IPEの果樹園2003

今週のReview

3/3-3/8

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ワシントンDCへ,あわただしい出張に行って,帰って来ました.John Williamson に会ってインタビューする,というのが最大の目的でした.

長時間の飛行でクタクタになった末,Detroitに着いた途端,周りに居た日本人の旅行者たちはどこかに消えてしまいました.天気は快晴.気温,マイナス9度.ワシントンDCへ乗り継ぐと,機内は空席も多く,レーガン・ナショナル空港ではあっけないほど容易に地下鉄(メトロ)へと乗り換えました.

ノースウェストではプレッツェルが繰り返し出てきて,ブッシュ氏がプレッツェルをのどに詰めて転倒した,と説明したことを思い出しました.既にあの頃から,何かが変な感じでした.ブッシュ政権はアメリカの政治的世界で勝ち残ることを唯一の目標とし,それが正しいと確信しているために,逆に,現実を自分にとっての政治的な打算で解釈し,また,実際にそれを他者に受け入れさせ,アフガニスタンのように変えてしまう力も持っている,と思います.安全保障,減税,環境問題,そして決定的な9・11テロは,彼がアメリカの政治的世界を新しい世界秩序と呼び,自分の打算的な世界像を他国にまで強制するきっかけとなりました.

Williamsonは,予想外に年老いて見えました.もちろん,実際に老人だからですが,国際通貨に関する論争が政策協調や為替レートの安定化を無視する方向に進んできたことに,落胆しているからではないか,とも思いました.アメリカの経済学者の多くは,そして何よりもアメリカ政府やIMFが,為替レートの自由な変動や資本取引の自由化に,一種の信仰的な前提を崩さず,この「正義の戦争」をともに戦わないような研究者を冷遇したのかもしれません.彼のCVをもらって,国籍に “British” と書いてあるのを見て,ますますそんな気がしました.

アジア通貨危機から既に5年以上を経て,危機の教訓や国際通貨制度への影響は限定的で,すでに学ばれたような印象も拭えません.かつてHiggottが指摘したように,ブッシュ政権の誕生自体が,「新しい国際金融アーキテクチャー」のような議論を,クリントンのその他の政策とともに,ドブに捨てた感じです.

危機を経て,資本自由化をIMF協定に取り込むような動きは後退しました.しかし,逆に,危機の教訓が新興市場の金融システムの弱さや.企業風土の古さに集約され,「先進的な」金融規制や監督,企業会計やガバナンスを世界基準として普及させることに向かいました.物的な投入の増加に主として依拠した「アジアの奇跡」は,その成功ゆえに,発達した金融システムが持つ資源の効率的な利用や,特にリスク分散,情報伝達機能を,軽視してきた付けを支払ったのです.そして,だからこそ危機は必要であり,その教訓は多かれ少なかれ既に学ばれた,という印象を与えています.

もちろん,研究者たちが国際通貨制度の欠陥を全く無視しているとも思いません.しかし,何ができるか? というわけです.IMFはCCLを新設したが利用されておらず,ブッシュ政権になって債務国の破産処理が行えるような仕組みをIMFも提案したが,実現するには障害が多い.新興市場の為替レート制度について,「コーナー・ソリューションズ」として,完全な変動制か通貨同盟を主張する声もあったが,アルゼンチンが崩壊し,実際には変動制しか残らない,という認識が強まっているようです.

他方,資本規制や為替レートの安定化というのは,「経済学者」の嫌うテーマです.質問しても,誰も積極的な議論はしませんでした.それゆえ,Williamsonが明確に,原則として支持する発言をしたのは印象的です.他方,彼がRichard Cooperに “World Central Planning” だと厳しい非難を受けたことを指摘したときには,ショックでした.

意見が違うから面白いのだ,というのは,不謹慎にならない程度であれば,健全な発想でしょう.国際通貨制度にも,各国の為替レート政策にも,唯一の最適な答えなど誰も知らないことを,皆が認めています.それは世界的な規模の「理想社会」を描く試みの一つなのです.現実的な政治家たちが相手にしなくても,論争は続くでしょう.

「今週のReview」として,一つだけ,記事を紹介します.いつものReviewを期待された方には,悪しからず,ご容赦ください.

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The Economist, February 22nd 2003

The United Nations and Iraq: Irrelevant, illegitimate or indispensable?

(コメント) 国連はもはや関係無いのか? 国連決議など無意味なのか? 国連は国際社会に不可欠な重要機関であるのか?

イラクに関する国連安保理の紛糾と,米仏間の論戦,NATOやEUの混乱,そして小泉首相の答弁などを見聞きすれば,国際社会と国連がどうしようもない困難な状況に陥って,このまま分解してしまうような不安に苛まれます.The Economistは,一方的な非難や,どうどう巡りの解釈を排して,問題の本質に切り込んでいます.

1.   これは理想を戦わす場ではなく,現実政治の機能する交渉の場である.ビスマルクの述べたように,法律とソーセージは,作る場所を見ないほうが良い,というわけです.ところが,

2.   国連の論争は,上位の政治的権力が存在せず,言いっ放しである.また,安保理を代表する常任理事国は民主的に選ばれたわけではなく,正当性を主張できない.

3.   国際連合を,国際連盟の失敗から救うには,この組織を現実政治と結び付けている最も重要なアメリカの軍事力を,決して手放さず,それとの対話を続けることだ.

