IPEの果樹園2003

今週のReview

2/10-2/15

*****************************

「どうして明治憲法は,イギリス案でも,フランス案でもなく,ドイツ案によって制定されたの?」・・・ 「自由民権運動はとても盛んだったのに?」 と,娘に質問されました.こんなに難しいことを中学校の社会科では議論しているのか!!! ・・・と私は大いに感心し,答えに窮しました.

そんなこと学校で習った覚えは無いぞ,と白状するのも自分に腹が立つので,私は,自由民権運動がフランスの人権思想や市民革命と深いつながりがあっただろう,と答えました.・・・そうか.制度の改革や社会的合意の転換には,やはりその社会の歴史や支配構造が強く影響したのだ,と,遅ればせながら,IPE的な発想に至りました.

なぜイギリス案でもフランス案でもなく,ドイツ案になったのか? それは,日本の明治維新が,イギリスのように議会政治の改革を積み重ねることによって達成されたものでも,フランスのように民衆が蜂起して国王の首を刎ね,身分社会を一気に叩き潰そうと試みたものでもなかったからです.ドイツは,むしろプロイセンが関税同盟によって周辺の封建領主を取り込み,弱小の近隣諸国に支配を確立したことで成立したのです.また,東部にはユンカー階級という大地主が残ったままで,遅れた工業化を政府が上から強制してイギリスの国際支配に対抗しました.

明治維新を成功させた薩摩・長州・土佐・肥前の四藩は,徳川家と江戸幕府の武士集団に,天皇を担いで対抗しました.彼らは,世界市場に結び付くことで富と革新的知識を得た周辺の,同じ武士集団であったと思います.議会において漸進的な改革を進めることも,身分制社会を一気に廃止することも,決して主要な目的ではなかったでしょう.王様の首を刎ねて平等な社会を実現する!? とんでもないことだ,という点で,明治天皇の名により政府を動かそうと考えていた派閥の親分たちは一致したのです.

もちろん,明治政府の中にもさまざまな政治思想と,統治・経済発展に関する異なるモデルが内包され,互いに激しく争っていたことでしょう.個々の政治指導者たちのパワーと,組織化された社会各層の連携・同盟化を通じて,ドイツ案を基礎とした憲法が次第に多数派を形成したと思われます.その過程には,国内の反乱鎮圧や税収不足,金融の混乱,国際環境の変化も影響したでしょう.それらを有機的に結び付けて説明する材料を,私は持っていませんでした.

こうして,娘の,ちょっと怪訝で意外そうな顔は,まあ,言い逃れにしては良くできた方だ,という自己満足で補ったわけです.本当は,もっと具体的な事情や解決すべき諸問題に制約されて,指導者たちが行った選択の結果,明治憲法になったように思います.するとそのとき,NHKの衛星放送で見た”World Economic Forum”を,私は思い出しました.今回のフォーラムは,アメリカの一方的な世界の軍事的再編に対する,ヨーロッパやアラブ・アジア諸国の反発がメインテーマとなったようです.

世界には何のルールも無い,という仮説を,私は支持しません.確かに世界政府は存在せず,世界憲法も裁判所もほとんど無力です.しかし,貿易と投資に関する多くの共通の合意が形成されています.戦争をどうやって防ぐか,どのように始まり,どのように終えるか,ということを,国際社会は真剣に議論しています.移民や難民に関する論争,通貨危機やハイテク技術の移転,犯罪に関する合意なども,決して各国の単独行動を効果的な選択とはさせないのです.

この持続する世界市民革命に参加する条件は,単に軍事力や経済力だけではないようです.「なぜ,あのとき日本は,世界憲法に何の発言もしなかったの?」 と,いつか孫に聞かれるような気がします.

*****************************

ただしFT:Financial Times, NYT:New York Times, WP:Washington Post, LAT:Los Angeles Times, ST:Straits Times, IHT:International Herald Tribune, BL:Bloomberg, FEER:Far Eastern Economic Review


BL 01/31 07:12

Japan's Shrines No Blessing for Asia

By William Pesek Jr.

