IPEの果樹園 2000
今週の要約記事・コメント
5/9-14
The Economist April 29th 2000
Europe limbers up
ヨーロッパ経済は、一見すると、どうも悪い。失業率はアメリカの2倍あるし、生産性上昇率も1975年以来の最低水準に落ち込んだ。Euroも1999年の誕生以来、いまやその価値が5分の4以下になっている。ヨーロッパは変わらないのか?
しかし、よく見れば、改善への徴候が見えている。Euro圏は、アメリカに比べれば見劣りするが、既に昨年後半にはほとんど年率4%で成長した。他方、アメリカ経済には余剰が無く、危険な不均衡をもたらしつつある。
新しい雇用も増えてきた。Euro安と賃金抑制で、輸出が拡大している。労働市場の規制緩和で、パート・タイムの低賃職が増えた。アメリカの1990年代初めと同じように、それが生産性上昇の鈍化を部分的に説明する。Euroの価値下落は問題ではない。むしろ低金利と世界需要の拡大により、ヨーロッパの景気回復を助けている。
雇用されていない労働者の存在、そしてEuroによって統合された資本市場の圧力が、世界市場競争とともに、ヨーロッパの改革を促すだろう。大銀行の支配ではなく、資本市場を通じた企業の買収・合併が増えるだろう。
企業は一層の改革を進める必要があるし、政府は非効率的な規制や制度を撤廃すべきである。政府の規制緩和が進めなければ、株式市場が利潤の実現を求める。保護措置でそれができなければ、企業はより安いコストと少ない規制をもとめてEUの外に投資する。改革を実行すれば、アメリカに代わって “New Economy” への転換を追い上げる成長過程に入れるだろう。
East Asia’s new shape
1997−98年の金融危機は、それ以前の勤勉な労働者を、突然、腐敗した、扱いにくい、うまく統御できない連中に変えたのか? アメリカ型の資本主義を採用するまで、生き返ることは無いのか? こんな主張は、それまでの楽観論と同様に、意味が無い。
しかし、アジア経済の復活が余りにすばらしいために、必要な改革が進まず、再び次の危機が準備されている、とも主張されている。特に、アジアの銀行業はそれが心配されるが、しかしアジアの企業は変化しつつある。
政府の政策転換はしばしば遅く、不十分である。本当の変化は企業に起きている。企業は「アジア的な価値」で動くのではなく、必要に応じて改革を進めている。資本市場から、また海外からも資金を入れ、Internet取引も行えるように、アジアの企業は「大君」型華僑企業から転身しつつあるのだ。
他方、変化の乏しい銀行はますます買収されるだろう。
Bill Rockefeller?
アメリカの裁判所は成功している企業を好んで分割するわけではない。しかし分割された場合、その結果は常に悲惨なものではなかった。エクソン、モービル、アモコ、シェブロンを考えてみればよい。これらは1911年にStandard Oilが分割されてできたのだ。分割後の10年間で各社の資産は5倍になり、Rockfellerは引退してからの方が働いているよりも多くの金を得た。
Bill Gatesはそれを知っても喜ばないかもしれない。株式市場は低落し、MicroSoft分割案を市場は嫌っている。しかし、分割は消費者だけでなく、株主にも長期的には最善といえるだろう。規制された独占企業であるよりも、分割する方が良い。
市場支配そのものが問題ではない。シスコやインテル、e-ベイは市場の80%かそれ以上を支配している。MicroSoftと違ってシスコは、市場の支配力を濫用せず、一層の革新と開かれた基準を示して、株式市場からの高い評価を維持している。
/この主旨は、(既に展開された)技術革新の自由な利用・共有と矛盾しないか? 技術革新の地域的・企業組織による独占は、市場統合とともに、地域間や企業間の所得移転をもたらさないか? D.Seersの、地域経済統合と技術開発能力の分散化、という提案。
Indian poverty and the numbers game
