今週の要約記事・コメント

6/4-9

IPEの果樹園 2001

政治のイメージを、密室と賄賂から、劇場と変革に向けた点で、小泉首相の功績は疑う余地がありません。

驚くべき内閣です。彼は宣言しました。国債発行に上限(30兆円以下)を課す。道路特定財源を活用する。特殊法人を見直す。市町村合併を進め、地方交付金を減らす。郵便貯金を民営化する。不良債権の最終処理を行う。一票の格差を2対1以下にする。首相公選制が望ましい。派閥解消を実践する。憲法改正も含めて、集団的自衛権を行使できるようにする。首相になっても靖国神社には必ず参拝する。

恐るべき内閣です。外務省は田中真紀子大臣の政治スタイルに翻弄され、機能麻痺に陥る。山崎拓氏が自民党内の不満を吸収して組織を維持する一方、加藤紘一氏は靖国神社参拝問題などで首相の方針を修正するように求める。森政権に続いて小泉首相に担がれた竹中平蔵氏が、アメリカや財界を説得する答案を作成する。大蔵省や国会では塩川正十郎氏がショックを吸収する。それは、ポピュリスト政権なのか? 自民党改造勢力か? 経済構造改革の実践集団なのか? あるいは国際的地位向上を目指す超保守派内閣か? それとも・・・?

キャッチ・コピー通りの対立嗜好内閣です。続発する争点は単に支離滅裂なだけか? 保守派のイデオロギーを実践的に応用しているのか? 既存の党派やイデオロギーを意図的に衝突させることで、自分の指導力を確保するのか? 参院選前に争点を示して、その痛みが現れる前に選挙で勝利し、さらに改革を進めるのか? 初めて見る政権交代!?のダイナミズムです。

それは日本の政治でも定着するのでしょうか?

アメリカの政治では大統領選挙後もブッシュ政権に対する怨恨が解消されていません。日本政府の改革案に対しても、デフレが悪化すると懸念されています。いずれにも共通するのは、貿易や国際投資に関する秩序に十分な注意を払わないことです。それは、共通通貨の実現を前に、拡大と将来の政治的秩序をめぐって対立が深まるヨーロッパにも言えます。

専制支配をもたらす三つの条件があると思います。すなわち、@政治・経済的な不安定化、旧秩序の動揺。A支配的階級における秩序への恨み、不満の蓄積。B間違ったイメージによる集団化と社会対立の固定化、です。そして専制支配に冒されやすい現代社会の特徴とは、科学思想による社会改革への過信と、社会ダーウィニズムやナショナリズムなど、対立を煽る思想を蔓延させる大衆煽動政治です。

ゴルバチョフが行った情報公開は共産党から嫌われ、アルコール反対運動は庶民から嫌われ、東欧民主化は軍部から嫌われました。IMFが固執する構造改革は、しばしば通貨危機を激化させ、深刻な不況と社会対立をもたらし、政治秩序を破壊し、暴動や危機を国際的に波及させました。小泉氏は、改革の焦点を絞り、その順序を慎重に選択すべきでしょう。国民に向かって、政治システムを機能させる舞台を、どう作るのですか?

Financial Times, Monday May 28 2001

A blessing in disguise for Japan's economy

Gillian Tett

(コメントとして)・・・輸入に対する関税障壁が日本の貿易黒字を累積させてきた、という前提に立った記事である。しかし、関税で個別の品目や貿易の構造が変化するとしても、経常収支の黒字が維持されることはないだろう。為替介入で円高や円安を人為的に維持できるかのような主張にも、(短期的には試みられるだろうが)中長期的には根拠がないと思う。

最近になって、日本政府が関税障壁を取り除き、日本の消費者が外国製品の安さと品質の良さに気付いたから、日本の輸入が増えている、という。同時に、為替レートを日米間の政治紛争にしたくないから、国内の不況で円安がこれ以上進むのを日本は阻止している、という。だから消費者は、本来の市場が求めるレートより円高で、安い輸入品のバーゲンを楽しめる。

