IPEの果樹園2003

今週のReview

3/17-3/22

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初めて訪れた中国は,予めテレビやニュースで与えられた強いイメージによって,率直な印象を歪められ,むしろ少し平凡で,曖昧なものとなりました.それはちょうど,行く直前に買ったデジカメで私の撮った多くの写真が,フラッシュ禁止の設定において,いつも表層的なブレを生じてしまったように.

現地を訪問することでしか分からないもの,とは何でしょうか?

たとえば,味,ですね.上海では豫園の小籠包とエビ団子のフライが美味しかったです.高菜と豚肉の炒め物を加えた麺も美味しいし,ピータンと鶏肉の粥も美味しかったですね.蘇州の昼食にはいわゆる飲茶式に幾つかの蒸した籠を並べてもらい,八宝茶の風味や湯を注ぐ風情にも大いに満足しました.お酒を飲まない私には,海南島のココナッツミルクが美味しかったです.北京ではもちろん北京ダックです.同志社の留学生たちが教えてくれた庶民的なお店で,一羽100元(1500円弱)の北京ダックを,そのスープと一緒に満喫しました.

もちろん,鶏の心臓やかかとの筋? アヒルの水かき? 豚の睾丸! 蛇の揚げ物,青い蛙,そして虫? ・・・ など,など,中国人の食文化や習慣に改めて驚きました.味覚は常に保守的です.しかし(だから?),上海のバンド(外灘)をライトアップして観光名所とし,対岸は宇宙コロニーのように高層ビルとタワーを林立させても,国中の都市がかつての租借地みたいな開発区を競い合っても,彼らの旺盛な食欲はまったく揺るがないようです.いずれにせよ一般の物価は安く,人々の所得が増えるに連れて,街には豪華な百貨店やレストランが建設され続けています.そのどれもが,週末は,客の注文や予約をさばききれない状態です.

同時に,競争はますます激しいと聞きます.中国にさえ行けば何でも儲かる,というのは大間違いで,安くすることだけなら,既に地元の企業がはるかに勝るでしょう.百貨店は安売り競争を繰り返し,供給する企業の選別や淘汰を加速しているようです.インタビューに応じてくださった日本企業の総経理は,今から進出してくる中小企業に強い懸念を示されました.また,中国に進出した日本企業の品質も,常に,中国で生産する韓国や台湾の企業に脅かされています.地元の労働者の熟練と勤労精神とが,日本の工場をすっかり駆逐し,日本では工業地帯が遊園地かゴルフ・コースになる以外,原野に戻っても仕方ない!? ・・・といった印象です.

その「印象」がどこまで真実なのか? 中国は広大で,多様であるため,その姿は象のしっぽどころか,巨大な竜のうろこをほんの一枚,のぞき見た程度です.社会の変化は,経験と概念を鍛えることでしか感得できない,独自の質,を含むはずです.中国の変化が何であるかは,既存の説明を試みると同時に,新しい社会的想像力を駆使しなければなりません.

蘇州では,鐘さんから,中国人は今まで無かったような消費を発見して,それを充足する情熱に駆られているのだ,という視点を聞いて,大いに考えさせられました.上海では,レストランが豪華で,大規模なほど,多くの客が集まる,と言います.中国を動かしているのは,人々の購買力と「近代的な」消費への情熱かもしれません.もちろんそれは,戦争や革命を繰り返すより,はるかに幸せです.

無錫では,軍さんから,中国経済はもっと競争を取り入れて,資源を効率的に利用しければならない,と聞きました.(発達した都市では)国有企業をどうするか,という問題は既に終わり,ほとんど残っていないだろう,というわけです.他方,楊さんとは,中国で労働市場がどのように機能するのか,を話し合いました.かつては,国家という一つの企業しかなく,失業も無かった.今は多くの私営企業が競争しているから,人々は雇用されたり,失業したりする.農民を雇うなら開発区でも月に1000元(約1万5000円)で足りるし,それは,多分,10年前と変わっていない.もし彼/彼女が英語を話せたら,賃金は月2万元(約30万円)以上にもなる,と言います.

北京で,私が中国の成長について悩んでいると,尹さんが,中国経済は高度成長などしていないと思う,と答えました.彼の故郷である山東省の農村では,10年前と比べて,何ら暮らしが良くなったわけではなく,都市の喧騒と無縁である,と言います.中国が高度成長しているのは,公共投資を(それゆえ外資も)都市部に集中させてきたからであり,農村は貧しいままなのです.共産主義のイデオロギーが何であれ,競って先に豊かになろう,という「先富」スローガンが,「団結」や「忠誠」を求めるスローガンと,いつまで矛盾無く維持できるのか,それが問題です.

