対しては,こう答えよう.『あなたは,今,売春宿が自分の家から,どれくらい離れていると思っているのか? どんな売春宿に,あなたの夫ではなく,あなたが訪れるのか?』」


WP Sunday, January 4, 2004

Reflecting on Rubinomics

By George F. Will

NYT January 6, 2004

Rubin Gets Shrill

By PAUL KRUGMAN

(コメント) ルービンの「不確実性の哲学」による政策選択は,クリントン政権とアメリカ経済,そして国際通貨危機に,何をもたらしたのでしょうか? 彼の回想録について,Willの評価は中立的だと思います.どちらかと言えば,この時代にふさわしい,と肯定するでしょうか.

ルービンがゴールドマンサックスからクリントン政権に参加したとき,人々はその「ルービノミクス」に期待して市場で買いました.しかし,ハーヴァード大学で哲学を学んだルービンは,認識論的な懐疑主義,あるいは不可知論に至ったようです.現実において,確実なものは何もありません.政府は不完全な情報に基づいて政策を選択しなければなりません.それゆえ彼は,メキシコ・ペソ危機とアジア通貨危機に際して,大規模な公的救済融資を行いました.そして投資銀行の経験から,それが「モラル・ハザード」を引き起こすことも心配しました.

ルービンは,インフレや完全雇用,財政赤字削減,などについて,そのもたらす結果は不確実であると考えます.一世代前の経済学は,今では明確でなくなった因果関係を前提していることを,彼は現実の生活から知ったのです.財政赤字削減の法律が無駄であったと分かったときも,ルービノミクスは有効でした.クリントンの赤字削減が一種の「心理療法」となったからです.市場の雰囲気は好転し,金利は下がり,投資が増えて,好景気を持続させました.

KRUGMANは,どれほど混乱や悲鳴が渦巻く中でも,平静さを失わなかったルービンを覚えています.その彼が,アメリカの財政赤字がこのまま増え続ければ,アルゼンチンと同じ金融危機を引き起こす危険がある,と指摘したことに注目します.

アメリカも,日本も,EUも,メキシコやアルゼンチンと同じ金融危機に冒される危険が高まっている,という指摘をしばしば読みます.国際金融危機の条件と言えば,国内・国際不均衡と債務累積,主要国間の政治的軋轢です.それらが揮発性のガス(債務の短期化やバブル)となって,引き金に手をかける偏狭な政治家を,待っているわけです.


LAT January 5, 2004

Free Trade Still Matters

BG 1/5/2004

Nafta limitations

NYT January 6, 2004

Second Thoughts on Free Trade

By CHARLES SCHUMER and PAUL CRAIG ROBERTS

(コメント) 自由貿易は今も重要ですが,その原理は批判されています.アメリカ国内の農業補助金が過剰生産を促し,世界の農産物価格を下げて,WTOの自由化交渉も,NAFTAやFTAAのような自由貿易へ至る道をも妨げていると思われます.

SCHUMER and ROBERTSの自由貿易批判は,国内の雇用確保を求めて,自由貿易の前提を否定するような「新しい現実」を強調します.すなわち,特に多国籍企業による,生産要素の国際移動がリカードの前提を覆した,というのです.

しかし,SCHUMER and ROBERTSは,アメリカの上院や政府が,今,雇用を確保するためなら自由貿易も否定する,という傾向を示しています.私も,多国籍企業が「比較優位」による利益を私的に独占する傾向があると思います.多国籍企業への共通の税制や国際課税が必要だと思います.しかし,為替レートの変動や国際的な資本移動・資本市場が効果的に作用する程度に応じて,多国籍企業を含む自由貿易を支持できるような雇用や分配も可能でしょう.

「比較優位の原理」を現実に適応するとしたら,@雇用の国際的調整と,A比較優位を利潤として取り込む多国籍企業と地元企業との競争,を考慮しなければなりません.もし自由貿易が失業や不平等を強めるなら,政策にも制度にも,改善される余地が多くあると思います.


LAT January 5, 2004

From Magellan to Mars, Great Eras of Discovery Have Promised Great Prizes

By Laurence Bergreen

LAT January 5, 2004

NASA Should Continue to Heed the Call of Cosmos

By Sean O'Keefe, Sean O'Keefe is the administrator of NASA.

NYT January 6, 2004

Ready to Roll on Mars

WP Wednesday, January 7, 2004

Mission to Nowhere

By Anne Applebaum

(コメント) 火星の鮮明な映像が地球に届いたことは,マゼランの地球一周航海に等しい歴史的な意義がある,とBergreenは感激します.国民が興奮するこんな事件が多ければ,ブッシュ氏は幸せです.H2ロケットが失敗した日本とは対照的に.