日本のデフレは深刻だが、企業の競争力を回復するためにはそれも必要なことだ。と、まるでカレンシー・ボードを死守する香港のようなことを言う。長期的に、価格低下の圧力で非効率な企業が淘汰されていくから、小泉首相の求める構造改革が進むだろう、と。確かに、所得に比べて高すぎる地価や流通コスト、公共料金などは、規制緩和や競争促進が必要だ。しかし、個別企業の競争力は為替レートでも解決できる。他方、本来、独自になすべき国内の市場改革を、不況と円高によって進める、というのは間違っている。

Gillian Tett女史は、日本が円安政策を採らず、デフレを耐えれば、輸入増加が国内改革をもたらす。だから、それに耐えかねて政治家の保護貿易要求が高まるとき、小泉政権の真価が問われる、という。たとえば、中国からの農産物輸入を規制するのは間違いだ、と。しかし、政治的な支持を確保できなければ、小泉内閣はおしまいである。(保護主義より生産調整への支援が望ましいが)保護主義だから絶対いけない、とは思わない。・・・


Financial Times, Monday May 28 2001

Relaxing the rules of entry

Quentin Peel

過去30年間、移民問題はドイツの政治論争で、激しく根深い対立の源になってきた。ドイツでは、他のヨーロッパ諸国以上に、歴史的・地理的事情、そしてその経済的な強さゆえに、外国人と排外主義、寛容と統合、が激しい論争を引き起こす。

ドイツ人の3分の2は移民が多すぎると感じているし、緑の党を除く全ての政党がその考えを支持する。移民に関して自由主義には勝ち目がない。しかし、「ドイツは古典的な意味での移民国ではない」という報告を、中道右派の野党がまとめた。この「古典的な意味で」という表現は、現実の移民問題を解決しようとする態度を示している。CDUの幹部も、国際競争力を維持し、低下する出生率を克服するために、移民政策を見直す必要があると認めた。

難民に対するドイツの伝統的に寛容な扱いは、ヨーロッパで最大の730万人という国内に居住する外国人人口をもたらしている。しかし、このうち180万人はドイツ生まれであり、ドイツが国籍をドイツ人の子供に制限する考え方が背景にある。国籍や帰化に関する見直しは、特にハイ・テク分野での熟練労働力不足と、ここ数年の出生率低下で、論調が変化してきた。現在の失業に代わって、「2010年以後は、労働力不足が深刻になる。」また、バルカン半島の紛争が沈静化して、難民の数が減り、逆に帰国している。

シュレーダー首相のいわゆる「グリーン・カード制」は、伝統的な草の根的反移民感情と、バヴァリアの工業地帯が求める労働者への強い需要との間で、行き詰まっている。EU拡大により東欧の新加盟諸国から移民が増えることも恐れられている。

しかし、少なくとも今、移民の論争は全ての労働者に対する規制の緩和に向かいつつある。過度の規制は、逆に混乱した非合法な移民流入をもたらすことを、全ての証拠が示している。世界的な問題として、送出し国も含めたより広い議論が必要である。


Financial Times, Tuesday May 29 2001

Editorial comment: Racial violence

オルダムOldhamにおける先週末の暴動は、ブリックストンからブラッドフォードに至るイギリスの過去20年間に起きた暴動とは異なるものであった。以前の暴動でも、少数民族グループが警察に対して、初期には暴力行為におよんだ。失業や社会からの排除、警察への憎しみなどが、直接の引き金であった。しかしそれらはオルダムのような人種暴動ではなかった。オルダムでは白人が黒人を襲い、その報復が起きた。1960年代のノッティング・ヒルで起きた騒乱が類似している。カリブ系の移入民が増え、職や住宅をめぐって白人と黒人が街頭で殴りあった。

オルダムの対立の源は、人種差別的な攻撃と、それに対する警察の対応が不十分であるという不満、そして、人種的な対立を煽るナショナル・フロントやブリティッシュ・ナショナル・パーティーのメンバーが加わったことだ。さらに、第2世代・第3世代のパキスタンやバングラデッシュ系イギリス人たちは、彼らの親たちが我慢してきたような、人種的嘲りを許さなかった。

