IPEの果樹園 2000
今週の要約記事・コメント
12/3-12/8
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経済学が各国政府の「箸の上げ下ろし」にまで細かく注文をつける一方で、政治の愚かさを慨嘆し、吹聴するのは、植民地を旅する建設工事責任者と同じように見えます。「経済学」と「アメリカ」は、その容赦ない「近代化」と「合理化」の理想で世界を整地し続けているのです。
しかし、政治は重要である、各地の文化や制度は重要である、温暖化は現実に進行している、株価暴落や通貨危機、そして戦争さえも起こりうる、といったことを考えることで、経済学は少し謙虚になるでしょう。近代化し、合理化する世界に、人間が住む「より良い社会」をめぐって、経済学も思索する道具の一つとなるのです。
変化しつづける現実の問題を把握し、新しい政策を提唱するには、経験と直感が必要です。経済学の結論は、一般に、厳しい条件と現実の単純化によって、その明確さが誇張されています。自由貿易を実現するのも、通貨危機を回避するのも、単に、経済学の完璧な知識だけではなく、各社会の自己統治能力だと思います。
Financial Times, Thursday Nov 30 2000
Editorial comment: Economics lesson
ニュー・ジーランドは経済学の理想を実現した国であった。民営化、規制緩和、金融・財政政策に関する厳しい規則の導入。それがすばらしい経済実績をもたらせばよいのだが、現実は経済停滞であった。
1980年代半ばから生活水準は他国に比べて相対的に低下し、労働生産性の伸びも1990年代を通じて平均するとわずか0.5%であった。しかし、だからといって「自由市場経済」がすべて間違いであった、というのは、アメリカの繁栄を無視するものであろう。
改革が不適当であったのか。インフレ・ターゲットを0%から2%としたのは厳しすぎたかもしれない。民営化も、適当な規制と組み合わされなかったために、競争を十分に促せなかった。
しかし、ニュー・ジーランドはもっと深刻な問題に直面している。それはこの国が地理的に孤立していることである。開放型の小国経済として同じような性格を持つアイルランドに比べて、ニュー・ジーランドには隣接する巨大市場が無い。また、不安定なアグリビジネスに依存しており、収益の高い新産業を起こせなかった。
もしそうであれば、経済学者は、ニュー・ジーランドが自分達の理論を破滅させるわけではない、と安堵するかもしれない。
<コメント>
アジア通貨危機が無ければ、ニュー・ジーランドの実験はもっと良い成果を収めていたと思います。逆に、アメリカはもっと早く「ニュー・エコノミー」の楽観から目覚めていたのではないでしょうか。
アジアからの日本の歴史的・地理的な孤立が、「日本型高度成長」の成功と失敗をもたらしたように、各国は孤立して繁栄できません。豊かさや安定の基礎は、成長の極が緩やかにその制度や社会的合意を拡大していくことで、地理的に波及するのではないか、と思います。
New York Times, December 1, 2000
This Half-Price Sale Is a Sign of Economic Woes Ahead
By FLOYD NORRIS
クリスマス商戦の始まり、というわけではないが、NASDAQは半額になった。3月10日以来、半数以上の企業の株価が75%以上も下落した。楽観論者は、これがソフト・ランディングを実現して、「ニュー・エコノミー」の健全さを示すだろう、と考える。なぜなら、積極的なハイテク投資で生産性は上昇しており、インフレ率は低下したので、たとえ不況の兆しが見えても連銀は大胆な金融緩和を行える、というわけだ。
しかし、この楽観は、今後も爆発的なハイテク投資が続くと仮定している点で間違いであろう。最新のハイテク機器やソフトにもっとも活発に投資するのは、しばしばハイテク企業であり、彼らは株価上昇で資金を得ていた。この5年間、ハイテク投資が率いてきた好循環は、終わった。今まで、消費を損なわない投資の拡大と思われていた株価上昇が逆転した。株式市場から調達した安価な資本で、大量に購入されていたハイテク製品は、急速に売れなくなっていく。
来年、連銀は金利を下げるだろう。しかし、それは驚くほど役に立たないだろう。
