IPEの果樹園2003
今週のReview
6/2−6/7
*****************************
いつも利用する5丁目のバス停には小さな藤棚があります.藤の木が,三ヶ所からパーゴラを巻いて登り,季節になれば美しい花を咲かせます.今は新緑とともに竜の髭みたいな蔓を四方に伸ばし,どこかに絡みつく柱や屋根が無いか,と空中で揺れています.
その藤の木に異変があるのを,私は気付きませんでした.バス停に子供を迎えに行ったものの,早過ぎて仕方なくベンチに腰掛けているとき,突然,藤の根元が大きく欠落していることに気付いたのです.子供の胴体ほどもある立派な古い藤の木の,地面から出ている部分が,端っこの,細い腕くらいしか残っておらず,大部分は破壊されて崩れてしまっていることに,絶句しました.
樹木は声を出さず,痛みを訴えるわけではありません.その姿を痛々しいと思うのは,私の感覚です.きっと,わずらわしいほど茂って,垂れ下がる藤の木を見た不機嫌な人間がいて,暇つぶしに? 木を叩き潰したのでしょう.何度見ても,私には胸の潰れる姿です.
戦場で苦しみ,泣いている子供たちの写真を思い出しました.地雷で足を吹き飛ばされた子供を想いました.飢餓に苦しみ,腹ばかりがスイカのように膨れた子供の細い手足,母親の体の下に庇われたまま,ともに瓦礫の下敷きとなって死んでしまった戦場の母子を想いました.
彼あるいは彼女,すなわち藤の木や子供たち,を救うには,どうすれば良かったのでしょうか? 彼らの声は聞いてもらえず,彼らの痛みは伝わりません.制度は,弱者を守り,正義が行われるのを助けるためにある,と思います.弱者の声を反映させるような組織化や制度が確立されていれば,わがままな暴君が草木のように静かな人々を打ち砕くことはないでしょう.
しかし,制度の設計や維持,強制力を行使するには,莫大なコストがかかります.誰が藤の木の横に立って,根っこを蹴飛ばす酔っ払いや,バス停にたむろする中学生たちを監視するのでしょうか? 誰が地雷を禁止し,危険を冒してまでその除去のために奔走するでしょうか? 戦場で,非戦闘員への攻撃を防ぎ,戦後は誤った作戦の指揮者を糾弾し,軍人たちの違法行為を処罰してくれるでしょうか? 実際,正義は弱者が担うものではなく,強者によって実現されるのです.
力や富を求めるのは,それが人々の欲求を支配し,利己的な影響力の拡大を目指すからだ,とだけ考えるのは間違っています.平和で,静かな,満足の行く暮らしを実現するためにも,制度は維持されねばなりません.その方が,多分,より多くのコストと強制力を必要とするでしょう.あるいは,社会が豊かになり,権力が確立されるほど,社会は個人の欲求充足よりも社会の改造に関心を払う,と思います.
電車の中で The Economist, May 24th を読みました.私が尊敬するこの雑誌は,「美」と「戦争」を取り上げました.人は,社会が豊かになるに連れて,戦争を止め,女性たちが口紅を塗り,美しさを競い始めます.さらに豊かになった人々は,センスの良い服や高級下着を買い,髪を染め,マニキュアを塗るだけでなく,まぶたや鼻を整形し,歯列矯正や豊胸手術に大金を払い,育毛剤や強壮薬,覚醒剤や睡眠薬,筋肉増強剤,バイアグラ,惚れ薬(フェロモン),など,さまざまな薬品に頼ります.また,自分の子供は少しでも美しく,賢く,強い人間であることを望むでしょう.性転換や遺伝子操作,臓器移植,人工授精,クローン再生,・・・不老不死を求めます.
戦争は,ますます国と国との戦争ではなくなり,貧しい社会の紛争が泥沼化した結果,富の支配や資源の独占,非合法化された分野の占領と拡大を目指す武装集団の営為となりました.「美」においても,「戦争」においても,世界的なビジネスの拡大は,水平的関係を強化するより,破壊するかもしれません.一握りの「美人」や一握りの「暴君」が,世界の富と強制力を独占する前に,それらを弱者が広く利用できるように,制度を築くことはできないのでしょうか?
戦場で死んだ子供たちが再び笑顔を取り戻すことも,バス停の藤の花が咲くことも,二度とないのです.彼らを守る制度があれば,私たちが失わずに済んだものは多いはずです.
