IPEの果樹園2003

今週のReview

6/23-6/28

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6月19日のNHK・上方倶楽部で,内橋克人氏の対談「人間の経済を求めて」を観ました.氏は「匠」の生き方に日本人の心のよりどころを求めます.匠は,無名で,義理堅く,寡黙な人たちです.匠たちは孤独に工夫を重ね,真っ暗な部屋を手探りで進み,ついに技術と技能とをつなぐドアを開けます.彼らがその体で示す生き方に,畏怖と尊敬の念をいだく,と内橋氏は語ります.

内橋氏の母は,タバコを売るのにも「手渡し」にこだわったそうです.自動販売機を入れて,より多く売っても,その儲けがどうしても自分の物とは思えなかったからです.「他人(ヒト)の弱味につけ込むな」と何度も教えたおばさんや,多くを語らず,疎開先の兄弟を見て,何も言わずに歩いて帰った「悲しい」父の姿が,氏の精神を作りました.昭和20年の神戸大空襲の際,盲腸になった氏の看病に訪れて,身代わりのように死んだ女性の位牌を,氏は枕もとに置いて忘れません.そして,日本人には,多くの身代わりとなって死んだ人たちがいる,と言います.

内橋氏は,経済がまやかしである,と考えます.まじめに働いてきた多くの日本人が「10年の不幸」を強いられたとしても,彼らが怠け者であるわけはない.政治指導者たちがまともな仕事をしなかったからだ,と言います.「翻訳経済学」のいいかげんさに怒りを表し,自分の目で確かめない者が言うことは信用できない,と静かに断言します.会社が潰れても,人間は潰れない,そんな社会の方がよい,と.

経済学は,独り勝ちの世界を説明し,擁護します.私の学部ゼミで,チャールズ・ウィーラン著『裸の経済学』をテキストにしました.それはすぐに失敗だとわかりました.この本は,経済学だけが支配的にふるまえば,いかに世界を解釈してしまうか,を痛感させます.たとえば,マイケル・ジョーダンに年間3000万ドル(約35億円)をシカゴ・ブルズが支払うことや,ビル・ゲイツから1ドルを取って飢えている子供に与えても社会的な厚生が改善されないこと,を「説明」します.私は,このとんでもない経済学と,ゼミで格闘し続けます.

リスクの高い社会より,もっと人間そのものを大切にする社会の方が良い,と内橋氏は考えます.日本人は「匠」として生きるべきだ.そして,「匠」とは心のあり様だ,と.日本の将来モデルとして,氏は北欧の社会を取り上げました.たとえば,デンマークでは風力発電を普及させ,すでに全ての電力を自給して,輸出もしています.食料自給率は300%です.共通農業政策における補助金はどうなっているのか? と,私は思いました.しかし,水の豊かな温帯地域が,農業に比較優位を持っているとしても不思議ではありません.

地域的な自給をめざす氏の主張が,経済学のテキストと対立するのはもちろんです.しかし氏は,日本が外貨を失えばどうなるか? と心配します.グローバリゼーションに反対してスーザン・ジョージが訴えた,市場を社会的規制に従わせる国際連携.ジョン・ダワーが期待した,平和主義の理想によって生きた戦後の日本社会.ロナルド・ドーアの描いた,生産者に共通する利益を社会的な長期目標として実現しようとした「日本型資本主義」.こうした理想は,いずれも経済学と矛盾します.

経済学は万能ではありません.市場の力を無視することは愚かですが,経済学で説明できることは限られています.

私は内橋氏の理想が好きです.寡黙で,律儀な,無名の人々を尊敬する社会に,私も住みたいと思います.自分の能力や好みに応じて職場を移り,本当にやりがいのある仕事を求めて,人々は匠を目指します.そして,法外な所得を占める市場の勝者など,どこかの島で金融ギャンブルに耽らせておけば良いでしょう.その島から出るときには,彼らにふさわしいと社会が認める報酬だけを与えます.

生協の本屋さんで『風の谷のナウシカ(豪華本)上・下』を買いました.夏休みになったら,ゆっくり読むつもりです.・・・風の谷,あるいは,アフガニスタンのマリア・・・

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ただしFT:Financial Times, NYT:New York Times, WP:Washington Post, LAT:Los Angeles Times, BG:Boston Globe, BL:Bloomberg, CD:China Daily, IHT:International Herald Tribune, ST:Straits Times


June 12 (Bloomberg)

How Long Will Greenspan's Cuts Boost Asia?

William Pesek Jr.

(コメント) 自国の通貨をドルに固定,もしくはほぼ固定して安定的に管理しているアジア諸国にとって,アラン・グリーンスパンの金融政策は自国の景気刺激策でもあります.中国や香港,マレーシア,そしてインドネシア,シンガポール,台湾,タイがこうしたドル経済圏であり,ラテン・アメリカと並んで,アメリカ連邦準備制度の13,14,15・・・番目の地区だ,とPesek Jr.は言います.