4.   国連憲章を改訂したり,安保理の代表制度を改善したりすべきだ,という議論は昔からあるが,アメリカ自身が動かなければ,この論争は不毛である.

5.   それでも,国連自体が憲章を新しく解釈し,部分的な改善に取り組んできたことを重視するべきだ.安保理は各国の自主権を無条件に認め,自衛のための戦争しか認めない立場を改め,人権や民主主義の基本的価値を守るために国連軍の役割を拡大してきた.

6.   「受動的なヘゲモニー」となったアメリカを,世界はどのように扱うか,相互の調整と合意が摸索されている.そこには相互利益の確かな基礎がある.

7.   世界はますます小さくなり,世界村の合議制と,世界村の保安官が必要な事情は増えている.合議制と保安官とが対立せずに,世界を改善することが望ましい.

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戦争直前のアメリカ国家に対する警戒感を持っていましたが,空港のセキュリティーを除けば,表面上はむしろ日常生活を維持している,という印象でした.

行きの飛行機では,テレビ・ドラマ「ホワイト・ハウス (The West Wing) 」の特集版や,麻薬中毒の息子を助けるために苦悩するニューヨーク市警の刑事をロバート・デ・ニーロが演じた映画を観ました.帰りの飛行機では,売れない芸術志向の映画監督を演じるアル・パシーノが,コンピューターで創り出した仮想女優「シモーヌ」をめぐって繰り広げる騒動を描いた喜劇映画,アメリカの田舎町から這い出してデザイナーとして成功する野心的な若い女性が,ニューヨーク市長の息子との婚約を破って,自分の母親と故郷を侮辱した傲慢なニューヨークの女性市長をぶん殴る映画,などを観ました.また,退屈な夫婦生活に刺激や自由を求めた30歳の女性が,若い新入り店員と交際して,脅迫や彼の自殺に巻き込まれてしまう, “A Pretty Woman” とは逆の,地味な映画 “A Good Girl” も観ました.

往復30時間近くも飛行機に乗って映画ばかり観ているのは,確かに,たった5人(5時間ほど)のインタビューに比べて,不釣合いな気もします.しかし,アメリカ映画はやはり非常に元気で,想像力を刺激する素晴らしい大衆芸能であり,芸術なのだな,と改めて実感しました.日本では漫画がそれに近いでしょう.なるほど,イメージの持つ強烈なパワーは現実を変えるのだ,と思いました.

映画に出てくる庶民が,何を食べているのか,TV以外に何を楽しむのか,どんな家に住んでいるのか,などから,平均的なアメリカ人の生活をある程度うかがえます.膨大な消費国でありながら,その質は必ずしも高くないのです.節約して探し回ったDays Inn も,立地は申し分ないですが,部屋は非常に簡素でした.私はバーガー・キングで夕食を済ませ,サンドイッチで昼食を済ませ,雑貨店で買ってきたリッツのビスケットとコーラで朝食を済ませました.一番のご馳走は,食事のために入った美術館のスープ&サラダにパンが付いたランチでした.平均的なアメリカ人が家族を連れてワシントン見物に来たら,どうするのでしょうか?

記録的な大雪? 都市は雪に弱く,それほど極端な吹雪でも無いのに,小学校や政府機関は閉鎖され,あるいは時間が短縮されていました.なぜなら自動車に依存している生活が,ますます雪による交通渋滞やスリップ事故を深刻な機能麻痺にしてしまうからです.地下から吹き上がる排気口の水蒸気に身をさらして暖を取るホームレスが,まるで白煙に潜む行者のようでした.ケンタッキー・フライド・チキンの店内で,空腹だからお釣りを恵んで欲しい,という黒人男性を拒んだとき,私はこうした気持ちにならずに暮らせる社会にならないものか,と思いました.

どうしてメキシコ料理店の女性たちはあれ程太っているのか? どうして週末の地下鉄は8時以降しか動かないのか? どうしてIMFにもIDB(米州開発銀行)にも,巨大な屋内庭園や仮想的な自然景観が取り込まれているのか? 閑散とした町の雑貨スーパーに入り,膨大な商品の棚を見て歩いても,アメリカの何が豊かなのか,本当に活気があるのか,分からない気がします.アメリカの大都市は,今も,歩行者を怯えさせ,死んだまま,拡大を続けているように見えます.

TVの映画では,スタローンがコロンビアの麻薬組織を支配するテロリストに妻子を殺され,復讐のためにコロンビアに潜入して戦っていました.ブッシュ大統領の演説より,娯楽映画のヒーローたちが描く世界秩序の方が荒唐無稽だ,とは言えないでしょう.どちらも余りに大衆の嗜好に敏感であることを存在理由にしているのですから.

ノースウェストの機内誌 “World Traveler” に紹介されていた,アメリカのバスケット・リーグでLakersの選手として活躍した後,地方のチーム経営にも関わったJerry West や,CNNで最新のライブ放送を成功させたWolf Blitzer の話を読みました.Westは田舎町で育ち,バスケット・ボールへの情熱で一気に成功をつかみます.「退屈と死とは同じことだ」と言って,新しい挑戦を楽しみます.Blitzerは,Johns Hopkins大学で国際関係などを学び,ロイターやエルサレム・ポストを経て,湾岸戦争でCNNの重要な報道を積み重ねました.彼らの記事に,アメリカのダイナミズムを考えました.

(これから中国へ行きます.「今週のReview」は1回休みます.)

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