他方,コスト・ベネフィット分析をすべての財政支出に適応しなければならない,という点で,WPは火星探査計画を排除します.この地上に多くの問題を解決しないまま,空を見上げて夢を語っても仕方ない? あるいは,同じ理由で,中国の有人飛行を批判したはずではないか?


FT January 6 2004

China's challenge

FT Jan 6 2004

Lex: Chinese bank bailout

NYT January 7, 2004

China Announces New Bailout of Big Banks

By KEITH BRADSHER

FT January 8 2004

A cleaner sheet for China's banks

(コメント) 中国の金融システム改革が始まったのでしょうか? 欧米のジャーナリストたちは,金融システムに政府が介入して銀行や証券会社を整理すると,必ずそれを批判します.なぜならそれは,@モラル・ハザードを招き,Aシステムを破綻に向かわせ,B再建のためのコストを増やし,Cしかも,利益や負担を不公平に分配します.

しかし私は,逆の予想(グラデュアリズム)も可能だと思います.すなわち,中国の金融システムは政府介入を繰り返しながら着実に改革できる,と.確かに,日本が1998年の金融システム不安に対して,財政的な措置をとって安定化を図ったように,中国はこうした介入がシステムの改革を遅らせるだけであることを,知るべきでしょう.しかし,日本と違って,中国は資本市場における取引を厳しく規制しており,しかも,政治的な合意形成に時間を取ることも無いわけです.

中国では,日本と違って,中央銀行が商業銀行の不正をチェックし,不良債権処理を厳格に行う力を持っています.もちろん,日本以上に会計は杜撰で,融資の内容もさまざまでしょう.しかし,日本以上に,成長によって不良債権を処理する力があるはずです.すなわち,長期の成長に依拠した護送船団方式を取り入れたわけです.

ただし,欧米の専門家たちが要求するような金融市場の開放は,不健全な金融機関の整理が完了するまで延期し,その間,香港で行われた株価と為替レートとの二重の投機が行えるような条件を与えないことでしょう.その一方で,為替レートの調整を適時行い,輸出と国内市場統合を進めることで成長を維持しつつ,マクロ経済管理や金融機関の健全化に,段階を踏んで,厳格に取り組むことです.


IHT Tuesday, January 6, 2004

Flawed charter for a land ruled by fear

John Sifton (Afghanistan researcher for Human Rights Watch)

NYT January 6, 2004

Islamic Democracy

(コメント) IHTとNYTは,対照的な報告をしています.IHTの記事に拠れば,アフガニスタンの憲法制定国民会議は地方軍閥や大量殺人犯の多くが紛れ込んだ,まともな代表は身の安全を保証されない環境で行われました.一握りのアメリカ留学エリートたちが,会議の数ヶ月前に,原案を作成しました.そこには脅迫と腐敗が蔓延しています.他方,NYTによれば,この憲法こそイスラム的民主主義のモデルです.


FT January 5 2004

Six lessons from five years of monetary union

By Wolfgang Munchau

FT January 7 2004

America's strength is the eurozone's problem

By Paul De Grauwe

(コメント) Munchauは,ユーロが満5歳を迎えた経験から,他の地域でEMUをまねる者のための教訓を整理しています.

1.   通貨統合は,経済問題ではなく,政治的な企てである.為替レートを安定化したいのであれば,ほかにも適当な方法がある.

2.   市場統合が無ければ,単一通貨は成功しない.

3.   統合条件で紛糾するより,統合の時期を定めよ.期限が無ければ,交渉は終わりが無い.

4.   統合にふさわしい国の条件とは,インフレ率が収斂することだけである.「実質的」基準は参加を見送るための口実に過ぎない.参加したくない国は,明確に,そう主張するべきだ.

5.   中間的な通貨制度を採用し,為替レートを固定した場合に,中央銀行や政府がどのように協力し,彼らが人間として上手く実行できるか,知っておく必要がある.

6.   中央銀行に完全な独立性を与えてはならない.インフレ率の目標をECBに委ねたことが,その後,ユーロ圏の経済運営を難しくした.

7.   安定のための協定は間違いであって,財政の長期的な持続可能性を合意しておくことだけが重要だ.質的な,曖昧なルールであっても良い.

Grauweは,現在のECBの方針が,2004年には覆される可能性を示唆しています.中央銀行の役割は,インフレ率を2%以下に抑えることだけではない,と.アメリカがマクロ政策を積極的に動員して景気を回復させたのに,ECBはユーロ高をインフレ抑制に役立つと考え,放置しています.それは,輸出の落ち込む産業部門から強い反対を受けるでしょう.

地域通貨統合の目標は,為替レートの安定化だけではなく,安定と繁栄を地域で共有する,という政治的理想なのです.


