人質をとる行為に関する国際条約

【法令番号 】昭和六十二年六月十八日条約第四号
【施行年月日】昭和六十二年七月八日外務省告示第三百二十八号

 この条約の締約国は、
 国際の平和及び安全の維持並びに諸国間の友好関係及び協力の促進に関する国際連合憲章の目的及び原則に留意し、
 特に、世界人権宣言及び市民的及び政治的権利に関する国際規約に規定するようにすべての者は生命、自由及び身体の安全についての権利を有することを認識し、
 国際連合憲章、国際連合憲章による諸国間の友好関係及び協力についての国際法の諸原則に関する宣言その他関連する国際連合総会決議にうたう人民の同権及び自決の原則を再確認し、
 人質をとる行為は国際社会が重大な関心を有する犯罪であること及び人質をとる行為を行う者はこの条約により訴追され又は引き渡されなければならないことを考慮し、
 国際的なテロリズムとして行われるすべての人質をとる行為を防止し、訴追し及び処罰するための効果的な措置を立案し及びとるに当たつて諸国間の国際協力を発展させることが急務であることを確信して、
 次のとおり協定した。

第一条 1 人を逮捕し又は拘禁し及び当該逮捕され又は拘禁された者(以下「人質」という。)の殺害、傷害又は拘禁の継続をもつて脅迫をする行為であつて、人質の解放のための明示的又は黙示的な条件として何らかの行為を行うこと又は行わないことを第三者(国、政府間国際機関、自然人若しくは法人又は人の集団)に対して強要する目的で行うものは、この条約にいう人質をとる行為とし、犯罪とする。
2 次の行為も、この条約において犯罪とする。
 (a)人質をとる行為の未遂
 (b)人質をとる行為(未遂を含む。)に加担する行為

第二条   締約国は、前条に定める犯罪について、その重大性を考慮した適当な刑罰を科することができるようにする。

第三条 1 犯人が領域内で人質を捕らえている締約国は、人質の事態を緩和するため、特に、人質の解放を確保するため及び必要な場合には人質の解放の後その出国を容易にするため、適当と認めるすべての措置をとる。
2 締約国は、人質をとる行為の結果として犯人が取得した物件を保管しているときは、場合に応じて人質若しくは第一条に規定する第三者に対し、又はこれらの者の関係する適当な当局に対し、当該物件をできる限り速やかに返還する。

第四条   締約国は、特に次の方法により、第一条に定める犯罪の防止について協力する。
 (a)自国の領域内又は領域外で行われる犯罪の自国の領域内における準備を防止するためあらゆる実行可能な措置(人質をとる行為を助長し、扇動し、組織し又は行う個人、集団及び団体が行う不法な活動を自国の領域内において禁止する措置を含む。)をとること。
 (b)犯罪を防止するため、適当な場合には、情報を交換し及び行政上の措置その他の措置を調整すること。

第五条 1 締約国は、次の場合において第一条に定める犯罪についての自国の裁判権を設定するため、必要な措置をとる。
 (a)犯罪が自国の領域内で又は自国において登録された船舶若しくは航空機内で行われる場合
 (b)犯罪が自国の国民によつて行われる場合及び自国が適当と認めるときは犯罪が自国の領域内に常居所を有する無国籍者によつて行われる場合
 (c)犯罪が、何らかの行為を行うこと又は行わないことを自国に対して強要する目的で行われる場合
 (d)自国が適当と認めるときは、犯罪が自国の国民を人質として行われる場合
2 締約国は、容疑者が自国の領域内に所在し、かつ、自国が1のいずれの締約国に対しても当該容疑者の引渡しを行わない場合において第一条に定める犯罪についての自国の裁判権を設定するため、同様に、必要な措置をとる。
3 この条約は、国内法に従つて行使される刑事裁判権を排除するものではない。

