IPEの果樹園2002

今週のReview

10/28-11/1

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水曜日,京田辺キャンパスから自宅に帰る道は渋滞し,私はNHKラジオで民主党の代表質問を聞いていました.それは野党として,的確に争点を指摘し,政権や首相に対する国民の不満を述べ,政策運営に注文をつけるもので,立派な内容でした.金曜日,昼食の後,NHKの国会中継を観ました.自民党・保守党の代表質問を林芳正議員が行い,不良債権処理や国債発行枠について,与党から政府に建設的な批判をしました.

政策の選択によって政権政党が交代し,官僚制度はその透明性を高めて,政党や政策から適正な距離を保つ.そんな時代が来るかもしれない,と思いました.

Business Satelliteに登場したリチャード・クー氏は,いつものように明解でした.彼を,頑固なケインジアン,と呼ぶのは一面的です.彼は「ショック・セラピー」に反対しているのであって,現実的なケインジアンだと思いました.番組で語った論点は以下のものです.

1.竹中氏が税効果会計を一方的に変更して,銀行の自己資本を減らそうとするのは間違いだ.税効果会計は,93年に国税庁との合意で,銀行の不良債権処理における障害を取り除くために導入された.処理した場合,今まで銀行が税金を支払いすぎていた分を返しているだけだ.(伊藤元重氏はこれに弱く同意.)

2.不良債権処理ではデフレは治らない.不良債権処理が進めば銀行が融資を増やす,という前提が間違っている.不動産の価値が85%も下落したような例は大恐慌のとき以来無い.また,銀行は何もしていない,と非難するのは間違いだ.銀行は90兆円も不良債権を処理してきた.(伊藤氏は,デフレが問題なのだ,と日銀批判に転換する.)

3.ペイオフは,一部ではなく,すべての預金についてやるべきではない.預金が不安定な金融システムで,銀行が長期の融資などできない.ペイオフなどせず,金融庁が厳正に検査すれば良い.(伊藤氏は,もちろん今はできないが,それでも,ペイオフは正しい,と反対.)

4.減税よりも,公共投資を5兆円?やるべきだ.国民は貯蓄し続けている.他方で,企業はバランス・シート破綻が怖くて返済している.それは個々の企業にとって正しい選択だ.しかしその結果,20兆円のデフレ・ギャップが発生している.これを埋めるには国債を発行して,政府が代わりに支出することだ.減税の効果は不確かであるから,公共投資の方が良い.

(司会の小谷さんが,でも国債の累積が心配ですね,と横槍を入れる.伊藤氏は,先行して一時的な減税をすれば消費に向かう,と反論.)

5.政府が支出を増やしても,景気が回復すれば税収は増えるから,財政赤字は心配ない.フーバーの均衡財政よりも,積極的な財政支出を行ったルーズベルトの方が財政赤字は少なかった.経済が好循環に入って,株価が回復すれば,自己資本問題など存在しなくなる.小渕政権の財政出動路線が正しかった.(伊藤氏.・・・やれやれ?)

6.何に次の投資が向かうかは,民間が知恵を出すしかない.

唯一この点だけは,クー氏の語尾に曖昧さが残りました.もちろん,需給ギャップを埋めることと,投資分野を指図することは別だ,という思いがあるでしょう.しかしクー氏は,他の文章で,アジア通貨危機や東ドイツの統合化過程に強い不満を述べています.市場が正しい答を出すと言って,実際には,破綻し買収された側の声など全く無視して,銀行や企業を解体した.そして経済全体にデフレ・スパイラルや社会不安を引き起こし,投資家は誰も動かなくなった,と.

その前日,この番組に出ていたRCCの鬼追社長は,企業が再生できるかどうかは,民間や政府,学界などからも議論に参加してもらって,公正に決めたい,と明言しました.

NHKの「ホワイト・ハウス」を観て,アメリカの政治と大統領を考えました.イラク.バリ.ワシントン.モスクワ.そして東京では,民主党の石井紘基代議士が刺殺されました.政治的なテロが伝染することへの不安を覚えます.あるいは,世界市場の底が割れるかもしれない? 