容易な解決策はない。都市中心部の復興、白人もアジア系住民も公平に扱う雇用や職業訓練などが、長期的な解決策の一部である。コミュニティーをもっと良く反映した警察も必要だ。また警察は、人種差別的な攻撃を止める良い方策を考えるべきだ。この点では、彼らがどう思われているかが、何をするかと同じように、重要である。

さらに、政治家たちが自制を呼びかける上で責任を負っている。保守党の指導者として、ウィリアム・ヘイグは、移民たちを「雑種民族」になると言った保守党員に対して、明確な処罰をしなかった。それは、たとえ意図しなくても、イギリスがいまだにアングロ・サクソンの支配する社会だという幻想を吹聴する者たちに対する、激励となった。

人種的な統合を図ってきたイギリスの歴史において、オルダムは例外である。そうでなければならない。政治家たちの言葉は、その政策とともに、重要なのである。


Financial Times, Wednesday May 30 2001

Editorial comment: Thai trouble

アジア金融危機の引き金となったタイが、再び動揺している。国際的に評価の高いチャツ・モンゴル・ソナクル中央銀行総裁の解任が、与党であるタイ愛国党の経済政策に関する不安を増幅させるからだ。チャツ・モンゴル氏は、この3年間、タイ中央銀行の信認回復に奮闘してきた。しかし、ポピュリスト的なタクシン党首と対立し、彼が首相となってから関係は悪化しつづけた。

中央銀行の独立性を保証する法律は議会を通過することなく、タクシン氏は総裁を解任し、自分に従う人物を後任者にした。こうして政府は、今後、金融政策も支配することを隠そうともしなかった。

この解任事件は金利水準をめぐる対立から起きた。多くの助言とは逆に、政府は金利を引き上げることが世界の景気減速によるタイ経済への悪影響を抑制する道だ、と考えた。高金利は貯蓄者の所得を増やし、資本逃避も防ぐ。貸出金利は現在の水準を変えない、と仮定され、企業部門に何の被害も与えない、と言われた。

これは、もちろん、銀行部門の利ざやを壊滅的に減らすだろう。銀行はすでに大きな問題を抱えている。不良債権は公認された量の2倍に及び、担保価値の評価は非常に甘い。不良債権を買い取る新しい財源が認められれば、銀行は救済されると言うが、その資金は財政に大きな負担となる。

タイ経済を衰弱させている本当の原因に、政府が取り組む様子はない。それは、中国が多くの低熟練産業で離陸し始めたのに、タイが新しい隙間を見つけられないことである。構造改革への進展が無いことは、国際的な信用を低下させている。

政府の経済政策に対する唯一の効果的なチェックが失われた今、タイの将来を楽観することは難しい。高金利を予想して、今のところ安定している通貨も、政策に失望して再び逃避し始めるだろう。そして、二度と救済はない。

(コメント)

New York Times, May 30, 2001 の記事(Chief of Thai Central Bank Is Dismissed Over Rates)で WAYNE ARNOLDは、必ずしも金利引上げを否定していません。現在のタイで、低金利が投資や消費が促すわけではないし、貯蓄からの利子を失うことを庶民も富が失われたように感じているからです。高金利を求めて資本が流出することも心配されます。IMFやエコノミストたちは、高金利政策で利益を得るのは、逆に、最も裕福な階層だ、と批判します。


Financial Times, Wednesday May 30 2001

Manifesto for life in a free world

David Honigmann

ダニエル・ピンクはアル・ゴアのスピーチ・ライターだった。彼はフリーランス・ライターになったが、その本Free Agent Nationで、彼自身が選んだ自営業の拡大を社会傾向として描いている。この本は、ちょっと風変わりな社会宣言である。

ニュー・エコノミー景気が衰えても、ピント氏は自営業の拡大が他の要因で持続する、と考える。中でも重要なものは、労働に関する社会契約の崩壊と、組織の生存期間短縮である。企業はもはや雇用を終世保証することで忠誠に報いてくれないし、企業自身の寿命が人々の労働年数よりも短くなってしまった。その結果、労働者は大企業を信用しない。