旅行中にたまたま読んだ,ホテルや飛行機でもらった英字誌・新聞から,私が見た三つの中国をイメージできます.すなわち,1.国内の改革推進.2.内面の改革.3.国際情勢の変化.

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China Daily, March 8-9, 2003

Migrant rights urged

Zhao Huanxin & Liu Li

Multiparty co-operation is people’s choice

Jiang Zhuqing

Policy aims to raise low incomes

Xu Binglan

Allow land transfer to boost farming

(コメント) 農村からの移民労働者について,中国の法律当局は雇用契約や労働条件で彼らが不利益を被らないように,その権利を新しい法律によって強化する,と言います.また,彼らが都市の居住者と同じ条件で労働できること,十分な職業訓練を受けられるようにすること,を求めています.そして,移民労働者の子供たちが都市の学校に入学できるようにする,とも主張しています.大都市で働く地方からの移民労働者は9400万人以上居る,と報告されています.政府は法律が遵守されるように,雇用主に対する監視や罰則を強化する,とも示唆します.

これらが容易に実現されるとは思いませんが,国際移民に関する差別的な受け入れや政策を考えるとき,その可能な是正策を中国政府はすべて実施したい,と公約しているわけです.

多元主義的な民主政治を実現する,というのも,中国にとって重要な課題です.共産党だけでなく,中国人民を貧困や後進性から解放し,より豊かな社会(a well-off society)に前進させるために,共産党の指導の下で,友好的な諸政党が協力するべきである,と議論されています.それはまた,台湾の平和的な再統合化や,華僑との関係強化にも繋がる,と考えています.

中国政府はまた,1400億元の国債を発行して,効果的なインフラ投資を続けながら,国内消費の刺激や地域格差の是正を目的とした財政支出を拡大する,と主張しています.それは,投資に比べて消費の伸びは低く,また都市に比べて地方の成長率は低いからです.このまま大都市の投資を促すインフラに投資を続けることは,効率性を悪化させるでしょう.また,中国経済の成長がより国内市場の拡大に依拠したものになることを覚悟しているわけです.

財政赤字は心配ないのか? この記事では,成長が高まり,企業の育つから,税収はそれ以上に増えるだろう,と中国版のサプライ・サイダーが現れます.しかも,財政赤字はまだ十分に受け入れ可能な程度である,と.

本当に? 中国が急速に成長すれば,人口や食糧が成長を制約するのではないか? と私たちは思います.最後の記事は,その人口規模が成長を制約する,というイメージが,むしろ今や,巨大市場としての魅力となっている,と指摘します.しかし,中国の耕作可能な土地は人口に比べて小さく,効率的に利用されるどころか,ますます耕作を放棄されている,と警告します.

記事が指摘するのは,耕作請負制の弊害です.この制度は農民の耕作意欲を強く刺激することには成功しましたが,各農家に土地利用が細分化されてしまいました.また,地方政府では農民への税負担が多く,農産物が相対的に安かったために所得格差が拡大し,農民は都市への出稼ぎに流出して耕作が放棄されたのです.政府は,こうした土地の売買を自由化し,市場を通じて効率的な大規模生産を促すことで,土地の生産性と地方の所得を高めようと考えています.このままでは,零細な農家が過剰生産と価格競争を激化させ,しかも農業における技術革新や投資は難しいのです.

なるほど,中国はアメリカに似ているな,と思います.政府は根本的な諸問題を直視していますし,既存の制度を解体し,市場を用いた改革に進むことも,今のところ躊躇しません.それが成功すれば,豊かなアメリカのような国ができるでしょう.

本当に? ・・・


China Daily, March 15, 2003

Jia: Help build well-off china

Bao Daozu

Law helps consumers mobilize spending power

Retail sales rosier in Jan-Feb

Xu Dashan

Sessions reflect nation’s progression

Wang Hui

Tibet’s social safety net kicks along

(コメント) 政治局の新しい議長(Jia Qinglin)は,豊かな中国を建設することを,その目標に掲げました.5年毎に開催される,第10回目の全人代の目標とは,「国家の改革と発展を進めるために,安定した社会環境と調和した雰囲気を創り出すように,団結と安定性を維持すること」とされます.しかも,共産党の政治局は,より一層の民主主義や他政党との協力,さまざまな民族や分野から傑出した個人や組織と関係を深めなければならない,と指摘します.政治局自身が,政府職員の行動を民主的に監督し,批判を唱えて,問題をすべてを公表させるべきだ,と言います.