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ただしFT:Financial Times, NYT:New York Times, WP:Washington Post, LAT:Los Angeles Times, ST:Straits Times, IHT:International Herald Tribune, BL:Bloomberg, FEER:Far Eastern Economic Review


FT October 13 2002

Martin Wolf: A test for Britain's euro advocates

By Martin Wolf

「ユーロ加盟は経済問題ではなく,われわれの宿命である.経済テストに合格すれば,政府は国民投票に進む.」と,2週間前,トニー・ブレアは労働党大会で述べた.著名な経済学者たちは,ユーロ加盟支持のパンフレット,Britain in Europe,を出版した.「ユーロに加盟すれば,われわれの所得,従って生活水準が上昇する」と.その主張は,五つのテストを示したゴードン・ブラウン蔵相も同意するであろう.しかし,他方,UBS Warburgのレポートは異なった結論を出した.「イギリスとユーロ圏との収斂が進んでいる強い証拠はあるが,この収斂が持続すると仮定するのはまだ早すぎる」と.

この難題を解く出発点は,政府の示した5番目のテストであろう.すなわち,ユーロ加盟は成長と安定,より多くの雇用を意味するか? それは三つの論点に分かれる.@イギリスの貿易の半分を占める所得との固定為替レートの利益.A自律的金融政策を失うコスト.B加盟への移行問題.

為替リスクを取り除く利益は理論的に支持される.しかし,経験はそれを疑う.1992年以来,1999年と2000年しか,ユーロ圏はイギリスよりも高い成長率を実現しなかった.この帰還,イギリスははるかに不安定な為替レートに苦しんだはずだが.

また,加盟を支持する者は,変動為替レート自体がショックの源泉だ,と言う.しかし,UBS Warburgが言うように,1997年にイギリスが新マクロ経済政策を導入してから,イギリスはドイツ,フランス.イタリア,スペインよりも,成長やインフレが安定している.

さらに,イギリスには(ユーロ圏には無い)追加的なショックが予想される.一つは世界的な強気市場が終わったこと.金融サービスへの影響や,投資所得の減少が起きるだろう.もう一つは,この30年間で3度目の,高騰した住宅価格の下落である.これらのマイナスのショックが襲えば,金融政策は即座に,強く対応が求められる.ユーロ圏の外にいれば,それは確実に行える.しかし,イギリスが長く深い不況を経験しても,ECBの関心は薄いだろう.

それゆえ,われわれは意向の問題を考えるべきだ.ユーロ圏に加盟するポンドの為替レートはいくらなのか? 論じられることは少ないが,これは決定的に重要だ.

デフレの期間が長引くよりも,短いインフレのほうが良いから,今の均衡レートよりも,はるかに低いレートが望ましい.IMFによれば,現在のレートは過大評価されている.財・サービスの純輸出が減っていることにも,それは示されている.さらに,ユーロがドルに対して過大評価されるリスクもある.

長期的なユーロ加盟の利益を主張することは可能だ.しかし,ユーロ加盟が「明白かつ疑いのない」結論とは言えない.支持者たちも加盟するレートは低いほうが良いという.では,どうやって低くするのか? それができないなら,政府は現行レートで加盟することになり,低成長と長いデフレの歳月を招く危険を冒すのだ.


BL 10/11 17:58

For Asia, Dock Strike Has Good Lessons and Bad: Patrick Smith

By Patrick Smith

もし私がCNNにインタビューされたら,ブッシュ大統領によるストライキへの介入に反対した40%の一人になっていただろう.しかし,太平洋沿岸の29の港湾がストライキを11日間続けていることは,アジアにとって何も良いニュースではなかった.しかし,そこには良いニュースも隠されている.