*****************************
ただしFT:Financial Times, NYT:New York Times, WP:Washington Post, LAT:Los Angeles Times, ST:Straits Times, IHT:International Herald Tribune, BL:Bloomberg, FEER:Far Eastern Economic Review, CD:China Daily, BG:Boston Globe
FT May 20 2003
A shot of inflation would be good for Europe
By Hans-Werner Sinn
(コメント) ECBのインフレ目標を批判した論説です.Sinnは,ユーロ圏全体のインフレ目標を2.5%に引き上げ,さらに,各国が最低でも1.5%のインフレ率の下限を達成するように,通貨政策を行うべきだ,と主張します.
その理由は,ユーロ圏内に残る物価の格差です.ユーロが成立して,貿易財の価格は平準化していますが,非貿易財には価格差が残っています.すなわち,各国の賃金格差がなくならないのです.ECBは,この物価の違いを考慮しなければなりません.ユーロ圏の平均値だけを目標にして,各国間に残るインフレ率の差を考慮してはならない,という主張は間違いだ,とSinnは考えます.なぜなら,ユーロは新しい通貨であり,インフレ率の差が各国に高い失業率をもたらすことを無視できないからです.またEUは,アメリカと違って,社会保障が発達し,賃金格差を容易に縮小できない事情があります.時間をかけて,労働市場を融合させるしかないでしょう.
ECBが単一の理想的なインフレ目標に固執することで,ドイツとフランスは収斂過程の痛みを増幅されています.なぜなら,両国はユーロ圏内で非貿易財と賃金の相対的に高い国だからです.両国は金利の優位さを失い,さらに1992年の通貨危機後に増加した為替レートを調整しないまま通貨統合に進みました.こうした事情を考慮して,ECBは通貨統合後も,現実的な調整=収斂政策を追及すべきだ,というわけです.
NYT May 20, 2003
Dollar's Slide Is Helping China and Southeast Nations
By KEITH BRADSHER
NYT May 20, 2003
Euro Comes Alive as a Shock Absorber for World Currencies
By MARK LANDLER
(コメント) ドル安政策は,間違った貿易相手の調整を促してしまいます.なぜなら,アメリカの貿易赤字はアジアに対して発生しているのに,ドル安はアジア通貨に対して起こらず,ユーロに対して起きているからです.アメリカ政府はデフレをヨーロッパに輸出し,アジア諸国に外貨準備を積みますことで,経常赤字の融資を図りながら,選挙目当ての減税政策を強行します.この調整政策を続けられる猶予期間は短く,しかもドルの命運が次第にアジア諸国の政策に依存することを,財務省は心配しているかもしれません.
あるいは,見ようによっては,ヨーロッパに輸出を伸ばすアジア諸国は,ユーロ建金融資産にも投資するでしょう.アメリカや日本に比べて,ユーロの金融市場が国際収支不均衡を仲介する主要な役割を担うときです.互いの為替レートや金利の不安を解消したユーロ圏が,本格的に構造改革を進め,同時に国際通貨制度のあり方も変えるチャンスなのです.
FT May 21 2003
American intentions are tainted by Iraq's oil
By Jeffrey Sachs
(コメント) アメリカは中東の石油を支配するために戦争したのだ,と言う声は,アメリカ軍が占領した石油の処分について疑いを強めます.資源を武力で支配する者が頻繁に交代する,貧しい地域の内戦状態に,アメリカ政府が率先して加わるなら,国際平和もアメリカ自身の民主主義も根底から揺らぐでしょう.Sachsは,アメリカ政府が石油の処分を完全に国連に委ねることで,こうした非難を一掃するべきだ,と考えます.
アメリカ政府は,戦争それ自体ではなく,彼らの意思決定や国際秩序への介入が問題の本質を左右していることを,もっと国民に説明し,大国としての責任を果たすべきだと思います.武力行使や資源の支配をめぐって,アメリカはどのようなルールの変更を目指しているのか? あるいは,それも国内向けの政治ショーなのか?
FT May 21 2003
Britain misses its euro connection
By Olivier Banchard and Francesco Giavazzi
(コメント) ユーロ加盟を「陰鬱な科学」である経済学の技術的問題に委ねてはいけない,と筆者たちは主張します.たとえば収斂基準とは何か? それは両者の政策の結果であって,たんなる実証の問題ではない.もしイギリスがユーロを採用するべきだと決断するなら,収斂は達成される方向へ政策転換されるだろう.もし政策転換しないなら,いつまで待っても収斂を問題にして,ユーロを先送りする,と.
