最終更新日:2013年9月5日
第6回 政治地理研究部会 研究会 報告
2013年8月4日から9日にかけて開催された国際地理学連合京都地域会議において、政治地理委員会による12のセッション(発表40件)が開催され、盛況のうちに終わった。演者Flint氏もその発表者の一人で、司会者の長年の友人でもあることから、京都会議の前日に初学者を対象とする講演(通訳付き)を依頼した。48名という多くの参加者のほとんどが学部生・大学院生であった。講演の概要は以下の通りである。
本講演のもとになった著書『地政学入門』(翻訳刊行予定)の執筆目的は、どのように紛争が空間や地理をつくりだし、地理的環境によって形成されるかを理解することである。そのために「場所」、「スケール」、「構造と行為主体」という概念について説明したい。
まず「場所」とは人々の日常生活を取り巻く環境であり、固有性をもち他の場所と相互依存関係にある。地理学者アグニューは場所をロケーション(世界における場所の機能)、ロカール(場所での事象を組織する制度)、場所の感覚(場所に結びつくアイデンティティ)という三つの様相からとらえ、同じくマッシーは場所を社会的・歴史的に構築された可変的なもので他の場所と結びついていると定義した。つまり特定の場所に発生する政治事象はグローバルな地政学的文脈とローカルな日常や感情、そして他の場所とのかかわりにおいて発生するとみることができる。
ここで「スケール」という概念が重要になる。地理的スケールは行為や管轄(権威)の範囲を定義し制限する。地理学者テイラーはスケールをグローバル(現実)、国民国家(イデオロギー)、地方(経験)の三つの階層に区分し、これらスケールの重層性から政治事象の発生を説明しようとした。この枠組みの意味は、個々人の故郷がどのように各層のスケールと関わりあっているかを考えれば理解できる。また、スケールは政治的戦略にも活用される。公民権運動などの連帯の広域化がその例である。
最後の概念は「構造と行為主体」である「行為主体」とは特定の目的を達成しようとする個人もしくは集団で、大学生は学位取得を目的とする行為主体である。行為主体には反乱軍や国家なども含まれる。こうした主体の行為には制約が加わる。これを「構造」という。構造は賦課される規則や規範であって、何ができてできないか、何をすべきですべきでないかを部分的に決定する。構造と行為主体との関係において、行為主体は構造の中で行為し、構造は主体の行為を可能にもすれば制約もする。そして構造は同時に行為主体でもあり、その逆も成り立つ。地政学的な枠組みでこうした行為主体を考えると、個人、世帯、近隣、都市、社会運動、政党、軍隊、エスニック・宗教集団、国家といった多様な主体を考えることができる。
つまり、これらの概念を用いて、本書は学生が世界で発生している政治事象の複雑性を理解する手助けになることを目的としている。言い換えると、特定の場所で起こる政治事象を重層的なスケールの間で交錯する力学からとらえ、構造と行為主体との関係から理解する視角が地政学研究に求められるといえる。そういう視角を持てば、特定の国家の行為を単純に敵視するのではなく、異なった文脈における行為として共感をもって理解することも可能となろう。
■質疑応答
講演後、概念に関する質疑応答ののち、自由討論に入った。以下はその概要である。
■司会所見
Flint氏の講演は初学者に英米の政治地理学のごく基本的な概念と理論的視角について説明するものであったので、聴衆にも理解しやすかったと判断できる。また、今回は司会者の後期担当科目の受講予定者に出席を勧奨したため、その多くは事前に課題文献を読み、講演に臨んだ。加えて、通訳を活用したため、質疑応答は活発に行われた。仮に理解しにくい部分があったとしても後期の授業で再確認が可能になる。このような工夫のない、ルーティーン型の研究会を開催すると出席者は僅少になるのが最近の傾向である。地理学や人文地理学会の持続的発展を鑑みると、底辺を広げるための企画の重要性を改めて認識させる研究会であった。
(参加者48名、司会・通訳・記録:山ア孝史)
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