香港や東アジアの港には,コンテナが山積みされている.だが,私を驚かせるのは,この幕間の劇に対するアジア人の平静さである.彼らはもっと長期の停止にも備えている.それは,まだ完全にではないが,東アジアが国内需要にシフトしたこと,を決定的に示している.この数週間で,ストライキはアメリカ経済に200億ドルの損害を与え,他方,アジアにも,韓国の商業省によれば,4〜5億ドルの輸出を妨げている.

ブッシュ大統領はTaft-Hartley Actを発動して,国益に反する労働争議に介入しました.80日間の「冷却期間」を利用して荷揚げが行われるだろう.すでに太平洋の両岸で輸送の遅れははなはだしい.Bloomberg Newsのリポーターは,「アメリカ西海岸のストライキは国際商取引の精緻なリズムを切り裂いた」と伝えている.そうなるはずであった.

これほど小さな争議が世界的な影響を及ぼすのは驚異である.船員や港湾労働者が1万人をロック・アウトしただけで,突然,経済危機が悪化することを心配している.1ヶ月のストでアジアの輸出収入がGDPの0.5%も減少する,と予測する者も居る.アメリカ市場への純輸出額はアジア地域のGDPの約4.5%である.

港湾ストはアジア人に二つのことを示した.一つは,この地域が世界経済減速の衝撃に備えねばならない,という警告である.イラク戦争や石油価格の上昇が,その損害を拡大するだろう.たとえばシンガポールは,第3四半期について,9月末までの3ヶ月間にGDPが年率で10.3%減少した,と推測している.第2四半期は13.2%の成長であった.

もう一つの点は,数年前からエコノミストたちが主張し始めたように,東アジアそれ自体が成長のエンジンとなってきたことだ.不況から抜け出した途端に現れた,輸出による低成長という懸念は,東アジア諸国をまさしく正しい調整に向かわせる.それは,輸出依存の成長モデルに頼っていた1997年以前であれば,もっと難しかったであろう.

私がインタビューした実業界の指導者たちは,香港でさえ,アメリカ西海岸のストを特に心配していなかった.むしろ,ブッシュ政権の対イラク政策を心配していた.内需で足りるのか? 不況やスト再開への備えがあるのか? それはまだまだ無理だろう.中国も,日本も,市場としてはまだ不十分だ.

他のアジア諸国からアジアが消費するのは,この地域(日本を除く)の輸出成長の僅か5分の1でしかない.輸出は疑いなくこの地域の成長を支えている.しかし,さらに良く見れば,韓国でもタイでも,国内消費の盛り上がりに重心を置いている.クレジット.カードの利用が増え,住宅への証券型融資が増え,小売業が拡大する.この地域の輸出依存が決定的に変化しつつあるのだ.

「世界成長の枢軸は大きく東に振れるだろう」と,香港を拠点とする金融仲介業者CLSA Emerging MarketsのJim Walkerは数ヶ月前に述べた.「このアジアの成長がアメリカとヨーロッパの成長を導くだろう.その逆ではない.」と.


LAT October 13, 2002

IRAQ: Of Politics and Vengeance

By Kevin Phillips

(コメント) フセイン征伐はブッシュ父子の「あだ討ち」なのか? もちろんそうだ,国民の多くもそれを知っている,Phillipsは考えます.政府には湾岸戦争の幹部がそのまま入っています.

ブッシュ大統領は,イラク攻撃をキューバ危機にたとえ,フセインをヒトラーやスターリンのように国際社会の脅威であると主張します.それは,どれも明らかに誇張です.フセインの軍隊は弱く,イラク経済はケンタッキー州ほどでしかありません.90マイルしか離れていないキューバと,10000マイルも離れたイラクを,同じ危機として扱うのは間違いです.

国民は,ブッシュ氏が経済問題を軽視して,フセイン追放に執着しすぎている,と見ています.イラク攻撃がどのように成功しても,その揺り戻しは確実なのです.それにもかかわらず,ブッシュ氏が中間選挙で対イラク戦争を争点にするのを許したのは,民主党の無能さにある,とPhillipsは批判します.

