藤川報告へのコメント(厳善平) 20091120日 於大阪経済大学

 

私は主に開発経済学と農業経済学を専攻しています。私の産業連関理論に関する知識は、20数年前の学生時代に授業で教わった程度にすぎません。門外漢なので、間違ったコメントをしてしまったら、お許し下さい。

まずは藤川報告に対するコメントです。

周知のように、近年、気候変動、CO2排出削減を巡って、盛んな議論が行われています。今年の『世界銀行開発報告』では、このイッシュをメインテーマとしていることは、1つの表れといえます。温暖化が進行し、CO2の排出削減を急ぐ必要があるという点では、主要国の間で意見がほぼ一致しているように思われます。しかし、CO2の排出削減義務を先進国と途上国がそれぞれどのような形で履行するかをめぐっては、コンセンサスがまだ出来ていません。途上国、中でも急成長を遂げている中国、インドなどの新興国では、大気中に蓄積してきたCO2が主として先進国の排出したものであり、先進国における1人当たりのCO2排出量が途上国のそれよりはるかに多い事実を挙げ、先進国は自らのCO2削減をいっそう進めるだけでなく、途上国に資金、技術を提供し、CO2削減の努力を支援するべきだと主張しています。一理があると思います。

ただし、議論はこれだけでは終わりません。経済のグローバリゼーションが進む中、資本の国際移動が加速し、それに伴う国際貿易も拡大し続けています。環境基準の厳しい先進国から多くの産業が途上国に移転されています。反対に、途上国から多くの生活物資が先進国に輸出されます。つまり、本来、先進国に住む人々の生活に必要なものを作る過程で発生する環境負荷を途上国が肩代わりしているということです。これは内包環境負荷という考えから導き出されるものです。この考えに基づいた先行研究は幾つかありますが、藤川論文は最新のデータを用いて、内包環境負荷を定量的に明らかにしています。しかも、貿易だけでなく、土地、水資源についても米国、日本、中国など、東アジア太平洋地域における環境負荷の相互依存を明らかにしています。これによって、気候変動やCO2排出削減に関する議論に際して、新しい視角が提供されることになります。その意味で、藤川論文はこの分野への学術的貢献だけでなく、CO2の削減義務に関する先進国と新興国の合意形成にも重要な政策的示唆を提供していると思います。

次に、藤川報告に対して四つの質問をします。

@環境負荷発生の責任に関して、資源生産基準、資源消費基準と最終財の消費議準を提起したうえで、最終財の消費基準で内包環境負荷を計測するという考え方は最も理に適っていると、私も考えます。しかし、このことは世間ではあまり知られていません。私は市民向けの講演で、中国が日本の環境負荷を肩代わりしているという話しをしたら、ほとんど理解されませんでした。マスコメディアはこのことを知らないわけがありませんが、それを積極的に提起しようとしません。この問題は単なる技術的なものではなく、複雑な利権が絡む、政治経済的な課題だからでしょう。内包環境負荷という考え、そして、学界の研究成果を、マスメディアを通して、社会に発信し、最終的に政策議論に影響を与えることは可能でしょうか。今後の見通しを含めて、お考えを聞かせてください。

A中国はいまや世界の工場と呼ばれています。スーパー、ホームセンター、百貨店、百円ショップに陳列している品々の生産国を見れば、そのことがよく分かります。この論文の研究対象年次である2000年に比べて、中国の輸出総額は4.9(人民元建て)、または5.7(米ドル建て)に増大し、対日輸出も2.5倍に拡大しています。中国に対する日本、あるいは、全世界の環境負荷依存がいっそう強まっていると思いますが、いかがでしょうか。

Bこの論文では、貿易額等は為替レートで算出された名目値だと思います。購買力平価で実質化すると、中国の肩代わりしている環境負荷はより大きくなるのでしょうか。どれぐらいの差異があるとお考えでしょうか。

CEUなどその他地域がこの論文では言及されていません。データの制約によるものと思われます。全世界産業連関表が存在していますか。あるのであれば、それを使った研究があるのでしょうか。教えて頂ければ幸いです。