BG, 1/7/2004

This business cycle could get vicious

By Robert Kuttner

(コメント) Edward Tufte and William Nordhausが1975年に提唱した「政治的景気循環論」は,ニクソンやジョンソンに当てはまったけれど,カーターやブッシュ(父)には当てはまらない,と言われます.しかし,現在のブッシュ氏は,この理論を新しい完成に導きます.というのも,財政・金融政策だけでなく,さまざまな制度や戦争も使って,ブッシュ氏は「わが亡き後に洪水は来たれ」政策を選択するからです.

すでにブッシュ氏は第二次世界大戦以来,最大の財政的な刺激策を採りました.グリーンスパンは,財政赤字やバブルの危険について触れることもなくなり,忠実に,金融緩和を続けています.ブッシュ氏が再選されれば,金利の上昇と財政赤字は社会保障制度の切り捨てに利用されるでしょう.しかし,再選されるまでは減税や医療費補助のコスト,教育改革の効果や地域のコストが目に見えないように隠しています.イラクでフセインを拘束して成果を誇示したように,治安の悪化や核拡散,反米主義については沈黙します.

ブッシュ氏の時限爆弾は,選挙後にセットされています.ただし,有権者がそれを意識すれば,選挙前にも彼を襲うでしょう.

もし大国の政治が,これほど時間(ブッシュの再選)と空間(EUの統一通貨)を私的に操作するのであれば,世界の安定化や不況回避を大国の秩序だけに期待できません.国際官僚や企業によって合意されたルールにも,市民運動が求めるグローバリゼーションの抑制にも,次の危機を乗り越える知恵が求められます.

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The Economist, December 20th 2003

Cotton: A great yarn

Multicultural London: Changing shadows

(コメント) The Economistの特集記事の中で,「木綿糸」をめぐる世界と歴史や,ロンドン東部の移民居住区,Spitalfieldsの話に興味を覚えました.

まず,木綿糸が世界史を動かした最新の例は,WTOのカンクン会議を分裂・閉会させたことです.西アフリカの4つの小国(Benin, Burkina Faso, Chad, and Mali)が綿花を栽培しており,アメリカ政府に,わずか2万5000人のアメリカ人綿花農家を支援するために,年間30億ドルも補助金を与えるのは止めてほしい,と要求したからです.こうした補助金によって綿花栽培は世界的な過剰生産を拡大し,その結果,貧しい諸国では農民が耕地を捨てて難民となるのです.世界銀行は,補助金を廃止するだけで,世界の1億5000万人が貧困から抜け出せる,と推定しています.

250年に及ぶ木綿糸で織り上げた世界史を見れば,その主要な経歴が分かります.

@     1750−1820年:産業革命の基幹産業

A     1810−1860年:アメリカの奴隷人口増大

B     1861年:アメリカ南北戦争

C     1960年代:世界で4番目の湖であったアラル海の消滅.

木綿は,最初,むしろ貴重な,高価な素材であり,高貴な祝祭を飾る衣装であったようです.それが,コルテスのアメリカ侵略において種類の異なる木綿のローブを献上しました.イギリスが帝国を築けたのも,アメリカの黒人奴隷が集める綿花と,それを綿糸や綿織物に加工するランカシャーの綿工業があったからです.

ハーグリーブズやアークライト,ホイットニーの発明が,綿工業の生産性をどれほど急激に上昇させたこと,多くの子供が工場で酷使されたこと(オーウェンのニュー・ラナーク工場でも,労働者の20%は9歳以下の子供だった),初期の生産性上昇による利益は発明者に与えられず,むしろ水力の利用や土地を支配した地主が得たこと,1861年に,世界の綿花生産の3分の2はアメリカに展開し,また,世界貿易に現れる綿製品の3分の2はランカシャーで生産されていたこと,などが述べられています.

政治と木綿糸も深く絡み合っています.リンカーンが奴隷制廃止を掲げたとき,南部諸州は共通の利益によってイギリスとその労働者は南部を支持してくれるものと期待しました.しかし,労働者たちはキリスト教の理想を支持し,北部が勝利したのです.1946年には,スターリンがこの重要な商品を外国に依存することを嫌い,ウズベク共和国に実現不可能な生産目標を与えました.彼らはアラル海に注ぐヒマラヤの雪解け水を引いて膨大な砂漠に灌漑し,本当に,綿花を栽培しました.その結果,アラル海はほとんど消滅し,この一帯の自然環境は激変したのです.それでもなお,ウズベキスタンは世界第二の綿花輸出国です.

金曜日の礼拝に集まる人々がSpitalfieldsのthe Jame-e-masjidモスクに集まります.そこでは英語とベンガル語,そして混じりあった「ベングリッシュ」が聞こえます.