戦争を国内政治の道具にしている? そんなことは民主党のクリントン氏もやっていたことだ.モニカ・ルインスキーとのスキャンダル騒ぎを抑えるために,彼はアフガニスタンやスーダンを爆撃したではないか? バブルが崩壊したのはブッシュ氏が悪いのか? そんなはずはない.バブルを煽って自慢していたのはクリントン政権の幹部たちだ,と.国民はそれを知っています.

民主党の中はバラバラです.ブッシュ氏の主張したテキサス流の保安官が銃を抜こうとしているのに,9・11の一周年を迎えた国民のテロ撲滅に向けた意志と,民主党内に形成された戦争支持の政治同盟が余りに強力で,政治家たちは当たり前の質問もできない状態です.中東問題を聖書で理解する宗教的右派,イスラエルのシャロン首相を支持するユダヤ人,など.

ブッシュ氏の父は,かつて,フセインが化学兵器を使用していることも知りながらイラクを支持し,油田の分割さえそそのかしました.彼がバクダットへの侵攻を諦めたことで,アメリカ国民は戦争が失敗であったと感じ,選挙の敗北につながりました.その息子がフセイン討伐に意欲を燃やすのは理解できますが,彼の父はなぜフセイン支持から攻撃に転換したのでしょうか? ブッシュ家の宿敵であったジョン・コナリーは,ブッシュ氏の父親が,サッチャーにそそのかされたことを指摘しています.「ジョージ,私も負けるはずの選挙を控えていたわ.フォークランド紛争の前にはね.でも,それから8年間も政権を維持したのよ.」と,鉄の女は教えたのです.


NYT October 13, 2002

Texas on the Tigris

By MAUREEN DOWD

(コメント) 政治の世界の混乱ぶりを,DOWDはいつもの冷酷な批評で叩いています.議会ではオーウェル世界の似非言語(ニュー・スピーク:オーウェル『1984年』)が飛躍的に進歩している,と.

『 戦争は平和である.  自由は服従である.  無知は力である.』

ヒラリー・クリントン上院議員は言う.「私は大統領がイラクに対して武力を行使しないように,大統領に武力行使を容認することに賛成投票しました.」 ・・・ 民主党員たちは弱腰であると見られたく無いために,ますます大統領の姿勢を強硬にして,自分たちを弱くした. ・・・ ブッシュ氏は国連決議を求めているが,それが失敗して,自分はマッカーサーを演じることを望んでいる. ・・・ ブッシュ氏は,「イラクが余りに強大であるから攻撃しなければならない」と言い,「イラクは余りに弱体だから攻撃できる」と言う. ・・・

ある日,プレッツェルの弾丸で独裁者は倒れ,大地から湧き上がるバブルは・・・? 石油だ! 暗黒の黄金.バクダットの紅茶.


BBC Thursday, 10 October, 2002

Gulf states push for single currency

(コメント) リヤドに集まった湾岸諸国Saudi Arabia, Qatar, Bahrain, Oman, Kuwait, UAE の大臣たちが,単一通貨の導入についてECBの助言を求めた,ということです.

基本的にドルに固定している通貨ですから,それを統一することに経済的問題は無い,といわれます.しかし,中央銀行や政策決定,誰がそれを担うか,という政治問題はあります.また,単一通貨によって取引が容易になり,価格が統一されるとしても,ヨーロッパに比べて相互の貿易が非常に限られているために,そのメリットも限られます.

石油資源に頼った経済の弱さを,単一通貨という魔法だけで解消するのは無理なのです.


The Guardian, Monday October 14, 2002

Deflation is a bigger threat than Saddam

Larry Elliott

1970年代半ば,1980年代前半,1990年代前半.過去3回の西側における世界不況は,すべて中東の紛争に関係している.3回とも,物価が急騰し,インフレ圧力に応じて金利が高騰し,成長が抑えられた.日本の「失われた10年」がやってくる,という金融街の不安は当然のことだ.

戦争が確実になってきたため,むしろ市場の不安は収まって,この戦争が湾岸戦争と同じような短期間の激しい空爆で終わる,と楽観する声もある.もちろん,イラクの破壊と死傷者はすさまじいものであろうが.

