IPEの果樹園2002
今週のReview
2/11-2/16
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日本の社会が大きく変わるとしたら、「日本人」という<社会的な心性>の変化が必要かもしれません。他の先進工業国にあって、日本にほとんど無いもの。そして日本的な心性を大きく変容させるような衝撃力を持つものとは、開放型の性的欲求・充足と、移民の大量流出入・定住化ではないでしょうか。
雑誌やビデオ、ゲーム・ソフト、携帯電話、インターネットによるセックス・ビジネスの蔓延と性の商業的濫用。非合法移民の斡旋業者や犯罪組織による移民ネットワークの社会的浸透。若者や労働者がすっかり減少して、衰退し切った町工場や学校による外国人労働者・学生の誘致が、突如、臨界点を超えます。それらはしばしば、「日本社会を守る」理由にされますが、むしろ閉鎖的な社会規範が現実の変化を歪めている結果ではないか、と思います。
かつて、「日本人」が賞賛されたような、家族への信頼や子供たちの笑顔、若者の向学心、労働者の勤労精神などが、着実に根底から蝕まれています。過去の閉鎖型社会を懐かしみ、大げさな規律を賛美して、家庭・学校・国家による調教を吹聴する保守的な思想家たちが、社会の活力を再生するために何の足しにもならないと分かれば、政府は教育制度の最重要目標を、小学校低学年から性と異文化に対する理解や受容性を高めることに向けるでしょう。
たとえば、北欧やオランダのような開放型の性と、イギリスやアメリカのような移民の居住を前提とする社会システムが日本にも形成されれば、私たちの「心」の中でも何かが変わるでしょう。その日以後も、天皇制や日本企業の集団主義、ヤクザの暗躍、日本語の曖昧さ、などは残りますが、日本的な「心性」はもはや社会・政治システムを拘束する重要な要因ではなくなります。何よりも、社会を動かすエンジンが、自分の欲求や意見を率直かつオープンに追及する、すなわち、合目的的に、できるだけ多くの人に訴えれば、支持者がもっと流動化するような仕組みに基づいて機能するのです。他方、沈黙を強制する老人たちはより早く引退します。
それでも「日本人」は源氏物語や方丈記を好み、夏目漱石や芥川龍之介、あるいは北杜夫や開高健などを読んで、彼らに続く新しい文学者を生むでしょう。日本的な「心性」がグローバリゼーションの中で生きる人々の楽しみや死生観を彩ることもあります。ただしそれは、南米やアフリカにおいてであり、最も日本的な「心」を持つ者が東欧の農夫であったり、アジアの小さな露天で働く少年であったりするのです。逆に日本の政治家や企業は、日本人が狭隘な「心性」に固執することの不利益と、他国の硬直的「心性」との摩擦について、より大きな不安や怖れを抱くのです。
こうして23世紀の社会でも、多くの問題の本質は変わらないでしょうが、すでに「日本」は消滅しています。なぜなら私たちはもっと快活にセックスし、子育てや教育についてのさまざまな社会モデルを積極的に実行しているからです。互いの心に響くニュアンスの違いを認めつつも、私たちにはすでにさまざまな肌の色が混じり合った、互いに多言語を操る各地のコミュニティーとして、日本人とアメリカ人の違いや、多神教と一神教の違いなどは、世俗的な日常表現や文化の陰影として柔軟に消化してしまうのです。
自由なセックスであれ、自由な地域的・国際的移住であれ、ある鍵によって境界や扉が開放され、わたしたちは社会モデルをもっと柔軟にできます。本当に望むものを一人一人が実現する世界に向けた現実の変化と、対立や紛争を解決する社会的知恵が、その鍵となるでしょう。
多くのユートピアでは、子供を社会が養育し、学校は楽しく、すべての人が住居や衣食に困ることなどありません。そして互いの言葉を容易に理解し、窮屈な家族制度や工場は廃止されています。若者は誰もが友人や恋人を求めて世界の街を渡り歩き、その際、優れた労働ほど尊敬を集め、純粋な楽しみとなります。そして、その成果は公共のものとなるのです。
これはもちろん、すべて、「日本」に無いものばかりです。
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New York Times, January 31, 2002
Integrity and the State of the Union
By KEVIN PHILLIPS
Washington Post, Thursday, January 31, 2002; Page A25
Taking the War Beyond Terrorism
By William Kristol
International Herald Tribune, Friday, February 1, 2002
A Wrench in Korean Peace Machinery
David I. Steinberg
Washington Post, Friday, February 1, 2002; Page A25
Redefining the War
By Charles Krauthammer
(コメント)
もちろん世界を変えるのは、開放型のセックスや移民だけでなく、むしろ新しい戦争への恐怖であると思います。テロリストへの報復攻撃を願ったアメリカ国民に応えて、ブッシュ氏は世界の果てまでも彼らを追跡し、一人残らず生死を問わずに爆撃します。彼はこの戦争に向けて、世界中の国が賛成か反対かでアメリカと新しい同盟関係を築くべきだ、と主張しました。一方では、テロリストに武器や避難所を提供している政府をアメリカは転覆して良いし、民間の施設や市民であっても、彼らに犠牲が出るのは間違った政府の責任だ、と主張します。他方で、アメリカのテロとの戦争を同盟諸国は受け入れ、基地を提供し、強い政治的な支持を表明するとともに、軍隊を派遣しなければなりません。
KEVIN PHILLIPSは、聖書に依拠して十字軍を指揮したがるブッシュ氏の「悪との戦い」に、重要な欠陥を指摘します。「イラクを攻撃せよ。なぜならサダムは邪悪だから。」しかし、誰が戦費を賄うのか? ブッシュ氏は今までの大統領と違い、戦費の支払い方を説明しません。今までの大統領は富者の支払いに依存しましたが、ブッシュ氏は借金で支払うから?
