今週の要約記事・コメント

7/30-8/4

IPEの果樹園 2001

政治家でもなく官僚でもない、警察でもなく学校でもない、病院でもなくヤクザでもない、もっと少数の専門家・経験者で構成された問題処理集団が身近に活躍してほしい、と思う場面が多くあります。そんなNGOsやNPOsが市民社会を機能させるでしょう。

毎晩のようにバス停や公園に集まっては飲酒・喫煙し、花火で遊び、バイクや自動車でばらばらの暴走行為を繰り返す若者たちに、誰かが声をかけて注意するのは難しいです。それができるのは、彼らの不満や生きる目標に直接関与し、彼らとともに周囲の環境を変える力と経験をもった、彼らから尊敬される人間だけではないでしょうか。

なぜ<家族>は彼らを放置しているのか? と、不思議に思います。しかし、たとえ両親や兄弟姉妹であっても、ともに苦悩を共有し、その怠惰を叱責し、彼らに本当の目標を示してやれる、尊敬できる仲間ではないのでしょう。現実の問題に対する個人の限られた対応能力によって、むしろ閉鎖集団の中の狂信や暴力が、自分たちの純粋な価値を強弁する弱者たちの心地よい理想郷となるかもしれません。

確かに、私の印象では、多くの社会的な機能は<家族>の有機的な結合から派生した部分として理解できます。しかし、<家族>が解体するのは、ますます拡大する市場取引と技術変化のスピードに対応できないからではないでしょうか?

猛暑です。繁華街でも、大学のキャンパスでも、そこにはビーチ・サンダルで網のバッグをだるそうに手にぶら下げた、茶髪の若い男女がぞろぞろと歩き、携帯電話で誰かと挨拶しています。彼らの関心が社会や政治に向かわないのは、大人たちが政治を軽蔑してきたからでしょう。その結果、彼らは大人を軽蔑し、自分たちだけの価値観が共有できれば、それが正しいと思うようになります。

一方で、今の大人たちはこの若者たちが担う将来の経済と政治に、自分たちの労働や昇進、老後の暮らしを依存しています。いつか若者たちも、自分たちだけの価値観が虚像に過ぎず、あくせくした生活やわずらわしい人間関係に慣れ、政府や企業の作ったさまざまな制限や強制に表面的に従うほかない、と悟るでしょう。しかし、活気の無い社会は、規範も理想も失って、警察や学校、家庭のしつけを声高に主張し、国内的な理由で外国人・外国企業排斥や対外拡張政策に走る政治家の温床となるかもしれません。

選挙の日、たった一日だけの主権を行使できる日に、多くの人が小学校に集まってくる情景を見て、戦争がなく、選挙で自分たちの政府を選べる意義を決して軽視しませんが、その中身には納得できません。

さまざまな機能しないシステムを延命させるよりも、具体的な問題毎に、それを処理できる経験と能力をもった独立の小集団を活性化してほしいです。彼らは問題を処理するために、当事者たちに制度や手段・選択肢に関する情報を公開し、何よりも関係者の疑問や意見に直接、迅速に対応できる人々でなければなりません。それはできるだけ多くのアイデアと実践によって現実の異なった可能性を開放し、人々の意志で社会を変えるのです。

民主的な選挙で政府を決めるだけでなく、何かが私たちにも起きなければなりません。グラムシであれば、行動を起こした彼らを「有機的知識人」と呼ぶでしょう。

Financial Times, Monday July 23 2001

Editorial comment: For slimmer and sporadic summits


Financial Times, Monday July 23 2001

Editorial comment: Asian spats


Financial Times, Monday July 23 2001

How the Bank of Japan could make its name

Gillian Tett


Bloomberg, 07/22 17:01

Beijing North Star Points Way to China's Future

By Patrick Smith

Beijing North Star Co.は、2008年オリンピックの計画用地に近い土地を所有する、香港に上場した土地開発業者である。13日に北京が開催地として発表されるまでの3ヶ月間で50%以上株価が上昇した。中国のオリンピック関連投資は200億ドルと計画されている。

しかし正式発表後、株価は35%以上も下落した。噂で買い、ニュースで売る。香港市場ではいつもそうだ。

このことは、中国が世界でもっとも将来を予測しにくい国の一つであることも示している。中国は巨大で、混乱しており、不均等で、お粗末な統計しかない。株式市場に限らず、オリンピックまでの7年間に何が起きるかは、決して楽しい予測ではない。