同様に,ユーロを採用しないことは,イギリスに深刻なコストをもたらします.@イングランド銀行は優れた制度と経験を持ちながら,ECBの改革に関して発言できない.A安定協定の見直しも含めて,蔵相会議は全会一致を採っている限り,重要な意思決定の場でなくなる.Bユーロ圏の支払決済システムを整備する際に,イギリスはオフショア・センターでしかなくなる.遅れて参加する国は,基本的ルールに関して不利な性質を変えることが難しい.
ブレア首相もブラウン蔵相も,政治的な意思決定を回避して,技術的な経済テストを繰り返す内に,イギリスがユーロ圏から外されてしまう,と.
同じような論調の記事を,アジア統合における日本について,William Pesek Jr.が考察しています.(South Korea's Roh Looks to China, Not Japan:, Bloomberg Seoul, May 21)
LAT May 21, 2003
Declassify the 9/11 Report
(コメント) ブッシュ政権をめぐる疑惑で,私が最も重要だと思うのは,9・11の直後に行った決定です.どのような情報を誰が得ており,その決定をどのように選別し,方向付けたのか? 各時点で,誰が何を知っており,その後の経過を見て,何を隠したのか? ブッシュ政権は安全保障の問題を強調する過程で,多くの情報を秘密にしてしまいました.調査委員会は,結局,その報告も公表していません.自分たちに不利益な情報を秘密にするために,次の戦争さえ望む者がいるのではないか?
NYT May 21, 2003
A Weakened Treasury
財務省はもっとしっかりしろ.自分が何を売っているのか,自信が無いようなら信用は得られない.強いドルと,世界市場の開放,だろ.ところがブッシュ氏はなりふりかまわず減税を推し進め,気の進まないオニール長官をクビにした.同時に,農民たちには補助金をばら撒いている.他国からドル安を何とかしろと言われても,スノー長官はやる気の無い「強いドル政策」というお経を繰り返す.しかし,ドル安が止まらないとき,資本流入に依存しているアメリカ経済に破滅的な影響があることを,財務長官であればブッシュ氏に思い知らせておくべきだ.
NYT May 21, 2003
Postcard From Iraq
By THOMAS L. FRIEDMAN
イラクの中部を旅した私は,そこで見て,考えたことを,家族への手紙に要約した.――
最も驚いたこと.それはサダム・フセインが自分の国をどれほど汚く,貧しくしたか,ということだ.侵略戦争,経済制裁,独裁により,主要都市の外には,泥のレンガで立てた小屋しかなかった.それはまるで古代バビロンに電柱を建てたような光景だ.要するに,アメリカが来る前に,この国はサダムによって破壊されてしまったのだ.あれ程多くのイラク兵が軍服を脱いで逃げ出したのも当然だ.アメリカが戦ったのはバース党のゲリラたちだった.
最悪のこと.それは貧困だ.イラク軍が解体し,アメリカ軍が作り出した真空状態に,略奪の波が広がった.それはまるで大地を覆うイナゴの群だ.体制に封じ込められていた怒りが爆発し,彼らから何もかもを奪った体制に復讐しようとした.
最善のこと.それも,この貧困だ.イラク人は余りに貧しく,それゆえアメリカにはチャンスがある.投資,治安,経済において,余りにも壊滅的であるから,どのような改善も即座に庶民生活を改善する.
イラクの政治党派とは,続々と帰国する亡命者たちが形成する.クウェートとの国境を越えるとき,シーア派指導者の帰国に出くわした.緑の旗が振られ,人々は自動車の屋根に登って歓声を上げた.クルドや議会の亡命者たちも帰国しつつある.彼らは政治を知っており,国中から代表を集めて,互いに交渉を始めている.他方,イラク国内の大衆は発言する機会が無い.しかし,少なくとも初めは,亡命者たちが暫定政府を担うだろう.
最も重要な統計.それはイラク国民の60%がシーア派イスラム教徒である,ということだ.その約30%がホメイニ型のイスラム教和国を望む.しかし,それは国民のたった18%に過ぎない.それゆえ,次の大統領はシーア派から出る.しかし,イラクはイランのようにならない.
