IPEの果樹園2003

今週のReview

5/19−5/24

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ペンは剣よりも強し? いや,ペンも剣もその持ち手次第です.ネオ・コンでも,北朝鮮でも.

5月14日のNHK教育「こどもの相談室」は,自閉症の話でした.耕太郎くんは,人と上手く話せません.何をしたいのか分からず,お母さんを困らせます.突然,予想外の行動をとり,兄弟や家族とも離れて遊びます.すぐに高いところへ登ってしまい,なかなか降りてきません.

同じ日,ニュー・ヨーク・タイムズ紙のブレア元記者が,これまで多くの記事を捏造・盗用していた,という記事を読みました(「社内の沈黙 暴走許す」朝日新聞).ブレア元記者は,パソコンと携帯電話を使って,実際には取材に行かず,見たことのない現場や,会ったことも無い人々の話を,捏造し続けました.デジタル写真をインターネットで見ることができますし,データ・ベースで検索すれば,関連する情報や記事が多く読めます.読み手が喜ぶような表現力と,(捏造された)活き活きとした個性,(読み手がそうだと感じる)迫真性をもたらす巧みな言葉が並ぶ記事なら,編集者たちも,それが事実かどうか,などとチェックしない(できない)のでしょう.

NYTのブレア元記者,イラクのサハフ情報相,あるいはベアリングズ証券を倒産させたニック・リーソン.彼らは,現実が何か分からなくなった世界で,一時的に虚名を馳せました.もちろん,彼らが単に,もっと多くの捏造家の内で,露見した一部の例外なのかもしれません.NYTの編集部も捏造を見逃し,あるいは奨励しているのではないか? と批判されています.バブルがそうであったように,人は,自分が見たいものしか見ず,聞きたい話しか聞かないのです.

詐欺や捏造が増え,むしろ奨励されるような社会とは何でしょうか? それは,多分,都市化,情報化,金融化,短期化した生活の中で,経験や熟練を軽蔑し,本物であることの意味を見失い,一回性や神聖性を感じることのない社会.専門的で,形式的な合理性と,ヴァーチャル化した社会関係だけに満足する,仲間だけの社会ではないか,と思いました.

あるいは,また,それは心の問題ではないでしょうか.・・・社会にも心があるのか? 自閉症は,認知の障害,コミュニケーションの問題,と言われます.TVや新聞,インターネットなど,現代のマス・コミュニケーションにも,認知の問題が起きているわけです.もし社会に心があるとしたら,私たちは自閉症の社会に住んでいる,と言えます.

何が事実か? 真実を求めて現場に足を運び,関係者の声を聞いて歩く.そうした記者たちの仕事が「社会の良心」として欠かせない重要なものであるのは疑いないことです.しかし,事実であるかどうか,だけが問題なのではなく,心の成長が必要です.もし心が貧しければ,事実は私たちに何も語り掛けないでしょう.そして捏造された真実に憤慨することも無いのです.

学校の検診で虫歯の紙をもらってきた末っ子を,歯医者に連れて行きました.待っている間,中村博文『寿司職人 音やん』を読んでいました.これが実に面白いのです.大阪出身の江戸前寿司職人を描いたマンガで,寿司のネタから職人の仕事,寿司店の経営,現代風俗や社会問題など,登場人物の視点から社会教養小説を読んでいるような気分です.

小説やマンガには,事実と虚構が混じり合って,面白い話を楽しめる作品が多くあります.さまざまな経験を共有し,情報を選択して,私たちは社会の心の一部となります.あるいは,その心を見失えば,遊園地で迷子になった子供のように,私たちはオモチャや遊具を捨てて,家族で一緒に弁当を拡げた,あの木陰を探すのです.

冷蔵庫に貼った牛乳パックを示し,お母さんの手をとって,耕太郎くんは意志を伝えます.耕太郎くんとのコミュニケーションに,たとえ小さくても,手がかりを得たお母さんの嬉しさが伝わってきました.

他方,アフリカに広がる飢饉では,遠くから訪れた家族が医療センターに並びます.「私たちはもう二人の子供を亡くした.三人目の子も亡くした.だから,この子は助けてほしい.」

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ただしFT:Financial Times, NYT:New York Times, WP:Washington Post, LAT:Los Angeles Times, ST:Straits Times, IHT:International Herald Tribune, FEER:Far Eastern Economic Review, CD:China Daily, BG:Boston Globe


BG LAT May 7, 2003

Bush faces a tougher test in N. Korea

By Joseph S. Nye, 5/7/2003

FEER May 15, 2003

Decision Time Looms Over North Korea

By Murray Hiebert/WASHINGTON

(コメント) Nyeは,北朝鮮に対してブッシュ大統領の外交政策が試される,と言います.しかし,ブッシュ外交でなくても,北朝鮮は扱いにくい相手です.北朝鮮のような国があることは,外交政策そのものの限界です.その意味で,こうした北朝鮮を庇護してきた中国,核技術を教えたロシア,再処理施設を与えたパキスタン,彼らには重大な責任があるでしょう.