20年間の改革を経て、中国は転換点に立っている。集団農場を解体し、地方の工業を育成するという、容易に利益のもたらされる局面は終わってしまった。彼らの挑戦を挫くことも含めた、不安定化のリスクが現実のものとなる。

外交評議会のRobert Manningは「中国がオリンピックを招致できたことが彼らの利益になるかどうか、私には分からない」という。「問題は、彼らがオリンピックで注目される時期に、その欠陥が表面化するだろう、ということだ。」

自由化、特に貿易面での自由化は実に印象的である。関税は平均で15%に削減され、割当や認可制も、その90%が10年以内に廃止される。国内でも、4年前には11000万人いた国営企業の労働者が、今では8000万人に減った。中国は社会主義の旧システムを急速に解体しつつある。

しかし、実際には失業者がいくらくらい居るのか、解体された民間企業はどうなっているのか、統計は信用できない。成長率も7.9%と発表したが、それも虚構であろう。海外市場が悪化している中で、4%でも難しい。しかもその大部分は財政支出による刺激策で実現する。そして統計で示される以上に、社会的な不満と軋轢は強まっている。

社会対立の激化は、先月、中国共産党の中央委員会が公表した驚くべき報告書でも示されている。それはWTOが求めるような農業補助金の撤廃や金融サービスの開放を行えば、もっと深刻化する、と言う。

Manningはこれを、増大する期待による革命、と呼ぶ。しかも懸念されるのは、中国政府が、東アジアで各国が克服しようと苦しんでいるまさに同じ社会契約を、信奉している点である。それは、政治的な不自由と腐敗を我慢すれば、物質的な豊かさを約束する、という<冷戦型の取引>である。

都市国家のシンガポールだけは、その規模ゆえに腐敗を抑制し、今もこうした合意は機能している。しかし韓国、台湾、タイ、フィリピン、マレーシア、インドネシア、すべての例が中国に、経済発展と政治的な発展とは隔離できないことを教えている。


New York Times, July 23, 2001

Rethinking Mexican Immigration

アメリカのブッシュ大統領とメキシコのフォックス大統領との間で、非合法移民に関する画期的な合意に向かいつつある。アメリカは正当な記録の無い約300万人のメキシコ人労働者を合法化し、将来の移民についても野心的な一時雇用契約を拡大する。

それは1986年の移民法を解体し、アメリカ生まれの低賃金労働者をさらに安い賃金にする、とわれわれは憂慮してきた。しかし、アメリカとメキシコの間に経済の相互依存関係が深まり、メキシコ側の改革で国境警備も行うなら、非合法移民の限定的な合法化を含む新しい国境政策を受け入れる。上手くいけば、これによって非合法移民が減少し、アメリカ人労働者の生活悪化を防ぐことができる。

アメリカ経済は、300万人の非合法なメキシコ労働者と、毎年15万人の非合法な移民流入に、大きく依存している。それは基本的に地方の労働力不足を補ってきた。他方、メキシコは年80億ドルの移民送金で経済を刺激している。

1986年の限定された移民合法化に対して、現在、正当な記録を持たないメキシコ人労働者をすべて直ちに一時雇用として合法化し、時間をかけて、その居住や雇用の履歴から永住権も付与すること、が検討されている。この制度は両国にとって有益な移民を、妨げるのではなく、促すだろう。

ブッシュ大統領は、新しい一時雇用労働者について、労働者の権利が守られるように保証しなければならない。たとえ一時的な農業労働者でも、相当な賃金と組合に参加することを促し、一人の雇用主に縛られてはならない。それはアメリカの労働者にとって重要な問題である。メキシコ人労働者が自分たちの雇用を奪い、賃金を引き下げるとして、彼らは移民に反対してきた。しかし、もしそうでないなら、彼らは移民に反対しないだろう。地下経済に非合法移民が増えることは誰の利益にもならない。


Financial Times, Wednesday July 25 2001

Why south-east Asia will recover

John Edwards

今週、アジア太平洋地域の中央銀行総裁がシドニーに集まって、世界経済の後退局面で東南アジアの経済回復が停止したことを熟考した。世界経済はアジア通貨危機のときよりもはるかに悪化しており、輸出が減って、しかも国際機関からの融資は抑制されている。東南アジア経済がもしこの4年間に改革を経ていなければ、新しい危機が起きていただろう。しかし、成長が減速するとはいえ、それはプラスを維持し、来年はさらに増加しそうである。