イランのジャーナリストは尋ねる.「アメリカはイランも襲うのか?」 レバノンのジャーナリストは尋ねる.「アメリカがシリアを攻めるのはいつか?」 私の答えは簡単だ.われわれがイラクを再建できない限り,そんな問題は立てることさえ無い.イラク再建? それは可能だろう.ただし,アメリカにできるかどうか? それは分からない.
NYT May 21, 2003
Deflation Will Hang Over Bush Talks With Japan Premier
By HOWARD W. FRENCH and KEN BELSON
(コメント) 日米首脳会談で,アフガニスタンやイラク,北朝鮮が話し合われたのは確かです.しかし,世界経済に迫るもう一つの脅威,デフレについて,両大国が何かを合意したようには見えません.日本のデフレは大変深刻ですが,その決定的な打開策は誰にも分からないのです.繰り返し言われるのは,@日本がデフレの危険を示した以上,アメリカのFRBは迅速に金融緩和するはずだ.A両国はともに,中国という安価な製品の輸出基地を抱えている.Bデフレのサイクルが既に始まっているとしたら,たとえ金融緩和を進めても,融資は伸びない.
技術革新と中国の工業力を,世界経済の構造的デフレ局面への突入,を説く榊原英資氏の説明が,次第に普及しているのかもしれません.(たとえば,Eisuke Sakakibara, ”A global shift to deflation”, IHT Thursday, May 22, 2003)
WP Wednesday, May 21, 2003
Bush's Dollar Gamble
By Robert J. Samuelson
ドル安ギャンブルは続かない.
ブッシュ氏のドル安政策は,選挙前に製造業の雇用を回復するために採用された.もちろん,経常赤字と投資家の不安から,ドル安は以前から予想され,求められてもいた.しかし,アメリカ政府もドル安を歓迎している.普通,ドル安のリスクはインフレだが,今はむしろデフレだ.世界経済は不均衡を循環させることで拡大してきた.すなわち,アメリカが輸入を増やし,他国はその黒字をアメリカに資本輸出して,株価や証券を購入し,それによってドル高とアメリカの消費を維持していた.もしアメリカがドル安によって輸出を増やそうとすれば,この循環が破壊される.
外国は今やジレンマに直面する.ドル安によってアメリカの資産から逃げ出そうとするが,それは自国の通貨を強くし,それゆえ自国に不況をもたらす.同時に,アメリカでは株や債券の価格が暴落して,パニックになるかもしれない.アメリカからの輸入を阻止するために,他国が閉鎖的な経済ナショナリズムを採用するかもしれない.
外国市場が縮小するか,弱い拡大しかできないときに,アメリカはデフレの悪循環を意味するドル安ギャンブルを続けられない.
BG 5/22/2003
Dangers of the dividend tax cut
By Franco Modigliani and Robert Solow
(コメント) ブッシュ減税は,実際には富裕層のために累進課税を取り去ることが主要な目的であるにもかかわらず,企業利潤への二重課税廃止と,景気刺激策として,正当化されています.それは庶民の暮らしを犠牲にして,富裕層に利益を与える政策だ,とModigliani and Solowは批判します.なぜなら,アメリカの税収は基本的にフラット・タックスである法人税と,累進的な個人所得税によって成り立っています.政府はこの累進部分を廃止し,フラット・タックスを推進するからです.二重課税という批判も,それを改善する多くの方法がありながら,企業の利潤を増やし,しかもそれを投資より富裕層への配当にしてしまう結果を招くでしょう.国内貯蓄は減少し,その分,海外からの資本流入に依存する程度が高まるのです.それは結局,金利を高くし,財政負担を増やすとともに,住宅市場も破壊します.
WP Friday, May 23, 2003
Yo-Yo Economics
議会が今,大統領に認めようとしている減税案は,歴史的にも特に不正直で,いかさまに満ちた提案である.そのコストは宣伝された額よりもはるかに大きい.その減税の効果は,すぐに消滅するだろう.その意味で,経済的な価値は約束されたものよりずっと小さい.
10の減税のうち9つは2013年までに失効する.ほとんどは2年後に,まさに2年で,失効する.問題は10年後の予測をもっともらしくすることだ.合理性に欠けることは気にしない.「ヨーヨーの詰まった籠だ」と,上院財政委員会の民主党議員のMax Baucusは言った.議会はこうしたごまかしを今までもしてきたが,これほど極端ではなかった.扶養者減税を今年だけ600ドルから1000ドルに引き上げ,その後は700ドルに.そして再び徐々に1000ドルにして,また500ドルに下げる.2013年までに.配当やキャピタル・ゲインへの課税率も2008年まで下げる.それは期待された効果を弱め,さらに現在額を追加に配当しろという圧力を受けて,投資は増えない.
