IPEの果樹園2003
今週のReview
8/18-8/23
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アメリカ東北部に広がった停電は,イラク市民の不安をアメリカ人に少しでも体験させる貴重な機会であったかもしれません.私は,9・11の後,アメリカ東部が激しい吹雪に襲われて,人々が孤立し,自分たちの生き方について内省するチャンスがあった際に,同じことを期待しました.しかし,政治家たちが戦争の掛け声を好む間は,和解よりも憎しみが優先されます.
積み上がった日経新聞の山は,いつか目を通すからと,取っておいたものでした.思い切って捨ててしまえば,残ったのは五つの論説です.
@ 三国陽夫「金利上げ マネー呼び戻せ」(7月4日),A 伊藤隆敏「アジア債券育成 新発想で」(7月10日),B K.ロゴフ「世界同時デフレなお懸念」(7月17日),C C.ヤイター「農業 改革へ一歩踏み出せ」(7月18日),D B.アイケングリーン「デフレ,貨幣的現象は一貫」(8月7日)
三國氏は,デフレが資本流出やタンス預金によるものだ,と言います.こうなれば,日銀による金融緩和も効果を発揮しません.金利を上げてマネーを呼び戻すべきだ,と考えます.もちろんその過程で,資金が借りられない企業は倒産し,市場の淘汰が進みます.それでも,「雇用維持の優先がむしろ経済を破壊していく」というコンセンサスを目指すよう求めます.
企業であれ,公団であれ,貯蓄を有効に活用できないことが明らかな用途に低金利で貸し続けているなら,今すぐ再編して欲しいです.金利引上げはその手段として,透明で,効率的だ,と説明することが必要でしょう.そして雇用や中小企業対策に,多くの工夫が必要です.それを明確に国民に向けて語り,実行できる政府があれば,改革は一気に進むでしょう.
伊藤氏は,アジア債券の市場育成に民間の投資信託を活用し,各国通貨建の国債や社債をバスケットで購入できるようなメニューを投資家に提供しよう,と考えます.なぜなら,アジア通貨危機の教訓として,@通貨や満期のミスマッチをなくす,A銀行融資への過度の依存を減らす,B債券市場を整備する,Cアジアの貯蓄とアジアの投資を欧米が仲介する危険を避ける,という課題があるからです.
アジアの投資を監視する金融当局を整備しておくことも必要だと思いますが,政府が国債を共有して協調介入で為替レートや金利を安定化する,という従来の発想と組み合わせるなら,民間投資によるアジア地域通貨への土壌が形成されるかもしれません.他方,アジアが為替レートや金利で対立を繰り返すなら,民間投資はむしろ欧米を経由することを好むのでは?
ロゴフ氏とアイケングリーン氏は,中央銀行がデフレを解消する仕組みや経験を説得的に示しています.ロゴフ氏は,明確なアナウンスをともなう金融緩和政策(と円安)は有効であり,たとえインフレ率が急騰することがあっても一過性のもので,通常の金融政策が有効になる,と指摘します.他方,財政出動には極めて懐疑的です.むしろ,日銀が国債を直接に購入することの方が重要だ,と考えます.
他方,アイケングリーン氏は,中国への非難を退け,為替レートの調整も,それが金融政策を制約している場合に限って求めます.今は,切上げではなく,競争的な金融緩和が望ましいのです.だから,ドル安に対して金融緩和してもインフレが加速しないなら,アジア諸国は金融緩和を続けているわけです.彼の議論は,中央銀行が国内のインフレを管理し,為替レートがその調整にあたる,という筋道です.ただし,アメリカも日本も中国も,実際は,そのように動いているわけではありません.
また,「インフレが貨幣的現象だ」と言うのは分かりますが,「デフレもそうか?」と疑問を感じます.政府が貨幣を独占的に発行できれば,インフレにするのは容易です.銀行や政府が競争の圧力にさらされて,結局,こうしたインフレも抑制されるだろう,という推論は,今のところ異端の見解です.他方,貨幣が少なすぎる,というのは奇妙な説明です.もっと他に説明すべきことがあるのではないでしょうか? たとえ貨幣が減っても,より安い価格で商品が供給されなければ,デフレは起きないでしょう.技術革新や中国(労働力の追加供給)へ工業生産力が急速に移転されたことを誰もが考えます.
ヤイター氏は,日本の農業政策を憂慮します.極めて高い関税,弁明しようの無い農業補助金.世界市場価格で購入した農産物をはるかに高い国内価格で販売し,輸出国と消費者から利益を奪う政府・団体.「日本全体の食費は,人口が二倍にのぼる米国と同じ水準だ」と嘆きます.そして「長期的に見て日本の農業にとって何が最善か」と問うのです.
