よい講演発表とは
藤本 元
学会の講演発表は,自分が日頃行なっている理論計算や実験結果,あるいは技術の新しい知見などを発表する場である.それゆえ,参加者が良い反応を示せば自信につながる.質疑の間には問題点が浮上がり,今後の方針が得られる.また,この技術を使おうかという場合も出てくるであろう.ヴェテランからは,その研究あるいは技術の発展を祈る気持をこめて,良きアドヴァイスが出されることが多い.ヴェテランはイジワルバーサンではないのである.このように考えれば,あらゆるジェネレーションの研究者にとって,講演会は自己発信の場であり,参加者は情報集票マンであるので,よき講演発表は必須条件である.
ところが,フレッシュマン,ヴェテランを問わず,首をかしげたくなる,極論すれば眠たくなったり,時間の無駄かと思ってしまう講演発表が時としてある.筆者は,大学院1年生の秋に学会の講演会にデビューして以来,最近たぬき度が増していささか講演会ずれしているが,それでも時にはヤバカッタカナと思うことがある.
そこで,本稿では日頃筆者自身心掛けている.良き講演発表について述べる.
1. 講演発表の目的は,自分のやったことを,適確に参加者に伝えることである.
講演者は,"自分こそこの分野での世界の第一人者 "という自負を持って,発表に臨まなければならない.そうするためには,日頃から研究や技術に研鑽を積まなければならない.また,講演の前に担当準備をしなければならないことは,言うまでもない.
図1 講演準備まで
2. 発表の順序は,「題目と名前」,「発表の順序」,「目的」,「理論」,または「実験装置」,「諸結果」,「結論」である.
それぞれのOHPやスライドを作るときの注意は,次のようになる.
(1)題目と名前
題目で参加者は釣られてくるので,講演内容に適しい題目になるように,知恵を絞らなくてはならない.バカノ一ツオボエで「・・・に関する研究」では,芸が無さすぎる.所属のロゴマークを入れるとカッコーが良い.題目のみならず,所属や名前によっても参加者が増えることがある.
図2 発表の順序
(2)発表順序
参加者にこういう発表をするぞという趣旨で,最近これが増えている.ただし,時間が足りなければ省略してよい.
(3)目 的
どういう背景で,何の目的でどこまで明らかにするかを,簡潔に参加者に知らせる.これで,参加者に講演内容がアッピールできる.
(4)理 論
理論だけの発表のみならず,実験の場合も理論が出てくることがある.よくある例だが1枚のOHPシートやスライドにひどいときには10本ぐらいの式を小さい字で示すのがある.これでは参加者は読めない.忙しい人は,前刷を読まないで講演だけ聞きにくる.そんな人は,こんなOHPやスライドを見ると,それだけで聞く気持を無くしてしまう.
図3 理論式の示し方
(5)実験装置
太線と細線の区別を明確にするなどなるべくJISの規格にあわせる.センターラインを忘れると,参加者は何となく落差がない気分になる.計測機器,たとえば圧力センサー,データの取込や実験装置の制御に必要な遅延回路なども,ほとんどJISの規格で決められている.詳細な説明のために,必要ならば実験装置の重要部分の図のOHP等を用意すると良い.実験装置の図がショボクレテイルト,講演内容まで同じかと思われてしまう.
(6)諸結果
ここでは,得られた結果やモデル図などを,図や表にして参加者に示す.これらは,著者の意図とは別に独り歩きをすることが多い.だから,図や表には必要な情報,たとえば実験条件などをできるだけ盛り込む.講演時のOHPシートやスライドだけでなく,本文の論文中に実験式を提示するときは,その下に必ず実験範囲を明示しなければならない.また,縦軸と横軸に変数のシンボルだけを入れた例が多いが,ぱっと見たときの参加者の理解を助けるために,図2のようにその説明を入れた方が良い.なぜなら,発表者にはシンボルの内容が十分過ぎるほどにわかっているが,もしシンボルだけだと,参加者には珍文漢文,論文の場合でも本文を読まないと,それがわからない.これは不親切というものである.
(7)結論
これは論文のハイライトである.これを参加者によくわかってもらえないと,切角の苦労も水の泡である.時間が足りなくて結論を省略する(筆者もよくやる.)発表者もいるが,できればこういうのは避けたい.またA4の原紙に書かれたたくさんの結論を,そのまま全部OHPシートやスライドにする例があるが,これは参加者には
非常に読み難い.1枚につき2〜3ヶの結論を示すのが良い.例は図2中にある.