「これは正義のための戦いだから」と言いたいところでしょう。確かに、ブッシュ氏は2000年の大統領選挙期間中、クリントン政権を嘘つきで破廉恥だと罵り、新しい政府は、アメリカ人が信用できるような、真理と高潔さを備えていなければならない、として、だから自分を支持せよと訴えました。
自分たちがエンロン・スキャンダルに深く関与しておきながら、そんな主張に説得力があるでしょうか? 議会や世界の同盟諸国が求めているのは、イラクやイラン、北朝鮮との戦争準備ではなく、エンロンのような新興企業に容易に冒される、アメリカ政府の金権政治を改革する戦争なのです。
他方、William Kristolはブッシュ大統領による新しい外交政策を強く支持します。もはやアメリカはテロリストだけでなく、彼らを助長する独裁者を許さない。アメリカは、彼らが攻撃してくるまで待っていようとも思わない。これはアメリカの歴史的な使命である。世界中の独裁者を追放し、自分たちも、イスラム社会も含めて、自由のために闘うのである。と。
それはトルーマンやレーガンと並ぶ、大統領自身による外交政策の歴史的転換です。1947年、トルーマン大統領はアメリカが西ヨーロッパへの関与を決して譲らないことを明確にしました。1981年、レーガン大統領はデタント政策を破棄して共産主義との戦いに勝利することを掲げました。ブッシュ大統領も、大量破壊兵器を隠す独裁者たちからの脅迫を拒んだのです。
David I. Steinbergは、ブッシュ氏が韓国の金大中大統領と彼による「陽光政策」を粉砕したことに注意します。クリントン政権が漸く北朝鮮に対して「無法者国家"rogue state"」の呼称を止めて、朝鮮半島における南北対話を可能にしたにもかかわらず、ブッシュ氏が再び「悪の枢軸」と呼んで、対話の条件を完全に奪った。北朝鮮は疑いなく卑劣な体制の下にあり、最悪の敵である。しかし、今まで北朝鮮は1994年の合意に概ね従ってきたし、1987年以降、テロ行為に関与した明白な証拠は無い。と。
ブッシュ氏の一方的宣言は、平和的な交渉の余地を残さず、何千発ものミサイルに覆われた朝鮮半島(そして日本!)における犠牲者を材料とした真剣な交渉が必要なことを無視しています。金大中大統領の国内改革もこれでますます政治的支持を失い、韓国国民がアメリカ政府への反発を再び強めることを懸念しています。
Charles Krauthammerによれば、ブッシュ氏は父親からの注意を真剣に受け止め、実行したのです。ブッシュ氏はアフガニスタンでの戦闘によって得た政治的支持を、国内問題での議会工作に利用しませんでした。多くの年頭教書と違い、さまざまな難しい問題を指摘して議会に共感を訴えるようなことはせず、ブッシュ氏は大胆にも議会に対してアメリカの戦争を再定義したのです。
そして、エンロンの疑惑や不況について言及するべきだという声もあったが、彼にとって重要なのは戦争だ。すでに9月14日に議会を通過した法案の目的は、9月11日の犯人を探すことではなく、むしろ次の世界貿易センターを計画する悪者たちを見つけ出すことにあった。北朝鮮、イラン、イラク。これはイデオロギーによって選ばれた国家である。「悪の枢軸」が示すように、彼らは20世紀全体主義国家の末裔だ。北朝鮮はスターリン以上にスターリン主義的な国家を、イランはゴルバチョフ以前のソビエト連邦を、イラクはヒトラーのドイツに似た、完全に狂った警察国家を示す。
アフガニスタンの次に、第二段階として、フィリピン、ボスニア、ソマリア、イエメンなどが戦闘になると予想される。しかし、第三段階は明らかにイラクのフセイン打倒だ。ブッシュ氏は、アメリカが久しく見なかった、使命によって行動する大統領である、と。
かつて民主党政権の外交政策に関わっていたJ.Nyeは、台湾海峡に関して、「建設的な曖昧さ」を残す政策を支持していました。相互依存的な世界における覇権国の役割を繰り返し考察してきた学者としても、彼がアジアにおけるアメリカ軍の存在を平和維持の点から重視したことを思い出します。その政策思想があったからこそ、日本政府も安全保障を分かち合えたのではないでしょうか?