消費者の権利を保護する法律が浸透してきた,という記事にも驚きます.都市の消費者はますます商品の質や自らの権利に意識的になって,法律に訴えるようになった.同時にまた,彼らは納税者としての意識も強め,政府の支出や行動を厳しくチェックするようになっている,と.これらは政府が消費者を重視し,特に都市の消費が成長を支えるとともに,地方のインフラ整備や地方市場の緊密な統合化を進める政策にも結び付く,と考えているようです.

共産党の政治局は,すでに民衆から超越した政治的権威を持ちえません.もはや政治局員が乗った車が他の自動車を止めて,先導されることも無いのです.無駄なみやげ物を彼らに配布したり,会議の途中に娯楽を提供したりする習慣も,廃止されました.より有効に機能する民主的システムを創ることが求められている,と記事は指摘します.新しい世代の政治局は,全人代との役割を分担し,むしろ都市の消費者に依拠した政治的監視機能を担おうとまで意図している,と感じます.メディアは政治局員たちの言動を監視し,欠席や注意力を欠いたメンバーを公表した,としています.中国は,実際に機能する政治システムを摸索しているのです.

他方,チベットの改革に触れた記事は,労働市場改革の一部として,職業訓練とともに,年金や保険制度の改革も必要であり,財政の制度や財源を調整する必要を指摘しています.労働者を契約によって再配置することが,今の中国の生産効率を高める手段であるとしても,それがいつまでも魔法の杖であるとは言えないでしょう.


FEER March 20, 2003

OUTSOURCING

You Want It, We'll Make It

By Assif Shameen/SINGAPORE

Hong Kong Solutions

By Philip Segal/HONG KONG

Birth of a Trading Empire

By Michael Vatikiotis/BANGKOK and David Murphy/BEIJING

Rural Areas Top the New Government Agenda

By Susan V. Lawrence

(コメント) Far Eastern Economic Review の分析が,これまで以上に,中国を理解するジグソー・パズルを提供してくれます.一方では,世界市場と世界生産に依拠してコストを削減する,シンガポールのFLEXTRONICSのような生産請負企業.他方には,新しい経済循環や財政移転に対応を迫られる,香港のような地域政府.

中国政府は,ますます積極的に,周辺の市場や主要諸国との市場開放がもたらす協力関係を促進するよう発言しています.日本がタオルの輸入を制限することは間違っており,低級なタオルを中国で作り,高級なタオルを日本が作って,互いに貿易を増やすことが望ましい,と政府高官は明言します.日本や韓国との市場統合を進めることで,アジアの市場を一気に開放できる,というのも,輸出を国際戦略の基礎におく中国の率直な意見と思います.

それは「帝国」になるのでしょうか? 私の記憶では,J.A.ホブソンが帝国主義に託したのは,国内の貧しい民衆と政治的な不満を意識して,対外的な軍事的拡張と経済エリートたちの利益とが結び付いたことこそ,帝国主義の起源である,というメッセージでした.もし中国が地方の経済を活性化し,政治的な改革にも柔軟に取り組むなら,中国の輸出と成長は,平和と繁栄を実現する国際協調の基礎となるでしょう.

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もし中国社会が,資本主義そのものでなくても,「近代的な生活スタイル」の産みの苦しみを味わうとしたら,その最初の領域は,住宅とセックス,ではないでしょうか?

日本人が決して受け入れないような急激な経済環境の変化を,なぜ中国人は耐えられるのか? 共産党が支配しているからだ,などと言うのは答えにならないでしょう.以前は余りに何も無かったから,と聞きます.しかし,一つは,彼らが住宅を持っているからではないでしょうか? 私は,中国にも乞食は居るが,その急激な社会変化に比べて驚くほど少ない,と思いました.他方,日本では経済の再調整がなかなか進まず,都市の公園にはホームレスのテントやダンボールが目に付きます.たとえ貧しくとも,農地や住宅,最低限の賃金を生涯にわたって保証した中国の方が,その貧しさを抜け出す野心的な人々の自由や機会を認めたとしても,それが(日本と違って)必ずしも貧しい人々の住宅や土地を奪うことにはならないのでしょう.