もちろん,支持者たちはそう考えない.法案が通れば,ブッシュ氏とその仲間は,減税が失効しないように運動を展開する.最近の例を見れば,彼らはいかさまを無視するだろう.もし減税を恒久化すれば,その本当のコストは2013年までに3500億ドルではなく,6750億ドルとなる.
今年になって3度目の減税だ.これがブッシュ氏の望む経済だ.
NYT May 25, 2003
Fear of a Quagmire?
By PAUL KRUGMAN
May 27 (Bloomberg)
It's a Trap! An Economic Myth Stages a Revival
Caroline Baum
(コメント) 人々がデフレについて語っているけれど,KRUGMANは不満です.政府も中央銀行も,口では警告や用心を説き,果敢に行動すると語ってはいるが,その政策は大して変わっていない.しかし,日本の例が示しているのは,非常にゆっくりとデフレは進行し,流動性の罠に落ちる,ということなのです.
KRUGMANは,デフレは容易に解ける,と言います.もし物価が下がるだけなら,中央銀行は紙幣を印刷できます.金本位制でも,固定相場制でも無いのです.しかし,デフレが解消できないのは,流動性の罠に落ちたときです.このとき,金利はほとんどゼロになっても雇用が増えず,デフレが購買意欲を損なって,さらに失業と過剰生産力をもたらすため,それらがスパイラル的に悪化するのです.
日銀は決して金融緩和を怠ったわけではないし,政府も財政赤字を増やしてきました.もちろん,KRUGMANはアメリカに同じデフレの悪循環が起きている,とは言いません.しかし,日本と状況が余りにも似ている点で,政府やFRBの口先だけの対応を強く批判します.
他方,Baumは「流動性の罠」や「ゼロ金利」を強調するKrugmanの主張を否定します.その論拠は,Milton Friedman,Allan Meltzerのマネタリストの議論であり,短期金利がゼロに近付いても,中央銀行は貨幣を増刷できるし,その他の資産を購入することもできる,というBen Bernankeの議論です.
The Observer, Sunday May 25, 2003
The shaming tragedy of Africa
Will Hutton
地球の人口の12%でしかないが,AIDS死亡者の80%を占める.経済停滞が30年間も続き,内戦と大量殺戮で,平均,年に20万人が死亡する.失業者の割合は30%から70%にも達し,汚職は風土病のように蔓延する.それがアフリカだ.
今,最も有名な土地はコンゴのBuniaだ.James Astillが伝えた金曜日のTV報道,Newsnightは,死体の横たわる通りを監視する国連の平和維持軍が,内戦に介入する権限も与えられていない,と教えた.軍隊に属する10歳の孤児は,Astillのインタビューに対して,10人を殺したことがある,と答えた.
アフリカでは,10歳の子供たちの半分は小学校に行かない.そんなものは無い.その家族もAIDSや戦争で死んでしまった.彼らは自然に仲間と軍隊に入り,毎日を生きるために略奪と殺人を繰り返す.その絶望の遺伝子は後続世代をも冒す.
いくつかの希望もある.ボツワナはダイヤモンド産業が復活し,ウガンダは子供たち全員に初等教育を受けさせている.しかし,大陸全体では年々悪化している.
問題は,国内経済・文化・政治・社会危機が混じり合っており.国際貿易や金融における劣った地位も関係する.どこから改革すべきか,どのような同盟がそれに必要か,合意を形成するのは不可能に近い.
しかし,外部の人々にも三つのことが可能である.@援助や債務免除を行う.A援助の条件として,汚職を追放し,統治を改善し,財政支出に正しい優先順位を求める.Bアフリカが輸出することを促し,われわれの市場に自由で販売できるようにする.
にもかかわらず,西側はこうした基本原則さえ合意していない.エヴィアン・サミットでもそれは同じだろう.問題は二つある.一つは,ブッシュ大統領がシラク大統領からの電話に出ない.もう一つは,アメリカもヨーロッパも,アフリカの輸出農産物価格を下落させるような,自国の補助金を止める気が無い.
それどころか,ブッシュ大統領は,GMフードを拒むヨーロッパが貧困を広めている,と非難し,AIDS対策でも遅れている,という.共通農業政策などで,EUが改善すべき点は多い.しかし,ブッシュ大統領も,自国の農民の所得を増やすことにだけ熱心で,アフリカの農民が木綿価格の下落に苦しんでも気にしない.
