IPEの果樹園2003

今週のReview

7/14-7/19

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私は,自民党の支持者ではありませんし,経済学の完全性を信じてもいません.資本主義がすべての人々を幸せにするとも,小泉氏や竹中氏が「平成の鬼平」であるとも思いません.

7月13日のNHK「日曜討論」(竹中平蔵・北城恪太郎・原田和郎・川崎真一郎)で,「株価1万円回復」や「骨太の改革(第三弾)」,「デフレ対策」などが話し合われました.竹中氏が政治家の間で改革の指針を説き続けてきた明解な姿勢に驚くとともに,その話に一貫性と強さを感じて,その意味では経済学の論理が日本の政治に受容されつつある,と思いました.

不良債権問題,デフレ,景気対策,日銀,構造改革,金融危機回避,国際経済政策,それらすべてを,首相は竹中氏に任せました.小泉=竹中経済政策は,長期的に,持続的な成長を実現する経済構造を日本が実現できるまで,危機を起こさず,劇的な介入や支援は抑え,民間の自助努力を強く求めて,政治的な関与や利権を減らし,財政的には可能な細い回廊を進む,という全く「自民党らしくない」方針でした.

さまざまな政治的要求を集約する自民党だからこそ,明確に選別的な政策を採れず,時間をかけて規制や制度を変更し,再分配の影響を緩和しつつ,妥協を求めてきたのかもしれません.竹中氏は,レーガンやサッチャーの名を挙げましたが,小泉政権の改革がそれほど劇的であったとは思えません.金融部門の再編や貿易パターンの変化,規制緩和や資本市場を介した新市場の開拓,雇用創出,新企業の叢生が見られないことは,他の参加者から批判されました.

それでも,組織の改変によって噴出し始めた道路公団の内紛も含めて,特区構想や財源の地方移転などは,確かに,ようやく「改革派らしい」領域に踏み込んだ印象です.株価1万円代回復が特に重要な改善の兆しとは思いませんが,長期金利の上昇を騒ぎ立てて財政や金融をますます偏らせるべきではない,という討論の流れに同感でした.株価や地価,銀行を意識した異常な救命措置を徐々に解除し,健全な競争を促すべきであり,扇情的な発言を繰り返す政治家の無責任な姿勢は批判されるべきだ,とThe Economistなら書くでしょう.小泉式改革は,否応なく,自民党,野党,国民の圧力間でバランスを取りながら進むのです.

1年生のクラス最後の授業で,難しい質問を受けました.機械化や自由貿易が示すように,もし市場による社会の革新過程が,個々人に対しては理不尽な分配の変更と,それゆえ,深刻な社会紛争を頻発させるとしたら,「私たちはどうすれば良いのか?」 また,福井県の高校で出張講義をした際には,破壊と絶望に陥ったアフリカ西海岸のような社会に対して,「私たちには何ができるのか?」と.

富を生産する経路やメカニズムが大きく変化する以上,分配は個人の努力を反映する以外の形で大きく変化し,「不平等」をもたらします.私は,富を生産するシステムを正しく理解することと,不平等な結果を強いられる個人が社会的な富の増加から補償される,合意された制度があることは,社会的な紛争や抑圧を回避する意味で重要ではないか,と答えました.そして,西アフリカの荒廃した貧しい社会に対しても,政府間で多額の経済援助をするより,貧しくとも生きる意志を持つ住民自身が,働く機会と,労働の成果を獲得できる方が良いと思う,と答えました.

通貨危機であれ,移民であれ,私がいつも思うことは,富を作り出す巨大な市場のメカニズムに,正当な分配と補償のメカニズムを与える政治制度が不足していることです.資本主義は,平等と安全が保障されなければ,自由でも民主的でもなくなると思います.創刊160周年記念のThe Economistは,「資本主義と民主主義」という特集を組んで,資本主義の成果を強調しています.しかし,「平等」や「治安(社会秩序の安寧)」についても,アメリカをはじめとする発達した資本主義システムは正当性を問われています.

もし可能なら,貧富の差や武器のない社会において,富裕を,普通の人々の自由な時間と文化的成長,あるいは自然の回復に向ける方が,社会の安寧や個人の自由は深まるでしょう.しかし,現実を動かすのは,もっと違う情念です.

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ただしFT:Financial Times, NYT:New York Times, WP:Washington Post, LAT:Los Angeles Times, BG:Boston Globe, BL:Bloomberg, CD:China Daily, ST:Straits Times, IHT:International Herald Tribune


CD 2003-07-01 07:39:38

Comment: No time to raise renminbi's value

BING LAN

(コメント) この論説は,中国政府の考え方を良く示していると思います.人民元の切り上げや変動レートへの移行は,今は行わない.なぜなら,中国が輸出を不当に増やしている,という非難は間違っているから,と.

