Benjamin J. Cohen’s Seminar

(414日の日誌から)

澄んだ青空に、高く、はっきりと、やしの木みたいな大きな木が聳え立つ。その向こうに山並みが見える。海は冷たく、長く足を浸けるのも難しい。ホテルにはジャグジー。

2回/April

まず日本の政策が取り上げられた。日本はビッグ・バンについても失敗しつつあり、株価も円相場も下落した。橋本首相の重要な会見か、アメリカの高官との会談があったようだ。まだテレビも新聞も理解できていない。(残念、残念、残念、残念...!)

Prof. Cohenは、橋本首相を世界恐慌を招いた緊縮財政の責任者であるフーバー大統領にたとえる。橋本は累積赤字をGDPの6%に抑える公約に縛られている。(?)どんな手を使ってでも、株価を上昇させたい。無駄だと思うが、会計基準を捻じ曲げたりしている。バブルによって弱まった日本の銀行システム救済に配慮しなければならない。しかもアジア通貨危機においては、アジア経済の基軸国(大幅黒字国)として、基本的なマクロ調整の責任がある。

問題は、それをどうやって行うか、だ。支配の3極構造は利害が対立している。(それ故に政府は動けない) 政治は自民党の覇権に対抗するものが無い。アメリカ政府の圧力やIMFの勧告にもかかわらず、政府は自民党の意向に縛られている。今は金融政策が働かず、財政政策による景気刺激が必要な時なのに。日本は金融の規制緩和にも取り組みつつある。CITIBANKは飛躍的に拡大した。アメリカでもGlass-Steegal Actがあるが、各国は業種や地域で細かい規制を設けてきた。銀行には、Commercial BankInvestment BankInsurance & Brokageがあるが、銀行の吸収合併はCommercial Bankの巨大化(BoA)と、分野を越えたGroupe化(CITI)として進行している。日本の銀行にも圧力がかかっている。(だから日本の銀行救済は非常に重要で、金融政策も難しい)

今回は、Domestic Politics of International Moneyがテーマである。その意味で、日本の行動が国内政治面から解説された。国内政治を国際通貨に組み込むため、基本的に「比較政治学」の要素を利用する。Friedenが取り上げたのは資本の移動性と固定為替相場との選択であった。Simmonは、為替相場と貿易量とを選択する。(政策目標として、Fridenは資本を、Simmonは貿易を、為替変動と比較する。)

Friedenの議論の核は、Mundell=Fleming Modelである。すなわち、金融政策と資本の移動性は関係している。二つの基準で見る。固定制か変動制か、そして為替相場の水準は? それらは結果の(各国内)分配に依存するだろう。それはさらに国内のグループが持つ選好や時間の長さに依存する。

それでは、選択されたグループは適当か? また各グループの特徴づけは性格か?

銀行サービスもある意味では貿易財になる。貿易財・非貿易財は貿易理論から類比されている。比較生産費説を解説し、金融への適用を考察する? いや、基本的には貿易財(輸出可能な財と輸入と競争する財)についてと、投資家についてが検討されている。なぜ投資家が加わるのかは読んでみないと分からないが、国内資産を多く持つ国内投資家を考えるなら(国内政治に海外投資家は直接の影響を及ぼせない)、国内資産価値の上昇(そして安定)を望むだろう。しかし、Friedenの分類は単純すぎると思う。景気変動の局面や、国際収支の状態、海外資産などにより大きく異なる。 Prof. Cohenも大幅な単純化による一次接近であると断りながら、高く評価していた。自分はむしろ、この単純化には無理があると思う。

対照的に、R.HenningInstitutionを強調する全く異なった接近を行った。FriedenActorsの選好を直接Groupe化したが、Henningは各国の制度を比較して為替政策の特徴を説明する。一つは、銀行と産業との結びつき。もう一つは、中央銀行の金融政策の独立性、である。特に中央銀行(という制度)は外国為替政策の最前に位置し、国内政策との対立を意識している。アメリカでは財務省が法律によってNY連銀の為替介入を指示している。例えばドイツ連銀は高い独立性を持ち、EMUによるECBはさらに独立性を強めるだろう。

これはJ.Zysmanの分析方法を金融システムに適用したものだ。金融システムの相違が政策にどう反映されるのか、と。FriedenHenningの分析は矛盾するのではなく、補完的に利用できるだろう。

B.Simmonは異なる選択肢、為替相場による調整か、それとも管理貿易か、を指摘する。これらは国内の変数により、政府が選択する。変数とは、中央銀行のことか、政府の安静制や、資本と労働者との対立か、いろいろ考えられるが、基本的枠組みはHekscher=OhlinStolper=Samuelsonである。例えば、Garret Langeもやったように。

為替相場に資本と労働者の対立関係を入れるには、協調する側面と対立する側面がある。資本家も労働者も、生産・雇用の拡大を望んでいるが、資本家はより多くの利潤を、労働者はより多くの消費を望む。利潤の側面は金融に強く繁栄され、消費の側面は貿易に強く表れるだろう。そこで各国を、労働供給の制約された国、などと定義して、HOSの枠組みを利用し、異なる政策志向が政治に反映される。(国際対立を意味したのだろうが、国内対立も説明できる?

もう一つの視点は、H.Milnerによる国際協調の解明だ(Greatと絶賛されたが...)。なぜ各国は協調するのか? 国際体制論の基本問題である。それは費用・便益比較やゲーム理論によってではなく、各国の国内政治から説明すべきだ。FriedenActors/HenningInstitutionsの分析に加えて、情報と、特にその分配distribution of informationに注目する。(Prof. CohenGreatと評価するが、どうかな?)それは、情報の制限や制約された合理性、情報アクセスの格差、などのことであり、旧ソ連の支配体制がjokeになる。

情報を扱う枠組みについては、説明が分からなかった。三つの主体として情報生産maker、情報管理regislator、そして...(情報利用者?)、ホークス・アンド・フォックス(鷹とキツネ)の視点、などが指摘された。≪なお、後日、S氏が来て言うには、これはHedgehogハリネズミ Foxで、ロシアを批評したI.Berlinの表現だろう、とか。そうかな?≫

最後に、C.Hefekerの歴史的な事例の整理が紹介された。国際通貨政治学の貴重な分類として優れている、と。