Nyeが言うように,アメリカと韓国,中国との交渉目的を調整することが必要です.その意味で,北朝鮮問題では,ブッシュ氏が「ネオ・コン」への執着を見直すことになるでしょう.解決に向けた大筋の合意は明白です.@北朝鮮は核を放棄する.Aアメリカは軍事攻撃をしないと保証する.B韓国は経済援助を実施する.以上です.

問題は,北朝鮮が長期にわたる「瀬戸際外交」によって,核武装も経済援助も追及していることです.クリントン政権はこれに騙されました.ブッシュ氏は,断固,これを受け入れません.すると,北朝鮮が核開発や核兵器を完全に破棄したことをどうやって検証するのか? という難しい問題が残されます.

そこで,選択肢として,(A)核施設への軍事攻撃,もしくは,(B)交渉に応じず封じ込める,という議論もあります.もし(A)を行うなら,正確な情報が必要です.しかも,たとえ核施設・核兵器を破壊できても,通常兵力による戦争の被害は無視できません.その鍵を握るのは,もちろん,中国と韓国(そして日本)です.ところが,中国は北朝鮮の体制崩壊を望みません.また,韓国の新大統領は,北朝鮮を敵視しない(そして反米?の)若い世代を支持基盤としています.

もし(B)を行えば,それでも長期にわたって北朝鮮が存続し,核兵器を増産する危険があります.周辺のアジア諸国がこれに対抗して核開発競争を進めるでしょう.実際,手っ取り早く,北朝鮮から核兵器をひそかに購入することもできます.テロリストがアメリカに持ち込むことも懸念されます.他方,韓国の株式市場に限らず,東アジア地域の不安定化は世界経済にとって非常に深刻な問題です.

どれも,その通りです.Nyeは,まさにそれがクリントン政権も直面した問題であった,というだけで,何の解決策も示しません.

Hiebertの記事も,共通の理解を示しています.アメリカが中国,ロシア,韓国,日本と共同で国連安保理の制裁を支持すれば,北朝鮮の核開発を阻止できる,という意見もあります.しかし,これには中国も韓国も(日本も)同意しません.北朝鮮が軍事的な挑発や攻撃を開始したり,政治体制が崩壊したりすれば,周辺地域の被害は甚大だからです.

貿易や援助,国家としての承認を交渉に含めてはどうか? という意見に,アメリカ国務省は反対です.しかし,実際に交渉するとしたら,この問題以外にないのでは? と,私は思います.そして,結局,北朝鮮は核を放棄するつもりがあるのか? という点に帰着します.それは,北朝鮮の指導部がイラク戦争の教訓をどう考えているか,です.

アメリカの専門家によれば,その教訓とは,アメリカは本土防衛に関係する問題になれば怒りを爆発させる,ということです.しかし北朝鮮は,まったく別のことを考えたでしょう.両者の理解の溝は埋まりません.


LAT May 7, 2003

Devil We Know in N. Korea May Be Better Than the Ones We Don't

By Philip W. Yun

北朝鮮の指導者,金正日が失脚しても,あるいは消滅しても,泣く者など居ないだろう.しかし,ブッシュ政権は注意が必要だ.もっと強硬な支配層が次を狙っている.

非武装地帯の両側で,朝鮮の指導者たちは世代ギャップの政治対立に縛られている.若者たちは自由を愛する.しかし,北朝鮮の権力を狙う次の世代,40代,50代は,上の世代よりも一層孤立し,西側への強烈な敵意を示す.

私の両親はアメリカへの朝鮮からの移民である.母は北で生まれ,父の子供時代は朝鮮戦争であった.彼らの世代は,たとえロサンゼルスに住もうが,ソウルやピョンヤンに住もうが,朝鮮は一つだ,と信じている.北朝鮮の指導者たちもこの世代であり,同じ,狭いレンズで事態を見ている.しかし,次の世代は,グローバリストたちだ.

北朝鮮の最高指導者たちは,実際,北朝鮮自身よりも年寄りだ.彼らのほとんどが朝鮮戦争で戦った.中国やソビエト・ブロックとの関係を重視した.彼らは北の独立と自律のために尽くした.しかし,彼らは実際家でもあった.それに反して,次の指導者たちは国際関係を軽視し,冷戦末期と孤立した時代に登場した.