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International Herald Tribune, Friday, February 1, 2002
Global Capital Crisis Is the Greater Peril
Philip Bowring
世界経済フォーラムの総会に集まった人々がもっと注意すべき問題がある。それは、なぜ世界は資本をこれほど間違って配分し続けるのか? ということだ。単に債務不履行の国に資金が注ぎ込まれることだけでなく、ほとんどすべての主要国が製造量に過剰生産力を抱えている。
グローバリゼーションの支持者たちは、累積債務と過剰設備の危機を回避し、緩和する方法を見つけなければならない。トルコやアルゼンチンだけでなく、東アジアも、今ではアメリカでさえ、危機が忍び寄る。
反対派は貿易、労働、環境の問題について論争しすぎである。分配が間違っているとしても、貿易の利益は明白であり、環境破壊で苦しむのは発展途上諸国である。労働問題はしばしば保護主義のすり替えだ。ところが、過度の、不安定な資本移動については、アジア危機以後も改善策が採られていない。資本市場はアメリカを過剰な債務に依存させているし、資本流入は必ずしもその国の政策や投資対象が賢明な選択であることを意味しない。アルゼンチンやエンロンを見ても、資本取引を仲介する制度や機関に問題がある。
過剰投資は、借入の容易さとグローバリゼーション崇拝の結末だ。どれほど多くの国際企業が、中国に投資しなければならない、と感じていることか? そのほとんどで利益は出ないかもしれないのに。同じ衝動に従って、韓国の産業複合体、チェボルは、過度の拡大、過剰な設備、支払いきれない債務を負った。グローバリゼーションに踊らされた投資が失敗して、今や世界中の資本収益が悪化している。「外国投資」が、本当は、浪費された過去の投資を隠して悪化させている。
世界は不幸なシステムだ。その半分は過剰資本に苦しみ、残りの半分は資本不足に苦しむ。グローバリゼーションが課税回避や海外の免税措置を強めている。グローバリゼーションに金切り声を上げても無駄だ。本当に必要なのは、資本を仲介する制度なのである。
Financial Times, Monday Feb 4 2002
Spreading alarm among friends
By Quentin Peel
一人の賢明なワシントン・ウォッチャーに言わせれば、それは「素晴らしい演説だったが、まずい政策である。」ブッシュ大統領の最初の年頭調書は、議会で行われると同時に、世界に放映された。それは国内で夢を描くものであったが、海外では警鐘となって鳴り響いた。
今日、アメリカの大統領が国内向けに話すだけではいけない。さらに世界のテロリズムと戦争するのであるから、全世界が耳を傾けている。よく分かった。素晴らしい。しかし、その話に世界の聴衆は満たされなかった。そして中東でも、ヨーロッパでも、アジアでも、アメリカの同盟者は仰天した。
決して予め連携した形跡など無い、むしろ互いに対立するイランとイラクを、北朝鮮と一緒にして「悪の枢軸」とは、危険な単純化である。それはむしろ、共和党のかつての語彙「無法者国家」を思わせる、ミサイル防衛システムを議会に売り込むための表現を思い出す。ハマス、ヒズボラ、イスラム聖戦機構。ブッシュ氏がテロリストの地下組織の仲間として指名した四つの組織の内、三つはイスラエルに敵対する組織であった。これではまるでイスラエルのシャロン首相がアメリカの外交政策を決めたようなものだ。中国は憤慨し、ロシアも拒んでいる。ヨーロッパの同盟諸国でさえ、こんな戦争に付き合いきれないとぼやき出した。
コーリン・パウエル国務長官はどうしたのか? テロリズムとの戦争に際しても、彼こそ各国を訪問して国際的な同盟の拡大に努め、大統領の戦争拡大を抑制してきたのではなかったか? もしパウエルではなく、ラムズフェルドやウォルフォヴィッツが大統領に戦略を授けるとしたら、パウエル長官はどうするのか?
