アジア政経学会全国大会の大会参加記(厳善平・桃山学院大学)
<自由論題6>『アジアの農村社会と経済』
第1報告のテーマは、「中国東北の朝鮮族多住農村の農地集積と農地利用における変化」(董彪 東京農業大学大学院)である。董報告では、1人当たりの土地面積が大きく、韓国への出稼ぎ労働者が多い、吉林省延吉市にある三つの村を対象に、土地の流動化と集約、その過程における村民委員会の果たす役割などについて、独自の農家調査資料を用いて分析している。労働力人口の流出に伴い、農地の請負経営権の農家間での流動が加速し、大規模経営農家が形成されている。ところが、農地の集約過程に対する村民委員会の強い介入も影響して、農地のレンタル市場が内部化し、外部からの資本参入が難しい。その結果、農地の集約はあるものの、有効な利用ができていないと結論付けている。この研究の問題意識と課題設定はおおむね妥当といえようが、1次データの整理と分析が不十分であり、結論に対する更なる推敲が必要であろう。
第2報告も中国の農村問題を扱うものである。テーマは「新型農村合作医療保険制度に関する実証分析」(呉青姫 立命館アジア太平洋大学)であり、既存の個票データベースを利用して、新型合作医療制度が貧困層に与える影響を計量的に解明することが主な目的とされている。具体的に、@医療保険への加入状況を地域別、所得階層別、年齢階層別、教育水準別で定量的に考察する、A医療保険への加入による所得の再分配効果を計測する、B医療保険制度に加入するか否かを規定する要因を計量的に解明する、といった課題が設定された。分析の結果、低所得層ほど医療保険への加入率が高いものの、それによる所得再分配の効果が小さい、財源確保のために関連の法整備を強化する必要がある、といった興味深い事実が指摘されたが、全体としては、釈然としない分析となっている。
第3報告のテーマは「カンボジア農村における子の世帯間移動」(佐藤奈穂 京都大学大学院)である。佐藤報告は、親族世帯間での子の移動に焦点を当てて、@子の移動にかかわる特徴、A子の移動がもつ相互扶助の社会経済的意味、B親族ネットワークの相互扶助機能、を明らかにしようとするものである。報告者は1年数ヶ月にわたって、被調査対象者の住む村に滞在し、質問票調査だけでなく、参与観察、個別インタビューも行い、豊富な一次資料を集めた。綿密な実証分析によって、所定の課題はほぼ明らかとなったと評価できる。一方、世帯間での移動だけでなく、お寺などに引き取られた子、村から町へ出て行った子も当然いる。その子達はどのようになっているのか、世帯間移動というものは長年の戦争を経た後の特殊な状況下で発生した現象ではないか、経済の発展に伴いこのような相互扶助機能が弱体化しないか、といった質問が出た。