今週の要約記事・コメント
6/18-23
IPEの果樹園 2001
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社会改革を阻む最大の障害は分配問題です。既存の分配構造が変化するとき、それまでは不公平な分配に黙っていた集団が発言し始めます。しかし、どの集団も自分たちにふさわしい分配構造を他の集団に強制できないため、改革そのものが行き詰まるのです。
その意味では、改革への期待が大きい間に、新しい制度を設置してゲームのルールを変えることは賢明でしょう。改革の必要が明白で、しかも多数の人々に利益をもたらすような分野から手をつける訳です。新分野の革新を導入する規制緩和や資本市場の効率化が、既存の債務処理策や過剰な生産設備、企業の整理、人員削減よりも優先されます。
既存制度に依拠した分配構造が容易に解体できないのは、彼らが閉鎖的に利益を共有するだけでなく、痛みと不安を社会的に増幅するからでしょう。好況において利益をより多く支配し、他の集団を買収し、排除するだけでなく、不況においてはより広く不利益を糾合し、社会不安を助長して、制度の変更を妨げます。
金融分野が、現代の社会変化の過程で、中心的な利益と分配関係を決定する役割を担うに連れて、実物経済に根ざした分配構造が支配した政治同盟にも変化を生じます。しかし、その変化の意味は十分に解明されていません。たとえば
・ 為替レートのよる貿易部門の再分配から、金利を通じた国内市場全体の分配問題への焦点の移行
・ 貿易から金融へとグローバリゼーションが深化すれば、保護によって利益を得る小集団から、自由化によって利益を得る大集団へと、国際化の支持が拡大する。
・ 金融自由化の利益は、信用拡大期には実体経済の拡大で利益を膨張させ、そのリスクは無視される。逆に、信用収縮期には実体経済の破壊により損失を強める。
・ 金融的な不安定化を阻止する政治的な介入に必要な社会的結束の衰退
・ 金融的な利益集団の内部で、地域的な社会の再編に協力するより、個別に脱出する選択の重視
・ 中央銀行の政策決定に関する、社会的・政治的に合意された基礎を見出す試みの軽視
貿易が、民主主義のもとで社会的な利益を実現するために制度化された条件を整備したように、将来は、金融も不平等と社会不安から切り離して議論できる条件を整備すべきでしょう。たとえば、最低所得保証や社会住宅、地域公共サービスの充実は、多くの社会主義的ユートピアに示された産業社会の理想でした。非効率な国営企業を解体し、独裁者の楽園を粉砕する金融集団の破壊力も、こうした社会改革の担い手であるとは自称できないのが現状です。
社会改革が分配構造の正統性をめぐって争い始めるとき、社会的公正と効率性の基準を満たす点で、制度と政治同盟の再編、異なった政策が比較されるのです。
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Financial Times, Monday June 11 2001
An upset for Europe
Quentin Peel
先週まで、アイルランドはもっとも積極的なEUの支持者であると思われていた。しかし、それは木曜日の国民投票でニース条約が否決されるまでであった。この条約は12カ国の新規加盟を認めるものである。その結果はアイルランド政府とEUの指導者たちを困惑させている。ブッシュ大統領を迎えて、彼らはEU拡大を示す代わりに、その政治的分裂状態を見せてしまった。
1973年の加盟以来、アイルランドは共通農業政策や地域・構造支援基金からふんだんに補助金を受け取り、EUによる支出はGDPの6%以上に達した。EUによるインフラや教育・研修に対する投資がアイルランドの高成長をもたらし、また、イギリスの影で旧植民地としての過去を引きずってきたアイルランドにEU加盟国としての新しいアイデンティティーを与えた。
スウェーデンの港町Gothenburgで開催された主要国会議は、EU拡大の次のステップを示すはずであったが、アイルランドによる否決の影響を打ち消すだけになった。「まったくの利己的な行動であった」とコークのアイルランド教会の司教も述べた。
昨年9月のデンマーク国民投票が単一通貨への参加を否決した事件を、今回のアイルランドの否決と比べることができる。反対派が勝利したのは、反映する都市部よりも、伝統的にEU支持派であった地方で投票が少なかったことに原因がある。あらゆる党派が集合した反対派は、キャンペーンを単純なスローガンに統一した。「ニース条約で、あなたは権力も貨幣も、自由も失う。」反対派のポスターは貼られたが、賛成派は目に見えない。
