IPEの果樹園 2000

今週の要約記事・コメント

7/17-22

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資料として、(時にはもっと簡潔な形で)夏休み中もできるだけReviewを継続します。関心のある方は、いつでも気楽に読んで下さい。質問メールも歓迎します。

The Economist July 1st 2000

Vulnerable Japan

日本の総選挙に関する外国の記事は、いつも二つの文章で始まる。すなわち、自民党が再び内閣を作る。そして、政治は変わらないだろう、と。変わったのは、それが不平から、やけ気味になったことだ。日本はいままでの失敗に懲りるということがない。

日本経済の実績から見て、失敗と言うのは強すぎるか? しかし、政府は経済の改革に取り組んでこなかった。痛みの伴う改革は先へ延ばして、回復のときを待つだけであった。自民党主導の連立政権は、これを再現するだろう。

回復が訪れる可能性も確かにある。しかし、過去5年間に二度も、経済回復は乱暴に挫かれた。1995年の阪神大震災と、1997年のアジア金融危機、さらに1998年半ばにはロシア債務不履行まで。輸出が落ち込み、不良債権が増した。これらは日本の失敗ではない。しかし、また次のショックが来るだろう。アメリカの不況? アジアの政治危機?

日本の失敗とは、怠慢である。本当の改革を実行することを躊躇して、歴代の政府は次々と襲うショックに対して日本を脆弱なままに放置したのだ。もし次のショックが襲えば、日本の財源は空っぽになる。何も生み出さないプロジェクトに支出しつづけ、主要銀行を事実上国有化し、「そごう」など、破産した企業を救済しまくってきたからだ。

日本がなすべきこととは、銀行の帳簿をきれいにして経営陣を一掃し、農産物貿易を自由化し、規制緩和と電信電話などの多くの分野で反独占法を強化することである。ところが、政府はまだ何もせず、そのうち回復することを待ちつづけている。

/ショックに脆弱な経済を維持する、というのは、今までの日本の戦略に矛盾した重要な変化です。日本は、何よりも国内経済の撹乱を恐れていたのではないでしょうか? 今まで、その対応は国内市場を保護して、官僚主導に再編させること、メイン・バンクを使って各企業を監視させること、円安と貿易黒字をできるだけ維持して外貨準備と世界市場シェアを確保すること、アジアの成長と輸出拡大に資源を振り向けること、などで国内秩序の安定化を求めてきたはずです。こうした戦略が、90年代にはいずれも深刻な失敗に終わったのです。

日本は確かに、国際環境と技術変化により大きく変化した市場の競争条件に対応できなかったように思います。それは深刻な不況にあったからですが、それ以上に、不況期に新しい資源配分や革新を積極的に実現させなかったからでしょう。やはりその責任は、自分たちの権力を互いに維持することに終始した経営者と自民党政治家の怯懦に、そして彼らの結託した「敗者の政治」を許した政治システムに、あったと思います。

日本で市場原理がそのまま受け入れられないなら、日銀や官庁、司法制度が基本的な監視機関として自己改革し、市場の社会的な監視機構として公正な立場を強めるべきだ、と思います。そして、こうした公的機関の情報開示と責任能力を通じて、彼らの社会的責任を明確にするのです。企業家や政治家は、これらの検察・監視機関に常時厳しくチェックされる必要があるでしょう。

Steering towards a slowdown

再びアメリカの連邦準備銀行は奇跡的な経済運営に成功しつつある。しかし、まだリスクは無くなっていない。1年に及ぶ引き締めで、株価は動揺し、資産効果は薄らいだ。ガソリン価格の高騰も消費を抑制しただろう。

しかし、ソフト・ランディングが成功したと思ってはならない。耐久財の発注はまだ6%も増加しているし、消費の減退は一時的なものかもしれない。何よりも労働市場は空前の逼迫状態にある。引締めの効果はまだすべて実現していないだろう。そしてインフレ圧力が突然消え去ることも無い。