インドの貧困をめぐる論争は、自由化を後退させるだろうか? インディラ・ガンジーが30年前に「貧困撲滅」を掲げて政権についたが、その政策は輸入品を追い払うことで、むしろ貧困の減少を遅らせた。しかし、再びこうした主張はよみがえっている。経済改革は10年を経て、成長を加速させたが、貧困を減らしはしなかった、と攻撃されている。
都市の富裕層だけが改革の利益を得た、という批判が出された。改革による食料価格の上昇は、確かに問題である。しかし、90年代半ばに年1%しか貧困層が減っていない、という統計については、異なった解釈がある。消費は大幅に改善されているのではないか。また、手当て(予算)をもらうために、個人も官僚も、所得を過小に申告しているのかもしれない。インフレによる貧困線の調整が間違っているかもしれない。
しかしNSS(国民消費サンプル調査機関)のデータは、消費が拡大している一方で、貧しい者が成長の利益を受けていないことを示している点で重要である。そして、それは改革が失敗であるとみなすのではなく、改革が不十分であったと主張するべきだ。
輸入品に対する関税をさらに引下げ、産業を許認可の重圧から解放し、高金利をもたらしている公共部門の赤字を抑制し、銀行を民営化して効率的に運営させるべきだ。特に農業の改革が遅れている。さまざまな補助金が農産物過剰とインフラへの民間投資不足をもたらしている。価格や国内取引の規制も投資を妨げている。
改革をスピード・アップすべきだ。補助金を無くし、労働市場の規制を廃し、民営化を加速する。こうした計画を示す政府への支持が減り、補助金の削減延期や民営化への反対が強まっているが、それは世界の貧困撲滅の経験と矛盾するものである。
Mongolia; The nomad’s despair
厳しい冬と民営化が、伝統的な遊牧民の生活を破壊しつつある。モンゴルの18地区の内、およそ6地区が最悪の冬に見まわれた。9月から雪が降り、しかも例年に無く激しく降って、夏の雨が少なかったこともあり、遊牧民は餌場に辿りつけなくなった。多くの家族が同じ草原に集まり過ぎて、もはや今年の生育も望めない。大型の動物から死滅し、例えば、シャーの家族は20頭の馬を全て死なせてしまった。妻と3人の子供を連れて、200キロ北の草原へ歩くしかない。
モンゴルの3200万頭の動物のうち、200万頭が冬に死んだ。今のところ人々に飢餓は見られない。死んだ動物の乾燥肉を食べるからである。しかし、モンゴルの子供の5人に1人は栄養不良であり、3分の1はヴィタミンD不足(くる病「せむし」になる危険)である。動物の出産もないから、ミルクは得られず、この夏、遊牧民たちは最悪の飢餓に陥るだろう。
それは人災でもあったのか? 共産主義の時代には、遊牧民も集団化され、集団農場が医療や年金、教育を遊牧民に提供した。モンゴルはソビエトの属国として、都市に肉やミルクを供給していた。牧場は国家が管理した。
ソビエトが崩壊し、世銀やIMF、アジア開発銀行が求めるまま、この牧畜経済も1990年に急速に民営化された。しかし、国家管理の後には、何も生まれなかった。その理由は道路事情にある。舗装された道路はほとんど無く、輸送費が高すぎて遠隔地から商品を運べないのだ。その結果、地方の畜産物価格が下落した。他方、彼らが必要な商品の価格は上昇した。(交易条件が悪化した)
市場改革の結果、地方では職がなくなり、ますます遊牧民が増えた。しかし彼らは若く、経験がなかったため、冬の寒さに最も苦しんだ。移動の困難もあり、政府への援助が入ってくるウラン・バートル周辺へと集まって、ますます過剰放牧を深刻にしている。ソビエト時代には地方の貧困は聞かれなかった。それはGDPの3分の1に達する援助を受けていたからである。現在も、それより少し少ないが援助を受けている。政府や援助機関は、それがなぜ地方の飢餓を救えないのか、答えねばならない。
The longest war
ヴェトナムの敗北とは何だったのか? アメリカは過ちを繰り返さないか?