AIDS対策では,援助だけでなく,治療薬の価格で対立している.EUはWHOに,公共の利益を私的利益より優先する,という宣言を実行するよう求めている.そしてアフリカ諸国に対してAIDS治療薬の価格を下げる権利を認める,世界多角協定を求めている.他方,アメリカはそのような協定に反対し,WTOにケース・バイ・ケースで,薬品ごとに各国が申請するよう求める.
アメリカは,アフリカ成長機会法で,アメリカ市場への参入を,知的所有や商業取引に関するアメリカの法律を受け入れると言う条件で,認めている.要するに,アフリカがアメリカ企業のモデルや概念を受け入れれば,支援を受けられるのだ.
トニー・ブレアがエヴィアンで交渉するとしても,他の分野と同じく,所得民地総監に過ぎず,アメリカの立場に従うだけだ.アフリカは救われない.
LAT May 25, 2003
Mussolini's Ghost
By David Ronfeldt
(コメント) フセインのバース党は,スターリンの共産党よりも,ムッソリーニのファシスト体制に似ている,とRonfeldtは言います.それゆえ,独裁を終わらせても,バース党を排除することは難しい,と.
なぜ今,ファシズムか? ファシズムは独裁と違って,エリートと群集とを共通のスペクタクルと経験で結び付けます.それは絶望の時代に希望を描き,救世主の思想を流布します.自国の抑圧された現実から,本当の偉大さを回復する,と.イタリア,スペイン,南ア,アルゼンチン,そして日本.今ではイラク.
Ronfeldtは,ファシズムの条件を二つ指摘します.@近代化する社会で,強力な国家と民間企業部門,複雑な市民社会を持っている.それは部族主義ではないし,共産主義でもない.A近代化された社会が,深刻な混乱と悲嘆に苦しんでいる.
すなわち,グローバリゼーション(と金融危機やアメリカの軍事介入)はファシズムが成立する条件を準備するのです.そして,辺境のファシズムを放置するなら,いつかロシアが(あるいは日本が)ファシズムの国際同盟を組織し始めたとき,どうするのか?
WP Sunday, May 25, 2003
Ill-Suited for Empire
By Joseph S. Nye
(コメント) ネオコンは「帝国」を誤解している,とNyeは言います.アメリカの帝国は,単なる喩えであって,現実ではありません.一例として,イギリスはケニアの外交政策のみならず,学校,税金,法律,選挙をコントロールしていました.しかしアメリカは,メキシコやチリが安保理で賛成投票することさえ強制できなかったのです.それでも,アメリカの軍事予算や海外展開は,すでに国内世論が支持する程度を越えて膨張しています.問題は,「帝国の過剰拡張」というより,「過少関与」なのです.アメリカ政府は,国務省や海外援助局に,予算の1%しか充てていません.そして,介入は常に国民の不満な結果をもたらし,民主主義を拡大することに失敗しました.
イラクにおいて行われる政策は,@戦後のドイツ・日本型占領政策,Aレーガン政権のレバノン介入,Bボスニア・コソボ介入,のいずれかだろう,とNyeは言います.@はイラクの条件に合わず,Aは戦争の正当性を失わせます.それゆえ,NATOや同盟諸国の参加したBが最も好ましいでしょう.ネオコンも,唯一の超大国が「帝国」を望んでいない,と認めるしかない,と.
FT May 26 2003
Inflation is a bigger danger than deflation
By Tim Lee
多くの議論は,経済への通貨政策の効果と,1990年代のバブル破綻による不可避的な構造調整とを,区別していない.バブルは過剰な通貨供給によって起きたが,その結果は世界経済を歪めた.特に,アメリカにおける個人貯蓄の減少と経常収支赤字の拡大は,その顕著な症状である.
より知られていない事実は,こうした不均衡が持続している限り,資産市場のバブルは決して完全に破裂していない,ということだ.それは徐々に水準を下げるが,金融が緩和されている限り,完全に資産デフレが進むことは不可能だ.世界,特にアメリカが金融引締めを行わない限り,バブルの不均衡は残っている.「金融的な」引き締めは,インフレの結果としてか,中央銀行の協力で実行されるだろう.資産価格を支える流動性が消滅する.現状では,インフレが起きず,中央銀行も引き締めることは考えない.