アジアから見ても,アメリカから見ても,景気刺激が望ましい時期には,こうした固定制が互いの利益であることはもちろんです.アメリカはバブル破裂に続くデフレの脅威を金融緩和とドル安によって回避し,アジアは安定した為替レートと豊富な通貨供給による成長を享受できるでしょう.もちろん,ドル圏以外の諸国が輸入増加によって苦しむわけです.

Pesek Jr.は,アメリカが短期間で景気を回復できれば,こうした国外ドル圏経由の刺激策も有効であるが,アメリカの企業スキャンダルなどが続くのを見れば,回復は遅れる,と考えます.そして,日本に代わってアジア諸国の輸入を吸収する中国も,アメリカに依存している体質が変わらない限り,不況や通貨危機の悪循環と波及が起きることを示唆します.

6月20日のWBSに出演していたリチャード・クー氏は,アメリカの考え方を紹介し,解説しました.ブッシュ氏の目標は再選だ.選挙までに,彼の選挙地盤の中南部で失業者を減らすには,減税や金融緩和より,ドル安を促すことが最も効果的だ.彼らは世界の競争的な通貨切下げが危険なことは知っている.しかし,日本やEUが財政刺激策を採るには時間がかかる.だから,再選されてから,財政政策の協調をもちかけるしかない.今はドル安だ,と.

Pesek Jr.と少し違うのは,ブッシュ政権が特にアジア諸国の通貨がドルに対してまだ安すぎる,もしくは貿易黒字を減らすべきだ,と考えていることです.日本はともかく,他のアジア諸国はアメリカからの輸入を吸収する景気刺激策を採れるはずだ,というわけです.


NYT June 12, 2003

Looking Beyond Free Trade

By JEFF MADRICK

(コメント) ブッシュ政権の外交政策を,開発論から批判した論説です.9・11以後,アメリカは世界の極貧地域に無関心でおれません.安全保障のためには,独裁者を追放するだけでなく,経済的機会を保証し,持続的な民主主義を樹立しなければならないのです.

ブッシュ氏は,彼の対立候補が今まで聞いたことも無いような,中東地域の自由貿易,二国間貿易協定,経済援助,AIDS基金,などを支持しました.しかし,本気なのか? と疑わせます.自由な取引(貿易)が貧困を撲滅し,自由の尊さを教えてくれる,といった演説は,単なるイデオロギーに聞こえます.

長年,経済学者は自由貿易が貧困を無くすと主張しなしたが,貧困や不平等はなくならず,必ずしも成長は実現しません.自由貿易や援助は,発展途上国の成長をもたらす条件の極一部でしかありません.最近の開発論によれば,成長の条件は決して単純な一般論に要約されません.ラテン・アメリカの「ワシントン・コンセンサス」も,「アジアの奇跡」も,成長をもたらす完璧な答ではなかったのです.西側の民営化を押し付けるのではなく,むしろその地域に機能している制度を活かして,市場改革を成功させることが望ましい,と言われます.

ブッシュ氏も,アフガニスタンやイラクで,アメリカの正義や理想を吹聴するのはもう止めて,その地域の能力を高めるように支援するべきではないか?


ST JUNE 12, 2003 THU

Economic recovery: US' gain, Europe's pain

OLIVIER BLANCHARD

(コメント) BLANCHARDは,アメリカとEUとのマクロ政策の調整が対照的な点に注意します.大胆な金融緩和と積極的な減税に踏み切ったアメリカと,寄り合い所帯で円滑な政策転換ができないEU.確かに,G8で主要国が表明したように,世界経済は回復への条件を整えています.原油価格は下がり,バブルの後遺症は処理され,イラク戦争の不確実さは取り去られて,これまで延期されてきた投資が奔出するのを待っているわけです.しかし,EUのデフレは現実に進みそうです.

問題は,アメリカが過去の経常赤字に対する調整を進める時期に入ったことです.これは,BLANCHARDに言わせれば,アメリカ政府ではなく市場が望んだのです.GDPの4%程度まで債務を減らさなければ,海外の投資家はアメリカの債券を買いたがらない,というわけです.しかし,こうして生じたドル安は,円(やアジア通貨)が増価する余地を持たないために,ユーロの増価に偏って経常収支の調整を生じます.

こうしてアメリカとEUは対照的な成果を示すと予想されます.BLANCHARDが観るところ,アメリカの回復とEUの失速,デフレは,政策担当者と制度の優劣を如実に示すものだ,ということになるでしょう.


FT June 13 2003

Michael Prowse: Don't blame globalisation

By Michael Prowse

もしロンドンやマンチェスターの住民が交易やビジネスの自由によって利益を得られるなら,同じことがパリや上海の住民による取引についても言えるだろう.貿易や投資は日々の経済活動の仮称に過ぎず,国内では弁解する必要も無い.もし社会的な交易が同じパスポートを持つ人々にとって好ましいなら,異なるパスポートを持つ人々には好ましくない理由などあるだろうか?

国際的な交易や投資に障壁を設けないという意味で,グローバリゼーション支持論は,わざわざ言うまでも無いほど,多くの経済学者に圧倒的に支持されている.しかし現実には,それに抵抗する者が多い.4年前のWTOシアトル総会以来,「世界的正義を求める運動」が誕生し,あらゆる政治・経済サミットを悩ませている.この運動が生み出す怒りの書物や宣言は留まることがない.