北朝鮮の途方も無い政治宣伝は成果を上げた.新しい世代は西側を弱虫と思い込ませ,外部の世界は北を抹殺したがっていると確信する.この世代には注意が必要だ.南の新しい世代には,経済的繁栄と民主主義が求められるが,北は全く違う.

1999年の国務省代表団の一員として,私は北朝鮮の大佐にピョンヤンへ招かれた.話し合いの中で,この50代の大佐は,一つの朝鮮と,北朝鮮の軍事力を自慢した.それは予想されたことだった.しかし,私が忘れられないのは,彼が私たちに示した明瞭な侮蔑である.彼は,もし挑発されれば,北朝鮮がアメリカ本土を攻撃できる,と語った.

これは旧世代と大いに異なっている.北朝鮮でNo.2のCho Myong Nok副元帥は,2000年10月のワシントン訪問中,その強硬な発言を,和解や平和に向けた明らかに本物の要求とを,組み合わせていた.

大佐の侮蔑に触れて,私は北朝鮮の軍や党の最高幹部より下の世代は,さらに攻撃的である,という話を確信した.彼らは50年間を共産主義の大言壮語に浸り,北朝鮮型の原理主義者となった.朝鮮半島の統一は真正な目的であり,武力闘争しかない,と.この「一つの朝鮮」への願いは,私の叔父と同じだ.彼は韓国の軍高官であった.彼なら,南北の軍事衝突は避けられず,統一の代価がたとえ幾千万の死であっても,勝利しなければならない,と述べただろう.

もちろん,彼の意見は韓国でも「極右」の見方である.しかし,こうした感情は南北にある.

金正日は政治ショーを続ける.しかし,北朝鮮も一色ではない.意見の違いや既得権の対立がある.それゆえ金は複合した権力を担う.今は旧世代が支配的だ.儒教の伝統により,次の世代は黙っている.

実際的な旧世代がイデオロギーを支配するのは時代を問わない.その分裂は韓国を深く動かしつつあるし,すぐに北朝鮮をも変化させるだろう.ブッシュ政権は体制転換に慎重であるべきだ.今の体制の後に来るのは,もっと恐ろしい者たちかもしれない.


NYT May 7, 2003

Even With Glut, Shrimp Farmers Want Still More and Others Balk

By DAVID BARBOZA

(コメント) 世界のエビ過剰供給に関する記事です.エビと言えば,タイの海岸地帯で大量の養殖されている,というイメージしかありませんでした.その影響は広範です.

エビの供給過剰は世界に広まっています.巨大な養殖池がアジア中に広がって,世界のエビ価格が暴落しました.かつての植民地物産を思い出します.しかも,環境保護団体は森林や沿岸部の環境破壊を批判し,アメリカのエビ養殖業者はダンピングだと批判します.

生産方法を改善し,コストを下げて,さらに多くの消費を喚起することで,この価格暴落に打ち勝てるでしょうか? しかし,大規模養殖はエビの病気を蔓延させます.エビの養殖と販売で成長してきたタイのCPグループは,さまざまな問題を抱え,昨年,その輸出額が25%も下落しました.エビの価格はこの数年で半減し,ポンド当り5ドルです.CPグループとしては,もっと付加価値が高いエビの製品を開発しています.

それでも,9・11後の需要の落ち込み,EUの抗生物質投与規制,さらに,中国やラテン・アメリカから熾烈な競争を仕掛けられています.昨年,ついに中国が世界一のエビ輸出国になりました.同時に,アメリカのエビ養殖業者は価格暴落に激怒し,反ダンピング提訴を検討しています.

CPグループはどうするのか? 低コストに対抗し,また,病気の蔓延を防ぐため,生産拠点をインド,ヴェトナム,マレーシア,インドネシアに拡大しています.そのため,タイの幾つかの養殖地帯が放棄されました.農民たちの一部は,かつてそうであったように,塩田に戻りました.また,病気の蔓延を防ぐために,旧来のブラック・タイガーから,新しいオワイト・シュリンプに転換しています.さらにCPグループは,完全にウィルスを遮断するため,屋内養殖技術を開発しました.そこでは水温や水質が完全に管理できます.また,5倍の収穫がある,と言います.

それはまた,環境保護団体からの批判にも応えることができます.エビの養殖は自然を分断し,抹殺するシステムだ,と批判されます.養殖業者はマングローブの海岸を切り取り,養殖池に換えて,化学物質で汚染し,生物種を死滅させます.そして次の土地へ移るのです.CPグループのような業者は,より「環境に優しい」,管理された成長を目指します.しかし,幹部たちは,世界需要がすぐに回復して,もっと多くのエビを収穫する技術が必要になる,と言います.他方,インドやバングラデシュ,ヴェトナム,インドネシアなどの貧しい農民は,森林を潰して新しい養殖池を増やします.