ドル高が続いていたのも,金融市場における「バブル気分」の名残であった.金融緩和と成長の減速,巨大な不均衡により,ドルの下落が生じる.連銀がそれを免れてきたのは,金融市場が不合理なまでにドルに執着し,アジアの中央銀行がドル準備を増やし,アメリカの財政収支が好転していたからだ.
こうした要因は続かない.投資家はドルの一層の下落に備えている.それゆえ,ドルは名目的にも,実質的にも下落するだろう.それはアメリカ経済の不均衡を是正するが,同時に究極的にはインフレをもたらす.
この名目価格への効果は重視されていない.しかし,これはアメリカ経済に長年にわたって蓄積された過剰流動性のもたらす必然的結果である.バブル経済が続いている間,ドル高,その他のメカニズムがインフレを抑え,インフレ期待も起きなかった.しかし,最終的にバブルとドル高が崩壊すれば,この「抑圧された」インフレーションが解放される.
アメリカはデフレにならず,それゆえデフレを輸出することはない.初めは,ドル安がヨーロッパのインフレを低下させる.しかし,中央銀行が当然反応する.長期的に,こうした対応はアメリカのインフレ圧力を世界に分散させる.その過程は数年に及ぶが,すでにドル安と金価格の上昇として現れている.
WP Monday, May 26, 2003
No More Nukes
(コメント) ブッシュ政権は,利用し易い小規模(広島の3分の1程度?)核爆弾の開発と,北朝鮮のような「無法者国家」が地下に貯蔵する兵器を破壊できるバンカー・バスターの開発に,予算を認めさせました.先制攻撃に使用する,こうした危険な兵器開発を,今すぐ止めさせるべきだ,とWPは主張します.9・11とアフガニスタン,イラク戦の勝利? それらがもたらす世界のブッシュ型展開図は,もう,ここまで来ている訳です.
他に方法が無い.と,彼らは考えるのでしょう.その根底には,他国(他人)は信用できない.武力しか当てにならない,という確信があります.もちろん,それは戦場の真実です.しかし,世界を戦場としか見ない思考は,間違っています.
FT May 27 2003
Martin Wolf: A fine line
By Martin Wolf
(コメント) HSBCの Stephen Kingが示した分析に依拠して,Wolfはバブル破綻の帰結を展望します.当面はデフレの脅威が深刻であっても,10年,20年かけて,実はインフレが深刻な問題になるだろう,と.
一つの予想は,1930年代のデフレを解明したオーストリア学派や,アメリカのアーヴィング・フィッシャーが解明したように,デフレの長期化・深刻化です.その場合,最後は世界戦争であり,資本ストックの戦争による徹底的な破壊でした.
もう一つの予想は,インフレによる債務の帳消しです.Kingは,バブル後の不況対策を5段階に分けています.@金利引下げ,A財政支出拡大,B利回りの人為的引き上げ,C公的債務免除,Dインフレ期待の促進.日本は@〜Bを行い,アメリカもBへ進みます.最後に残るのはCとDです.最も確実な方法は,市場を貨幣の洪水で満たすことです.
デフレが進む日本で,政府債務や民間債務が増え続けることを考えてみれば良いでしょう.公的債務のGDP比率は,1991年から今年にかけて,91%から151%にまで上昇しています.後10年で300%に達するとしたら,インフレが爆発することは確実です.アメリカでも,毎年5000億ドルの資本流入が途切れるとき,ドルが暴落し,長期金利が上昇するでしょう.
FRBがインフレ政策を続けるなら,ドル安は加速し,ECBが利下げを繰り返すでしょう.ドル安を阻止するには,アメリカの不況をさらに深める覚悟が必要です.それゆえ,この世界的なバブル処理過程で,債務の積みあがる政府と民間企業を救済するために,インフレが選択される可能性の方が高いのです.
NYT May 27, 2003
What Did You Do During the African Holocaust?
By NICHOLAS D. KRISTOF
(コメント) アフリカ・ルネッサンスとして1990年代に提唱された計画は,そのシンボルであった小国,エリトリアの現実に反映されています.ちっぽけな独裁者がキリスト教徒やジャーナリストを投獄し,かつては女性の社会参加を奨励した国が,今では彼女たちをレイプします.民間企業は規制され,援助団体は無視されています.アフリカでは4000万人が飢え,西アフリカは紛争に,中央アフリカは崩壊に瀕しています.コンゴでは,3300万人が過去5年間で虐殺されました.