賛成派の問題は、ニース条約が多くの有権者に実質的な利益として感じられないことだ。それはEUの加盟国拡大により三段階の複雑な多数決を導入した。EUの決定は、単純な加盟国による多数決と、加盟国の人口の62%以上による支持と、「比重を加えた多数」の加盟国による支持、を得なければならない。最後の要因は、ドイツとルクセンブルグを含めるように調整された恣意的な投票制度だ。それは昨年12月のニースで、大小の国家が四昼夜かかって紛糾した末に得られた、恐るべき複雑なシステムである。この条約はまた、多数決による決定を増やし、委員会の数を制限し、ヨーロッパの「緊急展開」部隊を作る最低限の法律も整備した。
アイルランド国民は、伝統的な中立政策を変えられる恐れを感じた。またEUの深化と拡大に、アイデンティティーの危機と受益者ではなく負担者となる恐れを感じた。EUの拡大には、労働力と資本の移動、農業と構造的支援基金の分配、といった複雑な問題がある。東欧のキャッチ・アップを誰が中期的に負担するのか、という問題に答えていない。
EUがますます複雑で疎遠になり、遠くの恣意的に運営された、非民主的制度になる、という印象を、有権者は拡大や進化に際して抱いた結果、アイルランドやデンマークの投票は否決になった。拡大は支持しても、その結果に不安なのである。ヨーロッパの統合過程に、普通の市民がもっと参加するように、説得が強められねばならない。
Financial Times, Monday June 11 2001
An Asian stampede
Javed Burki
世界は四度目の<キャッチ・アップ>期に入るだろう。それは今までのものよりも大きな傷を残すだろう。
1870年から1913年に、アメリカがイギリスを抜いた。1950年から11973年に、日本がヨーロッパとアメリカに追いついた。1975年から1997年に、東アジアのいくつかの経済が開発地域との差を縮めた。今度は世界経済の中心が大西洋からアジア大陸に移るだろう。世界の生産と貿易の構成が変化し、資源の利用と人口比率が変化する。それは確実に今の指導諸国と摩擦を引き起こし、アジアが世界経済を支配しようとするだろう。
その大きさから言って、中国とインドの成長は世界に影響する。彼らの成長は製造業を中心に行われ、世界に深刻な意味をもたらす。世界の生産は長期にわたって北米・ヨーロッパ・日本に集中し、この地域の産業構造は農業と製造業からサービス部門に向かってきた。それは中国とインドによって逆転される。両国は多数の絶対的な貧困層を抱えており、莫大な食糧と必需品を供給するために、農業と製造業を重視している。地球温暖化にとっては破壊的な影響をもたらす。
急速な成長にとって必要な熟練工や技術者を供給するために、両国は教育と訓練に投資しなければならない。他方で、国連はヨーロッパと日本で人口が減少すると予測している。両地域はインドや中国から熟練労働者を招致するだろう。
こうして、ひとたび巨象たちが歩みを速めれば、彼らが世界経済の姿を決めるだろう。
Financial Times, Tuesday June 12 2001
Editorial comment: Market power
金融市場は世界経済に仕えているのか? それとも世界の繁栄は資本市場の暴力に振り回されているのか? 国際決済銀行BISの年次報告書は、金融市場と実物経済との関係、に注目している。
融資条件や資産価格の変化は、長く景気循環の一部であった。それは本質上、景気循環と同調する。もし成長の見込みが改善する正しい理由があれば、たとえば1980年代の自由化や1990年代の技術革新のように、景気循環を増幅させるだろう。
しかし、下降局面では、好循環が悪循環に転化する。金融市場が恐慌を引き起こしたのでなくとも、それを強めたことは確実だ。この効果が次第に強められているのではないか、と言う興味深い問題を報告書は提起した。金融自由化と世界的な資本移動が増えて、信用拡大や資産価格の変化に世界はより傷つきやすくなった。アジア金融危機の伝染はその例であった。さらにBIS報告は、矛盾したことであるが、通貨の安定性、インフレ管理の成功が、万事上手く行くという期待を高めて、金融的な不安定性を膨張させると主張する。