安価な労働力と新しい技術があるから,エビの価格はまだまだ下がる,と予想する専門家も居ます.CPグループの販売拡大を担うCPフードの重役は,価格下落で世界の消費量がさらに増え,エビは牛肉や鶏肉,豚肉と同じように,世界のステープル(主要一次産品)になる,と言います.「われわれの競争相手はインドでもヴェトナムでもない.ポーク(豚肉)だ.」

しかし,20年後に,現在の10倍のエビ消費を支える土地があるか? と記事は訝ります.


NYT May 7, 2003

Bush Signs Singapore Trade Pact

By ELIZABETH BECKER

ST MAY 8, 2003 THU

Truly gold standard

(コメント) 意外なことではないかもしれませんが,アメリカのブッシュ政権にとってFTAはイラク戦後の国際秩序をめぐる「論功行賞」であったようです.他方,シンガポールのゴー首相にとって,FTAは「金本位制」なのです.こんなふうに国際秩序は変化するのか,と嘆息してしまいます.

最初のFTA締結を祝う式典には,ブッシュ政権の通商だけでなく外交分野の閣僚も並びました.パウエル,ライス,エヴァンス,ゼーリックです.ブッシュ大統領の関心は,このFTAがイラク戦後の「友好国と仕事をする」政府の姿勢を示したものだ,という点です.その証拠に,シンガポールより一か月も前に同様の交渉を終えていたチリは,最初の締結国という栄誉を取り逃しました.安保理のメンバーであったチリがイラク戦への支持を拒否したからです.FTAの締結でありながら,ブッシュ大統領が賞賛したのはシンガポールの経済や貿易姿勢ではなく,「テロとの戦いやイラク戦を支持した強力なパートナー」であることでした.

シンガポールにとって,FTAはアメリカが自由な貿易を保証し,それによってSARSへの不安やアジア通貨危機再発の不安を払拭し,シンガポールがアメリカとアジアの自由貿易を結ぶ掛け橋となる宣言です.シンガポールは東アジア貿易自由化の触媒となる役割を担いたい,と.また,両者がこだわった資本流出規制に関しては,多くのアジア諸国も必要であると考えており,アメリカが譲歩しました.

他方,チリは,多くのラテン・アメリカ諸国がそうであるように,アメリカの9・11による国民感情を十分に理解できませんでした.チリ政府がいくらFTAを重要と考えても,国民のほとんどが反対する戦争を安保理で支持するわけには行かなかったのです.

FTAは今や「金本位制」である,という表現に,シンガポールの姿勢が良く示されています.血的所有権,労働者の権利,環境規制を認め合った,関税のない自由な貿易.これが新しい金本位制として,国際貿易や投資の基礎になる,というわけです.それは,経済的であると同時に,地政学的な条件です.なぜシンガポールのような小さな国が200年間も存続できたのでしょうか? 彼らはその条件を慎重に,真剣に,確保し続けたいのです.

結果的に有利に働いたとは言え,ブッシュの戦争に加担することがFTAの動機ではありません.ゴー・チョク・トン首相がクリントン前大統領とゴルフ・コースで話し合ったときから,考えてきたことは,中国とインドが成長する中で,東南アジアとシンガポールが生き残るには,アメリカの貿易と投資を確実に繋ぎとめておくことだ,という判断です.そのことによって,彼らの生きる余地が確保できるのです.

しかし,と私は思います.シンガポールやチリ,あるいはイギリスとのFTAを推進するアメリカ政府の狙いは,もちろんアメリカの支持する国際秩序に各地域を従わせることです.アメリカという巨大市場への参加資格を求めて,各地域の最も弱い国(あるいは,アメリカの政策と親和的で,重要な利益をアメリカと共有する国)を従わせ,その地域内に貿易の窓を設けます.こうすれば,その地域全体がアメリカ市場をめぐって競争します.特に,市場の圧力で,企業や銀行がFTA締結国に流出します.その結果,次々に地域全体へ,アメリカの秩序が拡大していくのです.

自由貿易論を支持する経済学者がFTAに反対するのは,こうした二国間交渉の差別的性格に,保護主義や貿易摩擦,ブロック化の兆候を見るからです.アメリカと並ぶ市場規模を持つEUは,もちろん対抗戦略を摸索するでしょう.また,日本がどうするのか,中国はどうするのか,貿易戦争の火種はいくらでもあります.小国を守るのは,大国との駆引きではなく,そのバランスであり,制度化です.


ST MAY 8, 2003 THU

Europe's Stability Pact offers false promise

JOSEPH STIGLITZ

(コメント) STIGLITZは,EUの安定協定を批判し,中央銀行家の常識を批判し,アメリカの財政均衡論を批判します.