その理由は,@貿易の利益は外国企業に取られてしまい,中国には僅かな利潤しか残らない.A貿易赤字に苦情を言う国は,その国の企業が中国で生産して輸入を増やしていることを忘れている.B赤字国は香港からの輸入を中国との貿易に含めている.他方,香港への輸出は中国との貿易から除いている.C中国の輸入も急増しており,貿易差額は縮小している.D今年5ヶ月間の貿易黒字は,貿易額の1%以下でしかない.E経済学は,正しい為替レートを決めることができない.F外貨準備の増加は,時代遅れの為替管理体制によるものだ.G1997-98年のアジア通貨危機は,こうした管理体制を維持するような不安を高めた.H健全な成長や雇用を実現する為替レートが望ましい.I中国は現在の為替レートに満足しており,これを変更させる国際協定はない.J中国の企業や銀行が成熟すれば,変動レート制に徐々に移行する.K中国経済の成長こそが,世界経済にとっても,外国企業にとっても,望ましい.

大筋で正しい主張だと思います.しかし,輸出が増加し,外貨準備が累積する国は,固定化された為替レートに切上げの圧力を受けるでしょう.中国自身が金融緩和と成長促進,市場開放を続ける中で,これを解消できると考えるなら,不況に苦しむ他国が一時的な輸入制限を行うことにも理解を示せるでしょう.あるいは,為替レートの正しい水準を人為的に決められない,という理由で,今の為替レートに何の根拠も示せないのですから,一定の方式で独自に切上げを実施し,市場圧力を吸収する方が賢明です.

より踏み込んだ貿易摩擦の解消策や為替レートの安定化と調整を議論することが,中国自身の利益である,と世界に対して明確に示すことが重要です.


WP Wednesday, July 2, 2003

Burdening Our Children

By Robert J. Samuelson

(コメント) クリントンとブッシュは,新しい政治を始めたようです.すなわち,「ベビー・ブーマー・ポリティックス」!

クリントンは,年金を株式投資に流し込んで投機を煽り,ブッシュは,配当にかかる税金を廃止し,医療改革を進めて赤字を膨らませます.その意味するところは同じ,「ベビー・ブーマーに豊かな老後を!」 そして,「若年世代には将来の財政赤字と増税を!」 超富裕層への再分配や,逆進性を問題にするのではなく,むしろ比較的裕福な引退前のベビー・ブーマー世代に,満足と安心を売り込む政治家たちなのです.それとは言わないまま,世代間の社会的合意が見直されつつあるのです.


FT July 4 2003

Russian risks

(コメント) Mikhail KhodorkovskyやPlaton Lebedevといったロシアの財閥が,プーチンの政治権力と正面からぶつかれば,ロシアは大きな混乱を呼び戻す,とFTは懸念します.

ロシアの財閥がその富の源泉としているのは,エリツィンの無法時代に,国家資産や石油資源を私物化した闇取引です.プーチンの抑圧された冷静な秩序の下で,彼らの富と政治権力との暗闘が甦りつつあるようです.そのルールは簡単です.財閥は政党や新聞,有権者や地方政府,TV局,サッカー・チームなどを買収し,権力者は彼らに課税し,活動を禁止し,首謀者を逮捕し,過去の罪状を暴き,処刑します.あるいは,路上でも邸宅でも,気に入らない人物を襲撃させ,暗殺する・・・

極端な富や,極端な権力が,社会を豊かにするより,特定の集団に有利な秩序に向けて利用されるのは,今のロシアを動かす支配者たちの深刻な動機に顕著なようです.

FTの論調が曖昧であるのは,ロシアの財閥を裁くことは,その富と連携する先進世界の企業や投資家に損失と迷いをもたらし,あるいは富や権力の暗部をことさら強調する論調に火を付けないか,と心配するからでしょう.なるほど,原則として,「全ての富は犯罪である.」


IHT Friday, July 4, 2003

The Latino challenge

LAT July 4, 2003

Messy Fight for Democracy

(コメント) アメリカの人口構成は急速に変化し,スペイン語を話す,メキシコを中心としたラテン・アメリカからの「ヒスパニック」が最大の少数派となりました.彼らの人口は4000万人に達し,年に9.8%(国民全体の人口増加率の4倍)で増加しています.彼らは自分たちを「白人」と思っているかもしれません.半世紀前,人口の87%が英語を話す白人で,10%の黒人が最大のマイノリティーでした.アメリカ社会に「人種」の過去の分類は役立たないようです.