その理由を知りたければ,コラムニストで環境保護論者のGeorge Monbiotが出した新著 The Age of Consent を読んでみれば良い.彼はWTOの職員が喜ぶような農産物補助金の段階的排除といった政策も提唱している.彼の関心は,グローバリゼーションに反対することから,現在のリベラルな世界秩序のバランスを変えることに,変わった.グローバリゼーションは,社会・政府分野よりも,経済分野で余りに急速に進み過ぎた.あるいは,資産管理者であり慈善活動家でもあるジョージ・ソロスや政治学者のジョン・グレイが主張してきたように,「世界社会」を伴わない「世界資本主義」の突出した展開が軋轢をもたらすのである.市場に限界はないが,社会制度や政治制度の多くは国民国家に制約されている.

このミスマッチが,抵抗者たちの不満を正当化しないまでも説明する.彼らは世界市場によってバラバラにされ,市民生活を牛耳られ,しばしば支配されていると感じる.ところがそれに対して,通常の国内の政治的チャンネルは機能しないのだ.この無力感は,先進子億でも発展途上国でも同じである.ミスマッチは以前からあったが,資本規制が撤廃されてから一気に強まった.国内の市民社会が持つメカニズムは,市民たちが集団的に市場競争を規制し,政治的な議論が決めた公共の善を実現させた.

市場が世界化すると,効果的な政治審査は非常に難しくなる.確かに,経済学者が言うように,世界資本主義の唯一正統なモデルなど存在しない.もしそう思いたいなら,社会,経済,政治の制度が混じり合って国内経済を形成するように,世界全体でもさまざまなモデルが可能であろう.理論的には,グローバリゼーション後の世界はスウェーデンのようにもなれば,アメリカのようにもなり,どちらでも無いかもしれない.しかし,世界のスウェーデン化,社会的規制による平等主義的な資本主義は起きないだろう.なぜなら世界は余りに政治的に分裂しており,集団的な選択を行う制度が欠けているから.すなわち世界の交易や投資について障壁を取り除く政策は,決して中立的ではなく,社会福祉政策に関する世界的な合意が無いことを前提に,自由市場を世界に拡大する政策となる.

現代の問題は,世界人民を結び付ける世界的な統治制度をどうすれば創り出せるか,ということだ.こうした制度によって,人々は社会的な管理に従う世界資本主義を選択できる.Monbiotのユートピアは,世界議会,である.人類として,一人の声は平等である,という原則で,世界議会が可能な規模を600人と定め,一人の代議士は1000万人の声を代表する.議会では貧しい者が豊かな者よりも多くなり,中国はドイツの16倍の代表を出す.

そのような世界議会が将来可能になるとは思えない.Monbiotは憲法や国際的な法の支配について語っていない.もし社会的,文化的,環境的に公共の善を実現する世界市場を保障するような制度の構築が目的であれば,既存の政治制度を組替えるしかないだろう.それさえ,アメリカの一方主義を思えば,いたずらに野心的な計画である.しかしマルクスが述べたように,長期的には,そうでもない.グローバル資本主義は国民国家の権力を削ぎ,世界政治が最後に誕生する圧力を強めるからだ.


June 13 (Bloomberg)

Argentina's Creditors to Become Shareholders?

David DeRosa

(コメント) 長期の債務不履行が処理できないアルゼンチンについて,DeRosaは,債権者が株主のようになってしまった,と嘆きます.キルチネル新大統領は,まず債務の猶予を数年認めてもらい,その後は2.5%から3%の成長を実現して,返済を可能にしたい,と考えているようです.債務の返済を成長率と関連付ける点で,これはまるで債券ではなく株式だ,と感じるわけです.

しかも,問題はインフレ率です.もし成長率が名目であれば,この返済とは何も返さないことに等しいでしょう.政府が決めるハイパー・インフレーションと,名目的な成長率が,実質返済負担を減らすからです.アルゼンチンの意図せざる株主となってしまった債権者たちの苦悩は終わらない,と.


NYT June 11, 2003

Derivatives: Corporate Financial Leverage Wrapped in Enigma

By DANIEL ALTMAN

June 13 (Bloomberg)

What Would We Do Without Freddie and Fannie?

Caroline Baum

FT June 15 2003

Freddie needs some competition

By Peter Wallison

FT June 16 2003

Fragile Freddie?

(コメント) プロクター&ギャンブル1994年.LTCM破綻1998年.エンロン2001年.そして2003年は,おそらく,フレディー・マックの年です.金融市場において企業が関わるリスクは莫大であり,これを回避するために,さらに莫大なデリバティブを会計手続きに反して契約していることが,多くのスキャンダルを招いています.もちろん,そこに幹部たちの決定により発生するとんでもない利益を隠せるからです.