フランスの蔵相が述べたように,安定協定に従うことはフランスが景気悪化を推し進めることを意味するから,これに従わない,と言うのは正しいことです.しかし,EUの他の政府も,この協定を無視するようになるでしょう.問題は,もちろん協定の内容が目的にそぐわないことです.景気変動を安定化するような財政政策を求め,同時に長期的な財政規律も求めたいのであれば,協定を書き直すべきです.

他方,STIGLITZは,中央銀行家たちが世界を見誤っていることも指摘します.彼らの重要な三つの常識は,現実と一致しません.@中央銀行の独立性がマクロ経済の安定化に必要だ.Aインフレが起きると,それが加速し,最後に抑制のための多大なコストを強いられる.Bインフレは成長や生産性上昇を妨げる.これらは間違っている,と言います.

世界には,独立でない多くの中央銀行があります.そして中には,インドのように,インフレを効果的に抑制している国もあります.他方,ロシアのように独立の中央銀行でも,インフレや腐敗を追放できません.また,インフレが加速する崖が存在するとか,インフレによるコストがその利益を必ず超えるという証拠はありません.そして,ある程度のインフレでは成長や生産性を損なわず,その閾値は,現在のヨーロッパやアメリカのインフレ率よりも高いだろう,と主張します.インフレを抑えすぎると,むしろ成長を阻害し,特に旧社会主義圏の移行経済のように,激しい構造調整が必要な場合,その閾値は高くなるはずです.

こうして,STIGLITZはアメリカの政策に戻ってきます.アメリカにも,州の財政に均衡化の制約があり,安定協定の側面があります.しかも,ブッシュ政権は景気を刺激しない富裕層への減税を進めています.要するに,過去の問題によって作られた制度は,将来の問題を解決できなくする障害になる,というのです.


WP Wednesday, May 7, 2003

Stubborn Stagnation

By Robert J. Samuelson

(コメント) 日本の「新しい停滞」がアメリカでも起きる,とSamuelsonは警告します.

確かに不確実さはある.雇用,株価,財政支出,企業会計.けれど,イラク戦に勝利して,石油価格も低下するから,これで急速な景気回復が全ての不安を払拭するだろう.そんな予想は裏切られつつあります.かつて,デフレを心配するのは少数派でした.今では,違います.

Samuelsonは,「日本病」ではなく,「新しい停滞」と呼びます.1990年代,日本では緩やかに失業が増加しました.しかし,多くの人は暮らしぶりも良く,成長しないまま繁栄を享受していました.日本人はバブルに浮かれて自信過剰になった.しかし,一旦,破裂すれば,すぐに回復するだろう.そう思われましたが,成長は戻りません.もちろん,アメリカ人は日本人と違って,こんな失敗を繰り返さない?

しかし,Samuelsonは,アメリカ経済の弱点を三つ指摘します.@アメリカ人の自信過剰に陥って,債務を増やし,行き過ぎた消費や投資をしました.今や債務を返すために貯蓄を増やし,過剰投資を持て余し,住宅価格が下落するのを待っています.Aヨーロッパと日本が回復できません.アメリカは輸出を増やせません.Bさらに,日本をまねたアジア諸国は輸出に依存し,大幅な貿易黒字を維持し続けています.アジアの経常黒字は2002年に2300億ドルにも達し,世界貿易は不均衡によって拡大できません.

これは教科書に載っているような不況ではない.もしかしたら世界的なデフレの一部にアメリカも飲み込まれつつあるのではないか? もしそうであれば,何をなすべきか? こうした真剣な問題を,日本人だけでなく,アメリカ人も立てようとしない.劇的な不況は来ないから.これはスローモーションのようにやってくる危機です.だから,誰もが偽りの感覚に囚われてしまうのです.力強い回復がもうすぐそこに・・・ アメリカ人も同じ過ちを犯しつつある,と.


FT May 8 2003

Philip Stephens: Behind the five tests

By Philip Stephens

FT May 8 2003

Samuel Brittan: Why we should stick with sterling

By Samuel Brittan

FT May 11 2003

Martin Wolf: The benefits of euro entry

By Martin Wolf

The Guardian, Monday May 12, 2003

One day, the single currency may work but at the moment the Treasury views it as Frankenstein's creation

Larry Elliott

(コメント) イギリス大蔵省がユーロ参加をめぐる2000ページの報告書を出して話題になりました.FTがこの論争を扱うにはふさわしいでしょう.

まずStephensは,ブレア首相とゴードン・ブラウン蔵相との対立を描きます.これは経済学で白黒が付くような問題ではありません.加盟が先送りされるのは,報告書の結論だからではなく,ブラウン蔵相がその前から考えていたからです.すなわち,彼の個人的,政治的な野心と関わって.大蔵省も,首相の経済顧問も,イングランド銀行新総裁も,この決定が政治的なもので,今後数十年経ってからしか判定できない,と認めているのです.それゆえ,もっと国益を重視した議論をするべきだ,と指摘します.