(コメント) Pesek Jr.が言うように,日本の多くの政治指導者と同じように,小泉首相も靖国神社に参拝します.そのためには,すべてを犠牲にしてもかまわないのでしょうか? アジア諸国に何度も強い非難を浴び,説明を求められていながら,国内の,しかも自民党の支持基盤を守るためだけに,「日本の」首相は靖国神社を訪問し続けるのです.彼らは,日本の政治的・経済的なエネルギーを浪費し,国内の経済改革を遅らせ,アジア経済の統合化を中国政府と話し合う立場を弱め,韓国や中国と密接に協力して北朝鮮に対する政策を調整する政治環境をも破壊してしまうのです.

日本の政治指導者たちは,中途半端な北朝鮮との国交正常化を目指すよりも,日本の戦争責任に対する明確な反省を述べて,侵略戦争がアジアの将来において二度と起こらない枠組みを作りたい,と他のアジア諸国の指導者たちに提唱するべきです.そして,その政治的合意に立って,貿易や投資の相互促進を進めるなら,アジアのダイナミズムと日本の成熟化とを具体的に構想する指導力を発揮することもできるでしょう.


The Guardian, Friday January 31, 2003

Poison pens of racism

Polly Toynbee

過去数週間の保守派の新聞に載った難民収容に関する熱狂的報道を読めば,目の前で言葉が跳びはね,気分が悪くなる.Sun紙は,毎日,「今日の難民収容騒動」というキャンペーンを行って,今では38万5000人の読者が「手遅れになる前に,ブレア首相はイギリスを守れ!」という嘆願書に署名している.Daily Mail紙の世論調査では,有権者の72%が難民すべてを追い返すように求めている.

それは間違った新聞の,読者目当ての空騒ぎで始まった.The Expressは数ヶ月間も,毎日,最初の頁に難民を取り上げ,数年ぶりに販売部数を伸ばした.この3週間で,the Quiet Man,the Tory press,Oliver Letwin が加わった.

Civitas や MigrationWatchといった保守派の大物シンク・タンクが事実を歪曲して,間違った情報を流している.同時に,特に有害なのはAnthony Browneによる攻撃である.難民について我々が恐れるのは,猛毒のリシンや拳銃,麻薬,爆弾,売春婦やテロでは無い.それはエイズ,結核,B型肝炎といった,不潔な病気,「ブレアの撒いた伝染病」である,と彼は主張する.彼はthe Times, Sun, Spectatorにも記事を載せている.「これこそ労働党だ.彼らは政治的な清潔さにこだわって,移民となりそうな人々が攻撃されないことを,イギリス国民の生活を救うことよりも,重視するのだ.」

わたしはこれほどひどい状態を思い出せない.剥き出しの憎悪が,規制もされず,遠慮も無く,国内の人種関係に悪影響を及ぼすという配慮もなされないまま,噴出する.DC Stephen Oakeが撃たれたことで,難民や移民に関するどれほどひどい非難も許容されるようになった.リシンを製造していたアルジェリアの難民テロリストが,尊敬される警察官を殺害するとは,確かにとんでもない話だ.Sunでさえ,これほどひどい話を捏造しようにもできないだろう.

David BlunkettがSunの避難民攻撃を「ヒステリー」だと大胆な反撃を行った.しかし彼らはこの攻撃を歓迎した.The Timesの論説は,この5年間に数百万人がイギリスに流れ込んだ,と述べて,その変貌ぶりを誇張した.しかし,統計局の数字では50万人が入国したが,その中には難民だけでなく,イギリスが特に必要としている医者,看護婦,IT技術者も含まれている.イギリスの人口は他のほとんどのヨーロッパ諸国よりも増加しておらず,この20年間で230万人増えたに過ぎない.

しかし,こうした虚偽や欺瞞を暴くよりも重要なことは,難民の制度に本質的な欠陥があることを指摘することである.それを機能するようにして,国民にそれを納得させなければ,政治的に非常に危険である.労働党が責められるのは,難民と一緒になったテロの脅威に対して,国境の管理能力を失ったことであろう.国民の多くは,資源が難民救済に向けられており,難民たちには国から携帯電話や自動車が与えられている,と信じている.最貧層の人々は,難民が自分たちの賃金を引き下げ,公共住宅を利用できなくしている,と感じている.イギリスを奴らが「水浸しにする」というヒステリーは,収まりそうにない.

実際の数字よりも,不確かな状態に関心が高まる.政府が心配するのは当然だ.こうした不安を解消できないことで,ヨーロッパでは選挙が混乱している.左派は,右派の行うジュネーブ(難民)協定からの脱退という政治宣伝に,うんざりしている.そんなことをすれば,戦争を逃れる大量の難民たちが近隣諸国のキャンプに押し込められるだけだ.