ウォルフォヴィッツ氏の主張は明白だ。ワシントンは応酬の遅い対応に我慢できない。NATOの連帯は重要だ。必要なら呼ぶだろう。しかし、戦争の使命が重要であって、加盟国がそれを決めるわけではない。気に入らなければ勝手にせよ、と。今まで、アメリカの代表はヨーロッパの同盟諸国に分担を求めてきた。しかし、今度はヨーロッパがアメリカに何をすべきか正している。軍事力の差を考慮すれば、もはやヨーロッパはワシントンを動かせない。
アメリカの一方主義を抑制してきたパウエル長官が政権中枢から排除され、辞任するかもしれない。しかし彼は、軍人として、指揮官の命令には従うだろう。もしテロリズムとの戦争が次の局面に入ったとき、アメリカ政府内に誰も抑制できるも者が居ないとしたら、ブレアが彼らに、世界はそれほど単純ではない、と警告してやるべきだ。
New York Times, February 3, 2002
Roused by Economic Crisis, Argentina's Middle Class Finally 'Gets Involved'
By LARRY ROHTER
アルゼンチンの政党は経済危機によって信用を失い、政治的な真空状態が生じている。この国では「政治に関わるな」と言うのがモットーであった。しかしこの数週間で、「自己召集による近隣集会」が誕生してきた。街角でも公園でも、仕事帰りや週末に庶民が集まって、政治家への不満を述べるだけでなく、危機の解決策を議論して組織化を話し合っている。その主要な要求は、預金封鎖の解除、である。
非政党・非暴力の運動が、自発的な街頭デモから生じ、12月20日にデ・ラ・ルーアを辞任に追い込んだ。その前夜、人々はこの国の伝統的な抗議形態である、鍋やフライパンを叩きながら首都のいたるところに集まった。そして議会と大統領官邸に向けて行進した。「デ・ラ・ルーアの辞任は、始まりであって、終わりではない。」
運動は主として未組織で、ウェブ・サイトを通じた個人が、非公式に展開している。その参加者はラコステのシャツを着た中年の専門職から、とんがった髪型の鼻にリングをした学生まで含んでいる。市民生活を送るこうした人々は、長く受け身であったが、アルゼンチンにおける最も基本的な問題は経済や政治ではない、と言う。それはかつてない道徳的な危機である、と。「法の秩序と市民生活を守り、互いに豊かになる道具として国家を考えるべきだ。」
彼らの多くにとって、特に1976年から1983年にかけて、3万人もの民間人を誘拐し、暗殺した軍事独裁の時代を経験して以来、初めての政治参加である。42歳のエンジニアであるJorge Onetoは、二人の隣人が右翼の軍事クーデタを批判するパンフレットを配った後、1977年に行方不明になったことを思い出す。軍事独裁が崩壊して20年を経ても、「人々は政治に関わるのを避けてきた。」「われわれは漸くそれを克服し始めたばかりだ。」
また、メネム政権のもたらした1990年代の繁栄を後悔する人たちもいる。1991年、ネメム大統領がペソとドルを固定して外資の大規模な流入を促し、過剰な輸入と虚飾に耽った。それはアルゼンチンの歴史にかつてないことであった。「ネメム政権のもたらした安定性に満足して、人々は問題を放置し、貧しい者の声も聞かなかった。」と、41歳の国語の高校教師Paula Finkelは言う。「連帯や自戒ということを忘れていた。今や、過ちを認め、こうした感覚を取り戻すときだ。」
彼らには統一された要求も無いが、警戒を示す声もあがっている。指導的なビジネス紙は彼らを「ソビエト」と呼び、ネメム時代を分析したベスト・セラーも書いた社会学者のSylvina Walgerも、「危険な無政府主義的・反政治的気配があり、ファシズムの悪臭がする」と言う。沈黙してきた多数派の中間階級が「不十分な自己批判に甘えて、スケープ・ゴーとを捜している」と。「しかし、われわれが彼らを選出したのであり、世界一豊かで偉大な国であるという嘘を信じたのだ。」
預金封鎖が彼らの夢、アルゼンチン・ドリームを打ち砕いた。それが無ければ、こうした直接行動への参加も疑わしい。そこには明確な指導者がいない。誰も問題の解決を示せないのである。今までと全く異なる政治政党が生まれるかもしれない。彼らの声が政治に届く必要があることは確かだ。
Financial Times, Tuesday Feb 5 2002
Spend now, pay later
Ronald McKinnon
ブッシュ大統領の予算案は共和・民主両党から支持された。軍備の大幅増強と、国内安全保障体制の拡充、教育や処方箋投薬への保険適用、失業手当の増額、その他、多くの社会支出が盛り込まれている。政府はこの歳出増加をどうやって賄うか触れていない。不況対策として減税も繰り返し約束している。より多くの財政赤字は避けられない。
こうした赤字は、ジョンソン大統領が出した赤字予算を思い出させる。それはヴェトナム戦争のために軍事費を増額し、「偉大な社会」を築くための社会支出も盛り込んだ。1964年にもジョンソンは増税を拒み、過度の経済刺激策が重なって、1968年にインフレが強まった。リチャード・ニクソンも本質的にはジョンソンの政策を継承した。その結果、1971年6月に、アメリカのインフレがドルの価値を切下げ、ブレトン・ウッズ体制の崩壊をもたらした。そして1970年代の高度インフレ時代に突入した。