どちらの場合も、低インフレは経済的な安定性の必要条件であるが、決して十分条件ではない、ということが忘れられた。過剰な信用供与といった金融的な不均衡が、価格の不安定性と同じように、経済を脱線させたのだ。
金利の操作でインフレの管理が試みられている。しかし、信用膨張や資産価格のバブルを予防することは、不可能とは言わないが、さらに難しい。厳しく警戒していても、金融的な循環が世界経済の安定を脅かす危険は常にある。
(コメント)
Financial Times, Wednesday June 13 2001 でも、Martin Wolfがコラムでこの報告書を取り上げた(The age of financial instability)。インフレは抑制され、金融自由化の教訓はすでに学ばれたし、新興市場に流入する証券投資のユーフォリアも終わった。資本の自由移動が為替レートの固定化と両立しないことも確認された。各国でも世界でも金融監督焼き制が改善されている。同じような危機は繰り返されないだろう。しかし、新興市場で最大の中国とインドはこれから自由化する。
アンドリュー・クロケットBIS理事の昨年の講演は、危機がなくならない根本的理由を指摘した。@ファンダメンタルズの評価は非常に難しい。A信用の過剰供給は、他の商品と違って、金融市場の価格を下げずに上昇させる。B金融部門による流動性の供給は、バランス・シートを脆弱にする。C間違ったセイフティー・ネットが不安定性を拡大する。さらに、過熱する金融機関の競争、グローバリゼーションによる規制の限界、そして金融抑圧状態にあった新興経済が自由化されることでブームが起こり、それがバブルとなって危機をもたらす。
インフレを抑えたことが逆に不安定性をもたらしたかもしれない。金や銀という裏づけの無い人工貨幣とインフレ・ターゲット政策は、金本位制よりも完璧に、通貨価値の安定と金融市場の安定とを切り離す。インフレが起きない限り、信用拡大を抑制する歯止めが何も無い。それゆえ金融政策は、インフレだけでなく、金融市場の状態を健全に維持しなければならないだろう。ところがインフレの無い世界では、過度の楽観がそれを難しいものにする。
Financial Times, Tuesday June 12 2001
America must take a French lesson in trade
Amity Shlaes
ヨーロッパ委員会通商委員パスカル・ラミーは、鉄鋼輸入に関するアメリカの規制検討について、間違った方針だ、と指摘した。自由市場型のリベラリズムを提唱しているアメリカ自身が、フランスのような保護主義や国家管理による弱点を持つことを、一人のフランス人によって指摘されたわけだ。
1850年に「見えるものと見えないもの」というエッセイを公表したジャーナリスト、バスティアFrederic Bastiatもフランス人であった。特定の産業を保護するという目に見える利益にだけ注目するのは粗悪な政府である、と彼は書いた。
当時は、鉄鋼ではなく銑鉄が問題であったが、フランス政府は保護を求めていた。フランス第二共和制の立法府は「ベルギーの銑鉄がフランスに入ることを許さない」と書くことはできる。彼らはそれを、国内生産者とフランス人民の利益を増やす賢明な選択だ、と称する。5フランを追加の利潤とすることで、ミスター保護主義は至福を肥やし、雇用も増やす。しかし、関係当局やその仲間、製鉄会社は、目に見える効果だけを指摘しただけで、見えない影の部分を見ようとしない。結局、保護された者たちが得る新しい利潤は月から来るのではなく、鉄鋼労働者、釘生産者、車大工、蹄鉄屋、農夫、建設業者など、鉄を利用した製品により高い価格を支払う者の財布から来るのである。と、彼は書いた。
150年前に亡くなったバスティアのモデルにより、クリントンでさえしなかった決定を、ジェフォードの離脱した上院で、ブッシュ政権が行い、同じ過ちを犯していると分かる。見えるもの、とは保護による利益だ。アメリカはおよそ2800万トンの鉄鋼を毎年輸入している。アメリカ通商委員会がそれを規制すれば、アメリカの生産者への注文が増える。バスティアに言わせれば、会社は「合法的な盗み」のライセンスを得るのだ。
ヨーロッパの鉄鋼会社、Corus と Usinorの株価が下落し、アメリカのUSX-US Steel と Bethlehem Steelの株価が急上昇したのは当然である。それはアメリカの鉄鋼ロビイストにとっても利益となる。そして、政府が救済したがっている鉄鋼労働者もいる。