最善のシナリオに拠れば,金融市場の不安は抑えられ,石油価格も一時的に高騰するが,新しいイラク政府が大量の石油を供給するから,むしろ価格が下落する.それは投資のコストを引下げ,消費者の実質所得を引き揚げるから,景気は回復するだろう.

もちろん,悲観的なシナリオもある.まやかしの戦争がもし来年に入っても続けば,不確実さが増大し,世界経済を暗くする.消費者は不安を強め,企業は投資を控えるだろう.もしアメリカ軍が市街戦に入れば,それはヴェトナムよりもスターリングラードの戦闘に近いだろう.

市場が,この超大国間の戦争では無い軍事紛争を過大評価しているとも考えられるが,そこに含まれたリスクを過小評価してはならない.

1.   石油価格は不安定化する.イラクの供給は世界全体の3%でしかないが,周辺地域を含めて17%,さらにイエメン沖のタンカー攻撃が示したような輸送の不安がある.

2.   アメリカ経済の景気悪化を決定する引き金になる.アメリカの消費者は慎重になるだろう.

3.   デフレが始まって,企業は事業の縮小を急ぎ,デフレの悪循環になる.

4.   そこで,政府は需要を支えなければならない.しかし,彼らにそれができるのか? 英米はするかもしれない.だが,日本にできるのか? ECBと安定協定に縛られたEUは動くのか?


FT October 17 2002

Bring North Korea in from the cold

By John Newhouse

LAT October 18, 2002

A New Focus on N. Korea

NYT October 19, 2002

New Rules of Engagement With North Korea

By JOEL S. WIT

(コメント) アメリカの動きは遅かったが,イラク問題だけでなく,北朝鮮には東アジアの安全保障をめぐる関係諸国が多い.中国,韓国,日本,ロシアについて,その利害を考慮しなければならない.爆撃して済むことではないのだ,とNewhouseは言います.考えとしてはあっても,今まで実現しなかった東アジアの共同安全保障体制が,台湾問題も含めて動くかもしれない.その鍵は,もちろん,日中関係と中米関係にあります.

LATは北朝鮮が悲惨な経済状態を抜け出すには,核開発を諦め,国際査察を受け入れることだ,と言いますし,NYTはアメリカが中国やロシアの影響力,日本や韓国の援助を考慮して,北朝鮮を,タフな外交交渉で武装解除できる,と説いています.この状況をイラクへの攻撃理由と対比して,賛成派も反対派も自分の主張が正しかったと主張するのは愚かであって,すべてのケースに適応できるルールは無い.むしろ,独裁者との条約だけでは安全は得られない,というのが両者に共通する教訓である,と.


IHT Thursday, October 17, 2002

Shades of Roosevelt and Stalin

Max Jakobson

ジョージ・W・ブッシュは予防のための攻撃を主張した最初の大統領では無い.60年前にも,フランクリン・D・ルーズベルト大統領が,第二次世界大戦の終結後に,同じような戦略を採用した国際機関を提唱した.1942年5月に,ホワイト・ハウスを始めて訪れたモロトフは,この提案を受けて,スターリンと相談し,2日後に承認した.

ルーズベルトの提案では,戦後の世界はアメリカ,ロシア,イギリス,中国が治安を維持し,他の諸国の軍備解除を強制する予定であった.小国は自衛の手段を奪われるから,大国が防衛してやらねばならない.それには経済的なコストもかかるが,多くの人々を軍備負担から解放できる,と.

しかし,その後,小国の武装解除は放棄された.「鷹は小鳥たちがさえずるのを許容する.ただし,鷹たちが気にしない範囲でなら.」と,1945年にチャーチルはヤルタで述べた.

その後,この考え方は核武装に応用された.すなわち,1968年に米ソが核を独占する国際条約を結んだ.そのとき,1964年に核兵器実験に成功していた中国はこれに反対した.米ソは平和を愛する人民の独立を抑圧する,と.