Greenspanの言葉自体が、次の楽観を生むかもしれない。しかも政治日程を考えておこう。8月の金融政策委員会会合が終われば、大統領選挙が終わるまで連銀は動けない。

Zimbabwe at the abyss

ジンバブエのロバート・ムガベは、権力を維持するために国を滅ぼそうとしている。内戦、反対派の弾圧、人種差別主義の煽動、土地占拠の奨励。ムガベは、かつてイアン・スミスを追放したように、今や自分が権力を手放すときである。

反対派が選挙で勝利するなど夢の国でしか起こらない、とムガベは豪語した。しかし、それは危うく起こりかけた。多数が支配政党ZANUに投票することを拒んだのだ。各地でムガベの人種差別を退けて白人議員が当選した。もはやムガベは憲法修正に必要な議会の3分の2を支配できなくなった。

地方では支配政党が優勢であった。しかし都市部や少数民族は反対派MDCに投票した。脅迫が無ければ、地方でも野党が勝てたかもしれない。しかし、MDCの指導者Tsvangiraiは政治家としての自制心を示して、この自由の無い、公平でもなかった選挙結果を受け入れた。それは彼と支持者たちの道徳的な勝利でもあった。

ジンバブエの深刻な経済状態は政治の変化を求めている。ムガベは海外からの融資を必要としている。そのために、彼はTsvangiraiに政府のポストを与え、他にもZANU以外から閣僚を指名することができる。貧しい農民のために法に従って土地を取得することはできる。また警察や裁判所に不正な選挙活動を行った者を訴追させるべきであろう。

2002年の選挙で勝利することを目指すムガベを、もはやZANUが、自らと国民のために追放すべきである。

From dot.com to dot.bomb

市場の乱暴な変動は有名である。インターネット企業は何でも業績を無視して株価が上昇した。しかし、今やアマゾンの株価が下落したのだ。そべてのdot.com銘柄が売られている。

真実はいつも両極端の間に存在する。それが企業間(B2B)取引であろうと消費者との(B2C)取引であろうと、伝統的な業績判定基準は有効である。しかし同時に、インターネットは企業を急速に拡大しうるし、独占的な利益を一時的にもたらすから、大幅なプレミアムが生じる理由になる。

しかし、インターネットだけで注目されることはなくなりつつある。すでにオンライン企業とオフライン企業との区別は曖昧になっている。多くの部門を吸収し、在庫や配送設備を管理するアマゾンは、巨大なオンライン部門を育てたウォル・マートと競争している。インターネットを使っているかどうかではなく、儲かっているかどうか、が重要なのである。オンライン世界とオフライン世界の収斂が進む可能性がある。

また「ニュー・エコノミー」は、良く話題にされるけれども計測できない面が強い。ここでも、新旧二つの経済は同じような特徴を示している。加熱はインフレをもたらし、構造的な硬直性が失業を増加させる、など。

それゆえ、政府の規制はどちらにも同じ原則で行われるべきだろう。反独占介入は必要である。しかし、ニュー・エコノミーの独占はより頻繁に生じるが、より短命でもある。それゆえ規制当局は市場を妨げないことが最善であろう。技術革新は非常に急激に進む。

経営者の失敗は、どこでも同じである。企業が損失を出せば、彼らは解雇されるべきだ。

After Japan’s Election: Sunset for the men in suits

スーツに身を固めた日本ビジネス社会の凋落は、繁栄の時代がセピア色に褪せた写真で現れ、可処分所得が落ち込み、失業率が上昇するグラフを背景に、ビル街で咆哮するゴジラの哀愁に示される。

有権者は自民党を支持してなどいない。むしろ、この機能しない社会システムの代表として、自民党を敗北させた。長い不況が家計の可処分所得を落ち込ませているのだ。企業への忠誠も報われなくなった。失業者が公園でダンボールに住んでいる。雇用情勢は厳しく、日銀のゼロ金利政策で老人の貯蓄もやせ細る。自殺が1991年に比べて53%増加したのもなんら不思議ではない。