フレディー・マック,ファニー・メーとは,何でしょうか? どちらも政府がその成立に関わった金融機関であり,政治家に巨額の献金をする半政府組織であり,金融監督や報告義務には特例的な扱いを受けており,アメリカ政府とほとんど同じような高い信用格付けで資金調達でき,基本的に住宅ローンをまとめて保有し,その資産を証券化している,住宅モーゲージ市場の黒子(クロコ)役の組織である,といろいろな論説に書かれています.そうか.政府機関に準じる信用の高い金融仲介組織なんだな.企業スキャンダルとは無縁の安定した組織だろう・・・ と思っていたのに,その幹部と会計が不正取引で辞任したのです.

その規模は,二つ合わせて,7兆ドルのモーゲージ市場の42%を保証しており,1.4兆ドルの証券を保有しています.昨年末のフレディーの総資産は7220億ドル,2003年度第一四半期のファニー・メーの総資産は9130億ドル,と報告されています.この二つの機関がなくなれば,一体,金融市場はどうなるのか? 何も.モーゲージの流通市場は非常に効率的であり,これらの機関無しにも問題は起きない,とBaumは考えます.要するに,彼らはウォール街とキャピトル・ヒルのお得意さん(主要契約・献金主)なのです.政府との関係を清算し,いくつかに分割し,競争させれば良い,と.

他方,FTに載った保守系シンク・タンクAEIのWallisonによる記事は,この事件がアメリカ金融市場を壊滅させる危険(システミック・リスク)もある,と深刻に捉えます.すなわち問題は,金融緩和と住宅建設の増大も重なって,急成長する住宅金融の銀行ローンとその流動化を繋ぐ資金循環に障害が起きることです.Wallisonは,規制強化,という議会の要請を批判します.流通市場も維持しようと思えば,エンロンが破綻したときに他社がこの取引を引き継いだように,競争的な企業を育てるべきであり,そのために分割民営化するのが良い,と言います.

FTが求めるのは,住宅金融に流動性を与えてきたモーゲージ市場が安定した調整を続けるには,透明性が欠かせない,ということです.フレディー・マックとファニー・メーは,もっと情報を開示し,連邦政府はそれらを最終的に保証していることを明確に示す必要があります.すなわち,分割と競争が完全な答とは考えない,ということです.


IHT Friday, June 13, 2003

Genetically modified morals

Kathleen McAfee

(コメント) EUがアメリカの遺伝子操作された農産物の輸入を禁止するのは,アフリカの飢餓を放置し,新しい技術の導入に反対して機械を叩き壊すラッダイト運動なのでしょうか?

遺伝子操作された種子を通じて,アメリカのアグリ・ビジネスが世界中の農民を支配するようになるのは,それが生物種の偏倚や分布を人為的に変えることへの不安とは別種のものです.EUの市場でアフリカの農産物が売られていないのは,補助金や関税のせいではなく,品質や輸送コストの問題,貯蔵,融資,肥料,土壌の砂漠化,労働力不足,などによるのです.

アメリカの政治家は,EUの人々を,迷信に染まって貧しい者を見殺しにする不道徳なイメージによって非難します.しかし,アフリカのコミュニティーが自律する手段を見出せないことに無関心なまま,世界の市場をアメリカの農産物に依存させて,将来の脆弱性をも省みないようなアメリカの政治家たちが,他人に道徳的な説教をするのは間違いだ,とMcAfeeは主張します.


NYT June 13, 2003

America's Record on Nation Building

By JAMES DOBBINS and SETH G. JONES

(コメント) NHKスペシャルで,アフガニスタンの映画作りに協力した俳優たちの話を観ました.特に主演の13歳の少女マリアは,アフガニスタンの内戦とアメリカの爆撃で家族を亡くし,乞食をして路上で暮らしていました.彼女は戦争を思い出すとき,ぽろぽろと涙をこぼして止まらず,悲しみに押し潰されて泣くのです.

ワシントンの政治家たちは,軍事力に投資することには熱心ですが,それがもたらす収穫が何も無いことは気にしません.独裁者の追放と戦争の後に残った社会が安定し,再建された様子は見えません.ドイツと日本の再建に大成功したと言うだけで,アフガニスタンとイラクの現状は判断を下すに早すぎるとしか言わず,ボスニアとコソボに関しても目覚しい進展はありません.アメリカが本当に,世界の指導国として,破綻国家の再建という使命を受け入れているのかどうかも,極めて怪しい話です.

マリアは,その後,ストリート・チルドレンの施設から学校に通えるようになったそうです.私は,彼女・彼らが何人かでも,日本で学べたらよいのに,と思います.


ST JUNE 14, 2003 SAT

Deflate those fears of deflation in the US

By ROBERT SOLOW

(コメント) アメリカの経済学者は,普通,アメリカが健全で,日本やドイツは基礎的条件が悪く,政策担当者も頑迷(臆病で無能)である,と考えます.日本では,株式も土地もアメリカより大きなバブルに冒され,破綻した後は,日銀や政府が適切な処理を行いませんでした.それは時代遅れの理論を信奉し,制度や政策手段が革新できなかったからです.ドイツは,主に労働コストが高くなり過ぎて,EU内部でも競争力を失っています.もし通貨があれば切下げるべきですが,マルクを失ってユーロに統合されたため,物価を下げていくしかありません.アメリカではデフレはなく,需要の低迷だけが問題なのです.景気回復が遅れてインフレ率が続けて低下しても,アラン・グリーンスパンが断固とした措置を用意しています.