ソ連の指導者たちは,中国が核兵器を量産する体制を作る前に,先制してこれを破壊しようと計画していた.彼らはアメリカ政府も中国を承認しておらず,この攻撃を歓迎するはずだ,と考えたのだ.しかし,キッシンジャーとニクソンが中国を承認する考えに代わって,ソ連はこの計画を諦めた.

中国に続いて,インド,パキスタン,イスラエルが,核兵器の開発に成功した.彼らは自衛のためだけという理由で,その保有を認められた.しかし,サダム・フセインの支配するイラクは違う.彼らは国外にも国内にも,敵に対して生物・化学兵器を使用する.核兵器開発が進んでいた1980年に,イスラエルがこれを先制攻撃したとき,公式には非難した近隣諸国も,実際には安堵していたはずだ.

今日では,もはや,そのような外科的攻撃だけで十分ではない.サダム・フセインを追放することでも十分では無い.その後継の独裁者は同様に危険である.だからアメリカの目標は「体制転換」なのだ.イラクの統治形態を根本的に転換する.


LAT October 17, 2002

Rebuilding Iraq: Japan Is No Model

By Chalmers Johnson, Chalmers

ブッシュ政権は,戦後のイラク再建を日本の占領と同じようにできると言う.彼らには何もわかっていないのだ.イラクは日本と全く違う.

マッカーサーは幾つかの戦略的な決断を行った.彼は裕仁を天皇に残し,すべての命令を天皇から出すことにした.マッカーサー将軍は間接統治を選んだのだ.彼は戦争を行ってきた政府も残した.憲法や土地改革など,すべての変更は日本政府が定めた法律に従って行われた.戦犯の裁判所は失敗であった.パール・ハーバーを襲撃した際の首相であった東条英機は,なぜここに天皇はいないのか? と尋ねたが,誰も答えなかった.マッカーサーが歴史を書き換えたのだ.アメリカは何人かの戦犯を処刑したが,日本人はそれを正義と受け止めなかった.

民主主義は,マッカーサーが日本に持ち込んだのではなく,戦前にあった民主主義が復活したのである.また,日本人はアメリカ政府が冷戦のために日本の占領を利用した,と考える.アメリカは日本に基地を設けたが,日本にも経済的な利益を約束した.それは今に至る巨額の対米貿易黒字となっている.日本の占領に,アメリカは特別な経済的利益を見出していなかったが,イラク占領には,石油産業に利益を持つチェイニー副大統領が居る.そして,マッカーサーは裕仁が神道の神であることを止めさせたが,占領において宗教的な問題が日本人の心性に関与することはなかった.しかし,イラクでは宗教対立が深刻になるだろう.

確かなことは,50年前の日本はイラク占領のモデルにならない,ということだ.


FEER October 24, 2002

Trainspotting in North Korea

By Marcus Noland

改革として北朝鮮にできることは,四つの要素を組み合わせることだろう.@市場化,Aインフレ,B経済特区,C援助,である.

市場化する場合,インフレが問題になる.中国では改革を始めて,穀物価格が約25%上昇した.北朝鮮では米や小麦の価格が4000%も上昇している.大規模な供給が無い限り,物価水準が跳ね上がる.さらに,中国が改革を始めたとき,人口の70%が農民であった.しかし,北朝鮮ではその割合は半分であろう.このことは,穀物価格の上昇から利益を得られる人口が少なく,供給の増加もそれだけ難しいことを意味する.改革は,敗者と社会不安をもたらすのだ.

それでも指導者たちは,銀行やインフレを利用できると思っている.改革の始動に貨幣錯覚が有効であるかもしれない.しかし,このことはすでに交換レートを急落させ,貿易を苦しめている.また,経済特区を中国系オランダ人の資本家Yang Binに委ねたが,その決定に中国政府の合意を得ていなかったために,国境地帯の特区は阻止されてしまった.そこで,日本との国交回復交渉により,100億ドル規模の金融支援を得ようとしている.だが,日本国民の拉致事件に関する反発は消えておらず,容易に交渉は進まない.