難民審査の遅れははなはだしい.難民会議は,すべての難民申請者に7日間の滞在を認めるように求める.また,安全保障の検査は,テロリストが難民として入国することを阻止するだろう.それには時間がかかるが,左派は政府を人種差別だと非難すべきではない.

社会民主主義者たちは,二つの社会モデルがある,と考えるだろう.ひとつは,結束の強い,社会的責任を重視する,スウェーデン型の社会である.富者は貧者のために税金を支払い,国民国家が堅固な国境線を守る.同時に,彼らは世界の他の部分にも高い社会的責任を果たす習慣を持つ.もう一つは,アメリカの西部劇型社会である.そこでは移民の伝統が全く異なった政治を編成している.新参者は,それを望むなら,第三世界の底辺階級に等しい低賃金で参加することも許されるが,アメリカン・ドリームを実現する者はめったにいない.しかし彼らは,この底なしの地獄に至る社会で,よりましな暮らしの人々が赤の他人を助けてくれるなどと期待したりもしない.どの社会にも他者を思いやる気持ちには限界がある.国境線は重要である.そして何人の人々が入国しているのかは,市民たちに知らせて,合意される必要がある.


IHT Friday, January 31, 2003

Israel needs a voting system that answers to the public

Ilana Bet-El

(コメント) テロと軍事占拠の悪循環を続けるイスラエルで,国際・国内世論と関係なく,シャロン首相は再選されました.なぜか? どこでも問題は同じです.選挙運動は腐敗し,投票率は非常に低く,大政党が結託して,少数の支持基盤により政治システムを支配し続けているからです.選挙制度の改革が求められています.

イスラエルだけの話ではありません.世界の多くの危機は,同じように脆弱な選挙制度を温存する諸国,アルゼンチン? アメリカ? パキスタン? イラク? 北朝鮮? 中国? 日本? ・・・に由来するのです.


ST FEB 1, 2003 SAT

Cap migration and risk more global unrest

BRIGITTE GRANVILLE

移民はグローバリゼーションの語られざる一面である.しかし,グローバリゼーションの論争はこの問題を避けている.支持者は自国民優先の反動を刺激したくないし,反対派も人種差別主義者,世界の貧困に無神経な者,という非難を浴びたくない.

この沈黙は,明らかに,危険である.世界的な経済統合派,財・サービス・資本・労働の市場において進行する.しかし,他の市場に比べて,労働市場だけが取り残されている.何世紀にもわたって,各国政府は貧しい,未熟練な国民を,移民との競争から保護してきた.もちろん,そのような配慮は,各国が豊かになり,国内の労働者が卑しい労働に従事しなくなれば,急速に弱まる.アメリカの19・20世紀の移民,イギリスの戦後インド・パキスタン移民とアフロ・カリビアン移民,フランスのアルジェリア移民,ドイツのトルコ移民は,すべてその例である.

しかし,開発先進世界の政治指導者や市民たちは,樽の栓を締めたり開けたりするように,経済移民を調節できると思っていた.しかし,石油危機により移民抑制を試みたものの,1980年代も労働移入はヨーロッパで年平均140万人,アメリカでは230万人も続いた.外国生まれの労働者数は,日本を顕著な例外として,OECD諸国に急増した.オーストラリアの労働力の25%,アメリカの10.3%,ヨーロッパの5.3%に達する.

この移民流入は,熟練労働者不足や人口減少にも起因している.しかし,移民受入への政策転換は,熟練労働者や裕福な移民に限られ,決して大規模な貧しい移民に開放されていない.こうした差別は,特にヨーロッパでは,文化的な違いを理由としている.経済的な移民受入の理由は,それに比べて弱いのだ.しかし移民の利益は,全体として,そのコストを上回っている.

自国民優先の人々は,こうした事実を認めず,政府が自分たちよりも貧しい国からの労働者に職を与えることを優先している,と考える.もちろん,貿易を開放することは,同じことを達成する最善の途だ.実際,農産物輸入を自由化すれば,多くの場合,彼らは移民しなくても良いだろう.ところが,ヨーロッパでもアメリカでも,農民のための政治がこれを事実上不可能にしている.