決定的なことは、生産手段の入手が簡単で、誰にもできるようになった。工業時代には、自営業を起こすには重機械が必要であった。しかし情報経済では、ラップ・トップ・コンピューターとモバイル・フォンがあれば良い。アメリカでは4人に一人がフリー・エージェントであり、カリフォルニアでは労働力の3分の29時〜5時型の仕事をやめた、単身雇用主モデルである。シリコン・ヴァレーとハリウッドは、労働の異なった形で組織する。

従来、自営業は労働組合や政府の支援を受けない、ばらばらになった犠牲者であるか、キャリアを重ねる独立自尊型の労働者として描かれてきた。しかし、多くの者にとって、自営業の現実とは、次々とプロジェクトを渡り歩く、ジャングルのターザンに似た跳び移り術である。一時的奴隷、乏しい給与、道徳を失った仕事、官僚の規制、定職への誘惑と失望。しかし、それはまだ10%の自営業でしかない、未完成品である。

その欠陥は改良できる、と彼は言う。地区割や税制による不利益は、3300万人のフリー・エージェントが政治力を発揮すれば克服できる、と。スターバック・コーヒーは彼らの事務所であり、キンコ・コピー・チェーンは「フリー・エージェント・ネイション」の応援団である。


Financial Times, Wednesday May 30 2001

Be less cynical, stupid

John Kay

選挙前に景気を良くすれば、現職の政治家が再選されるだろうか? もしそうであれば、政治家が経済を管理することなど愚かなことだ!

そこには三つの前提がある。@有権者の気持ちはポケットの中身による。A政治家の主な関心は再選されることであり、それが経済政策決定の基本である。B政府はその意図を達成するために経済を管理できる。

好景気が再選をもたらすというのは、経済成長の実現に政府が自信を持っていた1950年代の産物である。当時の保守政権は、世界経済が急速に拡大する中で、再選を確保してきた。しかし1960年代には、経済問題が支配的だ、という前提がイギリスで崩れた。有権者はもっと長期の視点を採り、政府の全期間にわたる実績を評価することが分かった。1974年のEdward Heath1987年のMargaret Thatcher1979年のJames Callaghan、そして1992年のJohn Majorについて、有権者は直線的な対応を示さなかった。

選挙に対する経済の直線的影響はアメリカで顕著である。1980年のJimmy Carter 1992年のGeorge Bush Sr1964年のLyndon Johnson 1972年のRichard Nixon 1984年のRonald Reagan 1996年のBill Clinton (そして2000年のAl Goreも、多分)。そこで、A. Alesina N. RoubiniPolitical Cycles and the Macroeconomy, MIP Press 1977)は、二つの行動仮説をテストした。

機会理論では、景気循環と選挙循環とがおおむね一致する。党派理論では、政治と経済とは党派によって異なった関係を持つ。左派の政府は当選後最初の年に景気拡大を図り、それが成功しないとわかると引き締める。右派の政府は最初に経済を引き締め、それが上手くいかないと拡大策に転じる。

党派理論の重要な意味は、左派よりも右派が政権を握っているときの方が、選挙のときの景気は良いだろう、ということだ。歴史的にもそれは言える。しかし、では右派の政権の方が左派よりも再選されやすいか? と言えば、そうではない。むしろ再選されていない。利己的な政治家と利己的な有権者、という冷めた見方は誇張されている。彼らの分析でも、党派理論が機会理論よりも明らかに優れている。

有権者は、選挙の争点と政府の能力に関して評価を下す、という説明が、投票行動をもっとも良く説明する。政治も確かに私的な利益追求であるが、それだけであると言うのは間違いだ。


Bloomberg, 05/30

`Mr. Yen' Continues to Speak His Own Truth

By Patrick Smith

わずか2年前まで、「ミスター円」として通貨市場を動かした榊原英資氏も、今ではまったく市場から忘れられた存在だ。しかし、実際にはそれほどでもない。先日、東京で彼に会った際も、クアラ・ルンプールで講演し、次の米州開発銀行のサンチアゴ会議に向けて彼は執筆中であった。彼こそ、1997年にアジア通貨基金を提唱し、アメリカ政府に「覇権」を咎められた男だ。1995年に大蔵省のナンバー・スリーを占めるやいなや、世界第二の大国が準政府のレベルで「マーケット・ファンダメンタリズム(市場原理主義)」という非難をアメリカに浴びせたのも、この男のせいだ。

