1.貿易の政治学
貿易の政治学とは、分配問題である。
:貿易によって利益を得るのは誰か? 損失を被るのは誰か? 貿易政策とは何か?
貿易する理由:比較優位
Adam Smith, David Ricardo :貿易を通じて、各国が比較優位にある財の生産をより多く行うことで、世界の生産はより効率的になり(コスト削減・資源=労働時間節約)、世界の財・富が増える。
:すなわち、経済学が説く「貿易の利益」には、特化と分業の拡大、が含まれている。
<自給autarky経済>:2国2財(1要素)モデルの各国について
(a)生産条件から、生産フロンティアと国内交易条件、を導く。
<国際貿易の利益>(但し、原文は間違い)
(b)機会費用で、より安価な財を購入(輸入)し、より高価な財を販売(輸出)する。
各国がすべての資源を一つの財の生産に集中させた場合、その生産量を示すと、以下のようになる。そして、規模に関して収穫一定を仮定する。
<絶対優位>
閉鎖経済1 閉鎖経済1 開放経済
工業品 農産物 工業品 農産物 工業品 農産物
A国 300 0 0 150 300 0
B国 80 0 0 240 0 240
:この場合、A国の国内交易条件は、工業品/農産品=300/150=2
B国の国内交易条件は、工業品/農産品=80/240=0.33
これは絶対優位のケースである(原文で挙げている例)。A国は工業品、B国は農産物の生産に優れている。機会費用で見ても、A国が農産物を輸入する(なぜなら、農産物の価格が高いから。A国では工業品2単位、B国では工業品たったの0.33単位で、農産物1単位を買うことができる。)そして、絶対優位のある工業品を輸出する。
<比較優位>
閉鎖経済1 閉鎖経済1 開放経済
工業品 農産物 工業品 農産物 工業品 農産物
A国 300 0 0 150 0 150
B国 240 0 0 80 240 0
:この場合、A国の国内交易条件は、工業品/農産品=300/150=2
B国の国内交易条件は、工業品/農産品=240/80=3
これは比較優位のケースである。A国は農産物、B国は工業品の生産に比較優位がある。機会費用で見ると(原文が示した解説)、A国が農産物を輸出する(なぜなら、農産物の価格が安いから。A国では工業品2単位、B国では工業品3単位で、農産品1単位を買うことができる。)そして、生産性は高いが、比較優位のない工業品を輸入する。
<比較優位の原因>
要素賦存で完全雇用、貿易が均衡している状態の国際価格が比較優位を示す。しかし、比較優位による貿易理論の前提:@完全雇用、A収支の均衡 は常に成立しない。
:政府は、貿易に介入して、あるいは政策によって投入要素の価格を変化させることで、比較優位を変える・作ることができるだろう。さらに、現代の貿易パターンと重要な点で乖離している。
特化の帰結
マルクス主義者は、貿易パターンや国際分業が深刻な政治・経済的影響をもたらす、と批判した。
:例:オランダと東ヨーロッパとの17世紀・バルチック貿易:オランダは工業化され、豊かになったが、東欧は穀物輸出を続けて、工業化は失敗し、貧しいままであった。
:国際分業の優位を占める少数の国は、貿易パターンを固定化する(もしくは優位を維持できるように変更する)。
:国際分業の頂点の国は、底辺の諸国よりも、より大きな利益を得る。
リアリストも、自由貿易の利益が実現しないことを指摘した。<安全保障のジレンマ>と同じような分配表を考える。
:いずれの国も、相手が保護主義を採らなければ、自由貿易から利益を得られると知っている。しかし、相手が自由貿易を採れば自国だけ保護主義を採ってより大きな利益を得られることも知っている。それゆえ、相手国が自由貿易を採らないと思えば、ともに保護主義を採ることになる。
<自由貿易のジレンマ>
B国:自由貿易 B国:保護主義
A国:自由貿易 (3,3) (1,4)
A国:保護主義 (4,1) (2,2)
貿易の国内的影響
(1) Eli Heckscher & Bertil Ohlin:生産要素の相対的賦存比率によって貿易パターンを説明した。
:その国に豊富に存在する生産要素は、相対価格が安い。その要素を集約的に使用する財の生産に、比較優位が存在する。
(2) Wolfgang Stolper & Paul Samuelson:貿易パターンが、要素報酬に与える影響を説明した。