日本の農民は高齢で,否応なく引退するでしょう.彼らを支援し,農地の都市的利用や環境保護,工業用やエネルギーとしての利用を摸索し,より市場志向的なシステムを検討するよう求めます.日本は,工業やサービスで技術革新を実現したように,もっと革新と想像力を発揮しなければなりません.そうでなければ,WTOの交渉でも孤立し,日本人は衰退した農業部門に縛られて生きることになります.
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ただしFT:Financial Times, NYT:New York Times, WP:Washington Post, LAT:Los Angeles Times, BG:Boston Globe, BL:Bloomberg, CD:China Daily, ST:Straits Times, IHT:International Herald Tribune
FT August 5 2003
Monetary policy is not the force it was
By Stephen Cecchetti
(コメント) 通貨政策に関して,Cecchettiが主張していることは,期待だけでなく,投資が動き出さなければ,その効果は実現しない,ということです.経済学の教科書には,金利を下げれば投資が増える,と書いてありますが,投資は必ずしも増えない,というわけです.
なぜなら,僅かな金利の低下よりも,投資家は将来の売上げを実現できなければならないからです.Cecchettiは,それが一定のプラスのインフレ率だ,と考えます.だから,連銀であれ,日銀であれ,プラスのインフレ率を確実に保証していることを市場に説明し,その上で,投資家が動き出すのを待つのです.かつてのように,投資家たちが資金を銀行に大きく依存していて,銀行が融資を拡大してくれるなら,いつでも投資を増やしたい,と待っているような状態ではなくなったからです.
大国のインフレ率を維持することに加えて,Cecchettiが指摘するもう一つの効果,すなわち通貨の減価を通じた輸出需要の増大は,小国にとって重要です.
しかし,この理想的な通貨政策による世界管理も,大国の通貨政策が混乱し,あるいは対立し,小国の為替レートが急騰し,暴落すれば,アラン・グリーンスパンの魔力も色あせるはずです.
LAT August 5, 2003
Democracy in Iraq? It's a Fairy Tale
By Edward N. Luttwak
(コメント) 畑を耕し,必要な者を生産すること.そのためにも,治安の回復,商業の再生,教育や弱者救済の社会制度,などを整備することが,何より必要なことではないか,と思います.それを,民主主義,と呼ぶかどうかは重要では無いのです.
しかし,アメリカにとってこの戦争は,独裁者を追放し,世界,あるいは少なくとも中東に民主主義を拡大する(それがテロを根絶する,というブッシュ氏の描いたシナリオを飾る)戦争でした.ですから,イラクは,何よりもアメリカ国民が認めるような「民主主義」でなければなりません.
現実のイラクは,彼らの見通しを裏切りました.Luttwakは,イラク国民は誰一人として民主主義を望んでいない,と主張します.多数を占めるシーア派は,その多くが文字を読めず,聖職者の中には政治に関わらない者も居ますが,他方で,イスラム法による厳格な宗教政治を実現することを目指す者も居ます.他方,スンニー派は,フセイン体制化で多くの官職を占め,シーア派の多数支配を何より怖れています.また,アメリカとともに戦ったクルド人も,その組織は全く民主主義を尊重せず,部族間で対立しています.
だから? Luttwakは,アメリカの占領が数十年に及ぶこと,各勢力にそれぞれの治安回復を行える警察を組織させること,各勢力の地理的な分割を受け入れること,などを示唆しています.
アラブ世界における民主主義の実現がどのように進むのか,それが欧米や日本と比べて,どのような特徴を持つのか,まだわかりません.政治と宗教との分離,商業活動の自由,市民権の確立と,法の支配や表現の自由が,きっとイラクにも実現するでしょう.破壊された街の,極貧に苦しむ者が,自分たちの手により復興する過程で,それを学ぶことが重要だと思います.
NYT August 5, 2003
Blood on Our Hands?
By NICHOLAS D. KRISTOF
LAT August 7, 2003
Huge Political Fallout for 'Mini-Nukes'
By Steve Andreasen
FT August 14 2003
A nuclear option that America does not need
By Michael Levi
(コメント) 58年前,広島に原爆が投下された記念日の前日に,KRISTOFは,20世紀の大量破壊兵器WMDを最初に民間人に対して使用したアメリカが,WMDの廃棄や,それを理由とした戦争を正当化することはできない,という国際的に広まりつつある意見に反対しています.広島と長崎は,日本国内の和平派が戦争終結を説得するために必要であった,と.
フセインと同じように,国民を犠牲にしても構わないと言い張る強硬派が,和平派の主張を受け入れる余地は無かった,と言うのです.天皇の側近たちが,原爆を「天の恵み」と呼び,「最高の機会」と感謝していたことにも,言及します.それでも,たった1発の原爆では,軍の強硬派は諦めなかったでしょう.8月に捕虜となったアメリカ兵が,日本軍に拷問されて,アメリカは100発以上の原爆を持ち,数日中に東京を壊滅する計画を立てている,という情報を与えたにもかかわらず,2発目の原爆の後になって,漸く降伏の決断をした,と.日本全土が沖縄のようにならないためには,当時の日本政府にとって,広島,長崎を味わうしかなかった.