たとえば,移行期の中国では,労働者に三種類の生き方があるようです.今まで国有企業で働いてきた人々には,最低限の賃金や社会保障があります.それは500元と聞きましたが,毎日,野菜だけ食べているなら生活できる,ということです.その意味では,このまま物価が安ければ,何もせずに質素に暮らしていけるわけです.他方,多くの若者は野心的であり,近代的な工場やレストラン,民間企業,特に外資系企業への就職を目指します.実際,彼らは市場経済への変化や外国語の修得にも勝っているでしょう.

最後に,田舎の土地を捨てて,都市のインフォーマル部門で激しい競争を生きる貧しい人々,サービス業や商業,貿易で財をなした資産家,テレビ俳優や歌手,弁護士まで,さまざまな活動に関わる労働者が居ます.彼らには社会保険が無くても,失業問題の解決を政府に頼る感覚が希薄です.蘇州で何度か利用した自転車で牽く人力車の労働者は,一日で800元から1200元ほど稼ぎ,別に賃貸料を600元支払う,という話でした.客を奪い合って価格を下げますが,輪タクの台数は規制されています.

伝統的な住宅は,確かに,貧しいと思いました.都市において再開発された高層住宅と,伝統的な石庫門住宅や胡同(フートン)を見れば,その違いに驚きます.しかし,たとえ伝統的な住宅に住んでいても,すでに彼らは開発の利益を十分に期待できるはずです.地面に密生する茸のような住宅でも,その住民たちは政府から新しい所有権を認められており,再開発が決まれば,新しい高層住宅に住み替えるか,その権利をお金に換えて,他の住宅を購入することもできる,と言います.都市開発の大きな波は,こうした社会主義的小所有者のすべてを富に結び付け,その格差を,逆に地代取得への期待へと転換するのです.

上海が無数の地主によって構成されていることは,外地からの移住を制限し,30万元以上の住宅を購入できる者しか戸籍の移動を認めない,という政策に示されてきたようです.あたかもカナダが,急増するアジアからの移民に対して,国籍取得に一定以上の資産保有を条件としたように.すでに上海の住宅価格はバブルとなって,一戸建て住宅が日本円でも数百万円から数千万円する,と聞きました.銀行に預金するのも,金融資産や海外に投資するのも,資産を形成する都市住民にとって不十分であれば,彼らはますます贅沢に消費し,住宅を買い替え,ビルを建てるでしょう.上海の富が累積的な成長を実現するのは,今しばらく,当然なのです.

消費を讃美することは,個人の欲望を解放し,競争的な充足を肯定するでしょう.そして,貨幣を得るために,個人の能力や個性を誇示する若者たちを増やします.共産党創設の記念館では,当時の上海の飢饉を示す写真に眼を瞠りました.生きているのが不思議なほどの骸骨となった群集です.人民を封建制や帝国主義の抑圧から解放することと,その欲望を解放することとは,社会の内面に全く異なった変化をもたらすと思います.記念館のすぐそばに,今では,スターバック・コーヒーやディスコなどが並ぶ,近代的歓楽街ができています.コーヒー一杯が30元(450円)以上もしました.

住宅は狭いが,賃金は高い.そこで多くの若者は,両親や祖父母の伝統的な価値や生活習慣に従わず,公園や地下鉄で自由な恋愛に夢中になります.どうということも無い恋人たちの媚態が,旧来の価値観に忠実な人々からは社会の崩壊と見えるでしょう.その心理的な一体感の喪失は,現実に,政治的な危機ともなりうるわけです.

上海では,カラフルな女性下着の広告が溢れ,セクシーな高級下着を展示した専門店が賑わっていました.北京でも,ウェストを細くし,バストやヒップを持ち上げて大きく見せる?ボディー・スーツの宣伝が,地下鉄構内の他の宣伝を圧倒していました.美人になる薬?とでも言うような,TVコマーシャルがしきりに流れるチャンネルもあります.これが「性革命」かどうか知りませんが,日本や欧米と同じセクシーさの強調とファッション感覚が支配的となっているようです.地方や,都市でも貧しい階層では,人民服かそれに似た姿の女性がほとんどですが,都市のビジネス街やキャンパスには,髪にウェーブをかけた,実に美しい(!)女性たちが,おおらかに談笑しつつ歩いています.