軍事力に限らず,経済の調整能力においても,あるいはバブル後の処理や,デフレ回避においても,アメリカの対応能力が勝っているのでしょうか? 決してそうでないとは思いませんが,そうだと確信する論説を,全て,信用する気もありません.


The Guardian, Friday June 13, 2003

There will be no Middle East peace without Hamas

Martin Woollacott

LAT June 17, 2003

Can Hamas Cut a Deal for Peace?

By Rashid Khalidi

(コメント) この数週間の暴力の応酬は,イスラエルが,パレスチナを代表するPLO内の多数派であるファタハと合意するだけでは,和平が実現できないことを示した,とWoollacottは考えます.パレスチナ人の村落を守るのは,ファタハだけでなく,ハマスです.「ロード・マップ」にはハマスを加えるべきであり,彼らを全てブルドーザーで押し潰せる,と考えるのは間違っている,と.

ハマスとの停戦が中東に平和をもたらせるのか? Khalidiも,ハマスの参加を求めます.パレスチナもイスラエルも,日常的な殺戮と報復の中で,和平を話し合うことなどできないと理解しています.ハマスには,イスラエルとパレスチナ国家の並存を受け入れ,市民の犠牲者を出したくないと唱える者もいれば,入植者を殺し,パレスチナ人が一人死ねば必ずイスラエル人を殺して,イスラエルを消滅させることができると信じる者もいます.しかし,少なくとも,入植者がパレスチナ人を追い払い,イスラエルが武力で制圧を繰り返すことは,抵抗を強め,むしろ人々を暴力の連鎖に落としこむ,とKhalidiは警告します.


LAT June 14, 2003

Coffee Troubles Brewing

コーヒー価格の暴落を止めるために,世界的な生産者と消費者の協力が必要だ.エチオピアの農夫はコーヒーとトウモロコシを作って,12人家族を年320ドルの収入で養っていた.しかし,今年は60ドルしか得られない.牛を売って来年の種子と肥料を買うだけでなく,子供たちは学校に通えなくなった.

ラテン・アメリカでも麻薬の取引を減らすために農家を指導しているが,コーヒー価格の暴落は再びケシの栽培を増やすだろう.あるいはメキシコからアメリカに向けた非合法移民が増加する.農家に支払われるコーヒーの代価は,この5年間で70%も下落した.しかし,中間の商人がいるために,小売価格はそれほど下落していない.

国際コーヒー機構は,かつて典型的な商品カルテルであり,価格の吊り上げを目標としてきた.しかし,それに抗議してアメリカが脱退して以後,組織は大きく変化し,今ではコーヒーの品質を管理し,供給過剰の解消を合意し,市場に依拠した価格安定化を目指している.

第三世界の安定化のためにも,価格安定化と生産調整,中間搾取の抑制に,アメリカも協力するべきだ.


FT June 15 2003

Do not impose a currency crisis on Europe

By Charles Wyplosz

EUの新加盟諸国はユーロを採用することがはっきりした.彼らは2.25%の幅に為替レートの変動を維持する必要がある.1991年にマーストリヒト条約が求めた参加基準のひとつは,二年間,為替レートの変動を「正常な」2.25%以内に抑えることだった.しかし,歴史はその定義を変えた.イタリアとイギリスがERMを離脱した結果,1993年,正常な変動幅を15%に拡大した.

どちらの幅が新加盟諸国にとって正常か? 当局は何も言おうとしないし,関係者は現在の幅だと考えている.合法性(ルールを後からこじつけない)・公平性(ユーロ成立時の加盟国にとって)・経済的合理性に照らして,彼らは決めるべきだ.経済学者の多くは,現在の15%でも移行諸国にとって狭すぎる,と考えている.

新加盟諸国はほとんど東欧の移行諸国である.それゆえ彼らは西欧へのキャッチ・アップ過程にあり,より高い生活水準を目指して成長率を高くするだろう.今は,生産コストが安く,特に他のEU諸国から直接投資をひきつけている.しかし,長期的に観て,より浮動的な短期資本の流入が増えるなら,問題を起こすだろう.急激な資本流出が起きて,為替レートが急変する.

ラテン・アメリカから東南アジアまで,資本移動の逆転がまともな諸国をなぎ倒した.それゆえ,為替レートの変動幅が十分に大きいかどうかを,真剣に議論しておくべきである.楽観論者は十分だというが,昨年の冬に,チェコ,ハンガリー,ポーランドの通貨がEU加盟決定を受けて10〜15%も増価したことで否定された.慎重に見れば,移行諸国にとって15%では狭すぎるのだ.

マーストリヒト条約は二つのドアを閉めた.ERMへの参加を強制とし,オプト・アウトを認めなかった.また直接にユーロを採用することは許さず,2年間のERMを維持するように求めた.拡大された変動幅を認めるのであれば,まだしもだ.何が起きるだろうか? 資本の逆流,強制的な切り下げ,時間を遡った危機の繰り返し.こうした通貨不安が繰り返されれば,既存のユーロ採用国にも影響するはずだ.