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The Economist, November 18th 2000
What to do about global warming
新聞の見出しを見れば、私達はもはや破滅するしかなさそうである。洪水やハリケーンが頻発し、異常気象をもたらす地球温暖化の危機が迫っている。グリーン(環境保護論者)たちは背不が何もしなければ事態がさらに悪化するのは確実だ、と警告する。政治家たちも、この集団心理に乗じてきた。京都議定書では、豊かな諸国が温室効果ガスGHGSの排出削減に合意した。
温暖化についての科学的知識は限られているが、温暖化が現実に起きているという証拠は確かなものになってきた。しかも、その原因は人間のもたらしているGHGSであり、潜在的な自然災害の経済的損失は巨額になると予想される。
世界的な条約はできたし、長期的な枠組みもできた。しかし、それを実施する制度やメカニズムが必要である。そして、京都会議はそのコストを議論しなかった。冷静にコストと利益を比較しなければならない。何より、経済成長が持続できるほうが、そのコストは負担しやすい。排出を減らすだけでなく、それが利益となるような抑制策を工夫することが望ましい。すなわち、市場に依拠した制度である。
ハーグ会議では、排出権取引やカーボン・シンクによって、京都議定書の目標達成に関するコストを削減することが重要な議題である。アメリカの諸団体はこれを支持し、ヨーロッパの諸団体は反対している。しかも、アメリカが実現可能なのは、こうした方法を利用する排出削減以外にありえない。
京都の合意を強制力のある国際条約に変更するには、各国が目標を達成する仕方についてはできるだけ弾力化しておくべきであろう。硬直的な取決めや短期の目標を強制することは、合意を無視させ、あるいは特に発展途上諸国で、深刻な失業や公共財の不足を招くだろう。
成長と企業を促す形で、京都の合意を実現するべきである。削減コストを減らし、革新を促す。効率的で環境にやさしいエネルギーを開発する。科学的知識が本当の解決を見出すまで温暖化を防止しつつ、世界がより豊かになって、そのコストを負担できるとき、地球温暖化の解決がすべての人の利益となるだろう。
The making of a president
Unleashing the dogs of law
世界は、その最も重要な民主主義の在り方に疑念を抱きつつある。アメリカ大統領は、もはや明確な大衆の支持によって権力を確立できないだろう。去り行くクリントン大統領が、たとえその他の業績がすばらしくても、あの「弾劾裁判にかけられた」、「モニカ・ルインスキーで有名な」大統領、と常に呼ばれるように、次の新しい大統領は「はみ出し票(pregnant chads)で勝った」とか、「バタフライ投票用紙(butterfly ballots)で間違って当選した」大統領、としてその任期を開始する。
少なくともゴアは、この問題に論理的で公正な答えを出した。法廷闘争をすべて取り下げ、フロリダのすべての票を手作業で数えなおしても良い、と。それには時間がかかるだろう。しかし、結果は確実であり、公平である。だが、ブッシュは直ちにこれを拒否した。そして、自分が大統領になった、と宣言した。
このような混乱が再発しないために、アメリカは投票と集計の最新技術を導入し、制度を見直すべきである。ブラジルの有権者がタッチ・スクリーンで投票できたのであるから、アメリカが拒む理由は無い。開票結果や当選者をめぐって混乱しないように、独立した選挙監視機関を設けるべきである。
フロリダの混乱について、インターネット上では、ユーゴスラビアがアメリカに平和維持軍を送っても良い、という冗談が流れている。パーム・ビーチ郡では、46万2000票の内、3万票、全体の7%が自動読み取り機械によって無効とされた。1万9000票は二つの穴が開いているために無効となった。1万1000票は、正しく穴が開けられていないので無効となった。通常の選挙では、無効は1%以下である。
選挙結果を法律で処理することも難しい。この事態に、何ら意図的な詐欺は無かった。さらに、アメリカの選挙は各州や各郡の法律に従って行われ、統一した基準が無い。ニュー・メキシコ州の法律では、投票結果が同数の場合、ポーカー・ゲームをするか、コインを投げて、その裏表で当選者を決める。