Brittanは,報告書の難解な解釈も,二人の政治家の葛藤も扱わない,と言います.ユーロを絶対に拒む理由も,それを絶対に支持する理由も,政治的にはありません.経済学は,Brittanの見るところ,変動レートを維持して,大蔵省もイングランド銀行もそれに慣れることを支持するでしょう.数年前,彼がユーロを支持したのは,それが中央銀行の独立を達成する一つの方法であったからです.しかし,1997年に通貨政策委員会(MPC)が設置され,それが成功した以上,ユーロに参加する実際的な理由も失われました.現在,登場しつつあるデフレのリスクに対して,単一の中央銀行と複数の政府が効果的であるとは思えません.

MPCだけでなく,イギリスは多くの政策や制度の改革を進めました.インフレ目標とイングランド銀行の定期レポート,また首相と中央銀行総裁との対話を公開することは,政治家たちが通貨政策を尊重する重要な基盤となりました.ただし,MPCができたことに加えて,もう一つの重要な要因は,通貨政策が考慮すべき要因はインフレ率だけではない,ということです.経済の安定化などを同時に追及するには,たとえば国債発行と融資について,中央銀行と政府が協調しなければなりません.また,銀行が国際展開する時代に,どのようにシステム・リスクを回避し,どのように銀行を救済するのか? MPCが短期金利だけを目標にすることは,既に,時代遅れなのです.こうした中央銀行の役割を容易にするなら,ユーロ参加を考えても良い,と.

WolfはDavid Beggらによる報告書(The Consequences of Saying No)を取り上げて批判します.なぜならこの報告書は,ユーロ圏に入らず,その外部に留まった場合,貿易や資本取引でイギリスが大きな損失を被る,と主張するからです.Wolfは,いずれユーロに参加しなければならない以上,それを延期することには意味がない,という宿命論を拒みます.また,イギリスが加盟しないことがEUの通貨・金融秩序に対する影響力を失うことにはならず,ユーロ圏の生産性上昇がイギリスよりも高いわけでもない,と言います.個別の民間主体はユーロ不参加によって明白な不利益を被る,という根拠も無いのです.

労働党寄りのThe GuardianにおいてElliottは,ユーロ参加を遅らせるブラウン蔵相を支持します.その理由は,ユーロ圏の不振です.ユーロ支持派は,貿易や投資が増えるだろう,と言います.しかし,イギリスは既にユーロ圏よりも失業率が低いのです.また,経済政策が機能していない,という問題があります.通貨政策はインフレ抑制重視のデフレ的調整派が多く,財政政策は安定協定に縛られています.支持派は労働市場の構造問題を指摘していますが,すでに労働市場の弾力化が行われたにもかかわらず,需要不足によってユーロ圏の失業は増加しています.最後に,ユーロ圏内の通貨政策が各地域の実情に合わない,という批判に加えて,それは収斂が進む中でも,地域間の異なった景気変動を調整できないままだ,と指摘します.

政治要因を持ち出して,機能しない経済政策の決定を支持してはいけない,とElliottは言います.イギリス大蔵省は,ユーロがまだフランケンシュタインでしかない,と見ているのです.


FEER May 15, 2003

Lessons for Asia From Iraq

By Steve Tsang (St. Antony's College, Oxford)

(コメント) Tsangは,二度の湾岸戦争で示されたアメリカの軍事力を一つの革命と認めます.世界は再び,ヨーロッパが植民地を拡大した19世紀のように,圧倒的な軍事力の差を出現させたわけです.アメリカの軍事力は,単に破壊力だけでなく,軍の迅速な展開と全地球に及ぶ兵站能力を含みます.僅かな部隊で全イラク軍を戦闘不能にできたのは,この目に見えない軍事力があったからです.今やブッシュ大統領は先制攻撃の手段を得ました.世界の独裁者たちはアメリカとの関係を見直すべきだ,とTsangは主張します.


NYT May 8, 2003

Bush Proposes Free Trade Zone for Middle East

By TIMOTHY L. O'BRIEN

NYT May 10, 2003

Bush Seeks a Free Trade Zone With the Mideast by 2013

By ELISABETH BUMILLER

BG5/10/2003

What Bush's man in Iraq must do to win the peace

By Robert I. Rotberg

(コメント) ブッシュ氏が,イラク戦の勝利によって得た権威によって中東地域に提唱したのは,自由貿易圏の創設でした.戦争よりも貿易を,という古典的な自由主義の戦略です.石油資源に依存し,保護貿易やイスラエルとの貿易禁止に依拠した現在の中東貿易システムは,テロとの戦いにマイナスです.