しかし、歴史は完全な繰り返しではない。現在では、1960年代と違って、財政の大幅赤字も金融政策による追認も無い。もしインフレの恐れがあれば、アラン・グリーンスパンは金利を一気に引き上げるだろう。しかし、インフレは起きそうにないが、ブッシュ氏の財政政策は他の反応をもたらす。簡単に言えば、アメリカの国際収支がさらに悪化する。
もちろん、アメリカの経常収支はすでに赤字である。過去10年間、アメリカの財政黒字が増加する以上に、個人貯蓄は減少し、経常収支赤字は2000年-2001年にGNPの約4.5%であった。歴史的にGNPの約17%である民間国内投資を維持するために、アメリカは海外の貯蓄に大きく依存している。ブッシュ政権の予算は、1990年代のGNP比約2%の財政黒字を消滅させ、さらに赤字をもたらすだろう。アメリカの貿易赤字が将来さらに増加すると言える。
2002年に約2兆7000億ドルに達した莫大な対外債務を考えれば、より大きな対外債務は将来の問題とならないのか? アメリカについては、通常のように、債権者が突然資金を引き上げる心配が無い。なぜなら世界はドル本位制であるから、すなわち、ドルは国際決済に圧倒的に使用されており、アメリカの対外債務もすべてドル建であるから、アメリカが破産することは無い。財・サービスで見たドルの購買力が安定している限り、アメリカは全体として(もちろん、個別の家計や企業は破産するかもしれないが)常に外国人からドル建の預金を得ることができる。
この天与の才によって、世界の通貨システムにおけるアメリカの中心的地位が、事実上、無限の国際信用をアメリカに保証してくれるのである。過去20年にわたって、アメリカの貿易赤字はドル建の債務により高い金利を支払うことなく外国の債権者によって蓄積されてきた。
にもかかわらず重大な問題が残されている。アメリカの国際競争力が全体として悪化する、ということだ。アメリカの貿易赤字がもたらす莫大な資本流入がドルの実質的な増価をもたらしているから、たとえばボーイングはヨーロッパのエアバスに比べて競争力を失った。鉄鋼産業は繰り返し外国の生産者をダンピングで訴える。映画界者も外国で映画を製作し、ハイテク産業もアウト・ソーシングにますます依存する。アメリカの生産性上昇率が低下することもありそうだ。すでにアメリカ企業も労働組合も、ますます保護主義的になっている。
もう一つの帰結は、世界で最も豊かな、最も成熟した経済が、基本的に、世界中から資本を吸い上げている、ということだ。これは新興市場や発展途上国にとってとりわけ受け入れがたいことだ。アメリカの対外援助が減少することはさほど悪いことでもないが、国際的に利用可能な民間資本をアメリカがますます取り込んでいるのは明らかに良くない。
New York Times, February 3, 2002
The Palestinian Vision of Peace
By YASIR ARAFAT
過去16ヶ月にわたって、イスラエルとパレスチナは暴力の破滅的な循環に捕らわれてきた。平和は不可能だ、パレスチナを無視しろ、という者も増えてきた。今こそ、パレスチナ人が、世界に向けて、パレスチナの考えを明確に述べるときである。
最初に、はっきりさせておきたいが、私はテロリストたちによるイスラエルの民間人を狙った攻撃を非難する。これらの集団はパレスチナ人を代表する者ではなく、自由を正当に希求できる者でもない。彼らはテロ組織であり、私は彼らの活動を終わらせたい。
パレスチナの求める平和とは、1967年にイスラエルが占領した領土において、独立国家パレスチナを築き、イスラエルの対等な隣国としてイスラエル人とパレスチナ人がともに平和と安全を享受できる暮らしを実現することである。1988年、パレスチナ国民評議会は歴史的な議決を行い、国連決議の実行、特に第242号と第338号決議の実行を求めた。パレスチナ人は、イスラエルが歴史的にパレスチナの領土である78%で存在する権利を認め、1967年以来、イスラエルが占拠している残りの22%で自分たちが自由に生活することを認めたものである。私たちは両国家共存案を支持する立場を変えておらず、その返答を待ち続けている。
われわれは真の独立、完全な主権を求める。われわれが領空、水資源、国境を管理し、経済を発展させて、近隣諸国と正常な通商関係を結び、自由に旅行したい。要するに、われわれは自由世界が現在享受しているもの、イスラエルが自国に主張しているものを、求めているのだ。すなわち自分たちの運命を支配し、自由な諸国家の中に位置することである。
さらに、54年間も自宅に戻ることを許されていないパレスチナ難民の窮状に対して、公平で、正当な解決策を要求する。われわれはイスラエルの人口問題を理解し、難民たちが国際法や国連決議194号によって保証された権利を行使することが、イスラエルの人口問題に配慮しなければならないことを理解している。しかし、われわれパレスチナ人が現実的でなければならないように、イスラエル人も現実的でなければならない。こうした何の罪も無い人々が無視され続けるなら、イスラエルとパレスチナとの紛争を解決することはできないのだ。パレスチナ難民の権利が否定される一方で、コソボのアルバニア人や、アフガン人、東チモール人が帰還の権利を認められることを、一体どう理解しろと言うのか?