この一週間で、両派のデマや中傷合戦がどれほどエスカレートしたかは、将来を悲観させる。共和党側によれば、副大統領は法を曲げている。票を作り出そうとしている。ゴアの反革命だ。ウォール・ストリート・ジャーナルは、さらに直截に「クーデター」と呼んだ。他方、民主党側は、ハリス長官を「ソビエト武官」とか「悪党」(ニクソンにもじって)と呼んだ。
何よりも、アメリカは政治的な統合を回復しなければならない。今や、両党は反対派の候補の当選を決して受け入れない状態にある。新しい大統領は、率先して超党派の政府を組織し、民主主義を再生しなければならない。どのような政治制度も完璧ではないが、アメリカの民主主義が投票を政治に反映できないとしたら、世界の民主主義を擁護する力は失われるだろう。
Aid for Argentina
Argentina’s new struggle for confidence and growth
アルゼンチンの苦境は、固定為替レートの支持者に再考の機会となるだろう。先週、アルゼンチン国債の利回りが上昇して、政府はIMFに融資を求めたことを公表した。ブラジル以来、最大規模の200億ドルである。
アルゼンチンが債務不履行になれば、他のエマージング・マーケットも困難に直面する。しかも、アルゼンチンは市場改革の模範的な国であった。ブラジルの切下げだけでなく、輸出農産物の価格下落、ドル高、アメリカのハイテク株下落による投資家の不安、などが影響している。
しかし、輸出は増加してきたのに、アルゼンチンは低成長のわなに落ちている。こうした状況では、通貨切下げか財政刺激策が必要である。しかしカレンシー・ボードは切下げを不可能にしており、たとえ切り下げてもドル化の進む経済では成長を刺激する効果が無い。(すなわち、自国市場でもドル建債務を負い、ドル建の取引を行う多くの民間企業が、切下げ分を一斉に値上げするだろう。)デ・ラ・ルーア大統領は、以前の放漫な財政を復活させないという投資家の信頼を守るために、むしろ財政を引き締めて資本流入を図った。しかし、増税は経済の回復を妨げ、民間の債務累積が投資家をおびえさせている。
1980年代のハイパー・インフレーションを終わらせたカレンシー・ボードは、国民にまだ支持されている。しかし、不況の深刻化で、失業者のグループは抗議活動を強めている。議会のペロニストたちは、IMF融資を破綻させたくないので、政治的妥協を受け入れるだろう。しかし、固定制のもとでは、アルゼンチンが物価と賃金を引き下げることで調整しなければならない。それが消費の抑制と悪循環に陥る。
IMFの融資は、アルゼンチンが来年までの債務支払に困らないから、投資家の安心を促すだろう。中期的な財政改革を実行すれば、短期的には財政刺激策を採る余裕ができた。しかし、救済策が成長を保証できるかどうかは不確かだ。減税と歳出削減が必要となるだろうが、そのためにはデ・ラ・ルーアの指導力が欠かせない。
カレンシー・ボードは万能薬ではないし、改革を実現してもくれない。確かにそれは1990年代のアルゼンチン経済の回復を支持したが、経済に苦境をもたらし、もはや成長を約束できない。ラテン・アメリカ全体で、その経済や貿易パターンを無視して、ドル化を推進するような主張は、再考すべきであろう。
The shape of the battle ahead
未来の戦争は、完全に空からの攻撃だけで勝利を収めるのだろうか? それはありそうにないが、技術変化は軍備の考え方に革命を起こすだろう。
21世紀の軍事力使用に関する最近の会議で、豊かな国がもはや高密度な地上の戦闘を準備しなくてもよい、という「破滅的な神話」を、ロナルド・グリフィス将軍は攻撃した。そして、「もしある土地を守り、攻撃を退け、維持しようと思えば、ローマ軍が地上で行ったのと同じように、若者をぬかるみで戦わせるしかない」、という朝鮮戦争に関する歴史家の証言を忘れないように命じた。
ハイテク武装の問題は、それが迅速に輸送・配備できないことである。防御と移動性、攻撃力はトレード・オフにある。また近年、独裁国家に比べて、西側の政治家、特にアメリカ政府は極端に戦死者を恐れるようになった。アメリカは自国の生存が危険にさらされていない情勢で、戦死者を出すような作戦に加わらないだろう。その結果、装備はますますハイテク化し、安全な距離から破壊できる武器が開発される。
空軍や海軍はこうしたハイテク化にうまく便乗したが、陸軍はむしろ機械より人間により多く依存しているため、この変化において不利である。陸軍の理論家は軍備拡大を正当化する必要に迫られている。そして多くの軍需産業も、既得権を守るため、ハイテク装備の戦車などを開発した。
