演習A<秋>2001-7(小野塚)
6.原因としてのアイデア(思想・概念)
Judith Goldstein & Robert Keohane は「アイデアの影響力」が発揮させる場合を三つ挙げた。@目的と手段に関して明確な「道路地図」を与えるとき、A完全な均衡値が存在しないような戦略的状況にあるとき、B彼らが政治制度にとらわれているとき。
:特に政策に関する思想の変遷は大きな影響を残した。
アイデア・思想の力:大恐慌とケインズ主義
1930年代の経済危機において、旧来の経済思想が機能しなくなった。:1.政府は何もしないこと(均衡財政主義)。2.通貨の価値を金に固定して安定させること(国際金本位制)。3.市場・経済は自然に回復する(完全雇用)。
:しかし、不況はますます深刻になり、政策担当者は経済学を信用しなくなった。
:特に、イギリスとフランスの1920年代の経験が新しい先例となった。1925年、旧平価で金本位制に復帰したイギリスは不況と失業に苦しみ、他方、フランスはインフレを考慮した新平価で復帰し、ポンドに比べて過小評価された水準で為替レートを固定した。その結果、フランスでは輸出と資本流入が増えて、景気が急速に回復した。
:ただし、その後、他国も通貨を競争的に切下げた結果、世界経済は崩壊した。
:他方、Keynesは財政政策を用いて政府が景気を刺激する思想を提供した。
意思決定を制約するアイデア・理論・モデル
Peter Hallは「政策パラダイム」が転換した、という。
:マクロ経済政策のような技術的に複雑な分野では、一揃いの概念がさまざまな事柄を比較的まとまった全体像に組み立てる必要がある。これを行えるのが「政策パラダイム」である。この中で、政策担当者は世界を理解し、自分の役割を果たす。
:Goldstein & Keohaneによる信念の3タイプ:@世界観(宗教・イデオロギー:何が可能・不可能か?)、A原則(規範:何が正義か?)、B因果律(指導層に共有された説明:どの戦略・政策が有効か?)
アイデアの影響力の変遷
John Maynard Keynesは、政府が経済に適切に介入する程度を示した。
:ケインズ主義は財政支出を、経済活動水準を刺激(調整)する手段、と考える。
1960年代・70年代に、ケインズ主義は影響力を失っていった。
:インフレ率と失業率とを関係させるフィリップス曲線の否定。「自然失業率」の概念でスタグフレーションを説明する。
マネタリストの思想が特に1980年代には支配的になる。
:人々のインフレ期待を解消するには、貨幣供給の増加率を制限しなければならない。
アイデアか、個人か、制度か?
アイデアが重要な原因であると主張する場合、個人とアイデアと制度を区別しなければならない。それは不可能に近い。
Epistemic Community(認識共同体):むしろ特定のアイデアの普及と、それを担った個人や制度・組織に焦点を当てる。
:何が説得的な理論であるかを決めることは、しばしば非常に困難である。専門的知識・概念や対象についての共通の見解は、互いの話し合いや合意形成を容易にする。(日米貿易摩擦や国際協調論)
:共通の文化・歴史・制度を共有していること。(英米協調、金融覇権の移動)
:利益とアイデアを対抗させる論争は不適切である。
アイデアをどのように研究すべきか?
実証的に研究することは難しい。
:他の理論化で不十分な事例を研究する必要がある。リアリズムやリベラリズムが説明できない問題は無いか?(核武装と規範)
分析レベル再論
すべての理論は、一定のパラダイムと認識レベルを選択しなければならない。どのような事例にも、多くの理論的答がある。
:たとえば、アメリカはなぜ金とドルとの交換を否定し、ブレトン・ウッズ体制を廃棄することを選択したのか?