1980年代に,EUは通貨不安に苦しんだ.その理由は多くの国がインフレ抑制に成功していなかったからだ.逆説的に,移行諸国は魅力的であるから資本流入が生じ,将来の逆転を準備している.加盟協議において,委員会は新加盟諸国に全てのリスクを押し付けた.その付けを支払うわけだ.むしろ共通の利益として,新加盟諸国が異なっていることを認め,彼らに選択を許すべきだ.早期にユーロを採用するか,もしくはERMに参加しなくても良い,と.


June 15 (Bloomberg)

The Bank of Japan Wades Into Corporate Debt

David DeRosa

June 16 (Bloomberg)

Freddie Mac Has Work to Do in Asia

William Pesek Jr.

(コメント) 日銀総裁が民間企業の債券やコマーシャル.ペーパーを購入すると聞けば,誰もが首をひねるでしょう.DeRosaは,もちろん,噛み付きました.中央銀行が何を買っても,それは通貨供給を増加させてデフレ対策となるでしょう.それが銀行の不良債権や破綻した企業の債務であれば,不良債権処理にも役立つはずです.しかし,そのようなことを中央銀行が公開市場操作として行うのか!? それはまるで,ポンジ金融,ねずみ講であり,経営に失敗すれば系列銀行を作って,そこに融資させた昔の武家上がりか,中国の国営企業のようです.

かつてニューズ・ウィーク誌は,日本とアメリカを「蟻とキリギリス」の話になぞらえました.Pesek Jr.も,アジアがアメリカに注ぎ込んだ資本で,アメリカは世界最強の経済を創りあげた,と指摘します.そして,かつて日本が財務省証券を売れば,アメリカの金融市場を崩壊させることができる,と報道されて日本の政治家が顰蹙を買ったように,Pesek Jr.はフレディー・マックのスキャンダルがその悪夢を思い出させた,と言います.

フレディー・マックを含む政府関連機関の債券を多く購入しているのは,アジアの中央銀行です.アメリカ政府と実質的に同じ(と思われている)のに,利回りが少し良いからです.しかしアジアの投資家はアメリカの資産市場に対する信用を失いつつあります.今後は,アジアの貯蓄がユーロに向かい,アジア域内で資産市場が整備されるでしょう.何より日本の投資家が,アメリカ市場よりも日本の株式に資本を移しそうだ,と心配します.


FT June 16 2003

Shanghai tycoons

By Richard McGregor, James Kynge and Mure Dickie

(コメント) 中国に台頭する新富裕層は,不動産開発と政治汚職,農村からの出稼ぎ建設労働者,貧富の格差,などを表しています.あるいは,外資との提携,新しい消費パターン,さまざまな商品,自動車の普及,さらに,株式市場ブーム,企業スキャンダルをも輸入します.19世紀型資本家との闘争を目的に組織されたレーニン主義政党が,21世紀の企業統治に挑むのです.そして彼らの労働者としてのアイデンティティーと僅かな報酬は,汚職・収賄の温床となります.


WP Monday, June 16, 2003

Inured to Inequality

By Steven Rattner

BG, 6/19/2003

Scoring the working poor, too

By Ellen Goodman

(コメント) ブッシュ氏の減税策が,アメリカ社会の貧富の格差について,どのような影響を及ぼすのか,議論されるべきです.「1971年に,アメリカ人の高所得層上位5%が,低所得層20%の6.3倍を得ていた.2001年には,それが8.4倍という史上空前の水準に達した.それは第三世界の国に並ぶものだ.これがアメリカン・ドリームなのか?」

養育費への減税や婚姻による税負担の変化を相殺する減税は,ブッシュ氏の社会的給付に関する新しい線引きを示しています.税金によって,政府が誰かを支援する理由とは? 貧しいから? 黒人やマイノリティーとして差別されているから? 不運な失業だから? たとえ高所得を得ても,子供がいたり,結婚したり,他の裕福な独身者に比べて不公平だから?


FT June 17 2003

The world's banking superpower

By David Hale

(コメント) アメリカに極端なデフレ回避策は必要なく,順調に今年後半の回復が期待できる,とHaleは考えます.その理由は,アメリカ銀行業の健全さ,強さです.たとえば先の不況では,1989年に205行,90年に160行,91年に109行が破綻しました.今回の不況では,破綻はまれなケースであり,2000年に7行,2001年4行,2002年11行に過ぎません.

Haleは四つの理由を挙げています.@株売買への融資を抑制した.A株価上昇による投資ブームに便乗した融資を抑制した.あるいは,それらが融資ではなく証券化された.B不動産融資を抑制した.C企業への追い貸しを抑制した.優良企業への融資が多かった.それは,日米間の企業の業績較差にも明確に示されています.

アメリカの銀行業は,これまで州際業務や証券業務の禁止で,その能力を殺がれてきました.こうした規制がなくなった以上,市場における自己資本調達力で見ても,ヨーロッパや日本の銀行に比べて,圧倒的な優位を示し始めたのです.