もしアメリカでヒスパニックが多数派となり,政治の世界をも支配するようになれば,それはある種の「不可能な夢」を追求するかもしれません.すなわち,アメリカのような自由と繁栄に,ヨーロッパのような平等と弱者への思いやりを加えた社会です.市場改革を進めたラテン・アメリカにおいては,すでに「新自由主義」への不満が渦巻いています.自由化は,確かに輸出や成長を加速した場合もありますが,同時に汚職や犯罪を増やしました.

その中でも,チリは成功例です.独裁から民主制への移行を遂げると同時に,国民の健康,栄養状態,教育水準を改善しました.

今から半世紀後,アメリカは,どのようなラテン・アメリカに属するでしょうか?


FT Jul 3 2003

Lex: Financial fragility

FT July 4 2003

Lex: Japanese equities

FT Jul 6 2003

Lex: Japanese government debt

July 6 (Bloomberg)

Japan's Government Bond Market Is Getting Killed

David DeRosa

(コメント) 塩川財務大臣が言うように,長期金利が上昇しても日本経済に悪影響は無いようです.日本経済は,アメリカのようにモーゲージや社債によって長期金利が影響を及ぼしません.資本を供給している銀行は,確かに国債を多く固有していますが,株価の上昇で,今はむしろ利益を受けています.そして,融資はほとんどゼロの短期で行われています.

問題はないのか? いいえ.FTは書きます.もし日本経済の状態が改善されて企業の収益を増やしたのであれば,株価は上昇し続けます.そうでなければ,バブルは弾け,株価はファンダメンタルズに引き戻されるでしょう.日本の脆弱な金融システムは圧力にさらされます.

海外からの日本株購入も,国債価格の下落や世界から見た日本の株価の下ブレを是正する資金有用者の戦略,日銀短観などが材料でした.しかし,経営者が株価収益率を改善した証拠はあるのか? と海外投資家は捜すでしょう.日本の景気が短い回復を示して落ち込むのを,何度も経験しているからです.

国債市場は安定しており,日本政府の国債費は金利低下でむしろ減少している,ということです.なんだ,それならもっと国債を発行して刺激策をとっても良いのか? と思いたいですが,長期金利が倍増しました.デフレが続く限り,国債を減らす見込みは立ちません.そして,この累積額を思えば,日銀も財務省も,国債価格の安定化に無際限な介入を続けるでしょう.しかし,成長を回復し,あるいはインフレが起きなければ,国債は(実質で)減らないのです.

日銀や政府にとって,多分,答えは明らかです.長期金利の上昇は,金融部門がシステムとして機能しなくなる場合を除いて,これを放置し,民間の収益改善を競争させることです.

日本の財務大臣がデフレを阻止しなければならない理由は,これだけの借金を,すべて,増税ではなく,アルゼンチンのようにデフォルトでもなく,返済するには,デフレではなくインフレが起こらなければならないからです.ただしインフレーションとは「緩やかなデフォルトである」とDeRosaは言います.


FT July 7 2003

Double bubble of Fed's own making

By Melvyn Krauss

July 8 (Bloomberg)

`Bubble II' in Stocks Is Risk to Be Reckoned With

Chet Currier

(コメント) アラン・グリーンスパンへの信頼が問われています.「二度もバブルを煽った男だ」とKraussは批判します.一度目はIT株バブルを生産性の上昇として正当化し,再び,今度はデフレの恐怖を煽って債券市場バブルを正当化している,と.

投資は,常に,リスクを伴う.Currierの結論は月並みです.分散投資やさまざまなリスクを注意せよ.歴史上,二番底を経験したケースは多くある.バブルは繰り返す.・・・

これまで論じられてきた金融政策や投資の基準とは,非常に不完全な経験則であり,経済条件や金融の制度・技術変化によっては,常に大きく変更されるのでしょう.


LAT July 7, 2003

Small Arms Pose a Peril That Must Not Be Forgotten

By Rachel Stohl

(コメント) 大量破壊兵器や核兵器よりも,はるかに大規模に,非合法な小火器の蔓延が社会を崩壊させ,人々の生きる希望を奪っています.多くのテロは,ハイジャックや自爆攻撃によって行われるのではありません.世界には,6億3900万丁の銃が流布されていると推測されます.AK47やM16のような小火器が,リベリアやネパール,アフガニスタン,コンゴ,南アフリカ,ボスニア,ルワンダ,などで虐殺や強姦を広め,人々を村から追い出して難民にし,経済活動や援助も放棄させました.世界の6億丁の銃が,民間取引で紛争地の間を容易に移動します.これを止めるべきだ,と.

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The Economist, June 28th 2003

Capitalism and democracy

Radical thoughts on our 160th birthday

(コメント) 資本主義の成果は,富を増やし,人々を平等化した,なぜなら多くの中産階級を生み出すからです.The Economistの創設者James Wilsonは,経済的自由を増やすのが政治家では無いことを160年前に確信していました.