1973年3月29日、南ヴェトナムのグェン・ヴァン・チュー大統領はアメリカの最後の軍隊が去るのを見送った。1975年4月30日、アメリカの最後のヘリコプターが大使館屋上から飛び去った。ヴェトナムへの軍事介入が歴史を正しい方向に向けた、と主張する者はほとんどいない。アメリカは5万8000人の兵士を死なせた末に、北ヴェトナムが南へ拡張するのを阻止できなかったのだから。それは失敗であった。しかし、何が間違っていたかと言う点では、今も意見が分かれている。
多数派は、そもそもアメリカがヴェトナムに軍事介入したこと自体が間違いだった、と考える。アメリカは、民主主義の擁護者ではなくなり、帝国の拡大推進者に見えた。あるいは、撤退の時期を誤ったのかもしれない。キッシンジャーは、この戦争がアメリカ人の一致した価値観を破壊したのであり、アメリカ社会の側の道徳的な堕落が敗北の原因だ、と主張した。
時の経過が戦争についての考え方を変化させた、というのは言い過ぎかもしれないが、アメリカ人は漸くヴェトナムの後遺症から抜け出しつつある。冷戦が終わり、コソボ危機も過ぎて、あの敗北を理解できるようになったようだ。
大統領候補としてジョン・マッケイン上院議員があれほど支持を集めたのも、彼の活躍がアメリカに治癒効果 healing effectをもたらしたからだ、と分析されている。また、コソボ介入が実現したのは、ヴェトナム以来初めて、国益以外の理由で、左派が国際的な軍事介入を積極的に支持したケースであった。リヴィジョニストのヴェトナム戦争擁護論も改めて復活してきた。
しかし、そもそもヴェトナム戦争の影響は、国内政治でも世界情勢でも誇張され過ぎていた。その敗北は、確かに若者の積極的な支持を失わせ、社会に一定の退嬰的現象を呼び起こした。しかし、それはどこでも戦争がともなったことであり、ヴェトナム戦争に特別なものではない。むしろ、アメリカは自由主義を放棄したのか? また、民主党の基盤をどれほど破壊したのか? アメリカは新しい孤立主義に向かったのか?
あの敗北は、歴史的に長期に及ぶ効果を持たなかったのである。アメリカのリベラリズムや民主党は、確かに新しい兵器開発や国際介入に常に反対してきた。その意味では、冷戦型のリベラリズムは弱められた。しかし、共産主義の封じ込めは続けられたし、孤立主義に戻ることも無かった。国際介入は、国益によって説明され、しかも失敗が許されなくなっただけである。特に、アメリカ兵の死者を極端に避けようとした。しかし、議会の監視で大統領の暴走を止めるという主張は、それほど重要ではなかった。
当時のアメリカの置かれた世界的な位置からは、ヴェトナムへの介入も避けることは難しかったように見える。コソボで、アメリカは同じ間違いを犯しそうになった。戦争を始めた以上、国民は勝利を求める。クリントンが地上軍投入を避けれたのは、近代的空軍力の優位(とミロシェヴィッチの打算的降伏)があったからだ。
ヴェトナム後も、アメリカ人は価値の追求を止めなかった。ただ一つ違うのは、キッシンジャーも述べたように、リスクを負わずにアメリカの望む世界を実現したい、という新しい世代を生み出したことである。
The euro’s agony, Europe’s opportunity
ユーロの下落は止められないのか? 1999年1月1日の誕生以来、この4月26日で22%も下落した。この危なっかしい動きで、ヨーロッパの政治家たちは愚か者に見られている。
ヨーロッパ経済の成長率は1999年後半に4%と回復しただけでなく、主要3カ国(独・仏・伊)の成長率が収斂してきた点が評価される(マクロ経済政策の決定で政治的な対立が起きにくい)。ただし、周辺の高い成長を続ける規模の小さな諸国では、景気過熱とインフレが懸念される。
ヨーロッパの中核諸国で成長が回復してきたにもかかわらず、ユーロが下落するのはなぜか?一つには、アメリカの成長がそれ以上に目覚しいので、資本流出が続いているのである。また、市場はヨーロッパの政治家たちが構造改革を続ける意志を持っていると信じないのである。
改革の進行はどちらとも言えない。政府の姿勢は明確でない。社会負担の減額が労働市場を弾力化し、パート・タイムの雇用を増やした。労働組合も協力している。アイルランド、スペイン、オランダで、雇用増加が著しい。しかし、それが循環的な回復か、構造改革の成果かはまだ分からない。
規制緩和、税制改革、労働市場規制の緩和、という魔法の三原則で、オランダが改革の先頭を走っている。しかし、ドイツ、フランス、イタリアは弱体な連立政権であり、この景気回復が構造改革への時間的余裕を与えてくれたと考えるべきだろう。改革無しには、ユーロが回復することもまだ暫く無いだろう。
Asian Capitalism; The end of tycoons