最初の変化は、韓国、タイ、インドネシアに対して外国銀行が融資を止めて逃げ出し、ホット・マネーが撤退したことである。融資は直接投資の流入や国際機関投資家の証券投資、債券発行、さらに大幅な経常収支黒字で返済された。その結果、各国の外貨準備も増えている。そして東南アジア各国の中央銀行は、通貨危機に対する外貨準備の相互利用を可能にするスワップ取決めを結んだ。

こうした変化は、資本の急激な流出や危機の幹線を防ぐが、それ自体が成長を促すわけではない。この点で重要なのは変動制への移行である。会議に提出された三つの報告書のすべてが、為替レートの弾力性を増やすことを求めた。完全に自由な変動制ではないが、USドルへの固定化や、為替レートの安定性を絶対視することは無くなった。中国、香港、マレーシア以外では、管理フロートが採用されている。ドルが増価しても、シンガポールのように、輸出の悪化した諸国は自国通貨を減価させている。

変動制は国内の金融緩和も可能にする。為替レートを維持するために、金融を引き締めたり、財政支出を削減したり、介入し続ける必要は無くなった。通貨が減価しても韓国は0.25%の金利引下げを実施し、シンガポール通貨庁も一層の減価に対して金融政策の中立を維持した。直接投資流入や輸出が減っても、東南アジア各国は国内需要を刺激する余地があるために、世界経済の減速を切り抜けるだろう。

しかし、フィリピンは多年にわたる問題を抱えているし、タイとマレーシアは固定レートを維持しようとしている。非公式な固定化と外貨準備の増加や資本規制による金融緩和は、もし世界経済の減速が続けば、危機の可能性を高める。


Bloomberg, 07/25 15:40

Japan's Bubble Is Back, This Time in Bonds

By William Pesek Jr.

日本はビジネスを輸入して改良する長い伝統を持っている。電機製品から自動車、コンピューター、そしてついに、日本の政策担当者たちは究極の模倣製品を作りつつある。すなわち、完璧な金融バブル、である。1980年代末にバブルがはじけて12年近く経つが、世界第二の経済大国は株価や地価のデフレに今も苦しんでいるからだ。

バブル経済学の最後の挑戦は国債市場のバブルである。政府は経済を回復させようとして、財政赤字を増やしてきた。その債務額はGDPよりも3分の1多く、工業諸国ではなく進行経済の割合に近い。それでも10年物の国債利回りは1.4%しかなく、伝統的な需要と供給の法則を無視した固定収益資産のバブルが生じている、と見る者も居る。同じ10年の期間で、アメリカでは5.13%、ドイツでは4.96%、オーストラリアは6.03%、イギリスは5.06%である。

日本人の国債保有は、魅力的な投資機会が無く、株価が下落している中では、驚くべきことではない。しかし問題は、日本の国債市場が経済の安定性に対する潜在的な脅威になっていることだ。榊原氏も、国債市場のバブル崩壊を警戒する。しかし日本政府は、最優良の格付けを失ってからも国債の大量発行を止めなかった。

もちろん日本は膨大な家計貯蓄を有する豊かな国である。世界でも最も流動的な通貨の一つであり、中央銀行はその流動性を維持してきた。しかし、一つもしくは二つの波紋が日本の金融情勢に生じるだけで、パニックの津波が起きることを心配する者も居る。『日本国債』という小説が、こうしたストーリーを描いてベスト・セラーになった。国債価格の突然の暴落、円・株価の急落、損失を埋めるために彼らはアメリカの財務省証券を一斉に売却し始める、と。作者が指摘するように、問題は政府と日銀との間の共犯関係である。政府は国債の借入れコストが少ないことを望み、日銀は金利引上げで政治家を激昂させないようにしたい。

小泉首相は、この小説を読んだせいか、次年度の財政赤字を30兆円以下に抑制すると約束した。自民党はさらに多くの財政支出を望んでいるが、それは政府の借入れコストを増やし、経済を不安定化するだけでなく、日銀の金融的な刺激策を妨げる、と理解したのである。