ガーナ−に代わって,新しくアメリカのイラク統治の責任者に指名されたL. Paul Bremer IIIは,安定した秩序と,ビジネスの繁栄をもたらすために,この自由貿易圏構想を取り上げたのです.イラクの民衆は,今や,恐怖を感じることなく商売に励むことのできる生活を切望しています.それは,いくらアメリカ軍がヨルダンからクウェートまで警戒しても,実現できません.実際,貧しいアフガニスタン人にはタリバンの復活が見られます.こうした絶望的な信仰心を,世俗の生活改善に向けた希望で救済することが,過渡的統治の目標です.

十分な兵士と,十分な物資が供給されねばなりません.もしアメリカがイラクを中途半端に投げ出せば,平和は急速に失われるでしょう.イラクの再建は石油が目的ではありません.それこそブッシュ氏にとって最高のソフト・パワーを得ることに繋がるのです.Bremerは,さまざまなイラク人の勢力に,アメリカがこうした前向きの力を発揮できることを確信させねばなりません.


NYT May 9, 2003

A Strong Euro With Few Admirers

By MARK LANDLER

ST MAY 12, 2003 MON

US dollar's slide is a calculated move

By Eddie Lee

(コメント) 再び,主要通貨間の為替レートが「調整」されつつあるようです.小国の通貨が変動すれば「通貨危機」になりますが,主要国の通貨であれば普通は「調整」です.数日前までユーロ安を非難していた者たちが,今ではユーロ高を歓迎するより,不況になると騒ぎます.しかしECB総裁は,まだ冷静です.輸出業者が苦しむのは分かっていても,アメリカの赤字に不安を感じ始めた民間資本がユーロに移ろうとするのを,中途半端に阻止することはできません.ユーロ高は避けられず,そして,それは次第に反転する,と考えます.

「降るときはいつも土砂降り(不幸は重なる)」とは,外国為替市場のためにあるような諺です.5030億ドル(GDPの約5%)の経常赤字が,財政赤字と金利低下によって,投資家の不安を強めていることは確かです.しかし,さらに突き詰めれば,投資家たちはFRBの一つの動きに関心があるのです.それは,デフレ解消策としてドル安に向かい始めたのではないか,という不安です.連銀は,日本のデフレに関する報告書で,デフレは避けるのが最善であった,と結論しています.理事になったBen Bernankeは,インフレ目標を主張するとともに,デフレに陥らないよう,予めインフレのバッファーを残しておくべきだ,と唱えています.それゆえ,連銀はインフレ率がゼロになる前に,短期市場で金利を下げるだけでなく,債券市場に介入して長期金利を下げ,さらには外国為替・外国債券を購入してドル安を促すだろう,と予想させるのです.


Seoul, May 13 (Bloomberg)

Wanted: An Alan Greenspan for South Korea

By William Pesek Jr.

(コメント) Pesek Jr.は,韓国のノ・ムヒョン大統領に好意的です.なぜなら,韓国経済が回復するためには,アメリカを見習って,アラン・グリーンスパンを韓国が育てるべきだ,と語ったからです.日本モデルを捨てて,日本や中国のように中央銀行を政府が支配しようとせず,その独立性を重視することで,世界市場における韓国への信頼を高めることができる,と考えます.

もし韓国経済の不振の原因が政府による財政赤字を中央銀行に融資させたり,金融監督に手心を加えるように政治的圧力をかけたりしている,ということであれば,独立性は重要です.しかし,北朝鮮の軍事的脅威に対抗するためであれば,むしろ逆効果ではないでしょうか? イギリスの労働党政権が行った制度改革に似ていますが,私は賛成できません.


FT May 13 2003

'Mr Yen' proclaims new era of deflation

By David Pilling

FT May 13 2003

Martin Wolf: America could export deflation

By Martin Wolf

(コメント) ミスター円,榊原英資氏のデフレ論が紹介されています.その要点は,@これは構造的なデフレだ.通貨政策では解決できない.A中国などの生産性上昇によって長期的に世界経済のデフレが続く.B主要通貨の競争的切下げは避けるべきだ.Cデフレと生きるには,まず不良債権を公的資金で処理し,年金制度を改革することだ.D主要国は,デフレ回避に政策目標を転換すべきだ.

インフレ目標で景気は回復する,という主張よりも,はるかに納得できます.しかし,a)生産性上昇が,なぜ,デフレはともかく,不況でなければならないのか? b)一方では国際間で,他方では国内の企業間で,競争と淘汰による調整を促すべきではないか? と思います.