孫たちは尋ねるでしょう.「どうしてアフリカでホロコーストが起きているとき,あなたは何もしなかったの?」 確かに,アフリカ大陸の復興は失敗し,西側の政策は破綻したのです.エリトリアの窓は,間違った方向に開かれました.独立を遂げた指導者はエチオピアとの国境紛争に没頭し,今では予算の半分が軍隊に消えます.エチオピアとの貿易は失われ,労働者は軍隊に取られ,畑にも職場にも行きません.こうして彼らは飢餓の淵にあるのです.
KRISTOFは,先のHuttonと同じような提案をしています.@民主主義的な政府の安全保障を西側が支援する.A債務免除.Bアフリカに対する市場を開放して貿易促進.C欧米の農産物補助金を削る.そのために,エヴィアン・サミットで欧米の協調を示すべきである,と.
******************************
The Economist, May 17th 2003
Economic Policy: The joy of inflation
Deflation: Hear that hissing sound?
(コメント) 金利を下げる,通貨を安くする.こうしてデフレと戦う場合,ECBの硬直的な姿勢が批判されます.特に,アメリカよりもユーロ圏内のインフレ率は地域的なばらつきが大きく,ユーロ圏に適当な金利が,必ずしもドイツのデフレを解消するわけではないからです.さらに,インフレは賃金を引き下げるよりも,域内の調整を促進する,と主張します.また,通貨を安くするアメリカよりも,それが増価するヨーロッパの方が,実質的な金融引締めになっている,と強調しています.デフレは債務の負担を重くし,調整を長引かせます.
ゼロ金利に達した場合のBernankeの議論が紹介されています.その際,中央銀行が採る政策としては,@長期金利の引き下げ.A国債購入.B民間債務の貨幣化.C外為市場への介入とドル安促進.D紙幣の増刷と財政支出への融資.
インフレ抑制のために,あれ程,強調されてきた「独立性」は間違いとなり,デフレを克服するためには中央銀行と政府との協調が重要なのです.
Trade: The GM gamble
(コメント) WTOのドーハ・ラウンドを潰しかねないアメリカとEUの交渉姿勢に,さまざまな憶測が漏れます.「フランケンシュタイン・フーズ」と見なすヨーロッパに対して,アメリカはこうした風潮が国際的に波及することを警戒します.カナダやアルゼンチン,エジプトも,アメリカに同調します.ヨーロッパの新しいラベリングや調査のルールが本当に実行されるのか,アメリカは疑っています.しかもWTOに訴える時期が,ヨーロッパの共通農業政策(CAP)改正の論議と重なる点が重要です.改正に抵抗するフランスを,GMフード問題がさらに刺激してしまいます.あるいは,それはイラク戦でアメリカを煩わせたフランスに対する国内向けの懲罰ポーズなのかもしれません.このことは,WTOで係争中のアメリカ法人税免除問題に波及するでしょう.
ドーハ・ラウンドにGMフード問題を絡める方が,アメリカの交渉力を強める,と計算したかもしれません.あるいは,アメリカがヨーロッパにおけるCAP改正を諦め,ドーハ・ラウンドを当面は進展なし,と判断したのかもしれません.こうして,アメリカとEUが見捨てたWTOの信用と実効性は地に落ちるのです.
Economics focus: Paying for Saddam’s sins
独裁者フセインがイラク国民に残した債務を免除すべきか? Keynesがドイツの賠償金を批判したように,この債務も大幅に免除すべきだ,と米英は考えている.債務に対して支払うかどうかは,将来の新しいイラク政府に委ね,今はイラクの石油販売を可能にしたい,と.
問題は二つある.一つは,それが対イラク債権を持たないアメリカが,戦争に反対したフランスやロシアに巨額の債務免除を求める bad politics である点だ.彼らがこれに強く反対することは確実だ.
次に,国際資本市場に与える悪影響である.イラクの新しい政府に債務免除することは,必ずしも「モラル・ハザード」を意味しない.Michael Kremerのように,悪質な政府との債務契約は認めるべきではない,と主張することもできる.制裁として融資を止めるほうが,貿易を止めるよりも,庶民の生活を犠牲にしない,と言われる.他方,Harold Jamesのように,世界の金融市場を不安定化する,と警告することも正しい.
イラク再建の必要を前にして,ケインズであれば,そんな神学論争は無視するだろうが.