アメリカには全部で17万5000人の鉄鋼労働者がいる。1980年に比べて5分の1近くが減少した。職を失った労働者たちには実に辛いことだ。しかし、アメリカの失業率が20年前に比べて3%も下がったことを思えば、それは決してアメリカ経済の危機ではない、とも言える。彼らの多くは新しい職を得たのだ。
では、見えないものはどうか? アメリカの鉄鋼消費部門で働く労働者は943万人もいる。これらのアメリカ人が政府の介入により被害を受ける。たとえば、GMやキャタピラーの労働者だ。輸入割当制度による雇用維持の2倍から3倍も多い雇用が失われる、と言われている。しかも、それに加えて、ヨーロッパや日本でも雇用が失われる。
もちろんブッシュ政権の決定には理由がある。大統領選挙におけるウェスト・ヴァージニアのブッシュ支持者に見返りを与えねばならない。さらに、わずかに譲歩することで、議会に通商問題の一括交渉権を認めさせて、貿易交渉を開始したほうが良い、と。
しかし不幸にして、こうした政治的駆け引きは暴走する。この譲歩は、特定の利益を求める一層多くの「見えるもの」が押し寄せるきっかけとなるだろう。ロビイストたちは行列を成しつつあり、EUやラミーの自国フランスでも多くの保護が行われている。
バスティアが言うように、保護主義の棍棒を振り回せば悪循環が起きる。「強制することは生産することではなく、破壊することである。」
(コメント)
New York Times, June 14, 2001 では、VIRGINIA POSTREL が「市場の失敗」に比べて「民主主義の失敗」と指摘している(Economic Scene: Curbs on Steel Trade Demonstrate Faults of Courting Special Interests)。民主主義が不平等な結果を拡大する場合もある、と。
マンカー・オルソンが明らかにしたように、どのような集団にもフリー・ライダー問題があるから、集団は小さな方が効果的である。小さな集団ほど共通の利益を守るために積極的な行動を取り、大きな集団にはそれが難しい。その結果、政治的な闘争はしばしば非対称的な結果になる。利益の集約された小さな集団が、組織されない、分散した利益を持つ、より大きな集団を打ち負かしてしまう。
それを防ぐために、基地の廃止は上下両院の委員会で票決される。通商条約もそうである。ところが時間とともに抜け穴や拡大解釈がなされ、201条項や反ダンピング規制のように、保護主義の手段となった。それは適用を受けた部門から他部門にも波及し、さらに国境を越えて他国にも波及している。
Financial Times, Wednesday June 13 2001
Poland's search for prosperity
John Reed and Stefan Wagstyl
1989年に共産主義が崩壊して以来、ポーランドについての内外のイメージに、今ほど大きな差があることはなかった。ポーランドは今もソヴィエト崩壊後の改革先進国である見なされているが、多くのポーランド人はEU加盟に向けた経済の苦境をもっとも憂慮している。GDPの成長率は5年前の7%から4%に下がり、2001年は3%に下がるだろう。失業率は16%に近い水準で、300万人が職に就けない。多くの者は市場統合による産業再編で失業がさらに増えると考えている。財政赤字は増加し、政府目標であるGDPの2.6%を超えるだろう。
最近の世論調査では、1989年以来最多となる4分の3の国民が、経済は悪い方向に向かいつつある、と答えた。ポーランドは、短期と長期の問題に苦しんでいる。短期の問題とは、消費の減少と世界経済の減速で景気が悪化しつつあることだ。
企業の多くは短期金利が高すぎると批判する。金利は19%から23%の間にある。財政政策が緩和し過ぎてインフレを招いているために抑制策が必要である、と中央銀行は説明する。元大蔵大臣のBalcerowicz総裁が金利を下げようとしたが、なお17%から21%である。政治家たちは中央銀行の求める支出削減に反対する。Balcerowicz総裁は、政府が支出と債務を削減しない限り、金融を緩和しないだろう、と言う。しかし、財政収入は予想を下回りつつある。政府の資産売却も進みそうに無い。