中国に限らず,アジアはまだ実質的に男性支配が強い社会であると思いますが,ある意味では,社会主義の理想や一人っ子政策が,女性の社会的進出という遺産を良い意味で中国に残すかもしれません.他方,市場自由化の名の下に,ロシアなどの旧社会主義圏では女性の再商品化が急速に進み,性的な奴隷として,国際的に売買・密輸されている,と聞きます.なるほど,イデオロギーで判断する時代は終わったのだ,と思います.

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Shanghai Talk, February 2003

Sex In The City: Has China’s sexual revolution finally arrived?

David Bandurski

(コメント) これはNorthwest航空の配布する上海情報月刊誌です.

昨年10月の人民大学における性に関する国民会議で,「性革命」という表現が使われた(そして,研究者たちのアゴがはずれた!)と言います.それほど中国の性に関する態度は急速に変化しつつあるようです.少なくとも,性に関する話題は,個人の寝室から公衆の関心事になりました.2002年は,疑いなく,中国性革命の始まった年である,と.

婚前・婚外性交渉の率は急速に上昇している,と言います.その理由は,まず,急速な人口の都市化です.都市に移動した大量の人々は,伝統的な性的規範から自由になり,「社会的な監視(social stare)」システムから解放されました.それはまた,都市の住民が独自の生活スタイルを確立したことにもよるでしょう.「見知らぬ者たち」の社会が誕生したのです.かつて,男女がホテルに宿泊するには,婚姻証明書を提示しなければなりませんでした.今では,そのようなことを求めません.社会的監視に代わって,個人の自由に依拠した権利と道徳が登場しつつあるのです.

若者たちが「処女」に対する態度を劇的に変化させたことは確実です.寒山寺には,非常に能力の高い女性が社会的な活躍の場を得られず,結婚することも無く,自分が「処女」であることを示すために自殺した,という逸話を紹介する遺跡があります.3000年以上も固持されていた性道徳は急速に変化しています.1980年に,北京で婚前性交渉の経験は15%でしたが,今や,70−80%に達すると言います.都市部では,アメリカの95%に近付く勢いです.特に25〜29歳では,その変化が革命的です.

中国人が,愛や結婚とセックスを完全に分離して楽しむようになったのか? と言えば,それは違うでしょう.結婚する相手との性交渉を認めても,誰とでもセックスを楽しむわけではありません.多くの若者が同棲しても,それを両親には秘密にしています.性の自由は,エイズや離婚も増やしつつあります.この傾向を逆転させることはできないでしょう.それゆえ中国も,近代的な生活スタイルがもたらす問題に,独自の解決策を摸索するわけです.


Foreign Policy, March/April 2003

The True Clash of Civilizations

Ronald Inglehart & Pippa Norris

(コメント) 手元にあったForeign Policyには,Huntingtonの「文明の衝突」命題とブッシュ氏の「民主主義への戦い」が比較されていました.Inglehart & Norrisは,民主主義に対する姿勢は世界で共有されているが,西洋型の個人主義と自己表現の自由に関して,イスラム圏や中国など,より伝統的な社会は大きく異なっている,と主張します.特に,離婚や避妊,性的差別や同性愛の権利に関して,伝統的な社会はそれを抑圧します.

この記事は,イラク攻撃と関連付けて繰り返されている,民主主義的な価値に国境は無い,というブッシュ氏の命題を支持します.それと同時に,文化は重要である,というハンチントンの命題も支持します.そして,女性が社会的な進出を遂げ,性的な解放も含めて個人の自己表現が重視されたのは,人口転換や工業文明が生活スタイルを変えた結果であった,と主張します.それはキリスト教の精神や西洋の特殊価値ではないし,伝統的社会に受け入れ不可能な宿命も無いのです.ただし,政治的な指導者の掛け声とは関係なく,文化的な価値の世界革命は,緩やかに実現するでしょう.


FEER March 20, 2003

Singapore Rides The China Bubble

By Trish Saywell/SINGAPORE

(コメント) 今まで存在しなかった住宅市場が,都市中産階級の富を集めて急速に拡大していることは,中国の成長を説明する重要な要因です.しかし,それはバブルではないか? と誰しも思うでしょう.オリンピックや万国博覧会を口実に,都市の公共投資を増やせば,その限りでバブルは膨張します.