「現状維持は続けられない」と彼は言う。「しかし、アメリカをまねるのではなく、日本人のやり方で調整しなければならない。」彼は、文化的愛国主義、問題児、後ろ向きの反改革派、経済支配官僚、などと呼ばれた。彼のあだ名は、1995年の政策決定で、1ドル=79円から、後に日本の通貨価値を極端に下落させた彼の行動や、東アジアにおける事実上の円ブロックを提唱したことに由来する。

この点、彼が言い訳する必要はない。今やほとんどのアジア通貨がドルではなく円と連動しているし、チェンマイ・イニシアティブに沿って投機的な攻撃から各国通貨を防御するネットワークも実現した。アメリカの外交評議会でさえ「地域的な最後の貸し手」を支持しており、アジア通貨基金は賞賛されている。

「地域的連携や異なる部門間での戦略的提携が重要になり、世銀やIMFは衰退しつつある」と彼は言う。「グローバリズムの第二段階、もしくはネットワーク・グローバリズムの時代が来る。」「70年代後半から世紀末まではヒエラルキー的な最初のグローバリズムの時代であった。」それは、エリートによる強烈な指導力によって前進した。

「しかし今や、非政府組織が効果的になりつつある。地方の、エスニックな要因が重要だ。組織構造はより平坦に、分散的になる。それはまったく異なる世界だ。良く組織された19世紀や20世紀と比べれば、しばらく混乱するかもしれない。しかし、情報が利用でき、アクセスが容易で、もっと透明であるだろう。」どれくらいでそうなるのか?「5年から10年」と、彼は予期していたように即座に答えた。

『資本主義を超えた日本』で、彼は日本モデルを称揚した。それは競争的な産業と「政治化された」農業・建設業とを組み合わせ、社会的平等と「人間中心主義的」企業とを意味した。そして外国人記者への有名な講演で、アメリカ型の改革を唱える者を「自分たちの文化に対する野蛮な振る舞い」と攻撃した。

今では、大量解雇や経営規模削減、その他のアメリカ型改革が日本にもはびこっている。世界的な競争に曝された企業が人間主義を採用する、などと言えるのか? 「情報技術の革命は構造変化を必要としている」と、彼も認める。「しかし、効率だけでなく、人間性を考えなければならない。トヨタ本社を見よ。彼らは雇用を弾力化しているが、しかし断固として日本企業である。」では、日本はどこに向かうのか? 「フランスのようになる」と、彼は言う。「構造を大きく変え、先端的な技術を駆使し、しかも統一性と歴史や伝統は維持する。」もしかすると、日本がミスター円の思想に追いつくのは遅すぎた。

「あなたが大蔵省にいた頃、同僚たちはあなたを理解してくれましたか?」と、私は尋ねた。「少数派だったよ」と、彼は笑った。「しかし、理解してくれる者もいた」と。


Washington Post, Wednesday, May 30, 2001

Waiting for the Bust

By Robert J. Samuelson

パーティーを台無しにするのは楽しいことじゃない。私は3年間、経済が悪化すると書き続けてきた。しかし、不況は来なかった。確かにドット・コム企業やテレコムの崩壊、成長の減速は起きた。失業は少し増えたし、利潤も減った。しかし、Fedの金利引下げで成長が回復する、と皆思っている。そんなに悪いわけじゃない。友人は慰めてくれた。さあ、間違いを認めて、話題を変えよう、と。

しかし、私は考えを変えていない。1998年以来、膨張した楽観論は経済を破滅的なスピードに加速してきた。私は、その不幸な結果が回避できる、とは思わない。それはどうしようもない天罰だから、というのではなく、過剰な自信が失敗をもたらし、失業や債務、金融的損失をもたらすからだ。低金利や減税で、ブームのマイナスの後遺症をなくせるものではない。