華僑の企業経営も変化を求められている。Li Kashingの株主総会で、国際投資グループの派遣した分析家が挙手し、動議を出した。 Liは「あなた一人ですね」と、この若者を笑って無視した。
アジア・ビジネス界を支配する、Li のような華僑のTycoon「大君」たちは、企業の意志決定や情報の透明性を求める声を無視している。彼の家族は香港の資本市場の3分の1を支配している。しかし、同時により「西側の」企業経営を採用させる圧力が強まりつつある。
第一に、華僑企業の経営者の世代交代が進んでいる。新しい世代は、華僑の人的ネットワークではなく、彼ら自身が新しい経営手法を学んだ、西側の大学に依拠する人脈を持っている。第二に、金融危機により、アジアの大企業はよりアングロ・サクソン的な資本市場、株式市場に、資金調達を依存するようになっている。第三に、Internetは、彼らの新しい機会を提供するより、その優位を失わせる脅威となるだろう。最後に、アジアの法的・制度的な金融市場の成熟が、華僑のネットワークを破壊するだろう。
「大君」で意味される企業形態とは、圧倒的な権威をもつ家父長が、特に家族経営により、契約や会計監査など無視して、互いの握手とネットワーク内の信頼だけで、企業集団を指導する、というものである。しかし、これは「アジア的な価値」似よるのではなく、資本主義の一定の段階でどこにも見られたものである。ヴィクトリア時代のイギリス、トーマス・マンが『ブッテンブローグ家の人々』で描いたドイツには、こうした例が見られる。
新しい世代への継承はしばしば困難である。相続を巡る争いで企業が崩壊することもある。また、新しい世代は西側の思考を導入する。スタンフォードやロンドン、ハーヴァード、ウォートン・ビジネス・スクールなどで学んでいるからだ。金融危機による情勢の変化、各国の金融市場整備によって、彼らが学んだことは、今までと違って、現実に市場を動かすようになってきた。もはや一人の「大君」とその家族が信頼を確立できる時代ではない。多くの専門家を雇って、市場のさまざまな変化に対応し、投資家に説明しなければならないのだ。
華僑企業自身が、生き残るために資本市場に依存し、特に外国の投資家から資本を得ようとしている。こうした外国の株主の存在が、企業の姿勢を変えるだろう。特に、「ニュー・エコノミー」を担う企業は、アジアでも華僑のネットワークによる「オールド・エコノミー」を破壊し、その特権的な情報網を無意味にするし、市場競争を強め、投資家への情報提供を積極的に行うだろう。
華僑企業はどこに向かうのか? 一つの可能性は、China.comが示している。中国の国営メディアから生まれたこの企業は、昨年、Nasdaqに上場する最初の企業となった。その経営陣は半分がアメリカ人とイギリス人であり、発行株式の最大部分は被雇用者が所有する。
不完全な市場が華僑の人的ネットワークを重要なものにしていた。しかし、Internetがもたらす完全な市場はそれを無意味にするだろう。華僑の人脈は、次第に、アイビー・リーグやオックスブリッジ(の同窓会)と同じものになる。10年後も、アジア企業がGEのように経営されていないとは誰にも言えない。すなわち、毎年、あるいは四半期ごとに、監査役が正確な会計報告を行う。少数株主の利益にも応える。株主によって選ばれた独立の経営陣が、国際的専門家を雇用し、あるいは解雇するのである。
Grappling with change
15年前なら、単なる笑い話であっただろう。しかし技術変化と国際競争が、非常に困難であったロンドンとフランクフルトの株式市場統合を両者に受け入れさせた。
投資家がヨーロッパ規模の資本市場を求め、単一通貨ユーロ誕生後はさらに強く要求している以上、両市場は戦略的に結びついている。ロンドンとフランクフルトが1998年7月に提携し、その後、他の六つのヨーロッパ市場にも拡大される。さまざまな基本的違いを[各市場は独立したまま]調和させることができなかった以上、完全な合併もしくは買収しかない。まずロンドン市場は株式の相互持合を解消し、フランクフルト市場は自身の株式を市場に出した。
彼らは競争によって統合を迫られている。伝統的な株式市場の弱点を突いて、対抗する計画が次々と進んでいるからだ。価格情報を提供するだけに絞ったPosit, E-Crossnet, 国境を越えて取引・決済を計画するTradepoint, Easdaq, アメリカから進出するNasdaq-Europe, 小口投資家の国際的な取り扱いを目指すJiway, などである。特に、フランス・オランダ・ベルギーの株式市場を合併してEuronextにするという先月の発表は、大きな圧力となった。