移民禁止はさまざまな非合法移民,人身売買を助長し,改革を必要としている.豊かな諸国の政治家たちは,より自由な移民政策を採るか,農業保護主義を抑えるか,どちらかを選択させられるだろう.歴史は,かつて,その選択に失敗したことを示している.1930年代に,日本,ドイツ,ロシアなどから流出していた大規模移民は,アメリカなどによって国境を閉ざされ,世界は大恐慌の時代に向かった.

現代では,アフリカとアジアが世界に移民を供給している.もしこれらの地域により多くの雇用が生まれず,移民も受け入れられないなら,不満と絶望が積み重なるだろう.自由な移民政策と経済成長こそ,貧困にあえぐ諸国と世界に,暴力が蔓延するのを防ぐのだ.


The Guardian, Saturday February 1, 2003

Why we should go to war

Julie Burchill

NYT February 2, 2003

Who Has the Hot Rods?

By MAUREEN DOWD

NYT February 2, 2003

Keeping Saddam Hussein in a Box

By JOHN J. MEARSHEIMER and STEPHEN M. WALT

(コメント) Burchillは,アメリカがイラクを攻撃し,サダム・フセインを政権から追放することに賛成します.ラテン・アメリカやインドシナでアメリカの横暴に憤慨し,反米主義を掲げてきた者でさえ,今回の戦争ではイラク攻撃を支持するべきである,と.彼は代表的な5つの反対論を退けています.1.所詮,石油が目当てさ? 2.サダムに武器を与えたのは西側だぜ? 3.アメリカはいつも自分勝手に他国に干渉する? 4.サダムはアメリカ人を殺していない? 5.奴らは好かん? どれも間違っている,と.

DOWDは,逆に,ブッシュ政権のイラクと北朝鮮に対する恣意的な差別化を強調します.確たる証拠は無いが,ブッシュ氏が攻撃したいからイラク戦は不可避である.しかし,どれほど明確な証拠があり,金正日自身がそれを公然と認めても,北朝鮮への関心は薄い.ブッシュ氏は,アメリカ国民に対する特定の脅威を誇張し,他の危険は顧みない.イラクに対して封じ込めは意味がないと言い,北朝鮮には封じ込めを説く.なぜなら,保守派の支持者たちがジョン・ウェイン風の戦果を喜ぶから!

MEARSHEIMER and WALTは,ブッシュ政権が封じ込め政策の有効性を無視している点を批判します.アメリカはイラクを封じ込めるか,先制攻撃するか,という明確な選択に直面しています.しかし,封じ込め政策はイラクに対して有効です.なぜなら,1980年のイランへの侵攻も,1998年のクウェートへの侵攻も,フセインはその機会を冷静に判断して決めているからです.また,フセインは国内のクルド人に対して化学兵器を使ったようですが,彼が報復する能力のある国に対してもこうした大量破壊兵器を使うかどうか,それは分かりません.

アル・カイダとの関係も,具体的な証拠に欠けています.これほど曖昧な証拠と僅かな脅威を理由に,軍事的な攻撃を正当化されることはないでしょう.現在の査察が続けられるなら,核兵器を開発もしくは入手することなどできません.他方,ブッシュ政権のイラクと北朝鮮への対応の差は,世界各地に核兵器への欲望を浸透させてしまったのです.


FT February 2 2003

Ending North Korea's guerrilla tactics

By Scott Snyder

(コメント) Snyderは,朝鮮半島が歴史的に常に大国の政治に翻弄されてきたことを指摘し,北朝鮮の脅迫を終わらせるには,この状況を変えるべきである,と言います.「鯨に挟まれたエビだ」と言うのは,面白い喩えです.(わたしは,「像と一緒に寝るときは・・・」と言いますが.) 北朝鮮は,経済援助や賄賂を要求しているだけではなく,むしろ超大国アメリカと交渉する「面目」や威信を求めています.交渉のテーブルにつくことは,単に脅迫に応じるわけではなく,北朝鮮を国際社会に組み込み,新しい国際(もしくは地域)査察体制に組み込む道である,と主張しています.