日本のような不良債権問題を持ち越す怖れはなく,デフレは起きそうにないとしたら,追加の景気刺激策など要りません.そして,いよいよ民間銀行業による世界市場統合が一段と進みそうです.すなわち,自動車に限らず,さまざまな分野で企業の世界的合併・集中が進み,それに負けない世界的な銀行のネットワークができるわけです.


ST JUNE 18, 2003 WED

How to make capitalism more democratic

ROBERT J. SHILLER

(コメント) こんな冗談がありそうです.船が沈むときにも,アメリカ人の会社重役だけは落ち着いている.「どうして平気なのか?」と尋ねると,「大丈夫さ.私は十分な保険に入っているからね」と答えた.・・・

以前,The Economist に載ったSHILLERの記事とよく似た内容です(これまでのReview,を数週間,遡ってください)が,冒頭の内橋氏の意見と共通する部分があります.資本主義は,その「墓堀人」にも保険やオプションを売って歩く.あるいは,それは最先端技術を駆使した,市場型の社会的補償メカニズムなのか?

資本主義的経済は,技術革新とグローバリゼーションによって利益をもたらすだけでなく,ますます個人を予想できない変動による損失や挫折に直面させています.かつてビスマルクが社会保障制度を確立したように,私たちはその保障を国家に頼ってきましたが,そのシステムは財政破綻に瀕しています.

そこでSHILLERは,現代の先進的な情報処理技術と金融革新によって形成された市場を介して,個人にのしかかるさまざまなリスクを回避することを推奨します.農家が気象変化というリスクから守られ,企業は金融資産を為替リスクから守れるなら,個人も住宅購入や職業選択に伴うリスクから将来の自分を守れるはずだ,と.

実際,イギリスで開発された住宅価格のオプション取引や,ニュー・ヨーク州のシラキュース市で発売された住宅資産価格の下落に対する保険は,こうした金融革新を実現したものです.まさに日本の住宅価格とバブルによって個人が失った貯蓄を例として挙げながら,そのようなことが起きないように,SHILLERは個人が住宅購入時にこの保険に契約し,他方,保険会社はこのリスクをオプションによって回避できる,と説明します.

なるほど,これによって,資本主義的なグローバリゼーションのもたらす「創造的破壊」は個人を不安から解放し,ますます輝きを増すかもしれません.しかし,・・・興味深いですが,やはり当分は,ビジネス・クラスの重役ばかりが利用しそうです.

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The Economist, June 7th 2003

The fragile Andes: Handle with care

(コメント) 麻薬取引を減らす最も効果的な方法は,それを合法化することだ,とThe Economist は言います.

なぜか? 非合法化しているから,麻薬・コカインを作る仕事は犯罪組織の支配に従い,価格は大幅に上昇し,他に十分な所得をもたらす作物がなければ,農民たちはコカやケシを栽培します.そしてコカイン取引が中南米を貧困と暴力の悪循環に陥れているのです.近年の国際商品価格の下落で,コロンビア以外の地域にも同じような影響が拡大しています.もしコカイン取引を合法化すれば,その価格は下落し,犯罪組織を締め出すことができます.

The Economist は他にも,売春,移民,交通渋滞,医者・弁護士,環境,通貨の選択(いや,これはイギリス保守党でした),などにも価格メカニズムを導入するよう提唱してきました.

・・・まさか? 「麻薬や売春を合法化して,社会を崩壊させる気か!」と,憤慨するべきでしょうか? しかし,なぜ社会の一部に麻薬や売春が蔓延するのでしょうか? それは他の社会問題が解決されないからではないでしょうか? もし自由な個人が,十分な知識を持ちながら,麻薬や売春を楽しむのであれば,これを非合法化する理由は何か? むしろ,貧困や犯罪に対して,直接に対策を採る方が,社会的なコストを抑制し,より多くの満足を得られるだろう,と考えます.


Trade unions: Adapt or die

Trade unions: Deja vu?

フランス,ドイツ,オーストリア,イタリアで,大規模なストライキが都市や工場の機能を麻痺させている.再び,労働争議が世界中で頻発し,暑い夏が始まるのか? 否,実際,労働組合はいたるところで衰退している.

近代的な労働組合は,階級闘争がある重要な意味を持った19世紀に誕生した.しかし,労働者の権利や雇用者の行動規範が確立されたのは,もう,ずっと昔のことだ.現代の民主主義では,ストライキが政治的な議論を妨げており,嫌がらせ行為に近い,という意見が増えている.結果的に,政治運動としての労働組合というヨーロッパの伝統は消滅しつつあるのだ.中道左派の諸政党は,組合との関係によって支援されているのではなく,むしろ制約されている.

賃金引上げ? これも組合には難しくなった.民営化,規制緩和,技術革新,貿易(グローバリゼーション).それらはすべて労働者の地域的なプールを打ち破り,組合の独占力を失わせる.組合は伝統的に労働者の利益を擁護し(ただし組合に参加した労働者に限るが),消費者の利益は無視する.すなわち,製品の高価格や規制をもたらす.それゆえ,唯一の例外である公務員を除いて,組合は衰退する傾向にある.