私(アラファト)は和平のパートナーではない、と言う者がいる。それに対しては、イスラエルの和平は、個人に対してではなく、パレスチナ人民に対して行われる、と私は答える。和平とは、個人間の合意ではなく、人民間の和解である。二つの人民が和解するというのは、一方が他方を支配し、他方を和平の相手と認めないような状況で、また一方が「論理の力」によるよりも「力の論理」を使用する限り、実行不可能である。正義を否定する限り、平和を得られないことを、イスラエルはまだ理解していない。パレスチナ人の土地が占領され、パレスチナ人の自由が否定され続ける限り、私のパートナーである故ラビン氏とともに始めた「勇気ある平和」への道は、汚物でふさがれたままだろう。
パレスチナ人民は長くその自由を奪われ、外国の占領下で暮らす唯一の人々である。なぜ世界は、こうした占拠、差別、屈辱に耐えられるのか? 1993年のオスロ合意は、1999年5月までにパレスチナ人の自由を回復すると約束した。ところが1993年以降、イスラエルの入植者が二倍に増え、パレスチナの土地への非合法なイスラエル入植地が拡大し、自分たちの移動の自由をますます制限することに、パレスチナ人は耐えてきた。撤退を交渉しながら、同時にパレスチナの土地をますます植民地化してきたイスラエルの過去を知りながら、私は一体どうやって、パレスチナ人民に対して、イスラエルは和平に真剣に取り組むと説得できるのか?
しかし、どれほど抑圧され、絶望したとしても、それが罪の無い民間人を殺す理由にはならない。私はテロリズムを非難する。私は、イスラエル人でも、アメリカ人でも、パレスチナ人でも、殺してはならないと信じる。彼らを殺したのがパレスチナの過激派であろうと、イスラエルの入植者であろうと、あるいはイスラエル政府であろうとも。しかし、批判してもテロリズムは止められない。テロリズムを止めるには、それが症状であって、病気そのものではない、と知らねばならない。
私を避難しても、イスラエルの言い訳になる程度であって、和平が進むわけではない。イスラエルの首相、シャロンは、今までイスラエルが署名したすべての和平条約に反対であり、交渉を無限に引き延ばすことで情勢を不安定化しようと狙っている、と言う者も多い。残念ながら、彼もこうした主張が間違いだと示すことはほとんど無い。イスラエル政府は入植地を建設し、パレチナ人の住居を破壊して消滅させ、政治的な暗殺を実行し、イスラエル入植者による暴力や日常的侮辱が目の前にありながら、それらについては恥知らずな沈黙を続ける。こうした行為が事態を沈静化する目的に反するのは明らかだ。
パレスチナ人は平和を求めている。それはイスラエルによる占領を完全に終わらせ、1967年の国境線に戻ることを意味する。エルサレムは、パレスチナとイスラエル、両国家の首都として、一つの開放都市になる。相互の利益をもたらす経済的・社会的な協力を対等な両国間で進めることで、暖かい平和が生まれる。過去40年間にわたって、パレスチナ人は残酷な抑圧を受けたが、それにもかかわらず、一方がその意志を強制するような従属民としてではなく、イスラエルがパレスチナを対等な関係で見るとき、この平和を実現できる、と私は信じる。そうでなければならない。
パレスチナ人には紛争を終わらせる用意がある。われわれはイスラエルのどんな指導者とも交渉の席につく。彼の経歴に拘らず、パレスチナ人の自由、占領の終結、イスラエルの安全保障、難民帰還に関する創造的な解決策を交渉するためだ。しかし、われわれは対等な関係でだけ席につく。われわれは嘆願者ではない。パートナーであって、従者ではない。正当な平和的解決を求めており、敗戦国が自分のやり方をすべて放棄して、解決策なら何にでも従うというのではない。イスラエルが軍事的には圧倒的な優位を持つとしても、われわれはさらに強力な優位を持っているからだ。それは、正義の力だ。
South China Morning Post, Tuesday, February 5, 2002
Yam warns of risk in weak yen
ENOCH YIU
香港金融庁長官のJoseph Yam Chi-kwongは、円安が直ちにアジア金融危機の再来や人民元の切り下げにつながることは無いだろう、と述べた。香港の外貨準備は固定制を守るのに十分な水準である。しかし、経済的な不確実さが増す中で、彼は為替基金を財政赤字に流用することを拒んだ。「円安やアルゼンチンの危機で、世界の金融システムはリスクの合流による未知の領域に入った。」
資本規制を採らない香港市場では、アジア地域の投資家がアジアのリスクをヘッジするために頻繁に市場を利用している。財政赤字が数年に及べば、公的金融に関する不安が生じる。香港の固定レート制にとって、健全な財政を維持することが決定的に重要だ。と彼は言う。
財務長官のAntony Leung Kam-chungが為替基金の使用を求めたことについて、Mr Yamは、法的にそれを妨げる理由は無いが、しないほうが良いと助言した。そのような行為は固定制の信認を損なうから。また、たとえ為替基金に大幅な黒字があっても、アジア金融危機に際して、香港の株式を買い支えるために1180億HKドルが必要であったことを指摘した。
Financial Times, Wednesday Feb 6 2002