若者の凶悪犯罪が増えた。彼らは酔っ払いのサラリーマン狩りをする。女子学生の売春も、携帯電話とテレホン・クラブで蔓延している。バットやナイフで教師を脅す生徒のニュースはトップ記事にもならないほど常態となった。レポーターはもっと残酷な事件を探し、今では日本のTVの方がアメリカよりも長い時間、毎週、血まみれの惨劇を報道している。

この経済的、道徳的、社会的な崩壊の責任を、当然、長期にわたって権力を独占してきた自民党が負わされたのである。

左翼政党の拡張に対抗した1955年の二大保守政党の合同が、この長期支配をもたらした。マルクス主義が日本を支配する可能性は、今では奇妙に思えるが、当時は現実に存在した。しかし間もなく、自民党と社会党は停戦し、ともに成長の果実を分け合うようになった。

増大する輸出によって受注が溢れ、熟練労働者は不足した。企業は組合と協調し、労働条件を改善したし、終身雇用も与えた。戦闘的な組合は企業別に分裂して、左翼イデオロギーは後退していった。自民党は、農民、零細商店、建設業という、主要な三つの利益集団に配慮するようになった。

消費者は、長年、日本の物価は高いかもしれないが、食糧の安定した供給と日本製品の高い品質、そして何よりも完全雇用を維持するためだ、と言われてきた。アメリカの8倍もする米、5倍もする牛肉、フルーツ、加工食品、3倍以上もする旅行、衣類、電話。そういったものが日本の人口変化で力を無くし始めた。農村人口は減り、自民党の支持基盤は年老いている。

零細小売店も無くなりつつある。大型店舗の規制は90年代にアメリカの圧力で緩和された。その結果、トイザラスよりも、多数のコンビニエンス・ストアが自民党の支持基盤を消滅させつつある。

建設産業に関わる600万人は、銀行とともに、公共投資の形で過去8年間に110兆円の税金を吸収してきた。フェリーが一日100200台を運んでいただけの海峡で建設された明石海峡大橋には、今も予想の10分の1しか渡る自動車が無い。

支持が失われているにもかかわらず、自民党は生産者から消費者に注意を移せなかった。成長が続く限り、この近視眼的な政治も重要ではなかった。しかし、10年間の不況はこうした「社会契約」を雇用者に無視させるようになった。必要でもない労働者を終身で雇用し、労働者も勤勉に働く制度は崩壊し始めた。多くの非公式な解雇によって、組織の内外で軋轢が生じている。

誰も経済を近代化する明確な考えを示せない。どのように職を生み出すか? どのように質を落とさず健康保険料を抑制するか? どのように女性の進出を促すのか? どのように年金制度の穴を埋めて、人口の急速な高齢化に対応するのか? 

ところが、政治家たちは何もしない、と言うのである。政府は休日を増やして若い女性の消費を促そう、などといっている。確かに彼女たちの貯蓄は魅力的だろう。しかし、彼女たちの行動パターンこそ、子供を減らし、結婚を遅らせ、年金収入を減らすのである。

過去に二度、日本社会は徹底的な改造を行った。1868年の開国と、1945年の敗戦である。1950年代以降に完成されたシステムは経済発展の初期において産業社会を上手く管理できた。しかし、ポスト産業社会の世界ではまったく不適当なのである。

教育システムは、大砲の餌食になる労働者だけを作ってきた。彼らに新しい産業は興せない。日本の民主主義も変化する問題に対応して行く必要がある。日本人は第三の開国を求めているのだ。そして、明治維新は150万人の侍を支配階級から追放したし、戦後改革は連合軍が20万人を公職追放したことを忘れてはならない。どちらの場合も、統治構造が劇的に変わったのである。