そこで国債市場のパニックは小泉氏が国債発行の上限を緩和することに懸かっている。日本経済は不況に突入し、日系22516年ぶりの低い水準となった。それは株式を保有する銀行の不良債権処理能力に影響する。塩川財務大臣はこのことを理解し、より強力な手段をとる、と述べた。それはすなわち国債発行による政府支出増加である。しかし、すでに世界最大の発行額に達した日本国債を、世界の投資家は喜んで購入しない。


Financial Times, Friday July 27 2001

The Economist, July 14th 2001

Water and the energy crisis: You say potato, I say electricity

アイダホ・ポテトは21世紀の技術と19世紀の政治システムのブレンドでできている。技術は彼らを世界最高の生産性水準に高めた。8月には、わずか40万エーカーの土地で200億ポンド(90億キロ)のポテトを収穫する。20年前には12億キロであった。アイダホ・ポテトはアメリカ全体の約30%、地球全体の人間に一人当たり3ポンドを供給できる。

残念ながら、そんなに多くのポテトは需要されない。アイダホ、オレゴン、ワシントン州で、48億ポンドのポテトが倉庫で腐ってしまう。農家は100ポンドの袋で2ドルを得るが、生産コストは4ドルもかかる。

たとえどんなに儲からなくても、ポテト作りとチップスの生産には水が要る。水利権は、100年以上も前の灌漑による闘争以来、ずっと紛争の種であった。現在、ポテト農家の水は法律と慣習によって保護されており、それはしばしば経済もしくは環境の良識という観点から批判されている。

例えば農民は1年か2年休耕しても水利権を失わないが、5年耕作しないと失う。水は市場価格を大幅に下回るコストで利用できるから、農業用でなくても大幅に浪費する動機が作用する。赤字の農業部門から金を稼ぐ都市部に水を移せば西部はもっと豊かになる、という議論が昔からある。今年は農民たちが特に批判されている。

西部は50年ぶりの旱魃であり、しかも電力不足と地理的要因が重要である。ポテト農家はコロンビアとスネイクの両河川から水を取るが、下流のダムの推量不足で発電ができない。西部の多くの州で停電が起きている。他方、電力を大量に消費するアルミニウム生産者は、アルミニウムを作らずにこの電力を転売して儲けている。しかし、ポテト農家は発電所に水を売ることを拒否している。さらに、水は捕らえどころが無く、たとえばその損失は下流で生じる。そこで上流に投資して運河を建設し、ポテト産業の関連施設がますます水の利用を増やした。農民には、水を電力会社に売って安易な金儲けに満足し、言い訳程度に耕作する者もいる。

経済学者たちは水の取引を推奨してきたが、実現の可能性はまるで無い。Huffaker氏は水利権そのものを売買することを提唱している。他方、オレゴン南部では鮭が遡上できるようにダムが放水することを裁判所は認めている。農民は自分たちより鮭が重視されることに不満だが、安いポテト・チップスが魚釣りや電力よりも重要かどうか決められないのであれば、市場を導入するべきだ。


South America’s economies: A gathering twilights

「解雇せずにどれくらい支出を削れるか、48時間以内に私のデスクに回答を提出すること」と、アルゼンチンのデ・ラ・ルーア大統領は710日に閣僚たちに尋ねた。しかし、投資家たちを納得させるのは手遅れであった。先月は9%であった3ヶ月の財務省証券に対して14%の金利が要求され、それ以上長い期間では買い手が無かった。アルゼンチンの危機は、南アメリカ全体から、それ以上にまで波及しつつある。

ブラジルも国内問題を抱えている。また、アメリカの減速で、ブラジルへの直接投資が昨年の330億ドルから200億ドルに減りそうだ。ブラジルの成長が早すぎると心配されていたが、今度は不況の心配だ。電力不足や、通貨危機の波及を恐れた4回の金利引上げのせいである。今年になってレアルは4分の1も減価した。ブラジルの債務は金利やドル価値に連動するから、債務負担が増価している。中央銀行はこの3週間の介入で約10億ドルを失ったが、あと110億ドルでIMFとの合意による外貨準備の下限である。

財政政策を引き締めるほうが望ましい。しかし、債務のGDP率を引き下げるには、GDP比4%の黒字が必要だ。為替レートのターゲットを放棄したのであれば、なぜ通貨の減価を受け入れないのか? 2〜6%というインフレ・ターゲットがあるからだ。

1990年代の優等生であったチリ経済も少し異なったジレンマにある。すでに9回も金利を引き下げたが、経済の減速は止まらない。アメリカへの輸出が減り、通貨が大きく減価しない限り、インフレが抑制されているので金利をさらに下げるだろう。

