海洋航行の安全に対する不法な行為の防止に関する条約
【法令番号 】平成十年四月三十日条約第二号
【施行年月日】平成十年七月二十三日外務省告示第百二十号
この条約の締約国は、
国際の平和及び安全の維持並びに諸国間の友好関係及び協力の促進に関する国際連合憲章の目的及び原則に留意し、
特に、世界人権宣言及び市民的及び政治的権利に関する国際規約に規定するようにすべての者が生命、自由及び身体の安全についての権利を有することを認識し、 罪のない人の生命を脅かし又は奪い、基本的自由を侵害し、及び人間の尊厳を著しく害するあらゆる形態のテロリズムの行為が世界的規模で増大していることを深く憂慮し、
海洋航行の安全に対する不法な行為が人及び財産の安全を害し、海洋航行の業務の運営に深刻な影響を及ぼし、また、海洋航行の安全に対する世界の諸国民の信頼を損なうものであることを考慮し、
このような行為の発生が国際社会全体にとって重大な関心事であることを考慮し、
すべての海洋航行の安全に対する不法な行為の防止並びにこのような行為を行った者の訴追及び処刑のための効果的かつ実行可能な措置を立案し及びとるに当たって諸国間の国際協力を発展させることが急務であることを確信し、
「すべての国に対し、単独で並びに他の国及び国際連合の関係機関と協力して、国際的なテロリズムの原因の漸進的な除去に貢献するよう、また、国際的なテロリズムを引き起こし及び国際の平和及び安全を脅かすすべての事態(植民地主義、人種主義並びに人権及び基本的自由の大規模かつ甚だしい侵害又は外国による占領を伴う事態を含む。)に特別の注意を払うよう要請する」千九百八十五年十二月九日の国際連合総会決議第六十一号(第四十回会期)を想起し、
更に、同決議が「テロリズムのあらゆる行為、方法及び実行(諸国間の友好関係及び諸国の安全を害するものを含む。)を、行われた場所及び行った者のいかんを問わず、犯罪として無条件に非難する」ものであることを想起し、
また、同決議が国際海事機関に対し、「適当な措置について勧告するために船舶内の又は船舶に対するテロリズムの問題を研究する」よう要請したことを想起し、
船舶の安全並びにその旅客及び乗組員の安全を脅かす不法な行為を防止するための措置の立案を求めた千九百八十五年十一月二十日の国際海事機関総会決議第A五八四(14)号に留意し、
通常の船舶内の規律に従う乗組員の行為がこの条約の対象とならないことに留意し、
船舶及び船舶内の人に対する不法な行為の防止及び規制に関する規則及び基準が必要に応じて更新されるよう監視されることが望ましいことを確認し、 また、この観点から、国際海事機関の海上安全委員会が船舶内の旅客及び乗組員に対する不法な行為を防止するための措置を勧告したことに満足の意をもって留意し、
更に、この条約により規律されない事項が引き続き一般国際法の規則及び原則により規律されることを確認し、
すべての国が海洋航行の安全に対する不法な行為との戦いにおいて一般国際法の規則及び原則を厳格に遵守することが必要であることを認識して、
次のとおり協定した。
第一条 この条約の適用上、「船舶」とは、海底に恒久的に取り付けられていないすべての型式の船をいい、動的に支持される機器、潜水船その他の浮遊機器を含む。
第二条
1 この条約は、次の船舶には適用しない。
(a)軍艦
(b)国が所有し又は運航する船舶であって軍の支援船として又は税関若しくは警察のために使用されるもの
(c)航行の用に供されなくなった船舶又は係船中の船舶
2 この条約のいかなる規定も、軍艦及び非商業的目的のために運航する政府船舶に与えられる免除に影響を及ぼすものではない。
第三条
1 不法かつ故意に行う次の行為は、犯罪とする。
(a)暴力、暴力による脅迫その他の威嚇手段を用いて船舶を奪取し又は管理する行為
(b)船舶内の人に対する暴力行為(当該船舶の安全な航行を損なうおそれがあるものに限る。)
(c)船舶を破壊し、又は船舶若しくはその積荷に対し当該船舶の安全な航行を損なうおそれがある損害を与える行為
(d)手段のいかんを問わず、船舶に、当該船舶を破壊するような装置若しくは物質若しくは当該船舶若しくはその積荷にその安全な航行を損ない若しくは損なうおそれがある損害を与えるような装置若しくは物質を置き、又はそのような装置若しくは物質が置かれるようにする行為
(e)海洋航行に関する施設を破壊し若しくは著しく損傷し、又はその運用を著しく妨害する行為(船舶の安全な航行を損なうおそれがあるものに限る。)