現編集者Emmottも,このWilsonの戦略が正しかったと確認します.現代においても,自由主義の基礎である経済的自由の本当の敵は,グローバリゼーションに攻撃を繰り返す思想家や運動家,各地の保守的テロリストではありません.むしろEmmottは,こうした攻撃を理由に,企業や市場の機能に介入し,規制を増やしたがる官僚や政治家を,最も危険なものと考えています.

自由主義が弱まるとしたら,それは失業が増加し,金融危機が激化するときに,企業スキャンダルなどで資本主義や市場の倫理的な基礎が疑われることによってです.それでもEmmottは,資本主義に機会を与えてやって欲しい,と訴えます.富裕層や経営者の悪徳を弁解することなど必要ない.しかし,自由な市場システムを支持して欲しい,と.

その原点こそ,自由貿易,なのです.もし自由貿易が力を得れば,たとえば農産物で裕福な国の補助金が減れば,世界の農産物貿易は貧しい国々の貧しい農民たちに富への参加を促すでしょう.確かにコーヒーの過剰生産は価格を暴落させています.しかし,もし他の農産物が自由に取引されていれば,貧しい国の農民たちは他の作物や農産物の加工工場に仕事を見出し,コーヒーの過剰生産は解消されて,価格が上昇するでしょう.

自由貿易こそ,健全な資本主義と民主主義の関係を築く基礎になる,とThe Economistは訴えます.


Affirmative action: The wrong decision, poorly made

(コメント) 最高裁は,短期的に,不平等を是正する措置として,それを支持しました.しかし,政治家や大企業,新聞の多くが支持しても,affirmative actionは間違っている,とThe Economistは考えます.なぜなら,肌の色を理由に法的な差別を正当化する点で,このような措置は問題を改善するのではなく悪化させるからです.差別は,決して単純な肌の色で分類できません.人種的に多様な指導層を社会が人為的に作るという発想を,The Economistは支持しません.そして,明白に人種差別的でありながら,その手法は「ポイント制」によって隠蔽されています.こうして差別は制度化・永続化される,と考えます.


The Balkans and the European Union: The regatta sets sail

(コメント) バルカン諸国がEUへの加盟に向けて社会を改革する目標を示したことは歓迎できます.しかし,その過程は国によって差を生じています.条件を満たした国から,順に加盟できるのです.

内戦を経て,今でもNATOが1万2000人の平和維持軍を駐留させる各地域は,近い将来に友好的な倶楽部を形成する見込みもありません.特に,セルビアは最も発達した経済を持ち,最も激しい人種対立と内戦を経て,改革派のDjindjicが3月に暗殺されました.ミロシェヴィッチの公判は進められていますが,その後も社会の暗闘は続いています.Djindjic暗殺事件の逮捕者は1万人を超え,指導層の全てが何らかの犯罪組織と関係しているようです.

人々の求める投資と雇用が急速に回復するには,改革派の政府に力が足りません.その社会が過去を清算し,新しい秩序を見出すのに時間を必要とするのは確かです.移行経済の失敗は,それが市場によって容易に加速できると考えたことでしょう.


Riots and refugees: After the storm

(コメント) 移民や難民の流入に頭を痛めたイギリス政府は,公共住宅があって,移民の比率が低い地方都市に,分散して居住させる方針をとりました.

GlasgowのSighthillで,人種暴動の悪循環が回り出します.疑心暗鬼と誤解,不安,それを煽る極右の政治宣伝.さまざまな嫌がらせやイザコザ,人種差別的犯罪が頻発します.ついに,ささいな暴力事件から流言蜚語が拡大し,警察の介入は後手に回ります.

この記事は,それでも積極的に和解と理解を促す地方政府の働きかけがあって,人々の誤解は解け,移民が本当は地域経済に必要な熟練や知識を持った技術者であること,非常に勤勉な労働者や,独立心旺盛な企業家であることを知ります.より高度な教育機会が開かれることによって,彼らの子供たちは優秀な成績を示すようになりました.

何より残念であるのは,とThe Economistは書きます,地方政府が僅かに行動を起こすことで素晴らしい成果をもたらすにもかかわらず,こうした動きは人種暴動を繰り返した後でしか,通常,生じて来ないことである,と.


Freddie Mac and Fannie Mae: Crony capitalism

(コメント) この不思議な「アメリカ」「資本主義」「クローニズム」に関して,その機能を簡潔に紹介しています.要するに,投資を流動化し,リスクを分散させることで,個人の住宅購入を容易にしたわけです.その任務が終わったにもかかわらず,政治的なコネが効きました.ぼろ儲けが保証されていたようです.しかし,このまま放置すれば,彼らは政府の保証で危険な博打に深入りする.いまこそ,解消できるはずだ,と.