市場化という選択に間違いは無いが,それがどこに向かう列車なのか,北朝鮮の指導者たち自身にもわかっていないようだ.


FT October 20 2002

Philip Stephens: Anti-euro inconsistency

By Philip Stephens

(コメント) ユーロ加盟反対論にStephensは真っ向から反駁します.自立的な金融政策や為替レートによる調整を期待して,ポンドを維持しなければならない,と主張するのはもうやめてくれ,と.イギリスの歴史を見れば,すでに金融政策は自立性など持っていないし,為替レートの間違った水準は国内経済を破壊してきたのだ.たとえその逆が,理論的には,支持されるとしても.

なぜか? 大幅に変動する為替レートを政府がどうするか,為替レートが国内経済を破壊しないような水準で安定して欲しいと思うなら,金融政策は自律性を失い,事後的に決まります.イギリス経済にとって,Stephensのようなユーロ加盟支持論が正しいかどうかは,為替レートの重要性と,その大幅な変動が起きる時期の経済を,どう見るかによるのでしょう.


FT October 20 2002

Owls are wiser about Iraq than hawks

By Joseph Nye

ハト派でもタカ派でもなく,フクロウ派が重要だ.一方主義も多角主義も,戦略であって信仰では無い.国連にアメリカの国益を決めさせるのか? というタカ派の批判は的外れだ.辛抱強い,多角的なアプローチこそ,アメリカの最善の国益である.

重要なことは,ビン・ラディンの罠にはまらないことだ.彼はアメリカがイスラムの敵であると主張し,自分のテロ行為を宗教戦争,文明の衝突,によって正当化した.アメリカ政府はこれを退け,テロとの戦いがイスラム教徒や中東地域への反発を招かないように努力してきたのだ.もっとも熾烈な戦いは,文明間ではなく,イスラム教徒の過激派と穏健派の間で起きている.

アフガニスタンの戦闘は最小限の被害に抑えられたが,イラクはかなり異なる.戦闘に勝利しても,政府を再建するまで占拠するなら,アメリカ軍の被害は増え,アラブ地域の住民感情も悪化する.それゆえ,フクロウ派はアメリカ単独の行動ではなく,国際的な連携と支援が重要なのである.

時間がかかってもフセインが大量破壊兵器を使う機会を増やすことにはならず,また,アメリカ国民は多角主義の利点を十分に理解している.

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The Economist, October 12th 2002

Debt and deflation: Till debt us do part

The deflation danger: Of debt, deflation and denial

「インフレは企業を過度の楽観や愚かさによる失敗から救済する」と,かつてガルブレイスが述べたことは,家計にもあてはまる.アメリカでもヨーロッパでも,民間部門の債務のGDP比はかつて無いほど急速に上昇した.他方,何十年ぶりかで,インフレは債務の解消に役立たなくなっている.たとえば住宅の価格が下落しても,住宅ローンを払えるのか?

より心配なことは,どの経済も日本型のデフレに近づいてきたことだ.アメリカもドイツも,膨大な債務とデフレーションという組み合わせが迫ってきた.いくら低金利を続けても,住宅ローンへの支払は金利だけでなく,将来の所得にも依存する.もし成長率が下がれば,支払は厳しくなる.

確かに企業は賃金を引下げないかもしれない.だが,デフレは売上げと利潤を減らすから,企業は人員を削減する.デフレと債務の悪循環が,まもなくドイツでも起きるだろう.

楽観論者は,1930年代と違って,今ではサービスの価格が物価に強く影響するから,デフレになりにくい,という.普通,名目賃金を下げることはないからだ.しかし,Roachのように,これに反対する者も居る.アメリカよりもドイツが深刻だ.ドイツはデフレを回避したくても,金利や為替レート,財政支出さえも利用できない.