高金利は通貨ズロチをユーロに対して15%も増価させた。輸出は昨年13%も増加したが、企業はドイツの減速を恐れている。経常収支赤字は、昨年の8.3%より少ないが、すでにGDPの5%に達する。赤字と金利引下げ予想は、1995年のハンガリーや1997年のチェコのような通貨危機に似た、ズロチの暴落を懸念させる。しかし、政府も中央銀行も通貨価値の下落は管理できる範囲内だと考えている。固定制と違って、変動制の下では、10%程度の下落がむしろ景気の悪化を緩和してくれる、と期待する。
景気悪化の回避も、ポーランドの長期的な問題、特に失業問題を解決するわけではない。外国のヴェンチャー企業や民営化された企業、中小企業からなる効率的な民間部門を、非効率な公的部門が抑えている。失業を恐れて公的部門の再編成が遅れる。新企業を助ける減税や規制緩和が必要であるが、強力な労働組合と結びつく政府は労働市場の改革を避けてきた。
たとえ改革を避けることはできても、雇用の悪化は解消できない。ますます成長を損なうだけである。政治家の中には、ポピュリスト的な極右が支持を集めると警告する者もいる。ポーランド政府は多くの国民を豊かにする方策をまだ見つけられない。
Financial Times, Friday June 15 2001
Koizumi has the right idea
Kathy Matsui(managing director and chief strategist at Goldman Sachs in Japan)
小泉首相の誕生から数週間を経て、海外からの批判が高まっている。彼の構造改革案は日本を1930年代の不況もしくは内戦に導くものだ、と彼らは言う。日本が苦しんでいるのは需要の不足であるから、その唯一の処方箋はレフレーション政策である。金融緩和と円安によって、世界が日本の過剰貯蓄を吸収しなければならない、と言うのだ。要するに、日本が不況を脱するには輸出を増やすしかない、と。
その批判には問題がある。第一に、日本が世界輸出のシェアを大きく増やすことや、世界の成長が1999年の高水準に回復することを前提している点だ。実際には、日本のアメリカ向け輸出シェアは1993年の19%から昨年は12%に下落している。第二に、円安が日本の輸出業者に利益をもたらすと前提している点だ。1998年のアジア通貨危機以来、ほとんどのアジア通貨は円といっしょに変動するようになった。すなわち、円安による利益はかつてほど大きくない。
実際には、過剰貯蓄が日本の病気(資本収益の低さ)そのものではなく、その徴候に過ぎない。資本収益が少ないことで高齢者はますます貯蓄に励み、企業は投資を控える。東京株式市場の株価収益率は4%しかないが、それはドイツの4分の1、アメリカの6分の1である。それが最も高かった1989年でも8%に過ぎなかった。
資本収益が低い理由は、銀行融資や株式持合い制度、国内産業の過剰規制と競争排除、などである。電機など、輸出産業では相対的に高い収益を実現しているが、建設、流通、不動産、金融、サービスなど、支配的な産業部門は効率が低く、その酷さは外国からも良く見える。こうした産業が日本経済の60%を占めているが、収益の32%しか産まない。彼らが巨大銀行の持つ不良債権の85%を占める。強い保護措置がこうした産業を温存しているのだ。
資本収益を改善するには規制を緩和することである。競争を刺激すれば、弱体な企業は破産し、最初は痛みを伴うが、収益は改善するだろう。セイフティー・ネットの整備や、一時的な財政・金融政策による支援策が行われる。
批判者は、そのような構造改革が、「慢性的に需要不足」である日本経済においては、貯蓄にまわるだけだ、と言う。しかし、需要は固定されていない。日本の消費者は奢侈財の世界消費の45%を占める。しかし日本人が国内で消費することは、過剰な規制により、魅力が無いし、利用できない。ホテルの建設も、本の価格も、旅行にも、過剰な規制がある。他方、携帯通信分野では規制が緩和されて世界でも最高水準の普及率を実現している。
規制緩和は構造改革の触媒であるだけでなく、生活費を引き下げ、購買力を高め、消費者の選択を増やすことで生活水準を改善する。それが貯蓄率を引き下げ、国内需要を増やし、資本収益を改善して、長期的な潜在成長率を高めるのである。
構造改革と規制緩和は適切な金融・財政政策と組み合わせられねばならない。小泉首相にそれができるかどうかまだ分からないが、それを邪魔するのは間違っている。改革に伴う苦しみは、ごまかしで苦しむよりもずっとましである。
New York Times, June 15, 2001
FOREIGN AFFAIRS: They Hate Us! They Need Us!