そして,その後は? それが債務の連鎖を伴わないなら,実物経済に破滅的な影響を与えないかもしれません.社会主義であった(?)中国では,まだ初めて手にした住宅市場のチップを賭けている人が多いからです.この市場が地方に拡大するには,かなりの時間を要するでしょう.しかし,外国からの資本流入や銀行融資,金融市場が急激に膨張するなら,バブルは一気に危険な水準に達すると思います.

バブルで儲けようとするプロの投資家たちと,共産党政府が,近い将来,衝突する危険も高まるでしょう.それ以前に,金融当局が引き締めを早期に実施できれば,理想的には,不動産価値の下落が適正な水準を摸索するはずです.誰かが,都市中産階級の恨みを買うでしょうが.

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たとえ台風の中であっても,天気予報の声はいつも平静です.第10回全国人民代表大会(全人代)が行われている人民大会堂の横では,その厳しい警備が観光やショッピングに行き交う人の波に呑まれて,目立つこともありませんでした.天安門広場の革命記念碑の横では,西洋式の三角の凧が,すいすいと青空を泳いでいました.

中国を変えているのは,もはや共産党ではなく,市場です.万里の長城で,私は風鈴を買いました.60元という値が,瞬く間に20元に下げられ,私が買う気を示さないと,15元でどうしても買ってくれと引き止められました.隣の店では,10元とか,1元とか!? 声をかけます.なぜ競争的な価格が安定しないのでしょうか? 店のおばさんと売り子の少し残念そうな顔が,私をしばらく後悔させました.富をめぐる激しい競争が社会を変えるのも,それが人々の幸せを目的としているのであれば,許されるでしょう.しかし市場には,規範も節度も無いのです.

私が中国を旅行して,特に印象に残った場所と人物は,北京の天安門やそこに掛かる毛沢東の肖像画でも,上海の中国共産党第一回全国大会の記念場所やそこで見た(それには参加していなかった)周恩来の写真展でも,上海の黄蒲江に架かる大橋とそこに掲げられた字を書いたケ小平でもなく,上海の魯迅故居と北京の孔子廟でした.

上海の魯迅博物館は立派な建物で,展示の仕方も凝っていました.しかし私は,阿Qが革命を叫ぶシーンのドラマを観るよりも,「狂人日記」の一節に関心を持ちました.すなわち魯迅は,社会が病的であるから,自分の文章も病的になるのだ,と説明しました.そして,中国が本来の力を失い,外国勢力に屈服してしまったのは,その民衆にはびこる「心性」や「奴隷根性」に問題があった,と考えました.彼は,もっと現実に依拠した文学や学問,政治システムを求めたように思います.ただしそれは,激しい内戦や共産党政府の政策を知る前の,文学者が抱いた素朴な社会主義的理想であったでしょう.

少し離れた故居は,伝統的な住宅でありながら,三階建ての内部は,イギリスの住宅を思わせる,落ち着いた造りで,魯迅が長く住んだ愛着を感じさせます.この時期,訪れる人も少ないのか,私たちだけのために扉を開き,担当者が案内してくれました.周辺の建築物も当時のままに残されている,という説明に,私は3階の寝室兼用の書斎から,周囲の住宅を眺めました.そして,魯迅もこの同じ風景を見ていたのか,と思い,壁にかけられた彼の幼い息子の写真も見ました.

もし魯迅が甦ったら,今,また「狂人日記」を書くのではないか? と私は思いました.そして,既に何百,何千という,魯迅のような作家が,そして現代なら,音楽家や映画俳優,起業家たちが,社会の亀裂や弱者の声を聞いて,中国社会を変えようとしている様子を想像しました.中国の政治システムは,ある程度,こうした動きに応えつつあるように思います.

北京の孔廟は,観光客でにぎわう近くの雍和宮とは対照的に,外国人などが数名,静かに廟内を歩いていました.私は,かつて儒教が激しく政治的に批判されたことを思いました.孔子の石像は神ではなく,明らかに人間であり,弟子たちの等身大の彫像も廟内に並んでいました.英語の解説によれば,孔子が生きた時代,中国社会では無秩序が支配的で,彼はその解決策を人間の内面的な改善と,その行動への社会的規制に見出した,とあります.前者が「礼」,後者が「節」です.