両市場の合併交渉における最大の障害は上場企業の評価額である。ロンドン市場(LSE)はヨーロッパ最大であるが、ドイツ取引所の利益はその二倍以上ある。5月に予定されているドレスナー・バンクの株式募集額は23億ユーロ(21億ドル)である。株式売買以外の利益、ドイツ=スイス・デリバティブ市場、Neuer Marktの成功、などがその理由である。
長年にわたって、フランクフルトはヨーロッパ第二の市場を目指してきた。ドイツ政府債のヒューチャー取引を、電子取引の先駆的導入で、ロンドンから取り戻したこともある。最近、交渉を失敗させる戦術に関するLSE快調のメモが漏れて、両市場の規制の違いが改めて注目された。LSEの大株主は、特にロンドンの規制が好きであり、今のままでは優良企業のロンドンでの上場を望んでいる。他方、ハイテクや高成長企業はドイツの規則で上場するだろう。フランクフルト市場は、LSEのNasdaqになってしまう。
驚いたことに、今回、ドイツの取引所とLSEとは、すんなりとフランクフルトのXetra取引システムを採用した。次の問題は決済網の集約である。市場の合併は政治的介入への勝利である。しかし、両市場以外の取引など、残された問題も多い。また、ドイツにはない印紙税をイギリスが廃止したがらない。大蔵大臣のゴードン・ブラウンが年25億ポンドの歳入を手放したがらないのは分かるが、それ以上にNasdaqがドイツ市場に入り込むことを防ぎたいだろう。[こうして政治は改革に道を譲る。]
Asian banks; Diminishing returns
危機を生き延びたアジアの銀行は、今も変化した環境で生き残る道を模索している。
アジアの銀行は高成長に融資してきた結果、通貨・金融危機のもっとも深刻な被害を被った。バランス・シートの不均衡を解消することが重要だが、それ以上に心配なことがある。新しい経済は、融資を必要としないかもしれない。
現在の景気回復は、好調な輸出によって得られた資金や財政赤字拡大による支出増加、国内消費の回復などによる。銀行は、公的資金の注入や予想外の企業収益回復でバランス・シートを改善した。市場の信頼回復と為替レートの安定化により、株式市場で資金調達もできる。銀行の株価は地域全体で上昇している。しかし、銀行の将来は決して明るくない。
未だに過剰設備を抱えた大企業は債務を減らしたがっている。他方、最近の株価下落にもかかわらず、新規投資はInternet関連産業に向かっており、その成長はもっぱらヴェンチャー資本や証券投資に依拠しており、借入れではない。こうした企業は融資を証券型の債務に切り替え、融資の大部分が国際的なシンジケート・ローンである。銀行自身も、これまでのような融資拡大ばかりを追及しなくなった。売却できない名目資産を増やすよりも、キャッシュ・フローをもっと重視するようになっている。
従来の利益が失われつつあり、それに代わって銀行は、アジアの人口と所得上昇が示す消費者金融の可能性に注目している。いくつかの銀行は、住宅抵当証券、自動車ローン、クレジット・カード融資、資産管理、保険、インターネット・バンキング、などに積極的に投資している。
外国資本、銀行のアジア諸国への流入はまったく期待はずれであった。しかし、危機の明確な教訓が一つあるとしたら、それは、政府が保護することで銀行に儲けさせるのは非常に危険である、ということだ。高成長の過程で銀行は競争を排除して高い利潤を保証され、外国の銀行も民間で倒産しても政府が支払うから大丈夫だと無謀な融資を拡大した。[モラル・ハザード論]
バブルが破裂して、この地域に既に進出していた外国銀行が直接の受益者となった。アジアの中産階級が、国内の危ない銀行システムから逃げ出して、預金したいと押し寄せた。しかも危機は、各国の金融規制当局や銀行に、より多く外国銀行が存在することの利益を確信させた。[すなわち、外国銀行が自国にあれば、また外国銀行と提携していれば、この預金移動の利益を自分たちも享受できる。]
ほとんどの国で、一握りの銀行が活発に拡大している。特に、HSBC(香港上海銀行)、シティバンク、スタンダード・チャータード、ABNアムロ(オランダ系)、シンガポール開発銀行(DBS)である。しかし、法律・制度の改革にもかかわらず、外国銀行による各国の銀行合併・買収は遅い。マレーシアは国内の金融機関を集約させて、こうした国際的合併に対抗しようとしている。しかし、外国銀行に対する敵対意識は驚くほど少なかった。
この地域では、まだまだ外資による吸収・合併が必要なのである。銀行が経済成長に融資することは減るだろうが、市場競争に耐えうる、健全な銀行は必要である。銀行の数は減り、幅広い顧客に対して、最善の技術と人材を提供する銀行だけが残る、ということだ。多くの銀行が危機を生き延びたが、それは規模が大きく、政治的なコネが強かったからである。今や、より良い銀行になるしかない。