アメリカは一度に大量の戦車を運べる50C-17輸送機を開発した。しかし、ドイツはヨーロッパ域内の戦闘しか考えないので、戦車を列車と道路で輸送する。ただしその場合、中央ヨーロッパのトンネルは狭すぎる。イギリスとフランスはヨーロッパの外にも関心があり、「緊急展開」部隊を設置しようとしている。しかし、いずれの国も冷戦時代の戦略に縛られ、核戦争に突入する数日間を防御する軍備しか考えていない。
未来の戦争は、土地の支配をめぐるものとなる。しかし、それが地上戦である必要はない。市街戦を除けば、地上の戦闘システムは急激にハイテク化しつつある。燃料タンクではなく、電気で動く戦車が検討中である。兵器の電化が進むだろう。こうした遠隔・高スピード型の「スマート・アーマー」による攻撃を防御することは難しい。避難するか、先制攻撃しかない。こうして地上軍も、武器の開発と同じ道を歩んでいる。すなわち、防御よりもスピードと隠密性である。
しかしだれも、スクリーンとボタンの操作で、短期の戦闘が集中的に終わると信じてはいない。ハイテク兵器の移動は難しく、それゆえ、原始的な戦闘の可能性はなくならない。アメリカの軍人は、戦闘における「分業関係」が変化する、と考える。地上で戦闘する前に、敵の戦力を解体しておくことになるだろう。他方、ヨーロッパはより保守的で、地上の戦闘がハイテク化する必要を認めない。攻撃用ヘリコプターを配備する程度である。
コソボの経験は、アメリカ軍に「未来部隊システム」FCSを開始させた。イギリスは、それが英米間の軍事協力を弱めると懸念している。遠隔のミサイルによる戦闘勃発がより高い可能性を持っているであろうから、移動式のミサイル防衛システムなどがもっと重視されるべきだ。しかし、それは既存の軍隊や軍需産業の大幅な変更を求めることになり、容認されない。
China: Misery behind the migration
北京の夜の繁華街で、チェン・インという少女が、店から店へとバラを売り歩く姿を見るかもしれない。彼女は12歳だが、10歳にしか見えない。中国のインフォーマル経済における地域特化はめざましく、中国のすべての都市で花を売る少女達のほとんどすべては、南東部のユウという地方から来ている。
チェン・インが2年前に出てきた村へ行くには、北京から2時間半飛行機に乗り、5時間自動車で走り、さらに2時間どろ道を進む。住民800人の村に彼女の母が一人で住む。母は、しょうがの入った籠と、種の入った籠を示し、自分と2匹の豚が生きていけるから幸せだ、と言った。
あるとき、彼女の夫が足を怪我して畑仕事はできなくなった。沿海部の町で工場の仕事を探しに出て行ったが、1年たっても連絡は無かった。チェン・インが家族の重荷になっていると心配し始めたのは、母が彼女を学校へ行かすために借金するようになってからであった。ある日、花売りのボスが美しいチェン・インを見つけて、母親を説得した。その後、彼女の兄も北京へ出た。彼は学校から帰ると、他の子供はもっと良い家に住み、電気も使っている、といって泣いたという。
学校は無料ではない。学校への政府の補助金は入らず、教師は村から手形をもらった。農民は税金を搾り取られる。役人達は村の所得に応じて給与をもらうから、過大に所得を報告する。それに従って、中央政府は過大な税金を課す。牢屋に入りたくなければ、農民達は税金を払うために借金する。さらに、もうすぐWTO加盟で約束した関税引下げと農産物の価格下落が始まるだろう。ますます多くの子供達が村を離れて働きに出る。
税金に対する抗議が、地方の貧しい村から起きている。チェン・インの村の近くでも農民争議が起きた。中央政府はそれを恐れて税金を下げようとするが、地方の官僚は農民に群がることを止めないだろう。彼女は二度と村に帰らない、と言った。
Living in freefall
先月後半のある爽快な夕べに、About.comの従業員達は、マンハッタンの新しい本社のテラスで乾杯していた。幹部のスコット・カーニットは、会社は健全で、銀行には1億3000万ドルの預金があり、利益は確実だと述べた。株価は8ヶ月前のピークから85%も下落したが、Nasdaqの暴落は窓外の悪天候みたいなものであり、嘆かわしいが、パニックになる理由は何も無い、と。しかし、数日後に会社はPrimediaに売却されてしまった。