ブッシュ政権は,イラクも,広島も,自分たちに関係ない,と言いたいようです.Andreasenは,アメリカ政府が40年前に,モスクワで,部分的核実験禁止条約を結び,ケネディー大統領が,それを「平和への,そして理性への一歩であり,戦争を回避する一歩」と称えたことを,ブッシュ大統領による,オマハでの「ミニ核兵器」実験開始宣言と対比します.この正反対の宣言を,ブッシュ政権はどう考えているのか? Andreasenは,その弁解を一つずつ潰しています.
ミニ核兵器はより限定した地域を破壊し,それゆえ実際に使用できるから,抑止力を高めることができる.ミニ核兵器は,地下深くに秘匿されたWMDを容易に,先制的に破壊できる.それは,アメリカ大統領が独裁者の脅迫に屈さず,自由に選択できる範囲を拡大する.・・・どれも間違いだ.核兵器を使用し易くしても,独裁者との交渉は楽にならないし,彼らを根絶できない,と.最強の通常兵力を持つアメリカがこうした武器を公然と開発することの危険性は,非常に深刻です.
広島と長崎の記念日に合わせて,またも,アメリカ政府は攻勢に出ます.新しい「広島」を作らないために,ミニ核兵器は必要だ,と.独裁者が持つ核兵器を,事前にアメリカがこのミニ核兵器で破壊するわけです.それが抑止力となって,独裁者は核兵器やWMDを諦めるだろう,と.これで説明になるでしょうか? Leviは反対します.
放射能汚染や地下格納庫の理由は適切ではないし,先制攻撃が難しいのは,どこで何が行われているか,についての正確な情報が得られないことです.ミニ核兵器は,これを解決できません.なにより,この核兵器は抑止ではなく,実際の使用を目指しているのです.それは国際的な反感を買うでしょう.
BG, 8/6/2003
The fruits of Bushonomics
By Robert Kuttner
減税と,低金利,そして,輸出拡大で,ブッシュ氏は再選を目指す.しかし,見通しの無い減税策に,長期金利が上昇し,アラン・グリーンスパンの手を縛り始めた.貿易問題では民主党と競い合って,すっかり自由貿易を後退させる.では何がブッシュ政権の政策か? 社会福祉を削り,州の赤字を埋めなかったこと.
景気が良ければ,アメリカ人は誰でもビル・ゲイツになれると信じて,階級,という言葉も忘れている.しかし,苦しくなれば,誰もが得をした奴を探し出す.ブッシュ氏の政策は,それをあからさまに手助けしたのだ.
NYT August 6, 2003
Guarantee Its Security
By DAVID KANG
Rescue Its Economy
By MICHAEL O'HANLON and MIKE MOCHIZUKI
ST AUG 7, 2003 THU
Dream of unified Korea can still be achieved
LEE KYONG-HEE
(コメント) KANGは,北朝鮮が多国間の交渉を受け入れても,基本的に,アメリカが解決の鍵を握っている,と言います.北朝鮮が求めている安全保障を,ブッシュ政権は与えません.それであれば,核開発による脅威のエスカレートが続くでしょう.核兵器開発の破棄と安全保障の他に,何が必要でしょうか?
O'HANLON and MOCHIZUKIは,北朝鮮の経済が壊滅的な状況であることを問題にします.だから,アメリカさえ折れなければ,いつか北朝鮮が自壊する? それが平和的な体制転換である保障はありません.O'HANLON and MOCHIZUKIは,まず通常兵力の削減を唱えます.それは経済的な負担を減らし,朝鮮半島の軍縮に役立ちます.周辺諸国が参加することで,北朝鮮は安全保障と一緒に経済成長を実現できます.アメリカが貿易を認め,中国が輸出加工区を教え,韓国や日本が工場を建てれば良いのです.北朝鮮は,関連する多くの問題を清算し,成長と取引するよう求められるでしょう.
THE KOREA HERALD のKYONG-HEEは,現代財閥のChung Ju Yung が金大中政権と掲げた南北和解の理想に言及しています.彼は非武装地帯(DMZ)を越えて,飢餓に苦しむ北へ500頭の牛を届けたのです.彼の「英雄的」行為は純朴な国民感情を捉え,太陽政策を採る金政権のパートナーともなりました.
しかし,彼らの末路を見れば,和解がいかに困難であるか,よく分かります.Chungが北朝鮮で進めた観光事業や工業開発区は行き詰まり,多大の債務を残しました.金政権も太陽政策をアメリカから批判され,北朝鮮の強硬姿勢に対応できませんでした.アメリカを軸とした世界が許容しない限り,和解の夢は実現できません.