第六条 1 容疑者が領域内に所在する締約国は、状況によつて正当であると認める場合には、刑事訴訟手続又は犯罪人引渡手続を開始するために必要とする期間、当該容疑者の所在を確実にするため、自国の法令に従つて抑留その他の措置をとる。当該締約国は、事実について直ちに予備調査を行う。
2 1の抑留その他の措置は、直接に又は国際連合事務総長を通じて次の国及び機関に遅滞なく通報する。
 (a)犯罪が行われた国
 (b)強要の対象とされ又はされようとした国
 (c)強要の対象とされ又はされようとした自然人又は法人の国籍国
 (d)人質の国籍国及び人質が領域内に常居所を有する国
 (e)容疑者の国籍国又は容疑者が無国籍者である場合には当該容疑者が領域内に常居所を有する国
 (f)強要の対象とされ又はされようとした政府間国際機関
 (g)その他のすべての関係国
3 いずれの者も、自己について1の措置がとられている場合には、次の権利を有する。
 (a)当該者の国籍国その他当該者と連絡を取る資格を有する国又は当該者が無国籍者である場合には当該者が領域内に常居所を有する国の最寄りの適当な代表と遅滞なく連絡を取る権利
 (b)(a)の国の代表の訪問を受ける権利
4 3に定める権利は、容疑者が領域内に所在する締約国の法令に反しないように行使する。もつとも、当該法令は、3に定める権利の目的とするところを十分に達成するようなものでなければならない。
5 3及び4の規定は、前条1(b)の規定に従つて裁判権を設定した締約国が、赤十字国際委員会に対し容疑者と連絡を取り又は容疑者を訪問するよう要請する権利を害するものではない。
6 1の予備調査を行う国は、その結果を2の国及び機関に対して速やかに報告するものとし、また、自国が裁判権を行使する意図を有するか有しないかを明らかにする。

第七条   容疑者を訴追した締約国は、自国の法令に従い、訴訟手続の確定的な結果を国際連合事務総長に通報する。同事務総長は、当該情報を他の関係国及び関係する政府間国際機関に伝達する。

第八条 1 容疑者が領域内で発見された締約国は、当該容疑者を引き渡さない場合には、犯罪が自国の領域内で行われたものであるかないかを問わず、いかなる例外もなしに、自国の法令による手続を通じて訴追のため自国の権限のある当局に事件を付託する義務を負う。その当局は、自国の法令に規定する通常の重大な犯罪の場合と同様の方法で決定を行う。
2 いずれの者も、自己につき第一条に定める犯罪のいずれかに関して訴訟手続がとられている場合には、そのすべての段階において公正な取扱い(当該者が領域内に所在する国の法令に規定するすべての権利及び保障の享受を含む。)を保障される。

第九条 1 この条約による容疑者の引渡しの請求を受けた締約国は、次の場合には、当該請求に応じてはならない。
 (a)第一条に定める犯罪に関する犯罪人引渡しの請求が、人種、宗教、国籍、民族的出身又は政治的意見を理由として当該容疑者を訴追し又は処罰するために行われたと信ずるに足りる実質的な根拠がある場合
 (b)当該容疑者の地位が次の理由により害されるおそれがあると信ずるに足りる実質的な根拠がある場合
  (i)(a)に掲げるいずれかの理由
  (ii)保護権を行使する資格を有する国の適当な当局が当該容疑者と連絡を取ることができないという理由
2 締約国間で適用されるすべての犯罪人引渡条約及び犯罪人引渡取極は、この条約に定める犯罪について、この条約と両立しない限度において当該締約国間で修正される。

第十条 1 第一条に定める犯罪は、締約国間の現行の犯罪人引渡条約における引渡犯罪とみなされる。締約国は、相互間で将来締結されるすべての犯罪人引渡条約に同条に定める犯罪を引渡犯罪として含めることを約束する。
2 条約の存在を犯罪人引渡しの条件とする締約国は、自国との間に犯罪人引渡条約を締結していない他の締約国から犯罪人引渡しの請求を受けた場合には、随意にこの条約を第一条に定める犯罪に関する犯罪人引渡しのための法的根拠とみなすことができる。この犯罪人引渡しは、請求を受けた国の法令に定めるその他の条件に従う。
3 条約の存在を犯罪人引渡しの条件としない締約国は、犯罪人引渡しの請求を受けた国の法令に定める条件に従い、相互間で、第一条に定める犯罪を引渡犯罪と認める。
4 第一条に定める犯罪は、締約国間の犯罪人引渡しに関しては、当該犯罪が発生した場所のみでなく、第五条1の規定に従つて裁判権を設定しなければならない国の領域内においても行われたものとみなされる。