:H-Oモデルによれば、貿易(による国内相対価格の変化)によって、相対的に豊富な要素は(それを集約的に利用する財の価格上昇と部門拡大で)利益を受け、相対的に希少な要素は(価格下落と部門縮小で)不利益を被る。
:貿易は、生産要素の国際移動(国際投資や国際移民)に代替する。
:(資本に比べて相対的に稀少な)アメリカの労働者は、(移民流入だけでなく)労働集約的な財の保護を主張し、自由貿易に反対した。逆に、資本集約的部門は自由貿易を支持した。
:Stolper & Samuelsonは、資源の移動が容易でコストを必要としない、という前提を採用している。しかし、実際にはコストがともなうから、部門間の要素報酬率は均等化せず、資源再配分は所得分配の変化を意味する。
(3) Ronald Rogowskiは、Stolper & Samuelsonの命題をより一般的な政治同盟の形成に適用した。
:貿易の自由化が各集団の経済的利害を再定義するから、それに沿って新しい政治的連携が誕生するだろう。さらに、貿易政策をめぐる政策連合は、他の政策に関しても機能する。
:三つの主要な生産要素、資本・土地・労働力、に従い、二つの政治的同盟が現れる。@ 階級対立:資本・土地vs.労働力
A 地域対立:地方vs.都市(あるいは、土地vs.資本・労働力)
:貿易政策は、しばしば、階級対立よりも部門間対立によって説明できる。
:Stolper & Samuelsonによる二つの制約:@技術変化(急速な技術革新、R&D投資、産業政策)、A国際要素移動(多国籍企業や国際移民)
貿易の例外
現実の貿易は多くの点で国際貿易理論の例外となっている。貿易は主に先進諸国間で増加している。:水平貿易
:@不完全競争市場、A嗜好の違い(ブランド名や広告、多様化の利益)、B多くのコスト要因(規模の経済、学習効果)
:Leontief paradox:資本が相対的に豊富なアメリカの輸出財が、輸入財よりも労働集約的であった。
:(資本と労働力だけでなく)より多くの生産要素を考える。
戦略的貿易政策
熟練労働力や技術など、貿易に影響するさまざまな要因を考慮に入れれば、政府は政策によってそれらを育成し、変化させることができる。
:戦略的貿易政策により、政府は貿易からのより大きな利益を得ようとし、特定の企業や産業部門を支援して、国際分業のパターンを変化させるかもしれない。
:特に産業立地の国際競争:自国企業への利益確保、基幹産業における企業の誘致、など。:開発地域における輸出指向工業化(EOI)
:しかし、政府による介入が必ず成功を意味してはいない。また、介入が他の部門や成長そのものを妨げているかもしれない。
貿易障壁:保護主義の効用
保護主義が認められるような例外を考慮しても、現実には自由貿易の方がむしろ例外である。その理由は政治学によって理解すべきだ。
:保護主義はその国内部における再分配と、特定の勝者による政治・支配を意味する。
:関税・割当・非関税障壁
l 関税は追加の税収をもたらす。(値上がりする輸入財の)消費者の負担となる。国内生産者は売上と利益を増加させる。
l 輸入割当:国内市場を確実に保護できる。しかし、割当による価格上昇は海外生産者に利益になり、政府は関税収入を失う。関税よりも外国からの批判は弱い。
l 非関税障壁(NTB):明示的に示されないため、国際協定で廃止しにくい。主要国による管理貿易への傾向として強まっている。
自由貿易と保護主義の交代
主要な経済大国が自由貿易を推進してきた。自由貿易の盛衰を説明する要因は何か?
:国際体制Regimeの違い:情報とルール
:イデオロギー
:覇権安定論hegemonic stability theory:強力な単一の国家が存在すること。
覇権の異なった解釈
(リベラリスト):Charles Kindleberger:国際化した市場を安定化する役割が覇権国家に求められる。逆に、この安定化機能が弱まったとき、自由貿易体制は崩壊する。
(リアリスト):覇権国家が自由貿易体制を廃棄した点から考えれば、いずれの国も自由貿易体制を他国に強制できないから、自国だけで自由貿易政策を採用できない。それゆえ覇権国の役割が正当化される。
要約
1.国際体制Regimeを変化させるものは何か?
2.なぜ各国は政策を大きく変化させるときがあるのか?