NYT February 2, 2003

'20:21 Vision': 2 1/2 Cheers for Capitalism

By MICHAEL LIND

(コメント) The Economist の編集者であるBill Emmottの新著”20:21 VISION : Twentieth-Century Lessons for the Twenty-First Century.”に関する書評です.Emmottが何を考えているのかは興味深いです.この本は,地政学 geopolitics と「地経学 geoeconomics 」の本だ,と.LINDは言います.アメリカ指導力,中国の野心,日本の脆さ,ヨーロッパのねたみ,動揺とテロ,これらがEmmottの見る近未来の地政学です.アメリカと中国が台湾をめぐって冒す過ちこそ,人類最大の岐路になる,と.しかも,日本ではナショナリズムと極右政権,軍事拡張や核武装の可能性が,この数十年で高まるだろう,と.

後半では,Emmottが資本主義を擁護します.The Economistが,終始一貫してリベラリズムを掲げてきた以上,Emmottが世界中の資本主義化,すなわちグローバリゼーションを支持しても驚くことは無いでしょう.''Unpopular'' ''Unstable'' で''Unequal'' で''Unclean.''な資本主義のイメージを,彼は具体的に反駁します.しかし,彼が擁護しているのは「粗忽な自由放任主義」ではなく,政府によって生活水準の改善に矯正された資本主義です.

もしそうであれば,と評者は違和感を示唆します.なぜ慌てて古典的なリベラリズムを復唱するのか? 資本主義は各地で,たとえばアジアで,さまざまな形をとるだろう.実際,Emmottの結論は「狂信的楽観論」への警句です.「20世紀が示したこととは,経済・社会・政治諸力を管理する人間の能力は著しく限られたものでしかない,ということだ.人類がなすべきことに対する完全な答えを見出したと思ったときこそ,人類や経済,さらには地球環境に対する災厄が起きる.」


BL 02/02 00:26

Bank of Japan Becomes Foreign Exchange Ninja

By David DeRosa

BL 02/04 12:33

Japan Bond Bubble Looks Like Nasdaq in 2000

By William Pesek Jr.

(コメント) DeRosaは,なぜ財務省は為替市場への介入を秘密にして,しかも東京ではなく,世界の他の市場で,単独に行ったのか? と訝っています.こうした介入は,不胎化される以上,ほとんど無意味だ,といわれる場合もあります.しかし,他の中央銀行に対して不快な印象を与え,また,他の市場参加者で円を買い込んでいる者は不安になります.あるいは恐怖に駆られ,パニックになるかもしれません.こうした恐怖心を市場で円を買う者に持たせよう,というわけです.日本政府が円安を望んでいるのは周知のことですから,「忍者」介入の心理的な効果と,その長期的・制度的な帰結に注意が向かいます.ただし,それ以上のことではないでしょう.日本政府の成熟した介入技量を称えるべきか? それとも,手詰まりか?

Pesek Jr.は,日本の国債市場がバブルである,と警告します.2000年にナスダックがいつまでも高水準で維持されると信じていたように,日本の国債もこの水準が続くと信じるのは愚かです.貯蓄が流れ込むのにも限度があるでしょう.外国の投資家は,もうこの市場から非難してしまいました.銀行も保険会社も膨大な国債の保有とその利回りで生きているから,国債市場の混乱はますます重大な危機を意味します.

速水総裁は,国債の利回りが低すぎる(もしくは価格が高すぎる)ことを注意しました.日銀が国債の購入を控えれば良いのですが,それはデフレ阻止の公約に反します.こうして,ますます日本の金融機関,日本経済が,危険な国債の高価格に依存し続けます.

この時期,個人に国債を売りつける財務省の説明責任はどうなるのか? と思います.


FT February 3 2003

The new workshop of the world

By Dan Roberts and James Kynge

(コメント) 「世界の工場」であったイギリスから,今では中国がますます多くの工場移転を受け入れています.何一つ目新しい話は無い,と言えますが,そこに描き出される世界には,想像を超えた大きな力を感じます./

「靴工場の経営者Dr Martensも,イギリス中部の町Northamptonにある工場を閉鎖して,中国南部の珠江デルタに生産を移転します.Shundeは世界で生産される電子レンジの40%を製造し,Shenzhenはコピー機の70%,クリスマス・ツリーの80%を生産する.Dongguanには8万人が働く靴工場があり,Zhongshanは世界の軽家電製品の工場である.最近まで海辺の草むらしか無かったZhuhaiに,今ではコンピューター・ゲーム機からゴルフ.クラブまで,さまざまな工場が並んでいる.」

「香港に近い大陸のベルギーほどの土地が,珠江デルタとして,毎年,100億ドルの輸出を行い,10億ドルの直接投資を吸収する.3000万人が働くが,毎日,もっと北の農村から,列車がさらに多くの労働者を連れてくる.」

多くの国が輸出主導の成長を経験したが,この地域はその規模とスピードの点で異なっています.中国の輸出は2002年に21%成長し,3220億ドルに達しました.このスピードなら5年で倍増します.イギリスは12年,ドイツは10年,日本は7年かかりました.しかも,土地や労働力が無尽蔵に供給され,政府もコストを引き下げ,世界のデフレを促しています.