組合は,もはや絶望的に,あるいはマンガじみて,時代遅れになった.男性支配で,本能に動かされ,古臭いドグマを尊ぶ.それゆえ,産業や市場が根本的に変化すれば,死滅するほかない.それで良かったわけか? 階級闘争はないし,賃金引上げも得られない.しかし,もし想像力を働かせれば,労働組合は現代の経済においても有益な役割を担えるはずだ.組合員やその予備軍から,今,求められている,本当に価値あるサービスとは何か?

政治スローガンを叫ぶことではない.他方,企業の経営者や株主に対して,集団的な発言力を示すことは今も重要だ.ただし,内紛や談合ではなく,もっと外向きの,開かれた協力関係を築くことを組合員の多くは望んでいるだろう.そして,厳しい競争と人員整理に直面する労働者は,組合が,偏らない立場で,職場に関係する正しい情報や誠実な助言を提供して欲しいと願っている.年金,保険,納税,公的給付,さまざまな法律問題.組合はそうした助言機関になるべきだ.

組合の戦闘的な虚像を続けさせた一因は政府にもある.組合を法律によって特別に保護することは間違いだ.ストライキで脅されなければ交渉できない時代はとっくに終わった.もっと生産的な方法を見出せるはずだ.

近年,組合活動が衰退した理由としては,いくつか考えられる.@サッチャーやレーガンが,労働法を書き換え,ストライキを断固として粉砕する姿勢を確立した.Aヨーロッパの高い失業率が長期間続いたことで,組合員が諦めた.Bパートタイムや非正規の社員が増え,終身雇用が減った.C1990年代のアメリカの繁栄が,規制緩和や民営化,そして組合を軽視するアメリカ式の発想・制度を他国に模倣させた.D競争激化により,コスト削減と効率重視の経営,製造業の発展途上国への移転が進んだ.5000人規模の工場でなら組合を維持できても,500人で負担するのは難しい.E盛んにストライキを行う公務員でも,政府との交渉は公的部門の効率化や成果主義に向かっている.

組合が生き残るとしたら,それは政治的に強い影響力を持つ特別な分野を抑えるか,あるいは,その組織や機能を大幅に見直し,弾力化することによってである.たとえば,21世紀の組合が担うサービスとは,金融や保険,法律分野で,労働者を守ることである.実際,労働組合は決してドグマに支配されず,プラグマチックに代わりつつある.ジーメンスのハイテキ工場をドイツの町が誘致できたのは,強力な金属労組がそれを支援してジーメンスの労働組合との合意を促したからだ.

組合と政府と雇用者との三者合意は,経済パフォーマンスに大きな影響を与えるし,組合の組織率を高めるだろう.オランダや北欧の労働組合は,社会保障制度の改革をめぐる政府との対話に参加し,それに協力しながら組織率を高めた.アイルランドが1980年代後半に賃金抑制を含む広範な社会合意を示せたのも,組合が参加したからである.それがアイルランドの高い国際競争力につながった.ILOのスタッフは,特にユーロ圏の小国について,社会参加は重要な経済運営手段である,と指摘する.

組合には,労働者を組織して得られる他の力がある.たとえば,世界の年金・信託投資額は17兆ドルであるが,その内約12兆ドルは組合やその労働者がかかわっている投資だ.組合の加入促進にも,もっと想像力を働かせるべきだ.女性やマイノリティーの給与差別は,組合が取り組むべき重要な問題だ.また,組合は国際的な連携を進めなければならない.企業が国際的に展開する中で,労働組合が地域に固執して生き残れないのは以前から分かっている.労働基準や環境基準の国際化に,組合は重要な役割を担う.

労働組合の未来は,街頭のストライキではなく,こうした新しい試みの中にある.


Charlemagne: Europe’s heavy weight weakling

(コメント) ドイツはいつまでヨーロッパの重荷を背負う気があるだろうか? とこの記事は問い掛けます.ベルリンの壁が崩れたとき,サッチャーはヨーロッパが圧倒的に強くなるドイツと対峙する覚悟が要ることを語りました.またユーロ統合は,もはや競争力のない国が切下げによって回復する道を断たれたことを意味していました.ドイツの優位は決定的だ,と思われたのです.しかし,現実には,10年経ってドイツがEUの病人となり,自ら提唱した「安定協定」を守れず,罰金を支払う瀬戸際にあるのです.

三つの原因が認められます.@東ドイツの負担.A福祉国家の負担.Bユーロの負担.東ドイツの統合化に問題があったことや,ドイツ経済(特に労働市場)の構造改革が必要なことを,漸く産業界も認めるようになりました.しかし,ユーロについて非難がましい発言は見られません.それは成功であり,誇るべき成果なのです.

実際には,ドイツはユーロに苦しんでいます.@ユーロ参加のレートが高すぎて,EU内の競争力を失った.Aユーロの金利が高すぎて,デフレの危機に瀕している.B財政規律を求めすぎて,効果的な景気刺激策を採れない.皮肉なことに,ドイツがEU財政に最も貢献している国なのです.

ドイツ人がヨーロッパ統合の情熱を失ってしまうとすれば,本当に深刻な事態となるでしょう.