By THOMAS L. FRIEDMAN
ブッシュ政権が直面するヨーロッパの反アメリカ主義を想うとき、私は1970年の歌を思い出す。「誰も私たち(us=U.S.)を好きになってくれない。それがなぜなのかわからない。私たちは完全ではない。でも精一杯努力している。どこへ行っても、昔からの友人でさえ、私たちを非難する。いっそ私たちは引退しようか? それでどうなるか見ればよい。 ・・・アジアは人が多すぎる。ヨーロッパは年をとりすぎた。アフリカは余りに暑いし、カナダは寒すぎる。南アメリカが後を継ぐかもしれない。いっそ私たちが引退すれば、私たちを非難する者などいなくなる。」
反アメリカ主義は以前からあるが、たとえばギリシャを見れば、新しい要素がいくつか見える。冷戦時代には、ギリシャやヨーロッパの反アメリカ主義を左翼が指導し、「アメリカのやったこと」が、特にギリシャや各地の独裁政治を支持したことに批判は向けられていた。それが彼らの理想を裏切ったからだ。
今日の反アメリカ主義は「アメリカの性格」に的を絞っている。左翼は自由市場資本主義を嫌い、死刑を嫌い、グローバリゼーションを嫌っている。右翼は多文化主義を嫌い、ナショナリズムの後退を嫌う。ギリシャ正教会も若者が伝統や宗教から離れるという理由でアメリカを嫌う。
よし、分かった。ヨーロッパの人々はアメリカ人であることが気に食わないのだ。それがどうだと言うのか? アメリカに反対する政治同盟ができたり、アメリカの重要な利益を脅かしたりするか? 特にヨーロッパのエリートたちにはアメリカへの妬みが強い。しかしそれは、アメリカ文化、大学、映画、食事、衣装、技術、など、アメリカの魅力が非常に強いということだ。そして今や、アメリカに対抗する力は無い。「アメリカは脅迫と誘惑、怪物であると同時に理想のモデルでもある。」
アメリカのソフト・パワーには匹敵するものが無い。モスクワにはディズニー・ランドが無いし、北京にはハーヴァードが無い。しかし、アメリカのハード・パワーに対抗する必要はない。アメリカは確かに問題を起こすが、支配しようとはしない。反米同盟や戦争をもたらす危険は無い。ヨーロッパの新しい反アメリカ主義は、徒党を組んで騒がしいだけで、何も深刻なものでは無い。
歴史的に見て、相対的に平和が続いたのは、アメリカが他国にとっても有益な超大国the benign superpowerであったからだ。アメリカは世界システムを維持するための公共サービスを提供している。今日、本当に恐ろしいのはヨーロッパの反アメリカ主義では無く、アメリカの反アメリカ主義だ。議会が貧乏で愚かになり、経済が弱り、政府が自制しなくなれば、アメリカは他国に利益をもたらす超大国であることを辞めるだろう。そうなれば、アメリカの魅力は失われ、反アメリカ同盟が広まる。
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The Economist, June 2nd 2001
Japan’s economy: Money still matters
日銀とアメリカ連銀との対照的な行動は、中央銀行家が同じ本能を持っているという常識に反している。1990年1月にバブルが崩壊してからも日銀は金利を上げ続け、1991年7月まで金利を下げず、その後ゆっくりと緩和した。他方、アメリカ連銀はすでにこの5ヶ月で2.5%も金利を引き下げた。
日本の政策失敗はこれに終わらなかった。より最近では、日銀はデフレに対して断固とした行動を取らなかった。政府は減税するよりも、非効率な公共投資で財政支出を増やし続けた。銀行の不良債権も膿を流し、規制緩和や構造改革は遅れた。まともな政策が採られたら、日本は今ごろ景気を回復していたはずだ。しかし10年に及ぶストップ・ゴー政策と、G7で最低の1%をわずかに超える平均成長率しか達成できなかった。長期的な潜在成長率も、生産性上昇の遅れから、わずか1〜1.5%に下がっている。
政治家たちは、既得権を守るために構造改革を妨げてきた責任がある。この点で、小泉首相は改革を進めるかもしれない。しかし、企業も政府も首まで債務に漬かっている経済において、日銀はデフレを払拭できない点で最大の過ちを犯している。銀行の不良債権処理はデフレ圧力を強めるだろう。積極的に金融緩和してインフレを促すことで、日銀は債務の鎖から企業を解放できる。また国債を買い入れることでインフレ期待を促し、円安や株価上昇を支持して経済に影響を与えることができる。日銀が直接に権限をもつデフレを処理せずに、企業の構造改革や財政赤字を失敗の口実にするのは間違っている。