成長の触媒は,WTO加盟に代表されるグローバリゼーションです.厳しい価格引き下げ競争が,多国籍企業を世界最低コストの珠江デルタに向かわせます.Dr Martensの競争相手も,既に中国に進出していました.そこで,彼はPou Chen と Golden Chang,の台湾企業に生産委託しました.Pou Chenの工場は,Zhuhai とDongguanにあって,11万人を雇用しています.ナイキ,アディダス,キャタピラー,ティンバーランドなど,世界の有名ブランドに年間1億足を供給しています.それは最盛期のランカシャー工場に匹敵し,中国の全農村から無数の農民が5階建ての長大な工場で働いています.

こうして世界中から仕事を吸い取ってしまう不気味な「吸引音」が鳴り響くのです.特にアジアでは,多くの中国工場が生産を倍増したため,電機製品が供給過剰です.Shenzhen港はコンテナの取扱量で,ロッテルダムとロス・アンゼルスを抜いて,一気に世界の順位を6位に上げました.鉄鋼や銅の消費量は,すでに中国よりもはるかに経済規模の大きなアメリカを抜いた,と推測されています.

中国の生産立地が優れているのは,単に低賃金ではありません.「ヨーロッパでは,週に5日間,しかも一日に6時間しか働かない.しかし中国では,毎日,3交代制で8時間働く.」その上で,さまざまな競争的供給基地がここに集積され,急速に生産コストを低下させます.激しい競争は利潤を出せなくしているのです.

中国の生産者も,いつまでも委託生産に甘んじないでしょう.中国の消費者には独自のブランドを売り込もうとしています.また,リコーのように,外国企業の生産移転も,かつてのように旧式の製品ではなく,先端的な製品を中国で生産して国際競争し始めています.それだけ中国労働者の技量や身体能力は高いからです.こうして,他国はより付加価値の高い生産に特化しなければ生きていけません.

最初の経済特区であるShenzhenは,中国が政治改革に取り組む先駆的なモデルにも挑戦しています.それは,中央の指導的な政治選択を認めつつ,地方政府に透明で競争的な選挙の機会を与える試みです.西側の民主主義と同じものではないにしても,彼らにとって民主主義も多国籍企業誘致のインフラとして認められているからです.知的所有権が保証されない限り,優れた外資が入って来ないのであれば,「透明」で,「民主的」な政府を持っている方が,多国籍企業を誘致し,より多くの富を得る機会がつかめるのです.


FT February 4 2003

Cut-throat competitors

By James Kynge and Dan Roberts

FT February 5 2003

A better life on the production line

By Dan Roberts and James Kynge

(コメント) 中国の生産拡張熱は,国内でも世界でも,デフレを推進して加速しています.なぜ過剰生産は起きるのか? それは中国の経済改革が部分的だからです.企業は生産シェアを拡大するために利潤を無視するのです.ますます輸出を増やして,他の世界の貿易赤字を増やし,中国への直接投資が増えます.

なぜ市場の飽和状態を無視して供給を増やすのでしょうか? 一つの理由は,国有銀行の融資判断です.彼らはまだ市場調査や利潤を基準としておらず,生産の拡大に融資を従わせてしまいます.なぜ企業や銀行は倒産しないのか? それは,共産党が失業者の増加による社会不安を恐れているからです.その結果,中国のGDPのますます多くが輸出に依存するようになっています.貿易黒字と直接投資の純流入額は,2001年にGDPの44%に達しました.

日本を含む多くの先進工業国で,産業空洞化の不安が強まっています.中国は為替レートを自由に変動させず,資本取引も自由化しませんから,人民元の増価で不均衡を調整するというメカニズムを欠いたままです.まだ当分は,中国に大幅な貿易黒字が累積するでしょう.時間をかけて,銀行が国際競争を開始すれば,それが人民元を次第に引き上げる動機になるのです.