(f)虚偽と知っている情報を通報し、それにより船舶の安全な航行を損なう行為
(g)(a)から(f)までに定める犯罪及びその未遂に関連して人に傷害を与え又は人を殺害する行為
2 次の行為も、犯罪とする。
(a)1に定める犯罪の未遂
(b)1に定める犯罪の教唆その他の当該犯罪に加担する行為
(c)1の(b)、(c)及び(e)に定める犯罪を行うとの脅迫(船舶の安全な航行を損なうおそれがあるものに限る。)。何らかの行為を行うこと又は行わないことを自然人又は法人に強要する目的で行われることを要件とするか否かについては、国内法の定めるところによる。
第四条
1 この条約は、船舶が一の国の領海の外側の限界若しくは隣接国との境界を越えた水域に向かって若しくは当該水域から航行し若しくは航行する予定である場合又は当該水域を航行し若しくは航行する予定である場合に適用する。
2 この条約は、1の規定によりこの条約が適用されない場合においても、犯人又は容疑者が1に規定する国以外の締約国の領域内で発見されたときは、適用する。
第五条 締約国は、第三条に定める犯罪について、その重大性を考慮した適当な刑罰を科することができるようにする。
第六条
1 締約国は、次の場合において第三条に定める犯罪についての自国の裁判権を設定するため、必要な措置をとる。
(a)犯罪が、当該犯罪の時に自国を旗国とする船舶に対し又はその船舶内で行われる場合
(b)犯罪が自国の領域(領海を含む。)内で行われる場合
(c)犯罪が自国の国民によって行われる場合
2 締約国は、次の場合において第三条に定める犯罪についての自国の裁判権を設定することができる。
(a)犯罪が自国内に常居所を有する無国籍者によって行われる場合
(b)犯罪の過程において自国の国民が逮捕され、脅迫され、傷害を受け又は殺害される場合
(c)犯罪が、何らかの行為を行うこと又は行わないことを自国に対して強要する目的で行われる場合
3 2に定める裁判権を設定した締約国は、その旨を国際海事機関事務局長(以下「事務局長」という。」に通報する。当該締約国は、その後に当該裁判権を廃止した場合には、その旨を事務局長に通報する。
4 締約国は、容疑者が自国の領域内に所在し、かつ、自国が1又は2の規定に従って裁判権を設定したいずれの締約国に対しても当該容疑者の引渡しを行わない場合において第三条に定める犯罪についての自国の裁判権を設定するため、必要な措置をとる。
5 この条約は、国内法に従うて行使される刑事裁判権を排除するものではない。
第七条
1 犯人又は容疑者が領域内に所在する締約国は、状況によって正当であると認める場合には、刑事訴訟手続又は犯罪人引渡手続を開始するために必要とする期間、当該犯人又は容疑者の所在を確実にするため自国の法令に従って抑留その他の措置をとる。
2 1の措置をとった締約国は、自国の法令に従って事実について直ちに予備調査を行う。
3 いずれの者も、自己について1の措置がとられている場合には、次の権利を有する。
(a)当該者の国籍国その他当該者と連絡を取る資格を有する国又は当該者が無国籍者である場合には当該者が領域内に常居所を有する国の最寄りの適当な代表と遅滞なく連絡を取る権利
(b)(a)の国の代表の訪問を受ける権利
4 3に定める権利は、犯人又は容疑者が領域内に所在する締約国の法令に反しないように行使する。当該法令は、3に定める権利の目的とするところを十分に達成するようなものでなければならない。
5 締約国は、この条の規定に基づいていずれかの者を抑留した場合には、前条1の規定に従って裁判権を設定した国及び適当と認めるときはその他の利害関係国に対し、その者が抑留されている事実及びその抑留が正当とされる事情を直ちに通報する。2の予備調査を行った国は、その結果をこれらの国に対して直ちに報告するものとし、かつ、自国が裁判権を行使する意図を有するか否かを明示する。
第八条
1 締約国(「旗国」)の船舶の船長は、第三条に定める犯罪のいずれかを行ったと信ずるに足りる相当な理由がある者を、他の締約国(「受取国」)の当局に引き渡すことができる。
2 旗国は、自国の船舶の船長が、実行可能な時点において(可能なときは、1の規定に基づいて引き渡そうとする者を乗せて受取国の領海に入る前に)、当該受取国の当局に村し、その者を引き渡す意図を有する旨及びその理由を通報することを確保する。
3 受取国は、引渡しの原因となうた行為にこの条約が適用されないと考える理由がある場合を除くほか、当該引渡しを受け入れるものとし、前条の規定に従って手続をとる。引渡しを受け入れない場合には、その理由を明らかにする。