しかし、すべてはアルゼンチンがデフォルトすれば終わりである。カヴァロの精力的な活動にもかかわらず、アルゼンチンの不況は続いている。デ・ラ・ルーア政権がカヴァロの求める緊縮財政案を呑めないのではないか、という疑いがある。10月に国会と地方議会の選挙を控えて、社会保障の削減は難しい。しかし、それがアルゼンチンの不況を悪化させるとしても、デフォルトと切り下げでこの地域から資本が逃避する事態よりも、まだ苦痛が少ないはずだ。


Riots and multiculturalism: Alone, together

BradfordOldhamBurnley、その他の、人種の分割が進んだ北部の町で暴動が続くことは、レイシズムよりも多文化主義の危険性と限界を示している。白人とアジア人の若者が互いにけんかし、あるいは警官隊と衝突した。自動車が焼かれ、商店が破壊された。

暴動は、特に極左と極右の集団が各地に伝染させた。夏の暑さが不満を高める。そして長期的には、貧困と人種が結びつく。これらの町のアジア系人口は織物が盛んな時期に労働力として流入した。しかし1970年代と80年代に工場が閉鎖され、失業が増えた。白人もアジア人も、間違った情報により、互いが公金を奪ったと信じている。

イギリスが特に人種差別的であるというのではなく、曖昧な多文化主義の原則が問題である。異文化を尊重するのは正しいに決まっているが、社会政策としては人種の分割や隔離を促す結果になった。それは同化の反対であると言われるが、本当に多文化の町には同化の要素が不可欠である。

人種間平等委員会の元委員長Ouseley卿は、白人とアジア人(主にパキスタン系)とが別々に暮らしていることを批判する。それに比べて、カリブ系の黒人は白人社会に入り込み、白人と結婚する者も多い。多文化主義の名目で隔離された町では、パキスタンやバングラデシュの子供たちは最悪の貧困と失業にさらされ、最悪の学校に通う。

たとえ人々が選択したとしても、それはリスクを含んでいる。


The dollar: The greenback’s charm

ECBが金利を下げればユーロは減価する。なぜなら外部の圧力に負けて、インフレを無視したからである。他方、金利を下げないと、やはりユーロは減価する。なぜならECBがヨーロッパの成長を抑圧するからである。市場がドルを愛し、ユーロを嫌う以上、ECBが何をしても違いは無い。

しかし、成長はヨーロッパよりもアメリカで急速に低下している。金利もアメリカが相対的に低下した。アメリカの株価が豊富な利回りをもたらすことも無くなった。その巨額の経常収支赤字は資本流入でまかなわれている。投資家たちは、アメリカの方が長期的に最も生産性上昇率が高く、それゆえ金利も高い、と信じている。他方、ヨーロッパは硬直的で、改革を拒んでいる、と。

実際には、ユーロの導入がヨーロッパに競争をもたらし、企業や労働市場の改革は進んでいる。市場のユーロに対する嫌悪感は不当なものである。ほとんどの経済調査が、ドルは過大評価されている、と示している。G10は、ドル高がアメリカだけでなく、世界経済にも有害である、と表明した。なぜなら、ユーロ安がインフレを強め、ECBの金利引下げを妨げる。新興市場の危機を誘発して、緊縮政策を強める。

しかし、ドイセンベルクECB総裁は、ドル高問題などまるで違う星のことだと考えている。確かに、John Makinが指摘するように、アメリカ経済の減速下でドル高と生きることは、ドル安よりも歓迎される。アメリカが世界に不況を不出する程度は抑えられるだろう。

ドイセンベルクは、本心を述べた点で愚かかもしれないが、それはナンセンスではない。


Economics focus: In the balance

アメリカの双子の赤字は90年代に急激に入れ替わった。経常収支赤字と結びつくのは、財政赤字ではなく、民間部門の赤字である。それは家計が債務に依存して、所得以上に支出を急速に伸ばしたからだ。Godley氏は、家計が貯蓄不足を補うために、アメリカの景気は大きく悪化するだろう、という。同じことは、1980年代の後半のイギリスとスウェーデン、1990年以後の日本で起きた。

アメリカの経常赤字は解消されるか、財政黒字が失われるだろう。公的債務の償還など幻想に過ぎない。