デフレは,もし生産性がそれ以上に上昇しているなら,必ずしも悪いことでは無い.しかし,もし需要不足や供給能力の過剰でデフレが進行するなら,1930年型の悪循環が起きかねない.特に,債務が増大している今のようなときは,何としてもデフレを回避するべきだ.もし日本が唯一のデフレで苦しむ国なら,円安が解決策になる.しかし,世界中でデフレが起きれば,これを解消することはさらに困難になるだろう.


Iraq’s oil: Saddam’s charm offensive

サダム・フセインは賄賂で保身を図りだした.彼は誰であれ彼と同盟を組めそうな相手にイラクの石油を配り始めたのだ.この報酬を,もちろんアメリカの石油企業はもらえない.もしブッシュがイラクの石油を狙っているという話にいくらかでも真実味があれば,フセインはその掛け金を吊り上げるのだ.

イラクの石油埋蔵量は,すでに発見されているだけでもサウジ・アラビアに次ぐ1100億バレルもある.攻撃が現実に迫っている今,彼はこの数週間で輸出量を倍増させている.国連がイラクからの安い石油(賄賂)に課徴金を取るよう決めたが,イラク政府はこれを石油会社に払い戻しているという噂もある.

この数週間で,フランス,イタリア,スペインの石油企業が相次いでイラクとの二国間協定を結んだ.これでますますヨーロッパ諸国はイラク攻撃に二の足を踏むわけだ.イラクの石油輸出が途絶えれば,アメリカや世界経済に対して深刻な経済的影響も出る.フセインはまた,トルコの企業と北部油田の採掘契約を結んだし,タタールスタン共和国の企業とも契約した.それはフセインがロシアの石油企業と結び付くことを意味する.

国連の制裁は,外国がイラクの油田に投資することを禁じているが,制裁が解除されたときに油田を開発する契約に外国企業が殺到している.フセインは政治的に重要な国の企業に対して有利な契約を結び,同盟関係を築いてきた.フランス,中国,インド,ロイヤル・ダッチ・シェルさえフセインと契約を結んだ.ロシアの石油関連企業は,ドリルから部品まで,イラクに必要なあらゆる物を売っている.

こうしたことはすべて,ここから排除されているアメリカ企業にとって悪いニュースである.しかし,彼らは,フセイン政権が崩壊したら,これらの契約はすべて破棄される,と信じている.イラクの反体制指導者たちは,アメリカに最も有利な取引を約束している.それでも事態は混乱するだろう.ドイチェ・バンクの専門家は,イラクの体制が変わっても,必ずしもすべての契約が破棄されるわけではない,と言う.それゆえロシアの石油関係者は,プーチンに,ロシアの攻撃参加と契約の承認をアメリカと取引するように求めている.

完全に新しい体制が築かれるのではなく,内部のクーデタで次の政府ができた場合,一層複雑な事態になる.こうして独裁者は,たとえ墓の中からでも人々を苦しめる.


Mexican banks: Won’t lend

(コメント) 私がこの記事を選んだのは,この2年間でメキシコの85%の銀行が外資に買収されたけれど,必ずしもメキシコの経済を近代化したり,資本の利用を効率的にして成長を促したりするようなことは無かった,と指摘されているからです.

メキシコは1982年に債務危機ですべての銀行を国有化した後,1991年から92年にかけて民営化しました.しかし,1994年のNAFTA発効に向けて過度の楽観が支配的となり,莫大な融資に耽って,1995年,ペソ危機に続いて銀行システムが崩壊しました.政府は1500億ドルを使ってこれを救済しました.しかし,それから5年でブームが再来し,外資にとって銀行が魅力的に見えた結果,2000年にスペイン系の銀行が殺到してから,外資の流入に火が付きました.

しかし,危機を経た銀行は極端にリスクを嫌い,融資よりも,ひたすら手数料と国債の保有で利益を上げようとしています.その結果,経済は資金不足で成長が衰え,企業はいずれも資金繰りに苦しんでいます.外資が銀行の効率を高めるために行ったことは,人員を減らして,今までの顧客に,より多くの金融商品を売ることでした.

銀行は今も,メキシコをラテン・アメリカ経済の一部としてしか見ていないのです.