4 旗国は、自国の船舶の船長が犯罪に関し所持する証拠を受取国の当局に提供することを確保する。
5 3の規定に従って1に規定する者の引渡しを受け入れた受取国は、旗国に対し、当該者の旗国への引渡しを受け入れるよう要請することができる。旗国は、その要請に考慮を払うものとし、要請に応ずる場合には、前条の規定に従って手続をとる。要請に応じない場合には、受取国に対してその理由を明らかにする。
第九条 この条約のいかなる規定も、自国を旗国としない船舶内において捜査又は取締りのための裁判権を行使する各国の権限に関する国際法の規則に影警を及ぼすものではない。
第一〇条
1 犯人又は容疑者が領域内で発見された締約国は、第六条の規定が適用される場合において、当該犯人又は容疑者を引き渡さないときは、犯罪が自国の領域内で行われたものであるか否かを問わず、いかなる例外もなしに、自国の法令による手続を通じて訴追のため遅滞なく自国の権限のある当局に事件を付託する義務を負う。その当局は、自国の法令に規定する他の重大な犯罪の場合と同様の方法で決定を行う。
2 いずれの者も、自己につき第三条に定める犯罪のいずれかに関して訴訟手続がとられている場合には、そのすべての段階において公正な取扱い(当該者がその領域内に所在する国の法令においてそのような訴訟手続のために規定するすべての権利及び保障の享受を含む。)を保障される。
第一一条
1 第三条に定める犯罪は、締約国間の現行の犯罪人引渡条約における引渡犯罪とみなされる。締約国は、相互間で将来締結されるすべての犯罪人引渡条約に同条に定める犯罪を引渡犯罪として含めることを約束する。
2 条約の存在を犯罪人引渡しの条件とする締約国は、自国との間に犯罪人引渡条約を締結していない他の締約国から犯罪人引渡しの請求を受けた場合には、随意にこの条約を第三条に定める犯罪に関する犯罪人引渡しのための法的根拠とみなすことができる。この犯罪人引渡しは、請求を受けた締約国の法令に定めるその他の条件に従う。
3 条約の存在を犯罪人引渡しの条件としない締約国は、犯罪人引渡しの請求を受けた締約国の法令に定める条件に従い、相互間で、第三条に定める犯罪を引渡犯罪と認める。
4 第三条に定める犯罪は、締約国間の犯罪人引渡しに関しては、必要な場合には、当該犯罪が発生した場所においてのみでなく、引渡しを請求する締約国の管轄内においても行われたものとみなされる。
5 第六条の規定に従って裁判権を設定した二以上の締約国からの犯罪人引渡しの請求を受け、かつ、訴追しないことを決定した締約国は、犯人又は容疑者を引き渡す国を選択するに当たり、犯罪の時に船舶の旗国であった締約国の利益及び責任に対して妥当な考慮を払う。
6 この条約による容疑者の引渡しの請求を受けた締約国は、当該請求を考慮するに当たり、請求を行った国において当該容疑者が第七条3に定める権利を行使することができるか否かについて妥当な考慮を払う。
7 締約国間で適用されるすべての犯罪人引渡条約及び犯罪人引渡取極は、この条約に定める犯罪について、この条約と両立しない限度において当該締約国間で修正される。
第一二条
1 締約国は、第三条に定める犯罪についてとられる刑事訴訟手続に開し、相互に最大限の援助(自国が提供することができる証拠であって当該訴訟手続に必要なものの収集に係る援助を含む。)を与える。
2 締約国は、相互援助に関する条約を締結している場合には、当該条約に従って1に定める義務を履行する。締約国は、そのような条約を締結していない場合には、国内法に従って相互に援助を与える。
第一三条
1 締約国は、特に次の方法により、第三条に定める犯罪の防止について協力する。
(a)自国の領域内又は領域外で行われる犯罪の自国の領域内における準備を防止するためあらゆる実行可能な措置をとること。
(b)自国の国内法に従って情報を交換し、かつ、第三条に定める犯罪を防止するために適宜とる行政上の措置その他の措置を調整すること。
2 第三条に定める犯罪が行われたために船舶の通航が遅延し又は中断した場合には、当該船舶又はその旅客若しくは乗組員が領域内に所在する締約国は、当該船舶並びにその旅客、乗組員及び積荷を不当に抑留し又は遅延させることがないようあらゆる可能な努力を払う。
第一四条 第三条に定める犯罪が行われるであろうと信ずるに足りる理由を有する締約国は、国内法に従い、第六条の規定に従って裁判権を設定した国に該当することとなるであろうと認める国に対し、できる限り速やかに自国が有する関係情報を提供する。