Korea’s family fortuness

ソウルの熱狂的歓迎に比べて、ピョンヤンは予測できない分裂症を続けている。北側はいろいろと要求する。スパイを返還しろ、100家族だけ再会を許す、クムカン山のホテルで交渉を開け、批判的な新聞記者を排除しろ、そして聞き入られなければ退席する。離散家族の再会は、人道的な問題ではないか!? と韓国国民は困惑する。金正日のTV中継も、計算された政治ショーではなかったのか。

彼らの行動や意図を、十分に疑っておくべきである。もちろん、金正日にも国内の政治問題があるだろう。既得権、特に軍隊を説得しなければならない。そして金大中も、野党からの批判に窮している。アメリカは制裁を解除して、北側を国際機関に取り込もうとしている。しかし、何の情報も与えない国をどうやって通常の加盟国と見なせるのか? 民間投資も、今のところ、きわめて大胆な現代財閥の創始者が北側の要求に応じただけである。

和解の期待が急速に失われるのに比べて、統合のコストが憂慮され始めた。南側は90億ドルに達する道路、港、鉄道の再建を提案したが、それ以上の財源は無い。統一債の発行には、議会で野党の賛成が必要だ。

ゴールドマン・サックスは、今すぐ統合すれば、その費用は12000億ドル、5年遅れれば16000億ドルになる、と推計する。しかし、こうした推計は、東ドイツの経験に拠れば、全くの過少評価である。

金大中は、何よりも、国民にこの隣人たちを救済することに価値があると説得しなければならない。しかし、北側の行動が不信を強めれば、この説得は難しくなる。たとえ混乱がこの地域で生じても、先に延ばすより、今すぐに北朝鮮が崩壊するままにしたほうが、コストは安いかもしれない。

Mexico: Monetary politics

いままで四つの大統領任期は経済混乱で終わった。今回はそうならないようだ。しかし、先月から発作は生じ、悪化しつづけているようだ。今週はペソが急落し、中央銀行はインフレを懸念して少し引締めに転じた。

投資家は、メキシコ輸出の90%を吸収しているアメリカ経済のハード・ランディングを心配している。またメキシコ経済に加熱の徴候が見られる。財政支出や原油価格の上昇が関係しているだろう。選挙後の減速が予想されるが、94年型の崩壊を予想する者は少ない。ペソの下落は激しくないし、まだ過大評価されている。経常赤字は小さく、短期のドル建債務はほとんどなく、ペソは変動して弾力性を持っているし、経営が公開されているから、当時よりも経済状態は改善されている。

ただし、危機への用心は不可欠である。

Europe: A French lesson

フランス大統領、ジャック・シラクは、ドイツのヨーロッパ連邦化提案を積極的に取り上げた。独仏同盟は再生されるだろうか?

通貨統合の次の政治目標をEUは求めている。ドイツ再統一以降、フランスは今までのようにEUを指導できなくなった。他方、ドイツは、自分たちの利益とEUの利益とを一致させるかどうか迷っている。こうした緊張はEUの拡大方針にも現れている。原則的には、12カ国以上の参加を認めているが、もしそれが実現すれば、EUの制度、利益、政策、勢力均衡が根本的に変化する。

独仏は協調してEUを指導したがっているが、そのためには互いに望ましいEUについて合意しなければならない。今週、シラク大統領はドイツ議会で演説した。シラクは政府の大改造を主張した。会議もしくは賢人会議によって、制度を再編して単純化し、主権をヨーロッパ、国家、地方、で分割し、EUの境界を明確にする。そして「ヨーロッパ憲法」を制定するのである。

シラクのユーロ熱は、国内のヨーロッパ統合熱によるものか、あるいはジョスパンとの対抗意識から主張したのかもしれない。シラクは特に防衛政策と経済政策を指摘した。EUの「弾力性」原則は、この分野で独仏が先行的に合意することを可能としている、と。それで不十分な場合、EU条約の外でも合意すれば良い。