物価を安定化できない点で速水総裁の失敗がこれほど明確であれば、彼は罷免されるべきだ。政府は日銀法を改正し、特にインフレ目標を公式に示させる必要がある。金融政策の独立を損なわないまま、日銀に国会で説明する責任を負わせるべきだろう。中央銀行の独立性は、それ自体が目的ではなく、優れた金融政策のためにある。
Income distribution in China: To each according to his abilities
毛沢東主義の平等思想と闘う上で、「先に豊かになる者があっても良い」というのはケ小平の有名な指針であった。しかし急速に拡大する貧富の格差によって、政府はそれが次第に中国社会の安定性を破壊すると心配し始めている。
中国のジニ係数は0.39となり、国際的に危険とされる水準に近付いている、と朱鎔基首相も認めた。しかし、裕福な支配者たちの非公式な所得を考慮すれば、ジニ係数は0.6に近い、と言う者もいる。朱の認めた数値でも、分配はインドより不公平であり、もし0.6なら世界最悪である。公式の統計でも、都市部より地方のジニ係数が高く、格差の拡大するスピードは各地で異なる。
WTO加盟は、どうしようもない非効率な国営企業を破滅させるだろう。また農産物の輸入は地方の貧困を増やす。1984年に1.7倍であった都市と地方の所得格差は、1999年までに2.65倍になった。格差拡大にともなって都市への人口流入が増え、失業問題を深刻にしている。政治的には追いやられたはずの毛沢東主義者たちが、改革の敗者たちによって支持されるかもしれない。50年前の革命と同じ不平等の再生に指導者たちが怯えるのは当然である。
Japan’s economy: Chronic sickness
小泉政権のミクロ経済的改革を支持する者と、マクロ経済的刺激策を支持する者との間で、激しい論争が行われている。
前者は財政・金融的な景気刺激策を採る余地が無い、と考える。銀行の不良債権に代表される構造改革の遅れが、経済の潜在成長率を低下させてしまった。他方、後者はJ.SachsやP.Krugmanに示されるように、日本の低成長は需要不足によるものだ、と考える。構造改革はこれを強め、デフレを悪化させる。むしろ大幅な量的金融緩和と円安政策が必要だ。
巨額の黒字を持つ日本が円安を促せるだろうか? A.Smithersは、高齢化により国内の有望な投資機会が減り、日本は過剰貯蓄である、と言う。また、財政赤字を支える国債の増発も長期的に持続可能ではない。だから日本はより多くの経常黒字を出して、過剰貯蓄を解消するしかない。円安によってデフレを阻止し、企業の過剰債務も解決する。
しかし、真実はその両方である。構造改革だけでデフレを強めれば不良債権は増加する。他方、財政・金融的な刺激策だけでは構造改革を遅らせる。Smithersのように、日本の構造的な貯蓄過剰を固定化するのは間違いだ。むしろ収益率の低さが投資を妨げているのであり、構造改革で企業の資源利用が効率的になれば、家計はより多くの配当を得て貯蓄を減らすかもしれない。財政支出は増やせないが、その効率性を高めて改革を促すための再編は可能である。
金融政策は、日銀が昨年の引き締めが失敗であったことを認めて再び金融緩和に踏み切った3月以来、変化していない。それはゼロ金利ではなく銀行の準備金を目標とし、コア・インフレ率がプラスになるまで続けると明言し、必要なら長期国債も購入する、とした点で画期的であった。しかし銀行が融資を増やさない限り、今のところ顕著な金融緩和にはつながっていない。
日銀がこれ以上金利を引き下げることはできなくても「量的拡大」を行えるはずだ。国債を購入することでインフレ期待を強め、円安を促し、株式などの資産価格を上昇させる。アメリカは構造改革を真剣に進めるなら円安を受け入れるだろう。円安政策を嫌うアジア諸国も、変動制になって円とともに減価できる。中国にとっても長期的には日本経済の回復が利益である。
日銀が「量的拡大」に反対する理由は次のようなものだ。:@効果が無く、日銀の信頼を損なう。A歯止めないインフレを招く。(しかし、どちらもデフレを何年も許した中央銀行が言うことではない。)Bインフレ期待が強まれば長期金利が上昇して国債の価格が下落する。それは国債を大量に保有する銀行のバランス・シートを悪化させる。(しかし、その反面、もしデフレが解消されて銀行の不良債権が減少すれば、その方が銀行にとって大きな利益である。)最後に、C企業や政府の改革圧力が失われる。(しかし、それがデフレを長引かす理由にはならない。)
改革が遅れれば日本の成長力はさらに低下する。日本の病状は、構造改革と金融緩和の両方を、今すぐに必要としている。