Chungの自殺は,彼が行ったさまざまな献金や裏工作を闇に葬るものです.しかしKYONG-HEEは,金大中に発言を求めます.なぜなら,韓国が党派争いに陥れば,和解の機会はさらに遠のくからです.今後の国際交渉において,まず彼が民族の理想を救済して欲しい,と.
FT August 7 2003
Undue pessimism is driving eurozone recession
By Paul de Grauwe
(コメント) 1990年代のアメリカとヨーロッパの政策論議には,三つの並行した混乱がある,とde Grauweは言います.おそらく,日本にも.
第一に,診断が間違っていたことです.90年代の好景気を,アメリカ人は「IT革命がもたらした生産性の奇跡だ」と考えました.しかし,実際には過度の金融緩和と投機が作り出した典型的なバブルでした.他方,ヨーロッパでは,逆に不況を「市場の改革が進まないせいだ」と考えました.しかし,何十年も言われてきた構造的問題を,循環的な不況の原因と考えるのは間違いだ,とde Grauweは断言します.
それは第二の間違いにつながりました.すなわち,人々がアメリカに対して過度の楽観を抱き,ヨーロッパに対して過度の悲観に染まったことです.アメリカは奇跡の経済ではなかったし,ヨーロッパの生産性上昇率は,過去10年間,アメリカとほぼ同じでした.成長の差は労働時間によるものですが,これも改善されつつあります.しかも,ユーロ圏はアメリカのような消費者債務に依存していません.
最後に,こうした誤解を煽ったのがFRBとECBであったことです.アラン・グリーンスパンがIT革命の利益を投資家たちに説き,ECBは繰り返し構造改革の遅れを指摘し,各国政府の怠慢を非難しました.中央銀行がバブルを支え,不況を長期化させた,大きな責任を負っている,とde Grauweは主張します.
中央銀行に支持された楽観や悲観は,市場において広く伝染し,増幅されました.しかし,生産性の上昇であれ,構造改革であれ,それは何十年もかかる,困難な過程です.生産担当者が循環的な不況を回避する責任逃れに使うことは間違いであり,むしろ景気循環を増幅する結果となったわけです.
アジアはどうでしょうか? 日本や中国について,構造的な過度の楽観と悲観が強まっているのは確かです.しかし,生産性の上昇における格差や,不良債権処理,賃金や土地などの生産コストの格差など,何十年にも及ぶ改革が必要な変化を,一気に経験しているのがアジアです.心理的に増幅されたのは,それを無視することであったと思います.
Aug. 7 (Bloomberg)
What Would the Luddites Say About Productivity?
Caroline Baum
(コメント) 現代が,19世紀のラッダイト運動から学ぶべき教訓は何か? 「技術進歩は労働者の生活を破壊する.」1992年の大統領予備選でも,ロス・ペローはこの感情に訴えました.
生産性上昇は,投資家にとって歓迎されるニュースです.それは企業の利潤を増やし,インフレを低くするでしょう.だから,株価は上昇し,金利も低下するのです.しかし,短期的には失業が発生します.それを解消するには,長期的に生活水準が上昇し,彼らが雇用されることが必要です.もし企業がより安い価格で供給するなら,物価は下がり,実質所得が増加します.ただし企業は,需要の拡大が持続し,現在の労働者では足りないと確信するまで,雇用を増やしません.
Baumは,だから雇用統計が改善されるのは景気回復に遅れる,と強調します.逆に,不況や低成長の中で生産性の上昇が持続しているのは,構造的な要因が存在する証拠だ,と考えます.そして,生産性が上昇する過程でデフレが起きるなら,それは19世紀型の「良いデフレ」だと考えます.ただし,当時は賃金が低下するのではなく,上昇した,という報告に注目します.
1930年代の大恐慌は,「悪いデフレ」でした.賃金も,物価も,利潤も,全てが低下し,消費者や企業は債務を支払えなくなったのです.その差は,供給の増加に対して十分な需要の増加が伴うか,ということです.もし雇用が回復するまで,十分な需要の増加を維持すれば,デフレを良性に維持できる,というのがBaumの診断です.
もちろん,上記のde Grauweと比べれば,欧米間の意見の違いもあるようです.
IHT Thursday, August 7, 2003
Philip Bowring: Turning point for globalization
Philip Bowring
(コメント) ワシントン・コンセンサスが何であったか,というより,なぜそれが他国の政策を支配できたか,を考えた場合,Bowringが言うように,その時代は終わったのかもしれません.