EUは素晴らしい、それが独仏同盟の一部である限りは、とシラクは主張する。それはド・ゴールへの回帰か? しかし、ドイツにとってフランスとの特別な関係は、それほど重要でないだろう。

Too few pennies from heaven

アマゾンの株価暴落は何を意味するのか? 1.利潤は重要だ。2.将来の利潤見込みだけではなく、それに至る明確な経路を説明しなければならない。3.アマゾンも他の企業と同じ問題を抱えるようになった。

オンライン企業の旧経済への収斂が進めば、旧基準が重要になってくる。

When America comes to earth

アメリカ経済は今やソフト・ランディングに成功しつつあると信じられている。アメリカは、裕福な経済圏でこの三年間に増加した産出のほとんど4分の3をもたらした。だから、最善の場合でも、世界はこの減速に対応しなければならない。ソフト・ランディングをわれわれは望んでいるが、それは最も起きそうにないことだ、とあるファンド・マネージャーは語った。

ハード・ランディングが世界に及ぼす影響は次の三つの経路による。第一に、アメリカの輸入が減少し、逆に輸出が増加するかもしれない。過去の例を見れば、ソフト・ランディングであっても、輸入は急速に減少した。それはカナダやメキシコ、さらにいくつかの東アジア諸国で深刻な問題である。もしアメリカが、2年前のアジア金融危機のときに減速していたら、問題はもっと深刻であっただろう。

第二に、アメリカ経済の変調は為替レートに影響する。ハード・ランディングはドルを大幅に下落させるだろう。たとえ緩やかな減速でも、円高とユーロ高が起きる。それは日本とヨーロッパから輸出を奪ってしまう。ポンドはドルと一緒に弱くなる。日本は急激な円高と輸出減少によって弱った経済に打撃を被る。他方、東アジア経済は他の新興経済圏よりもすでに減価しており、また円高で競争力は増すだろう。

第三に、株式市場を通じたアメリカから世界への感染が懸念される。特に政策担当者は、アメリカの株価暴落が質への逃避と、新興経済における資本不足をもたらすことを心配している。経常収支赤字や累積債務を負う国、特にラテン・アメリカが危ない。

アメリカ向け輸出減少は、理論的には各国の財政刺激策で相殺できる。アメリカの減速は世界的なインフレを抑制し、他の通貨を強くするから、他国の中央銀行が金融緩和を行えうことを許すだろう。ECBやイングランド銀行は金利引下げの余地が十分にある。唯一の懸念は、十分なスピードで緩和を行えるか、である。他方、日本経済はもっと病弱で、金融緩和が難しい。それゆえ、アメリカの減速が不況を招く危険は、ヨーロッパよりも日本にとって一層深刻である。

新興経済は再び危機に陥るのか? おそらくそれは無いだろう。数年前に比べて、経済状態ははるかに改善されている。

こうしてアメリカの減速は世界中に異なった影響をもたらす。しかし、たとえ最も危険が無いように見えるヨーロッパでも、中央銀行が十分な金融緩和に動くのが遅れれば、不幸な結果になるだろう。

Asian property markets: Rebuilding sites

アジア中の都市で、建設途中に廃棄されたプロジェクトの山が、歴史上最大規模の景気加熱と崩壊を記念している。しかし最近になって、最悪期が過ぎたという徴候が見られる。

空室が減り、銀行も不良な貸出は償却して、モーゲージ市場に戻ってきた。そして個人にアパート購入資金を融資している。北京の商業不動産も回復しつつある。空室率が急減し、家賃が上昇し、投資が甦った。上海、香港、シンガポール、クアラルンプール、バンコクなどでも同様である。特に、中国のWTO加盟が外国企業のオフィスや高級住宅需要をもたらしている。