第一五条
1 締約国は、国内法に従い、できる限り速やかに、次の事項に関して有する関係情報を事務局長に提供する。
(a)犯罪の状況
(b)第十三条2の規定に従ってとった措置
(c)犯人又は容疑者に対してとった措置、特に犯罪人引渡手続その他の法的手続の帰結
2 容疑者を訴追した締約国は、国内法に従い、訴訟手続の確定的な結果を事務局長に通報する。
3 事務局長は、1及び2の規定に従って伝達された情報をすべての締約国、国際海事機関(以下「機関」という。)の加盟国、他の関係国及び適当な政府間国際機関に通報する。
第一六条
1 この条約の解釈又は適用に関する締約国間の紛争で合理的な期間内に交渉によって解決できないものは、いずれかの紛争当事国の要請により、仲裁に付される。仲裁の要請の日から六箇月以内に仲裁の組織について紛争当事国が合意に達しない場合には、いずれの紛争当事国も、国際司法裁判所規程に従って国際司法裁判所に紛争を付託することができる。
2 各国は、この条約の署名、批准、受諾若しくは承認又はこの条約への加入の際に、1の一部又は全部の規定に拘束されない旨を宣言することができる。他の締約国は、そのような留保を付した締約国との関係において当該規定に拘束されない。
3 2の規定に基づいて留保を付したいずれの国も、事務局長に対する通告により、いつでもその留保を撤回することができる。
第一七条
1 この条約は、海洋航行の安全に対する不法な行為の防止に関する国際会議に参加した国による署名のため、千九百八十八年三月十日にローマにおいて開放するものとし、すべての国による署名のため、千九百八十八年三月十四日から千九百八十九年三月九日まで機関の本部において開放する。
その後は、加入のため開放しておく。
2 いずれの国も、次のいずれかの方法によりこの条約に拘束されることについての同意を表明することができる。
(a)批准、受諾又は承認を条件とすることなく署名すること。
(b)批准、受諾又は承認を条件として署名した後、批准し、受諾し又は承認すること。
(c)加入すること。
3 批准、受諾、承認又は加入は、そのための文書を事務局長に寄託することによって行う。
第一八条
1 この条約は、十五の国が批准、受諾若しくは承認を条件とすることなく署名し又は批准書、受諾書、承認書若しくは加入書を寄託した日の後九十日で効力を生ずる。
2 この条約の効力発生のための要件が満たされた日の後に批准書、受諾書、承認書又は加入書を寄託した国については、その批准、受諾、承認又は加入は、当該寄託の日の後九十日で効力を生ずる。
第一九条
1 締約国は、自国についてこの条約が効力を生じた日から一年を経過した後は、いつでもこの条約を廃棄することができる。
2 廃棄は、事務局長に廃棄書を寄託することによって行う。
3 廃棄は、事務局長による廃棄書の受領の後一年で、又は廃棄書に明記するこれよりも長い期間の後に、効力を生ずる。
第二〇条
1 機関は、この条約の改正のための会議を招集することができる。
2 事務局長は、締約国の三分の一又は十の締約国のいずれか多い方の数の締約国からの要請がある場合には、この条約の改正のための締約国会議を招集する。
3 この条約の改正が効力を生じた日の後に寄託される批准書、受諾書、承認書又は加入書は、改正された条約に係るものとする。
第二一条
1 この条約は、事務局長に寄託する。
2 事務局長は、次のことを行う。
(a)この条約に署名しており又は加入しているすべての国及び機関のすべての加盟国に対し、次の事項を通報すること。
(i)新たに行われた署名及び批准、受諾、承認又は加入の文書の寄託並びに署名又は寄託の日
(ii)この条約の効力発生の日
(iii)この条約の廃棄書の受領及び受領の日並びに廃棄が効力を生ずる日
(iv)この条約に基づいて行われた宣言、通報又は通告の受領
(b)この条約に署名し又は加入したすべての国にこの条約の認証謄本を送付すること。
3 この条約が効力を生じたときは、寄託者は、国際連合憲章第百二条の規定により、その認証謄本を登録及び公表のため速やかに国際連合事務総長に送付する。
第二二条 この条約は、ひとしく正文であるアラビア語、中国語、英語、フランス語、ロシア語及びスペイン語により原本一通を作成する。
以上の証拠として、下名は、各自の政府から正当に委任を受けてこの条約に署名した。
千九百八十八年三月十日にローマで作成した。