タイのタクシン首相は,IMFからの借入を早期に返済し,二度とこのようなことをしない,と明確に危機に乗じた外国資本の侵略を非難しました.タイ国民は,当然だ,と感じ,外国投資家は不満です.WTOによって自由化が逆転することへの歯止めはありますが,政府は外資に対する報復を用意しています.
ワシントン・コンセンサスとは,アメリカ政府・財務省の望むグローバリゼーションを他国に強制できること,と理解されます.なぜアジア諸国がそれを受け入れたのか,といえば,資本が急激に流出し,アメリカの方針を尊重するIMFから借りるしかなくなったからであり,それを返済するにも,アメリカ市場を中心とした世界市場に輸出するしかなかったからです.
しかし,今や,アメリカの成長は衰え,アメリカの資本市場はアジアからの資本流入で支えられています.世界市場の将来は,アメリカではなく,ますます中国に依存するでしょう.とはいえ,Bowringは,ベイジン・コンセンサスを待望しているわけではありませんが.
国際的な政策合意は大切です.それを指導する国があることも事実です.しかし,合意の内容と,強制メカニズムとは,区別して議論するべきだと思います.少なくとも,分析のある次元では.
NYT August 7, 2003
Grim Facts on Global Poverty
By JEFF MADRICK
NYT August 10, 2003
A Path to Helping the Poor, and His Investors
By HARRY HURT III
(コメント) 世界の貧困がグローバリゼーションによって拡大したのか,縮小したのか? しかし,一日1ドル以下で生活する者が12億人,2ドル以下が28億人もいる世界で,そのような論争は意味がない,とMADRICKは感じます.そんな論争より,国連のHuman Development Report 2003を見ることで,貧困がいかに深刻か,を理解できます.
MADRICKは,世界の富がいつまでも同じ諸国に集中しているのは,技術者や研究者を世界中から集めて,新しい投資を累積しているからだ,と考えます.もし世界の,それゆえこうした活動から切り離された地域の貧困を解消しようと思えば,豊かな国が貧しい地域の教育や社会インフラに投資しなければなりません.
HURT IIIの記事は,マイクロ・ファイナンスの話です.スエズ運河を建設したレセップスの子孫Alexandre de Lessepsが,ジュネーブに設立されたBlueOrchard Financeの一部を所有しています.彼はこの金融機関を通じて,民間投資が貧困とテロを解消できる,と主張します.グラミン銀行に代表されるマイクロ・ファイナンスは,1000ドルか,もっと小額の融資を,無担保で行います.その金利は,LIBORに数%を上乗せするだけで,地元の金融業者が週に数十%の金利を取るのと違って,多くの農民や商人を対象にします.それでも,貸し倒れの発生率は先進諸国より低いのです.月10ドルで暮らす家族にも,彼らは融資します.
「私はカンボジアの村を訪ねた.そこでは人々が融資を受けて灌漑の道具を買い,種子を買っていた.彼らは野菜を育て,輸出業者や地元のホテルに売るようになった.そして村全体が,ゴミ溜めから生産的な土地に変わった.彼らに融資の担保を求めても無駄だ.彼らは何も持っていない.しかし,彼らは死んでも返済する.なぜなら,あなたは彼らに初めてのチャンスをもたらしたから.それは誇りの問題だ.」
WP Thursday, August 7, 2003
Transforming the Middle East
By Condoleezza Rice(national security adviser to the president)
BG, 8/13/2003
For the defense
By Donald H. Rumsfeld(the secretary of defense)
(コメント) もちろん,マイクロ・ファイナンスだけで治安は維持できません.Riceは,アメリカが第二次世界大戦後のヨーロッパ復興に取り組んだことを,今や中東で再現しようとしている,と宣言します.22カ国,人口3億人,ただしGDPはスペインよりも少ない.
どうやって? 多分,Riceは,自由と,民主主義と,繁栄とは,同じものであり,いっしょにやって来る,と考えているのでしょう.ヨーロッパがそうであったように.ドイツが復興することで,ヨーロッパは復活した.だからイラクの復興に,国際的な支援が必要だ,と述べます.しかし,それは復興計画というより,多分,国内選挙向け政治宣言=宣伝です.
Rumsfeldは,21世紀の戦争が,軍事と民事の境界線を変更する,と考えます.それは融合し,逆転する? 彼の曖昧な政治宣言には,戦時国家の雰囲気が支配的です.民間の資源や人材を徴用することで,未来の戦争は実行されます.
しかし,イラク戦の前に繰り返し懸念されたように,これはドイツや日本の占領ではなく,ヴェトナムや,中米,アフリカへの軍事介入に似たものとなる可能性があります.もちろん,二人はそれを好みません.現政権の姿勢として,そうはさせないという政治宣言を繰り返します.彼らが求めているのは,民主主義を拡大する使命と,さらに圧倒的な軍事力です.