インターネット企業の投売りは、投資家が企業について極度の選別を行い始めたことを意味する。企業の価値を厳しく再評価することが始まった。ピークから株価が90%も下落した大企業は60にも達する。もっと多くの企業が半減させた。株価など無視してビジネスに集中する企業もあるが、株価の上昇で似非資本を膨らませることが現実のビジネスを支えていた企業も多い。
インターネット企業も多くはまだ若く、利益を出すまでは多くの資本投入を必要としている。現実の利益よりも潜在的な成長力で、それらの株価は上昇し、特異なドット・コム・ビジネス文化を形成した。すなわち、株式を現金として扱ったのだ。従業員に株式で支払い、他の企業を株式で買収した。その顕著なコストは、ストック・オプションである。今や、下落した株価のせいで優れた技術者は企業を去り、幹部達は大幅にその報酬を失った。伝統企業からインターネット企業に乗り換えた者は、もっとも打撃を被った。
インターネット企業の株価暴落は、企業買収を逆転させるだろう。資本市場が閉ざされた以上、キャッシュが王様である。今やむしろキャッシュを持つ伝統企業がインターネット企業を買収する。既に利益を上げられるようになっていた一握りのインターネット企業だけが生き延びるだろう。あるいは、アマゾンなど、市場で評価を確立した企業だけは資金を調達できる。
<コメント>
ゲートウェイなどの株価も大幅に下落しました。投資家の心理的な同様が技術者や経営資源を再配分、あるいはむしろリシャッフルします。トランプ・ゲームの感覚に近いのです。それは健全な経済に立てば、活発な技術革新の波及を実現するかもしれません。しかし、不健全な経済や社会不安をともなえば、決して次のゲームは容易に進められないでしょう。
Currency dilemmas
為替レート制度に理想のものなど無い。固定しても、変動させても、あるいは「管理」しても、必ず問題が起きる。純粋な変動制か、絶対的な固定制か、という極端な制度への選好も行き過ぎである。
アルゼンチンは、ドル化にも近い強固なドルとの固定制を実施し、積極的に経済のドル化を促した。その明快さにより、通貨の安定制は回復され、切下げ期待はゼロになり、金利が低下した。
明快さは、度重なる通貨危機によって流行となった。ヨーロッパの為替レート・メカニズムも、アジアのドル・ペッグも、通貨危機によって崩壊した。多くの経済学者が、ある種の、不完全な固定制は大きな間違いである、と結論した。世界的な資本市場が誕生した結果、中間の道はなくなったのである。「コーナー・ソリューション」を選択しなければならない。完全に変動させるか、永久に固定する、もしくは通貨統合に加わるか、である。前者は金融政策の自立性を確保し、後者は安定した為替レートを得られる。IMFは最近、融資とともに、こうした指導を行っている。特にアメリカはこの主張を熱心に説いて回った。アルゼンチンは後者の例であった。
不幸にして、アルゼンチンの経済は停滞している。失業率は15%もあり、賃金は下落し、産出も低迷している。アルゼンチンの国債利回りはアメリカの財務省証券より10%も高いが、それは切下げ懸念ではなく、デフォルトが怖いからである。強いドルが通貨を高いままにし、金融政策の余地が無いから需要刺激策が採れない。
アルゼンチンのそれまでのハイパー・インフレを考えれば、カレンシー・ボードは必要であった。しかし、今の苦境を見れば、この選択が容易に推奨できるものでないことも確実だ。金融政策を採れないことは、実物経済を大きく損なう恐れがある。では、反対の極端、完全な変動制はどうか。
実際には、変動制を採用したと称する多くの発展途上国が、事実上の固定制を守っている。さまざまな理由で、発展途上国は為替レートの変動を非常に恐れているからである。金利の変更や為替市場への介入によって、政府は為替レートに手も加える。
長年にわたって、中間の道を頑固に提唱し続けてきたジョン・ウィリアムソンは、新しいパンフレットでもこの主張を説得的に展開した。発展途上国では、市場による為替レートが中期あるいは長期にわたってミス・アラインメントに陥り、成長率に深刻な結果をもたらしてきた。他方、カレンシー・ボードもまた、為替レートを間違った水準に固定する。変動制が極端な資本流入を抑制する利点を認めるが、彼はどちらの「コーナー・ソリューション」通貨危機を免れない、という。
中間の道は、IMFによっても、不当に無視されている。「不可能の三位一体」を理由に、三つのうち二つを選ぶことだ、と主張するのは間違いである。現実のトレード・オフと妥協を軽視してはいけない。