不況期に土地を集めた開発業者が、これから飽和した都市部から地方に新しい都市インフラを建設するであろう。アジア不動産市場は再び甦る。

Japanese banking: Unforgiven

日本政府による「そごう」救済は政治スキャンダルになった。それは政府が1998年に国有化した長期信用銀行(LTCB)を、外国投資グループに売却して新生銀行ができたときに遡る。 LTCBは日本興業銀行(IBJ)と並んで、「そごう」のメイン・バンクであった。しかし事態は深刻で、LTBCから1994年に再建のため「そごう」に送りこまれた幹部は、この4月に自殺した。

新しい会計基準が適用され、5800億円の穴が開いた。「そごう」は6390億円の債務免除を債権者に求めた。しかし、IBJがほとんど合意しかけたときに、新生銀行が拒否した。政府との合意で、新生銀行は簿価を20%以上下回った債権は預金保険機構(DIC)(国有化されたLTCBの債権を管理していた)に返却する権利がある。新生は2000億円の債権を買い取らせて、そのうち970億円の債権を国は放棄する、という。

税金による救済は、「そごう」の幹部が歓迎しているだけでなく、金融システムの安全を保証するDICも望んでいた。しかし、政府は同時に公的な救済が国民に受け入れられる政治的な環境を作る責任があった。ところが債務の話ばかりで、再建計画は詳しく伝えられていない。新しい経営陣がすべてを明らかにして帳簿を清算するしかない。

銀行の破綻処理は、日本のように、犯罪に関わり、大失敗を犯している銀行家、経営者、そして政府幹部が処罰されるという点で、特に難しい問題である。1980年代にアメリカでS&Lの破綻処理が行われた際には、1850人を政府が告発し、そのうち1600人を犯罪行為で訴えた。日本の大規模な長期に及ぶ銀行処理では、僅かに100人が告発されただけである。彼らの多くは権力を維持している。

それが一つの理由となって、債権放棄は進まない。おそらく日本全体では、30兆から40兆円の債権が免除されねばならない。しかし、昨年度銀行が免除したのは14000億円に留まり、その前年よりも減った。青木建設やフジタ建設への債権放棄は国民から強く非難された。こうした状況では、政府は債権放棄を促せず、DICも動きにくい。

日本の集団的な責任体制は銀行処理や責任者の告発を難しくしており、国民の判断も厳しくしている。「そごう」を破壊した水島会長自身がIBJの元銀行家であり、日本を動かすもっとも内部の人脈にいた。エリートたちが自ら改革することはできないのである。しかし、それができない限り、日本はバブル・エコノミーの残した同じような問題につまずくだろう。

/「そごう」問題で何よりも驚くのは、新生銀行に約束した原価の8割を保証するという政府の取決めと、自民党政治家が露骨に介入して「自主的に」取り下げさせるという体裁を民間の債務処理に押し付けたことであった。これらはともに公平の原則に反している。

前者は、日本政府が金融パニックを抑えるために、しかも主要銀行の一角を外国資本に譲渡して金融市場開放を演出するために、こうした不合理な約束を行ったように思う。こんなシナリオを書いた大蔵省の幹部や外国投資顧問などを、なぜ告発できないのか?

また後者は、選挙前に救済処理を行って産業支援を演出し、世論が反発すると「そごう」の責任で取り下げさせるという政治解決を公然と主張し、実行できる日本という国を、世界の投資家に、ジンバブエやユーゴスラビアと同じ類の政府であると認知させたのではないか?

情報の開示を強制すること、独立した複数の民間主体が調査し、できるだけ多くの選択肢を比較させること、年限を明確にして経営者の過去の責任を告発すること、政治家の介入を必ず処罰すること、生産・営業組織としての企業の資産を保全し、長期的な再建計画と新規投資を可能にする透明な仕組みを確立すること。合議制であっても、それに見合った責任体制と給与・処罰体系を工夫すべきである。バブルの処理について、何一つ明確な基準が確立できていない。