CD 2003-08-08 07:49:16
Migrant workers invited to join unions
FU JING, China Daily staff
ASEAN ministers support stable yuan
CD 2003-08-11 07:50:10
Expert: Pressure for RMB appreciation ill-considered
WANG ZHAO
CD 2003-08-12 07:50:27
Money supply is soaring
XIAO ZHANG, China Daily staff
FT Aug 11 2003
Lex: China's bad loans
(コメント) こうして見れば,中国の改革派は,中国を新しい政治経済システムに改造するつもりのようです.移民労働者を労働組合に参加させて,権利を保証し,労働市場の統合化を目指します.ASEAN諸国に,人民元の切上げよりも,安定した中国の成長を支持させます.
中国政府や通貨当局は,もちろん,このまま人民元を切上げなければ,一方で貿易不均衡,他方でインフレ圧力を生じます.しかし,このまま輸入も増える限り,貿易不均衡は解消する方向に向かうでしょう.そしてSARSによる景気悪化への不安から,国内の金融緩和や減税を行っています.人民元切上げで,すでに対中貿易黒字にある日本が主として利益を得ることや,切上げの悪循環になることを指摘します.また,減税策はいつまでも行えませんから,資本勘定の自由化を検討しています.
むしろ金融緩和の行き過ぎや,インフレとバブルが中国で起きる危険を重視し,安定した調整メカニズムと制度改革を促すほうが重要だ,と考えるでしょう.
LAT August 8, 2003
A Circus Without Solutions
LAT August 8, 2003
Attention, Arnold: This Is Real Life
By Doug Gamble
LAT August 8, 2003
Put Schwarzenegger Under Media Microscope
By William A. Babcock
NYT August 8, 2003
Muscle Beach Politics
FT August 11 2003
Muscle man lifts California poll
By Peter Robinson
LAT August 12, 2003
Make the Recall Count
By Ralph Nader, Ralph Nader ran for president in 2000.
FT August 13 2003
John Kay: Too many polls can harm a democracy
By John Kay
(コメント) 東海岸が停電と略奪の恐怖を味わっているのに,西海岸ではリコールによる選挙が「カーニヴァル? サーカス? アクション・マンガ!」となって,真夏の花火大会とお化け屋敷が全開状態です.しかし論説の焦点は,@なぜ財政赤字は生じたのか? それをどうやって解消するのか? Aリコールは政治を改善するか? そして,もちろん Bシュワルツネッガー!
カリフォルニアは住民投票によって政府の手を縛り,増税を拒否し,知事をリコールします.これで政府は何をするのか? もちろん,人気を競って,実際は引き締め政策や増税でも,知事の人気で反対派を蹴散らします.繰り返しリコールと場外乱闘することで,住民が楽しんでいる間に,取引は成立する?
しかし,レーガンは偉大な大統領であった? あるいは,少なくとも,その役を演じた? あるいはミネソタ州知事に当選したプロレスラーのジェシー・ヴェンチュラを見るべきでしょう.すなわち,シュワルツネッガーにどんな政策があるのか? とBabcockは問います.政治家たちが,その政策を吟味し,支持団体に売り込み,実現に奔走して投票を促すのに比べて,TVの人気者たちは,むしろ曖昧な政策しか示さず,面白くて刺激的な台詞しか吐きません.
かつて,ルイジアナ州知事に立候補した男は,クー・クラックス・クランの指導者であった過去をジャーナリズムに叩かれて当選しませんでした.シュワルツネッガーが同じだとは言えなくとも,ボディー・ビルダーで映画俳優だけの名声と資産が,カリフォルニアの公共政策の選択に関わる論点ではないはずです.
NYTも,たった2ヶ月の選挙で,争点と関係なく人気の高い人物が当選することを懸念します.ロス・ペローが最初に示した高い人気を思い出して欲しい,と.ハリウッドの俳優たちは,たいてい民主党を支持していても,立候補するときは共和党です.ポルノ女優や目立ちたがり屋が勢揃いした選挙で,デーヴィス知事を州政府から叩きだす気分に酔っているより,「ターミネーター」より少しでもましな候補を立てろ,と民主党に活を入れます.
こうした選挙自体を支持する意見もあれば,反対する意見もあります.Naderは,選挙が人々の話題に上り,正しい政策のためにアイデアが求められる機会を拡大する,として,この選挙機会を支持します.逆に,Kayは,選挙による政治参加は重要でも,カリフォルニアは行き過ぎだ,と否定的です.なぜなら,個々の争点で住民投票しても,全体として整合的で一貫した公共政策にはならないからです.矛盾した要求に制約された政府にできることは,ますます限られます.
責任ある政府は,有権者に対して,なぜ全てを実現できないか,説明するでしょう.しかし,選挙の前には矛盾したことについて言及せず,ただスケープゴートを非難します.民主主義の理想は,意見が完全に一致することではありません.小さな共同体ではなく,異質な要素の絡み合った複雑な巨大市場で,現実の民主主義は特殊利益集団の駆引きになっています.