移民たちが地元の住民から恐れられ,嫌われ,差別され,憎まれ,雇用を奪う,住宅を奪う,年金を奪う,などと非難されたことは,新しい移民の波が起きるたびに繰り返されてきました.ロンドン東部に最初に集まったフランスからのユグノーの移民,次に,ロシアや東欧から迫害を逃れて移り住んだユダヤ人,そして,より良い職を求めてイギリスの綿工場や親族を頼って流入してくるバングラデシュやインドからの移民です.Brick Laneは,「プチ・フランス」と呼ばれ,「ゲットー」と呼ばれ,今では「バングラ・タウン」と呼ばれます.

ユグノーは先進的な技術を持ち,次第にイギリス人と婚姻によって混じり合いました.ユダヤ人は白人でしたし,豊かになるに連れて,次第に住居を移し,イギリス人に溶け込みました.しかし,バングラデシュ人は,貧しい工場労働者であり,白人でもありません.彼らは限られた地域に集中して住み,コミュニティーの外と婚姻によっても結ばれませんでした.

白人でもなく,キリスト教徒でもない彼らが,イギリス社会に溶け込むには時間がかかります.しかし,貧困と失業に沈む地域に閉じ込められたはずの彼らの中からも,その開発を拒んできた都市景観を,新しい機会として再開発する者が出ています.ヴィクトリア時代の町並みと合ったレストランやアパートが賑わう,不思議な空間を生きるわけです.


Haiti: The sad bicentennial of a once fabulous sugar colony

(コメント) 1804年,ブラック・ジャコバンによる共和国の独立運動.1904年,ニグロによるニグロの奴隷制を厳しく糾弾した大統領の演説.2004年,支持を失ったアリスティード大統領による独立200年際の強行.

かつての聖職者で,国民統合と民主化,改革の理想的な指導者であったアリスティードは,なぜ激しい反対運動にあっているのか? 彼は民主的な選挙で大統領となりながら,軍部のクーデターで亡命し,アメリカ海兵隊によって政権に復帰しました.政府や官僚は腐敗し,経済破綻が続き,日常でも選挙でも,政治的な暗殺を繰り返しているアリスティードの支持者たち.

ハイチもまた,ヨーロッパが覇権を争ったカリブ海の富の源泉であったし,奴隷制やアメリカの支配によって,世界史に編み込まれた貧困の地図に記されています.


Economics focus: When small is beautiful

(コメント) Alberto Alesina and Enrico Spolaoreによる『国の規模 The Size of Nations』に依拠して,小国と大国の求める世界秩序を考察しています.

スイス,ノルウェー,シンガポールなど,アメリカを例外として,世界のもっとも裕福な諸国は人口が600万以下の小国です(日本はどうしたの? と思いますが).人口規模と経済的繁栄には,何か関係があるのでしょうか?

アリストテレスは,都市国家型の民主政治は人口が多すぎると機能しない,と考えました.他方,ジェームズ・マディソンは,多数からなる代議政治のほうが特殊利益の圧力を抑え,抑圧的な権力を制限できると考えました.Alesina and Spolaoreは,国家の規模がもたらす利益とコストを比較します.

大きな国には,顕著な,規模の利益が働きます.なぜなら,共通のランニング・コストを多くの国民で分担できるからです.特に軍隊の維持と,国民から効果的に徴税するための官僚制度は,国家の規模が大きくなければ導入できません.大国はまた,内部に大きな市場を持ち,特化や規模の利益を実現できます.しかも,国内の地域的な災害や不況に対して,資源の移転で補償してやること(保険)も可能です.

他方,規模が大きくなるとコストも生じます.国民は多様になり,その嗜好が異なり,方針は対立し,会合や交渉も困難です.実際,小規模な自治体は,学校やコミュニティーの維持に高いコストを支払いますが,それでも同質的な所得水準やエスニシティーを保つために支持されています.大国が繁栄するためには,たとえば日本のように,国民の同質性が重要です.

ここまでは,かなり常識的な議論です.次に,Alesina and Spolaoreは,民主化と平和,自由化を導入して関連させます.すなわち,独裁者は国民が同質的か異質的かを気にしません.他方,民主的な政府ほど,大国になることで異質な国民を統合するコストを意識するでしょう.また,平和であれば,小国は軍事費の負担を意識しません.しかも,貿易などの経済取引が自由化されていれば,特化や規模の利益は小国にも享受できるのです.

すなわち,平和で自由化の進むグローバリゼーションの時代には,民主的な小国が繁栄する傾向があるわけです.アメリカは,歴史的に,特殊な大国です.EUが模倣しつつあるように,大国の性格と,小国の性格とを,併せ持っています.そして,世界に民主的な小国が増えるのも,グローバリゼーションにとって良いことかもしれません.