中国経済の躍進を指させるのは,単なる低賃金と多国籍企業との組み合わせを超えた,質的な変化のようです.中国の農村には厳しい暮らしを支えるために沿海部の工場へ出稼ぎに向かう多くの農民がいます.彼らは長く住むことはできませんが,近代的な労働や企業家精神,革新の重要さ,グローバリゼーションの魅力を一気に吸収します.中国の指導部も,多国籍企業が自立的な工業化よりも急速に経営技術や労働訓練を向上させる点に注目しているのです.

中国に進出する外国企業は,労働組合が無く,教育の高い労働者を思いのままに利用できる投資環境を賞賛します.しかし,多くの多国籍企業は,自国で課せられている環境規制を無視することにも魅力を見出しているでしょう.

それゆえ,こうした成長の条件が今後も変化しない,とは言えないわけです.


FT February 3 2003

The dollar's fall

(コメント) GDPの5%に達する経常赤字をアメリカが調整するためにドル安が進むのは必要なことです.しかし,減速への不安を抱えるヨーロッパから見て,FTはその調整がアジア諸国,特に日本と並ぶ黒字を出し始めた中国の人民元を切上げることに求めます.アジア経済は,その重商主義的な黒字の追求を止めて,各国通貨の増価を許せ.そのためには,中国政府が人民元を引き上げる責任がある,と.


BL 02/03 14:13

Asia Is Focused Too Much on Exchange Rates

By William Pesek Jr.

(コメント) Pesek Jr.は,アジア諸国が為替レートの変化に過剰な反応を繰り返すことを批判します.むしろ,自国通貨が増価すれば,消費者は価格でも種類でも輸入によって潤い,企業もより安価に原材料や部品を購入でき,より高度な製品を輸出すべきです.日本が,円安によって国内の不況を回避する「近隣窮乏化政策」の見本です.他方,韓国のサムソン電子は製品構成を再編した見本です.

しかし,Pesek Jr.はアジア諸国が為替レートの大幅な変動や,資本自由化後の国際資本移動に苦しんできたことを軽視していると思います.アジア諸国間の為替レートや資本移動を安定化するメカニズムがあれば,政府も企業も経済構造の高度化と再編に積極的になるでしょう.


NYT February 4, 2003

'A Sea of Fire,' or Worse?

By NICHOLAS KRISTOF

イラク戦に国民の関心を集中させたいブッシュ政権の意図にもかかわらず,北朝鮮の行動は非常に破滅的だ.北朝鮮が核兵器を製造する最悪のシナリオを考えてみよう.・・・・

2月14日 CIAがプルトニウムの再処理中であることを確認する.放射能を考えれば,先制攻撃が難しくなる.

2月15日 「これは危機ではない」と,ホワイト・ハウスの声明.

3月17日 北朝鮮がミサイル実験再開を公表する.東京とソウルで株価暴落.

3月26日 北朝鮮が2段式のテポドン2ミサイルを発射実験する.それは日本を飛び越え,東京市場の株価を9%下落させる.CIAの分析によれば,3段式のテポドン2が開発されれば,直接,アメリカ本土を爆撃できる.

3月27日 「これは大きな危機ではない」と,ホワイト・ハウスが声明.

4月7日 故金日成主席の誕生日に,Taechonの原子炉建設を再開する.それは年間44個の核弾頭を作れるプルトニウムを生産する.

5月1日 国連安保理が制裁を決議する.しかし,中国の同意が得られず,効果は失われる.

6月29日 北朝鮮は再処理を管制し,プルトニウムから核弾頭を製造する.

7月10日 北朝鮮が核実験.世界中の株価が暴落.日本の大手銀行は倒産の危機に瀕する.

7月12日 北朝鮮は公式に核保有を宣言し,日本・アメリカの攻撃から朝鮮人民を守るために「朝鮮原子爆弾」を使用する,と気勢を上げる.世界中の株価暴落,日本の銀行危機と世界不況へ.

7月13日 「これは歴史的な危機ではない」と,ホワイト・ハウスは言う.

7月15日 石原慎太郎,東京都知事,が核武装を公約して首相への選挙運動を開始.