理想的には,合意を形成するために,公共心に溢れた老練な政治家が指導力を発揮し,その結果に責任を負います.しかし,アメリカのような参加型民主主義は,ますますこうした理想を実現できないようになっています.もし指導者が,毎日,競争にさらされるなら,その責任の質は非常に弱められる,とエドマンド・バークはアメリカが誕生する前に予言しました.
FT August 9 2003
Exporting the old
NYT August 10, 2003
Who Said Anything About Rice? Free Trade Is About Cars and PlayStations
By ANDRノS MARTINEZ
WP Monday, August 11, 2003
Neighborly Trade
(コメント) 自由貿易に関しては,多くの反対があります.たとえば労働サービス,たとえば農業,あるいは地域同盟や二国間の自由化協定です.かつて,アメリカが農産物や工業製品で圧倒的な生産性を持っていた時代に,世界貿易を自由化したメカニズムと比べて,今では自由化の主体や組織も大きく変わりました.
塩川財務大臣は,日本の老人を介護する若者が足りないから,老人を輸出して,フィリピンで介護してもらえたら彼らに年金を支給する,と発言したようです.実際には,日本が移民を受け入れない政策を維持して,逆に老人介護の仕事を輸出したいわけです.
あるいは,日本の農産物保護は維持できない水準に達しています.このままでは農家が働き手を失い,大幅に輸入に依存する形で自由化するしか無いのです.むしろ専業農家として生き残る者は,農業を企業によって効率化し,日本でも輸入に対抗できるように,農業を強くできる,と主張します.
チリやシンガポールに加えて,中央アメリカ諸国との自由貿易協定の交渉が進んでいます.そこで言われるように,自由貿易の目的は,一層,経済的な利益を超えた,全体としての社会改造へと向かいます.
FT August 10 2003
Basel II 'could damage banks' capital market liquidity'
By Charles Pretzlik, Banking Editor
FT August 11 2003
Boards should not escape Basel II
By David Mayes and Luigi Passamonti
(コメント) 第二次のバーゼル協定に対して,銀行家は不満を述べ,監督する側の中央銀行は限定した役割を強調します.銀行家は,さまざまな金融手段のリスクが異なった自己資本を求めることに反対します.それは市場を歪めるからです.他方,中央銀行も金融監督にできることを限定しようとします.それは基本的に情報の開示を求めるだけで,経営陣に経営の責任を取らせ,株主に経営陣を監視させるのです.細かい監督は必要ない,と.
しかし,バーゼル協定が必要であったのは,銀行に対する国際的な監督を実現するためでした.最後の貸し手が無い世界で,銀行の倒産を処理する仕組みはありません.国家・政府のデフォルトが処理できないのと同じです.しかも,銀行は過剰に信用を創出し,失敗すれば救済されます.銀行の国際取引を監視し,行動規範を合意することは必要だ,と思います.
FT August 10 2003
The jobs of war
By Stephen Fidler and Thomas Catan
(コメント) 戦争をどこまで民間部門が担えるか? という記事です.あるいは,戦争を指揮する能力を,どこまで政府が維持できるか? と言うべきかもしれません.軍隊の合理化とともに,PMCs(民間軍事サービス企業)と各国政府との間で,軍事サービスの国際取引が急速に拡大しています.何が戦争(諜報活動)で,何が戦争(諜報活動)ではないのか,その区別は失われて行きます.ただし,政府には公的な責任が残ります(そのはずです).
FT August 11 2003
To scrap fiscal prudence would be a mistake
By Vito Tanzi
(コメント) この記事にある,日本は今も,故ドーンブッシュが財政破綻に終わると予言した,政策(2002年の財政赤字がGDPの7.5%,公的債務はGDPの158%)を続けている,と言う文句が目を引きました.
Tanziは,最近の世界中に広まりつつある財政刺激策の要求に反対し,それゆえ,EMUが安定化協定を緩和することにも反対します.Tanziは,世界の貯蓄を食い潰す財政赤字を,景気循環の規模から言って正当化できないほど大きい,と考えています.しかも,実質的な赤字は数字よりも深刻だ,と考えます.なぜなら,@人口動態は将来の悪化を示す.A異常な低金利が負担を減らしている.Bインフレによって緩和される見込みが無い.C民営化など,一時的な手段で財源を確保している.
