地理2

 

○京都の地理

特徴
・ 碁盤目状の町並み
・ 島国日本の中央部
・ 3方を山に抱かれた山背盆地

○山紫水明

京都は太古の昔,湖底であった.そこへ川から土砂が運び込まれ,やがて盆地となった.一万年前の京都は,まだ草深い沼沢地であり,人気も全くなかった.数千年ほど前,京都人の先祖がこの地に村落を築き住み始める.そして5世紀頃,朝鮮半島から秦一族が集団移住,大陸文化が伝承される.彼ら渡来人が惚れ込んだのは,何よりもこの地の美しい自然であったという
山紫水明…山は日に映えて紫色に見え,川の水は澄んで清らかであること.山や川の景色が美しいことをいう.京都市役所のホームページの外郭色は紫だが,これは「山紫水明」に因んだ色である.

○四神相応

5世紀頃,日本の古代王朝は理想の都を求めていた.中国の都城をモデルにして百数年,遷都を繰り返す過程で,選地の理念は日本の風土に合うよう改善され,「四神相応」?水路陸路に恵まれ,北方を堅固な山で取り囲まれた要衝の地?なった.
北に山並み(玄武),東に鴨川(青龍),西に大道(白虎),南に川から注ぐ池(朱雀)がある.

○第二次大戦で爆撃されなかった幸運

 太平洋戦争時,主要都市がB-29の大空襲を受けたのに関わらず,京都だけはほとんど空襲されなかった.戦後アメリカは,「京都の貴重な文化財を破壊するに忍びなかった」なる説を流布したが,この言葉の奧に真実がある.京都は原子爆弾の第一投下目標だった.山に囲まれた盆地に築かれた市街地・京都は,史上初の原爆の破壊効果測定に最も適した土地であった.故に京都への爆撃は禁止され,"その日"まで温存されたのだ.その後,アメリカ陸軍長官スチムソンが「京都は日本人にとって特別な場所である」ことを理由に反対,最初の投下地は広島(8月6日)に変更され,次いで長崎(8月9日)に,京都は第三の投下地(8月17日)候補に延期された.8月15日,日本がポツダム宣言を受諾したため,京都も任天堂も,壊滅を逃れたと言う話もある.

○自然と四季

京都の四季は優雅に移り変わる.季節の推移の音は静かである.四季をとおして山の色は多彩なハーモニーを見せ,桜や紅葉が咲き誇る様は人々の目を豊かに潤す.
同時に京の四季は厳しい.山々に囲まれた京都盆地は,擂り鉢の底のような土地であり,夏は異様に湿気が籠もるし,冬は北からの凍るような冷気が吹き溜まる.
京都は「日本の箱庭」なのだ.集約された日本の全てがそこにある.
春,色付いた新芽は花の見頃に咲き揃う.うららかな日和のなか,雛祭り・都おどりに町は息づく.やがて短い春を惜しむように,咲いた花から風に誘われ吹雪いていく.夏はじっとりと汗ばむ蒸し暑さ.蝉の声,陽炎ゆらめく祇園祭.人々は坪庭に打ち水をし,風鈴の音に風を知り,浴衣を着けて涼感を演出する.大文字の送り火に夏は逝く.秋は山々から訪れる.ある朝一筆で刷いたようにいっせいに燃え上がる紅葉.やがて清流をせめぎあって都へと降りていく頃,京の大路を時代祭り,鞍馬火祭りが絢爛に彩る.冬,京都は骨冷えである.町家は真っ白な牡丹雪に覆われ,山々は美しい墨絵の世界に移り変わる.人々は家路を早め,ほの白くたちのぼる料理の湯気に暖かさを演出する.こうした京都の自然・四季はいつも美しいだけではなかった.時にはその獰猛な本性を現し,天変地異として都人の暮らしを脅かした.それでも人々はこの自然と溶け合い,自然と思想・宗教を結びつけ,日本固有の文化を創造していったのである.厳しいが故に美しいこの自然こそが,華麗な十二単衣を生み,枯山水の庭園を創らせ,花鳥画を育て,さらに現代まで京職人の美意識を培ってきた.工芸品にのせられる独創的な図案は,京にあふれる自然の美から学び取ったものである.この京都の風土こそが,日本文化の源泉であり,京職人の美の心の母である.

○京職人の伝統

京都は山が近く,水があくまで清い.京焼きも友禅染も,良質で豊かな京の水や土なしには不可能だった.自然に恵まれた風土は,良品を生み出す土壌でもあった.京から見る四季折々の移り変わりは,人々に美の創造を教えると同時に,彼らの「もの」を見る眼を際だたせていった.その美的センスは,唯美主義を競う王朝文化の鋭い美意識によってさらに磨かれる.貴人や富豪の嗜好に合うよう,豪華絢爛にして細部まで心を使って作らねばならなかった.京職人の,しつこく粘っこく熱心で,どこまでいっても更にやり遂げようとする精神は,ここに培われた.京職人こそが,日本文化を歴史の初めから創り支えてきたこと,ここに彼らの強烈な誇りの原点がある.それらは,美しく演出されたような京都の自然美と,千年来伝えられた極めて優れた遺品との比較,そして美を知る京の人々の鋭い批評感覚,さらに他の職種との相互の切磋錬成により,より高い水準が保たれていく.