その考え方は,今なら国際レジーム論と呼ばれ,規範やルールと見なせるでしょう.イラクに対して単独でも攻撃する,と主張する強硬派のラムズフェルドらに対して,パウエル国務長官が国連安保理の新しい決議を摸索した背景にも,それは繋がる思想でしょう.魯迅であれ,孔子であれ,中国はその巨大な力を,しばしば内部の対立や人間の弱さによって蝕まれ,消耗してきました.それゆえ中国の知識人は,内的な改善の途を示すことに,国際戦略以上のエネルギーを注ぎました.もし中国が変われば,世界は自ずから変わる,というわけです.

中国料理と同じように,権力や富のあり方も,中国は独自のスタイルを示していると思います.それが何であるのかは,まだ分かりません.たとえば万里の長城は,何千年も後にイングランドで始まった近代社会の一つの起源,エンクロージャーの石垣に似ているな,と思いました.もしそのエネルギーを,もっと早く富の生産に向けていたら,世界はどうなっていたか? と思います.

中国語をたった三つしか知らない私を,一日中,親切に案内してくれた皆さん一人一人に,心から感謝します.

称好 ニーハオ! 謝謝 シェシェ! 再見 ツァイチェン!

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China Daily, March 15, 2003

Terrorism and hegemonism harm world

Liu Jianfei

(コメント) この記事は,テロリズムに対する戦いを支持する中国が,アメリカのイラク戦については,覇権主義となる恐れが強い,と警告しています.同じ頁の風刺漫画には,ブッシュ氏がコックとなって平和を望むハトを抑え,北京ダック風に包丁で削ぎ,アメリカの戦略的利害という名の鍋に放り込もうとしています.

この記事に拠れば,テロリズムとは,国際秩序や法を無視し,国家主権を無視し,罪の無い民間人たちを標的にするものであり,非人間的で,反市民的です.他方,覇権主義とは,既存の世界秩序における超大国が推進する支配政策です.覇権主義は常に国際的な規制に違反しますが,それでも一定の支持を得るのが普通です.

中国は,テロとの戦いで,国際社会との協力を重視しますが,覇権主義には強い警戒心を示します.アメリカの国際的役割は重要ですが,それを自国の利益によって,覇権主義に転化させてはならない,というわけです.その鍵は,国連の枠組みにおいてテロとの戦いを進め,世界の平和と発展を確保する国際法に依拠する,ということです.


BL 03/02 22:33

Duct Tape May Actually Help Japan's Economy

By William Pesek Jr.

BL 03/10 13:49

`Suicide Economy' Killing More Japanese

By William Pesek Jr.

BL 03/12 00:58

Japan's Panic Over Nikkei Slide Tests BOJ

By David DeRosa

(コメント) 旅行しながら不思議であったのは,三月危機が再来したことではなく,株価下落と円高が同時に進んだことでした.なぜ資産価値が下落する国に,資本が流入するのでしょうか? あるいは,資本が流入しつつ,なぜ資産価値は下落するのでしょうか? 

それは多分,金融市場の円滑な調整ではなく,金融危機への対応であったからでしょう.しかも,銀行が危機に備えれば備えるほど,企業は業績を悪化させ,市場が縮小する,という悪循環を演じたのです.なぜ,政府や日銀はこうした悪循環を断つ行動を採らないのでしょうか?

William Pesek Jr.は,塩川財務大臣がドジで,暴言を吐き続ける限り,日本の政策は信用されず,経済が回復する見込みは無い,と言います.日本政府が実際にやることといえば,金融システムを実際に健全化するより,円安を促す市場介入だけだった,と.しかも,塩川は矛盾したメッセージを市場に撒いて,介入の効果を失わせている.テロリストの毒ガスに備えて荷造りテープでドアを目減りするのも良いが,日本は塩川の口をテープでふさいだらどうか? というわけです.

あるいは竹中平蔵氏も,精神分析医のように,自殺に関する講釈をしなければならない毎日です.日本は先進諸国中,突出した,自殺の多い国となっています.その理由が経済の停滞であることも周知のことです.

逆に見ることもできます.戦争への不安や株価下落により,ドル安が起きていることに対して,日本経済はもっとも弱く,崩れやすい性質を変えていない,と.David DeRosaは,日銀が株価下落に対する何らかの行動を要請されることについて,新しい総裁がきっぱり拒否することこそ,中央銀行としての信頼を高めるだろう,と解説します.中央銀行は株価に対する保証を行う機関であってはならないからです.

資産価値の下落と円高は,対外資産を取り崩す過程の「自殺経済」を過渡的に示すだけのようです.