まず何よりも、株価が逆転することで「マイナスの資産効果」が起きる。消費者は所得より急速に消費を増やせなくなる。利潤見込みや生産性の見通しも悪化して、企業は投資しなくなる。ヴェンチャー資本や株式の市場公開は減少しつつある。技術関連企業以外の投資も過大であっただろう。さらに、悪循環が起きる危険もある。利潤悪化、失業、株価下落。日本やヨーロッパの状態を見れば、輸出が伸びるとも思えない。

統計を修正すれば貯蓄は変化していない、とも言う。しかし他方で、1998年にミューチュアル・ファンドの74%、株式の83%は、アメリカの最も裕福な5分の1の人口が所有していた、と言う。そして1990年代に、この人々が貯蓄を大きく減らしたのだ。資産効果は存在する、と私は思う。

ある経済学者は、数年前にこう言った。「私の人生は不可避なものを待ち続けることであった。」次の不況が来る、というのは思想なのである。


New York Times, June 1, 2001

Selling Japan on Economic Pain

By STEPHANIE STROM

竹中平蔵氏は、経済財政担当大臣という肩書きを持つが、本当の仕事はセールスとマーケッティングである。慶応大学の元経済学教授で、50歳の彼は、日本を再生させる小泉首相の<痛みを伴う政策>の販売担当者、という難しい仕事に就いている。

財政支出の配分や構造調整、社会契約の見直しについて、最初は内閣の中で、それから国民に対して、批判の矢面に立つ。しかし最大の問題は小泉氏の同僚である自民党議員を説得することであろう。たとえば、高速道路建設から自動車の環境汚染対策を研究することに支出を振り替えることは、自民党の支持基盤である建設業と、発注の見返りとして献金を受ける政治家が、強く反対する。

反対の大合唱を受けて、自民党は提案を承認できず、反対派の指導者である北海道選出の鈴木宗男氏は「小泉改革案の改革」を求めている。それでも竹中氏は、民主主義の原則によって、国民の支持を受けた内閣が改革案を実現できる、と言う。しかし日本的な民主主義をそれほど信頼できるか。政府の唱える13兆円の不良債権処理は110万人の失業者をもたらす、という報告もある。また、銀行のバランス・シートも税金で修復しなければならないだろう。

小泉氏の改革は、竹中氏の国民を説得する能力に懸かっている。小泉首相が彼を指名したのは、退屈で不可解な経済概念を彼は分かりやすく説明できるからである。彼はすでにテレビのトーク・ショーで有名人となり、マクドナルドでハンバーガーを食べ、キャンパスを散策して議論していた。日本の教授たちには見られない人物である。彼はまた情報技術の発展を研究しており、国民の不満を直接に取り上げることで政府内の反対をかわすつもりだ。「インターネットの時代ですよ。人々の意思決定は劇的に変化しています。たとえ内閣制度の下で首相が直接に選出されていなくても、人々の意見が政治により多く反映されるのです。」

竹中氏の意見は一貫していない、という批判もある。しかし、改革の行方は政治次第であろう。7月の選挙や9月の総裁選挙までは、改革案が現実に痛みを示すことはない、と彼も言う。改革が実現するまで小泉内閣の高い支持率が維持できるのか? 1997年に、橋本龍太郎首相は消費税を引き上げたが、結局、辞任した。竹中氏は、時代が変化した、と言う。人々が過去の政治や経済政策に強い不満をもっているからこそ、自分たちには成功の機会がある、と。また彼は、政府が苦痛を和らげることも約束する。破産や失業、社会問題が起きてから対応するのではなく、前向きの改革を主張する。アメとムチを組み合わせることが重要である、と。

彼の考えでは、成功の鍵は、犠牲が報われることを国民に確信させる点にある。しかし2月のテレビ番組で、榊原英資氏とともに、亀井静香氏と論戦を交えた際に、竹中氏は無残な敗北を味わった。亀井氏は、彼らの経済政策で失業者が増え、自殺者も増えている、と問い質したが、彼らは反論できなかったのだ。

The Economist, May 19th 2001