こうしたことは続かない,と彼は警告します.財政的な刺激で需要を追加すれば,不況は解消される,と信じて赤字を拡大するのは間違いです.なぜなら,@財政再建した国で成長が回復した.なぜなら将来の不安(増税やインフレ,通貨危機)が解消されたからだ.A工業諸国の景気を悪化させたのは,エンロンやテロ,投資や貯蓄の減少,高齢化など,供給側の要因だ.B低貯蓄と財政赤字の中で,成長を回復するには実質金利を引き上げねばならない.他方,それは公的な債務負担を増やし,成長の果実を奪ってしまう.C財政刺激策は非対称的だ.減税は容易だが,増税は難しい.
財政刺激策は抑制しなければならない.日本人が今,そのコストを実感して,学習しつつあるように,と.
FT August 12 2003
Time for clarity, Mr Greenspan
FT August 13 2003
Battered by bonds
By Philip Coggan and Elizabeth Rigby
(コメント) もう一度,ブラック・マンデー!?
Coggan and Rigbyが描く複雑な債券市場の需給関係を,正しく要約できないかもしれませんが,多分,こんな感じでしょう.債券市場は,@安全な投資先として債券への需要が高まる,Aアラン・グリーンスパンがデフレに関心を示し,バーナンキはFRBによる債券購入を示唆した.B投機的な債券購入が高まる.Cアジア諸国の中央銀行も為替市場に介入して債券保有を増やす.Dしかし,主要国政府の赤字にともなう債券供給は過剰気味.Eしかも,FRBが裏切った.デフレ懸念を後退させ,債券購入には向かわない.F投機的な債権購入の投売りと,金利上昇を懸念した自動的な乗り換え.Gヘッジ・ファンドなどに損害を与えたが,ブラック・マンデーUは回避する.学習と淘汰が進んだから.H決定的に失われたのは,アラン・グリーンスパンへの信頼.
アラン・グリーンスパンは,一方で低金利による景気刺激とデフレ回避を説いています.しかし,同時に,将来のインフレに関して,長期金利が上昇するかもしれません.住宅市場や金利,消費への影響が,しばしば議論されています.アジア諸国のドル買い介入によるドル建資産累積も,グリーンスパンの残した不信と不確実さも,ますます波乱含みに見えます.
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The Economist, August 2nd 2003
The Holocaust and insurance
Cuba’s economy: The dollarised revolution
Economics focus: Hidden dangers
(コメント) ときには,市場というものが,暑い夏の日に聞く怪談のような気がしてきます.
58年経っても,ホロコーストでなくなったユダヤ人たちへの生命保険金は支払われていません.それは,当時のヨーロッパで,ユダヤ人たちが選択した投資でした.
ドイツは,ようやく,ユダヤ人に対する600億ドル(約72兆円)の補償を始めました.スイス政府も,3億スイス・フラン(約252億円)の補償基金を設けました.しかし,スイスの銀行やヨーロッパの保険会社は,補償や支払に必要な記録をなかなか公開しません.それらはアメリカの法廷で争われました.ホロコーストに関する保険支払を調査する国際委員会が設けられました.しかしその成果は乏しく,その結果,個別に,あるいは集団で,訴訟が起きています.
キューバでは,ソビエト連邦崩壊後のショックから経済が回復せず,政府が方針を大転換して,ドルの使用を認めました.移民の送金を歓迎し,ドルによる支払や,個人商店の開業を奨励するようになりました.移民による送金は莫大(昨年は約10億ドル)で,彼らがキューバ経済に投資し,貿易を拡大するでしょう.観光業が回復すれば,周辺への需要で雇用も増大します.ただし,問題は月に350ペソ,街頭のレートでは13ドルしかもらえない国民と,ドルを得る人々との格差が拡大することです.商品は,次第にドルでしか購入できなくなり,あらゆる分野の人々がドルを得ようと奔走します.
こんな市場の悲喜劇は,アメリカの外で聞かれる話でしょうか?
アメリカでは,生物化学兵器による攻撃や,ヨルダン国王の暗殺など,次のテロがいつ起きるか,を市場に予測させよう,という議論がありました.あらゆるものがインターネット上で取引され,将来の予測も売買されています.政府や諜報機関は難しい選択を市場に委ね,より完全な情報と予測を迅速に普及させよう,と考えたわけです.ただし7月29日,直前になって,ウォルフォヴィッツ氏がこの計画を中止しました.
多くの反対が起きたからです.まず,これはモラル・ハザードを招くでしょう.この「先物」市場では,テロリストに資金提供する者が大儲けできます.あるいは,先物の価格によってテロへの警戒水準をテロリストに教え,その隙がある場所や時期を教えます.そもそも,他人の不幸で金を儲けることは奨励してはならない,と批判されました.しかし,今や,「市場」と言えば,こうしたことばかりを意味するのではないですか? シンプソン裁判で有罪か無罪かを予測させたスポンサーは,この「賭け」で大きな儲けを得たと言います.
銀行が名士や資産家から分離され,情報収集・分析機能に解体されるように,市場もその報酬と切り離されていくのではないか,と夢想します.