第十一条 1 締約国は、第一条に定める犯罪についてとられる刑事訴訟手続に関し、相互に最大限の援助(当該訴訟手続に必要であり、かつ、自国が提供することができるすべての証拠の提供を含む。)を与える。
2 1の規定は、他の条約に規定する司法上の相互援助に関する義務に影響を及ぼすものではない。

第十二条   この条約は、戦争犠牲者の保護に関する千九百四十九年のジュネーヴ諸条約又は同諸条約の追加議定書に規定する武力紛争(千九百七十七年の追加議定書I第一条4に規定する武力紛争、すなわち、国際連合憲章及び国際連合憲章による諸国間の友好関係及び協力についての国際法の諸原則に関する宣言にうたう人民の自決の権利の行使として人民が植民地支配、外国による占領及び人種差別体制に対して戦うものを含む。)において行われた人質をとる行為については、当該人質をとる行為について同諸条約又は同諸条約の追加議定書が適用され、かつ、この条約の締約国が当該人質をとる行為を行つた者を訴追し又は引き渡すことを同諸条約により義務付けられる限り、適用しない。

第十三条   この条約は、犯罪が単一の国において行われ、人質及び容疑者が当該国の国民であり、かつ、当該容疑者が当該国の領域内で発見された場合には、適用しない。

第十四条   この条約のいかなる規定も、国の領土保全又は政治的独立に対する侵害であつて国際連合憲章に違反するものを正当化するものと解してはならない。

第十五条   この条約は、その採択の日に効力を有する庇護に関する諸条約の当事国間における当該諸条約の適用に影響を及ぼすものではない。もつとも、この条約の締約国は、当該諸条約の当事国でない他の締約国に対して当該諸条約を援用することができない。

第十六条 1 この条約の解釈又は適用に関する締約国間の紛争で交渉によつて解決されないものは、いずれかの紛争当事国の要請により、仲裁に付される。仲裁の要請の日から六箇月以内に仲裁の組織について紛争当事国が合意に達しない場合には、いずれの紛争当事国も、国際司法裁判所規程に従つて国際司法裁判所に紛争を付託することができる。
2 各国は、この条約の署名若しくは批准又はこの条約への加入の際に、1の規定に拘束されない旨を宣言することができる。他の締約国は、そのような留保を付した締約国との関係において1の規定に拘束されない。
3 2の規定に基づいて留保を付した締約国は、国際連合事務総長に対する通告により、いつでもその留保を撤回することができる。

第十七条 1 この条約は、千九百八十年十二月三十一日まで、ニュー・ヨークにある国際連合本部において、すべての国による署名のために開放しておく。
2 この条約は、批准されなければならない。批准書は、国際連合事務総長に寄託する。
3 この条約は、すべての国による加入のために開放しておく。加入書は、国際連合事務総長に寄託する。

第十八条 1 この条約は、二十二番目の批准書又は加入書が国際連合事務総長に寄託された日の後三十日目の日に効力を生ずる。
2 二十二番目の批准書又は加入書が寄託された後にこの条約を批准し又はこれに加入する国については、この条約は、その批准書又は加入書の寄託の後三十日目の日に効力を生ずる。

第十九条 1 いずれの締約国も、国際連合事務総長に対して書面による通告を行うことにより、この条約を廃棄することができる。
2 廃棄は、国際連合事務総長が1の通告を受領した日の後一年で効力を生ずる。

第二十条   アラビア語、中国語、英語、フランス語、ロシア語及びスペイン語をひとしく正文とするこの条約の原本は、国際連合事務総長に寄託する。同事務総長は、その認証謄本をすべての国に送付する。

 以上の証拠として、下名は、各自の政府から正当に委任を受けて、千九百七十九年十二月十八日にニュー・ヨークで署名のために開放されたこの条約に署名した。