America's crony capitalism
Caroline Atkinson
Financial Times, Thursday Feb 7 2002
The dangers of hedge funds
Hans Eichel
(コメント)
元アメリカ財務省の高官であったAtkinsonは、アルゼンチンよりもエンロン危機の方が重要である、と言います。なぜなら、アルゼンチンは「ワシントン・コンセンサス」を揺るがせたが、それは基本的に、変動レート制を指導するIMFなどと、ラテン・アメリカなどで採用された固定レート制を支持する諸国の政治家たちとの対立でした。危機に至ったカレンシー・ボードを採用したのは、ワシントンではなく、ブエノス・アイレスだったからです。
他方、エンロン危機が重要であるのは、それがアメリカ資本主義の優位を示すモデルであったからです。特にアジア危機以後、世界の資本主義はアメリカ・モデルに収斂することで改善される、と主張されてきました。アジアのクローにズムが非難され、透明な会計制度や優れた規制、情報公開とコーポレート・ガバナンスを、ワシントンから世界に輸出するはずでした。それも、今では非常に難しくなったでしょう。
しかし同時に、Atkinsonは、エンロンが整理され、厳しく真相究明され、会計基準その他の改善され始めたことを、アメリカ資本主義の強さが示された、と主張しています。
他方、ドイツのEichel蔵相は、以前からドイツが強く求めていたヘッジ・ファンド規制が世界的な金融の安定性にとっていかに重要であるかを、9月11日以降の市場が示した、と考えます。日本でも議論されていますが、株式市場の不安定化を増幅するような取引を利益目的で大量に行っている、という理由で、Eichel蔵相はヘッジ・ファンドの全面的な情報開示を求めています。主要国の金融監督局が協力し、将来はヘッジ・ファンドの情報をBIS(もしくは新設の国際機関)が監視しなければならない、と主張しています。
資本主義のモデルが、各地の社会的規範や政治システムにおいて、鋳造され直すわけです。そうした強さを日本が示せないことが、この国に住む者にとって大きな不安です。
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The Economist, January 26th 2002
Ready for take-off?
虫を食べ過ぎて飛べなくなった鳥のように、債務に依存しすぎたアメリカ経済が空中に舞い上がるのは難しいだろう。今もアメリカに大きく依存する世界経済にとって、それは悪い知らせである。
日本はデフレに沈み込み、ヨーロッパも不況を回避するのがやっとである。それに比べて、アメリカ企業は迅速に在庫と過剰設備を処分し、回復への準備を整えたという楽観的な認識に基づいて、アメリカ景気の急速な回復が予想されている。消費は驚くほど力強いままである。
The Economistも含めて、不吉な予測に耽った預言者たちは間違っていたことが判明した。しかし楽観論者たちも、この不況が9月11日の後に起きたのでも、金融引締めによって引き起こされたのでもないことを忘れている。その起源は、史上空前の金融バブルが破裂したことであった。その後始末がたった一度の軽い不況だけで、急速に成長が回復できると信じるのは、欲張りすぎである。
確かに企業の在庫は減ったが、回復が持続するためには、消費と投資が起きなければならない。ここでの問題は、消費者も企業も首まで債務に浸っていることだ。これ以上の借金をしないだけでなく、返済のために支出を減らすかもしれない。企業のバランス・シートもまだ十分に回復していない。
アメリカのバブルは、単に株式市場の価格上昇に留まらなかった。それによって得た資金で消費や投資が増大していた。株価のバブルは弾け、IT投資も破綻したが、膨張した融資額はそのままであり、まだそれがデフレをもたらしてはいない。ゼロ金利に誘われた自動車購入など、文字通り将来から借金して今までの生活を維持するアメリカ消費者の支出行動は持続可能ではない。
結局、支出は抑制され、利潤増加や高収益率の予想は修正されるだろう。アメリカの過剰債務は数年にわたって景気回復を抑制し、二番底の景気後退が起きる可能性もある。
これまで借金を積み増してきた間、インフレがそれを実質的に軽減してきた。アメリカの実質金利はまだ明らかにプラスであるが、世界は1930年代以来初めて、インフレの過大さではなく、その過少さを問題にしている。世界中で、過剰生産力、企業の価格決定力喪失、失業増加がインフレ率を低下させるだろう。
アメリカ連銀がいくら迅速に金利を引下げ、深刻な不況を起こさないとしても、それはより緩やかな調整を可能にするだけであり、過剰債務の処理を止めることはできない。その場合、何年も低成長がもたらされる。アメリカ企業は、1990年代の日本企業よりも、ずっと素早いバランス・シート処理を行うだろう。しかし、アメリカの消費者も投資家も数年は強いショックを味わうことになる。
(コメント)
さらにDicing with debtでは、インフレ抑制だけを目標としてきた通貨政策に反省を求めています。低インフレと好景気が続けば、実際には信用供与に際して過度の楽観が支配します。それは資産市場のバブルをもたらし、その後の債務処理に何年も低成長を耐えねばなりません。