7月20日 プルトニウムを隠したまま,北朝鮮はアメリカに対して,危機の一括収拾に向け交渉に応じるよう圧力をかける.軍が非武装地帯を超えて機関銃を掃射する.韓国・日本の株価が7%下落.

8月1日 大阪の地下鉄で炭疽菌の袋が発見される.負傷者はいないが,これは北朝鮮の脅迫だ,という批評家の発言に注目が集まる.

8月5日 イランとリビアの核バイヤーがピョンヤン訪問.

8月6日 「われわれは危機を誇張すべきでない.」とホワイト・ハウスは言う.「最初から言ってきたように,いつでも北朝鮮と交渉のテーブルに就く.」

8月13日 ラムズフェルドは大統領に三つの軍事的選択肢を示す.最小なら,基地の核施設をクルーズ・ミサイルで爆撃.最大では,北朝鮮の防空システムと大部分の軍事施設を攻撃する.

8月16日 諜報機関によれば,北朝鮮はアメリカの最小の軍事攻撃にも通常ミサイルを日本に向けて発射し,それ以上の攻撃を受ければソウルを「火の海」にするだろう.CIAは,北朝鮮がもし通常兵器の戦闘で敗北すれば,化学兵器,生物兵器,さらにおそらく核兵器も使用して,日本と在韓米軍を攻撃するだろう,と警告する.全面的な第二次朝鮮戦争になれば,100万人が死亡する,と推定される.

8月17日 パウエルがブッシュ大統領に言われる.「2年前に君の忠告を聞いて,北朝鮮を取り込んでおくべきだった.せめて今年の2月に,交渉を始めてさえおけば良かったのに.コリンよ,それを無視してすまなかった.」そのときパウエル氏は目がさめる.彼は夢を見ていたことに気付くのだ.


ST FEB 6, 2003 THU

There's no turning back from going global

On YaleGlobal Online, New York Times columnist THOMAS L. FRIEDMAN

(コメント) グローバリゼーションは一本道である.しかし,それぞれに合ったスピードはあるだろう,とFRIEDMANは言います.『レクサスとオリーブの木』を書いて,FRIEDMANはグローバリゼーションの最も指導的な観察者であり,伝道師となりました.彼は,情報・通信コストの低下が現代のグローバリゼーションの基礎であり,それに成功する道は特別なことではない,と言います.すなわち,腐敗の無い,良質の政府,金融機関・システムに対する監視制度,外国人に対しても公正な法の支配.こうしたものが保証されれば,投資家は利益を生む分野に投資するから,と.

もちろん,政府はさまざまな市場への介入,補助金で,グローバリゼーションを歪めています.国内政治の失敗は,グローバリゼーションのアキレス腱です.しかし,中国やインドが,いまさらグローバリゼーションに背を向けるでしょうか? 貧しい諸国や文化的な結束を守りたい人々は,このグローバリゼーションに対して抗議の声を上げる権利があるのです.グローバリゼーションの利益は,誰もが得られるはずです.そして,公平さが維持されねばなりません.

多方面での自由化が<グローバリゼーション=システム>を拡大し続けています.離脱する国も,逆送する国も,その住民は困窮するのです.

******************************

The Economist, January 25th 2003

Israel and Palestinians: It should have been so simple

(コメント) なぜイスラエルとパレスチナとは問題を解決できないのか? なぜこれほど複雑なのか? 同じ土地を異なる「民族」集団が奪い合っているとしたら,@同じ土地に一緒に住むか,A一方が他方を追い出す(もしくは屈服させる)か,B土地を分割するか,でしょう.

何度も戦争がありました.Aが追求されても,再び戦争になりました.互いに相手を認めるBが追及されたのは,ようやく最近のことです.しかし選挙で,和平を進める与党が敗北すれば,合意事項も翻されます.アラブ世界は,なぜパレスチナを支援するのでしょうか? 彼らはパレスチナ難民を決して受け入れず,容易に国籍を与えません.特に,国内の専制支配を維持する国ほど,パレスチナ人を弾圧します.それでも,国民にはイスラエルへの憎悪を教え込みます.反体制派と結び付くPLOを攻撃するのは,イスラエルだけではないのです.

旧政治=軍事支配者たちを一掃せよ,とThe Economistは主張します.そうすれば,パレスチナ問題は通常の政治問題として,解決を摸索できるからです.