/アジア危機を説明する「モラル・ハザード論」に、私は納得できない。むしろ「システミック・リスク論」を重視する。
モラル・ハザード論は、政府と市場参加主体の失敗を強調し、それゆえ(本来の)市場の合理性を強調する。IMFは介入すべきではないし、あるいはIMF自体を廃止した方が良いかもしれない。
システミック・リスク論は、既存制度の欠陥と、改革の限界(特に政治的もしくは国際的合意形成の限界)を強調する。危機を防ぐには国際通貨制度を改革しなければならないが、改革に限界がある以上、民間の国際資本移動も制限することが望ましい。
(参照)アジア通貨危機に関するインタビュー(公開準備中)
Big MacCurrencies
極度に単純化した PPP(Purchasing-Power Parity) 購買力平価を示すBig Mac Indexは、予想外に強力な重要性を示してきた。多くの専門家が予想し得なかったユーロの下落を、この指数は示していたし、多くの為替レートの、あるいはインフレ率の転換を正しく予測した。
もちろん、いくら120カ国で売られていると言っても、Big MacがPPPの基準になるのは馬鹿げているとか、さまざまの貿易障壁や非貿易財のコスト差など、この指数に対して不満があった。 Big Mac Indexを将来の為替レート予想に使うのは無理である。しかし、それが為替レートの長期的推移を驚くべき正確さで示していることは、専門家も認めるようになった。
Big Mac prices (一部抜粋)
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Big Mac価格 |
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現地通貨建 |
ドル建($):(b) |
PPP予想レート:(c) |
実際のレート:(d) |
過大・過少評価率 (%):(e) |
国名
|
|
|
|
|
|
アメリカ |
$2.51 |
2.51 |
|
|
|
オーストラリア |
A$2.59 |
1.54 |
1.03 |
1.68 |
-38 |
中国 |
Yuan9.90 |
1.2 |
3.94 |
8.28 |
-52 |
ユーロ圏 |
Euro2.56 |
2.37 |
0.98 |
0.93 |
-5 |
イスラエル |
Shekel14.5 |
3.58 |
5.78 |
4.05 |
+43 |
日本 |
Yen294 |
2.78 |
117 |
106 |
+11 |
マレーシア |
M$4.52 |
1.19 |
1.8 |
3.8 |
-53 |
ロシア |
Rouble39.50 |
1.39 |
15.7 |
28.5 |
-45 |
韓国 |
Won3,000 |
2.71 |
1,195 |
1,108 |
8 |
タイ |
Baht55.00 |
1.45 |
21.9 |
38 |
-42 |
(説明) 各国のマクドナルド店で、Big Macが各現地通貨建で売られている(第1列)。他方、4月25日の実際の為替レートを使ってそれをドル建に換算すれば、第2列のようになる。逆にBig Macの値段が等しいという条件でPPP予想レートを求め(第3列)、これを実際の為替レートと比較したものが最終列の評価である。過大評価されているイスラエル(そして日本も)は通貨価値の下落もしくはデフレが懸念されるし、過少評価になっている中国やマレーシア、タイは通貨価値の上昇もしくはインフレが予想される。
なお、(a)と(d)が観測されているデータである。そして、(b)=各国の(a)÷(d)、(c)=各国の(a)÷2.51、さらに
(e)=[(c)−(d)]/(d) で求められている。
(例) タイでは、 Big Mac1個が55バーツで買える。市場の為替レートは1ドルが38バーツになっているから、この現地価格をドル換算すると、55÷38=1.45ドル、である。もしBig Macの値段で為替レートが決まるならば、アメリカの値段とタイの値段が一致する、21.9(=55÷2.51)に為替レートも決まるはずである。つまり、 Big MacによるPPPと比べて、実際の為替レートは42%(=[38−21.9]÷38)過少に評価されているのである。(ドル建表示なので。1ドルを38バーツで買うほうが、21.5バーツで買える場合よりも、バーツの価値は小さい。)それゆえ、タイ・バーツは今後、通貨価値が増加するか、あるいはインフレが進んで現地通貨建Big Macの値段が55バーツ($2.51)ではなく77.81バーツ(=2.51x38)に上昇することが予想される。