Wolfも,世界の通貨政策が歴史的な転換を行った,と述べています.日銀だけでなく,FRBもECBも,インフレ率の下落や目標水準の引き上げに主要な関心を向けたのです.デフレが憂慮されるのは,成長が衰える中で不良債権を処理する経済が不況の悪循環に陥らないよう,実質金利をマイナスにするという通貨政策が採れなくなる点です.日本の経験が示すように,一旦,デフレが始まれば,この悪循環を逃れるため,あらゆる非正統的な手段が動員されねばなりません.たとえば,独立性を捨てて,財政赤字を中央銀行が融資します.

ゼロ金利の先には,通貨の切下げが求められます.ドルが減価することは,アメリカにとってデフレを防ぎ,しかも国際的な不均衡を調整する過程として,基本的に是認されるでしょう.しかし,アメリカのデフレがヨーロッパに輸出されます.それゆえWolfは,ドイツの深刻な景気悪化に無頓着なドイセンベルグ総裁の発言を強く批判します.


NYT May 13, 2003

Ethiopia's Dying Children

By NICHOLAS D. KRISTOF

(コメント) 21世紀の国際社会が,このような飢饉の繰り返しを放置していることは許されない,と援助団体は言います.しかし,イラク戦争に何万人もの軍隊や巨額の援助物資を送った主要国が,他方では,こうした戦争で,アフリカの飢饉に対する関心を薄れさせています.既にエチオピアとその周辺で1200万人が飢餓にさらされているのに.人道的な軍事介入や支援を議論しながら,こうして死んで行く多数の子供たちには何もしないのか?

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The Economist, May 3rd 2003

Global finance: A place for capital controls

(コメント) アジア通貨危機の頃,論争では「資本規制」が,不道徳的な,理性に欠けた,秩序を無視する,わがままな,偏った主張であるかのように,強く拒否されてきました.もちろん,支持する意見も合ったはずです.しかし,The Economistは反対意見を掲げました.

この記事と特集は,資本規制を明確に再評価しています.The Economistが疑いなく支持する立場は自由貿易であって,資本自由化では無いのです.その違いは二つです.@資本市場は,財市場よりも,間違った判断に流される傾向がある.A金融的な破綻は,罪のない者まで巻き込んで,システム全体を破壊する危険がある.それゆえ,各国政府は資本流入を常に放置するべきではない,とThe Economist主張します.

ただし,資本規制を忌避させた理由も堅持します.@政府は必ず悪用する.A資本流出規制は,健全な資本流入も抑制する.それゆえ,国際ルールを明確にするべきです.たとえば,@資本流出ではなく,資本流入を規制する.A規制する資本流入の種類を明確にする.たとえば,短期の証券投資を規制し,直接投資は規制しない.B規制方法を,市場に受け入れられるような,たとえば保有期間に応じた明確な税率の差として示す.

The Economistは,こうした議論をオープンにするときだ,と提案します.私もそう思います.その要点は,一国ではなく,国際システムとして合意した政策ルールを示す,ということです.


Britain and the euro: Five tests and a funeral

(コメント) 1997年10月にイギリス大蔵省が考案したユーロ参加テストは有名です.@収斂テスト:景気変動は一致しているか? 特に,住宅価格の高騰をどう見るか? A弾力性テスト:賃金や雇用は,調整が必要な際に,それを受け入れることができるか? B投資テスト:国内投資,そしてイギリス向けの海外投資,は増えるか? C金融サービス競争力テスト:シティは生き残れるか? D成長・雇用テスト:成長を高め,雇用を増やせるか?

テスト結果は,まだ不十分,でした.しかし,テストの意味が肝心です.そして,もしブレアが強く望むなら,イギリス経済がユーロ圏よりも景気悪化する時期こそ,その好機である,というわけです.チャンスは必ずあるでしょう.しかも,意外に早く.


Economics focus: Gauging generosity

(コメント) 世界開発センターとForeign Policyとが共同で作成した指標によれば,世界の富裕国21カ国の中で,日本の開発に対する姿勢は最も消極的な21位でした.世界が富を創る過程に貧しい諸国の参加を支援する程度は,単に援助金の大きさだけで示せません.その援助は完全な贈与なのか,融資なのか? 援助国への見返りを期待する「紐付き」なのか? また,特に貿易を自由化して,貧しい国の輸出を受け入れているか? 移民や難民を受け入れているか? 環境に配慮しているか? 環境保護を支援しているか? 貧しい地域の治安維持,安全保障に人的・資金的な負担を行っているか? こうした点からみて,日本は最下位なのです.ちなみに,GDPを考慮した最上位はオランダ,二位はデンマークです.他方,日本のすぐ上にあるのはアメリカです.アメリカは軍事的な支援を二国間で行っていることや,非合法移民が多いことなど,この指標の性格によって低い評価となりました.どう見るか?は私たちの問題です.