2001年のBIS年次報告書は、まず、金融システムを景気変動に従って、それを増幅することから切り離すために、循環の各局面で預金準備率を変更することを提案しました。さらに、通貨政策の目標を決める際、より直接に、信用拡大や資産価格も考慮するよう求めました。
通貨政策の目標には、1960-70年代には失業率も含めていました。それはインフレを高進させる失敗に至りましたが、政府が失業よりもインフレを重視するように変更できたのであれば、インフレよりも信用膨張を重視しても良いはずです。バブルが弾けてから、あわてて金利を引き下げるより、信用膨張が起きたときに、最初にそれを抑制するほうが良い。と。
Argentina’s crisis: Harsh realities
1990年代に、外務大臣Guido Di Tellaは、半世紀も疎遠であったアメリカと「夫婦の契り」を望んだ。しかし、今や多くのアルゼンチン国民は、それが正しかろうが間違っていようが、経済破綻の責任はアメリカの指導する自由市場政策にある、と考えている。Duhalde政権のCarlos Ruckauf外務大臣は、外交に関して「私は一夫多妻主義者だ」と述べた。
明らかにDuhalde氏は外交関係の多角化を望んでいる。特に隣国ブラジルとの関係修復である。ブラジルも迅速に支援を申し出て、アルゼンチンからの自動車の輸入を約束した。医薬品も輸入できなくなったアルゼンチンに、インシュリンも寄付した。
しかし現実には、アルゼンチンは今までになくIMFとアメリカからの支援を必要としている。国務省の官僚はアルゼンチンの外交官に述べたと伝えられている。:「誰が、経済計画に必要な資金を出せるのか? ブラジルか?」先週Duhalde氏がブッシュ大統領に電話で支援を求め、彼から要求された「筋の通った」経済計画とは、何よりも銀行システムに関する問題を解決することだ。預金封鎖と切り下げが銀行を閉鎖してしまっている。
銀行預金の3分の2はドル建てであり、融資はほとんどがドルで行われている。Duhalde氏が、預金者に事実上のドル化地を補償する一方で、10万ドル以下の借金は(切下げられた)ペソに転換することを強制したことは、銀行家たちを激怒させた。政府はこれによるミスマッチのコストを50万ドルと見積もり、(切下げで儲かる)石油輸出業者に課税することで銀行に補償する、と提案した。しかし、デフォルトの増加も含めて、他の推計ではコストがその10倍に達する。ほとんどの大銀行は外資に所有されており、彼らは公然とアルゼンチンから撤退すると脅している。
Duhalde氏の政策は、切下げ苦痛を不況に苦しむ国民に対して緩和するものであった。しかしその政策が、ヨーロッパ諸政府とIMF、銀行、外資に所有された公益事業からなる「無敵のinvincible反対派同盟」を打ち立ててしまった。
この圧力に屈して、Duhalde氏は政策を後退させ、政府高官はドル預金もペソに転換すると言っている。ただし、おそらくインフレに連動させるだろう(これ以上の価値低下を防ぐ)、と。また、引き出し可能な額を5000ドルまでとし、公定レートによるドル交換も認めた。政府は、国際的な経済諮問チームを発足させて、外国からの信認回復を望んでいる。
それでもブラジルとの熱愛は冷めないだろう。アルゼンチンが固定制を放棄したことで、両国はメルコスールの再建を、さらには共通通貨を議論できる。だが、それはあまりに遠い目標だ。Duhalde氏は、まず、資金を提供してくれる人々と合意しなければならない。
Ecuador’s economy: Mixed blessings
2年前に経済混乱から債務不履行に陥り、銀行倒産とハイパー・インフレーション、大統領の失脚を経て、エクアドルは絶望の淵からドル化を採用して復活した。アルゼンチンにもドル化を進める経済学者がその成功例とする。しかし、多くのエクアドル国民は疑い始めている。
第一に、昨年、エクアドルはラテン・アメリカで最高の5.4%と言う成長を実現した。これは良いニュースだ。予算は均衡し、インフレも2000年の91%から22%に下がった。石油産業への外国投資が増えている。しかし、この成長は大部分、1998‐99年の経済崩壊を元の水準に戻すだけであったし、石油価格の上昇や外国で働く移民からの送金によるものだった。過去3年で、40万人のエクアドル人がスペインやアメリカに渡り、昨年の送金額は14億ドルに達した。
国民は景気回復の利益を受けていない。実質賃金は低下している。国民の56%は1ヶ月42ドル以下で生活する貧困層である。10人に4人しかまともな職に就いていない。二大都市の世論調査では、回答者の50%が元の通貨スクレに復帰することを希望した。
さらにエクアドル国民には、次第にアルゼンチンと同じ罠に陥りつつある、と心配する者もいる。第一に、デフォルトの後でも、予算の半分は利子に消えるという脆い財政状態だ。石油価格だけが頼りである。第二に、インフレによる国際競争力の喪失だ。輸入も増えて、国内産業を破壊している。
エクアドルはアルゼンチンよりも開放型の経済であるから、ドル化にふさわしい。しかし、高い開放度はより柔軟な国内経済を必要とする。エクアドル政府がこの国をアンデス地方の香港に転換しない限り、ドル化は繁栄をもたらさない。