3. できが良いOHPシートやスライドは参加者にアピールし易いし,苦労も報われる.
もちろん,内容が伴なわなければ,発表者は厳しい質問にさらされる.
小数点は少し大きめに,太線:0.6〜0.8 mm 細線:0.3 mm
以上はA4においての注意
(a) グラフの場合
(b) 表の場合
図4 グラフ,表の書き方
図4は,筆者が随分前に(パソコンなど影も形も無い頃に)作ったもので,A4ほぼ一杯を使ったグラフと表の縮小である.これらをOHPシートあるいはスライドにすれば,相当大人数用の講演会場の最後列の席でも,十分に字が読める.今の世なら,これを参考にしてパソコン上で描かせれば良い.作り方の要領は,(a)のグラフの欄外に書いたとうりである.また,早い現象や数値計算のアニメーション等は,ヴィデオで見せると良い.ヴェテランには評判が悪いが,音楽つきも良い.その他,つぎのようなことも注意しなければならない.
(1) 1枚に情報を大量に入れすぎるのは良くない.例えば,1枚に6〜8枚の図を入れるとわかり難い.それならば比較のための新しい図を作る可きである.
(2) OHPシートやスライドで文字などが拡大されると思いがちであるが,小さい字は拡大率によって拡大されるので,小さいままである.つまり参加者にとっては読み難い.
(3) OHPのプロジェクターによっては,A4のシートが全部入りきらないことがある.天地20mmずつ,左右20mmずつぐらいの空スペースを作っておくと,何とか対応できる.
(4) 図や表の種類によってA4を縦か横にするか決める.なお,前刷などの原稿を作るときにも,つぎの注意をする必要である.
(i) 図や表が1コラム一杯になるようにする.
(ii)このとき,文字の大きさは最低4mm 添字は最低2mmにすると,刷り上りが 美しい.これが,それぞれ2mm,1mm のような原稿が時々あるが,刷り上りで はこんな小さい字は判読し難い.世の中 には若い人だけではなく,老眼鏡(読書用メガネという.)を使う人もいることをお忘れなく.
(5) およそ1分間に1枚のOHPシートやスライドを使うペースである.従って15分の講演時間では,17〜18枚が一応の目安である.もちろん現象の紙芝居をするときは,これより少し増えてもよい.
(6) お金がかかるが,カラーのOHPシートやスライドを使うと,参加者に強い印象を与えることができる.
(7) 発表中に数回使う図表は,その枚数分だけOHPやスライドを作り,発表順に従ってそれぞれの位置に入れておくと良い.
4. 講演発表の練習は,十分過ぎるほど行なう.
ヴェテランといえども練習をする.だから,デビュー戦の人は練習をやり過ぎるということはない.
図5 発表の手順
これについてはつぎのようなことをする.
(1) やったことを全部話すのではなく,肝要な点に絞って参加者に知らせる気持ちを,まず持つ.
(2) 発表原稿を作る.最初の原稿でやると
必ず時間オーバーになる.順次文章を削って時間内に納まるようにする.
(3) 早口すぎるのは好ましくない.かくい
う筆者も早口で,講義を聞いている学生諸君には評判が悪い.1分200字程度が参加者にはちょうど良い.
(4) おおよそ講演発表の骨格が決まったら,それぞれのOHPシートやスライドに対応して,1枚のメモを用意する.これには文章では無く,キーワードだけを書いておくと良い.
(5) スライドを使うときは,予想質問用のぶんも含め,番号順のリストを作る.
(6) できれば発表内容を暗記する.できなければ,(4)のメモのみを持参するようにする.
(7) 講演時間内に,可能ならば講演時間ピッタリになるように,何度も練習する.
(8) できれば,一度他の人の前で練習し,意見を言ってもらう.
5. いよいよ講演発表
再度述べるが,自分コソコノ分野ノ世界第一人者の気持で,発表に臨む.それでも場数を踏まないと,胸がドキドキするのは当然である.今のヴェテランといえども昔は新人なのだ.発表にさいしての注意はつぎのとうりである.
(1) 講演会によっては,ブリーフィングつまり司会者との打ち合わせがある.司会者にまた,講演者にあいさつをまずする.司会者からセッションの運営の仕方や,講演者にこういう注意をして欲しいなどの話がある.講演者はわからないことは司会者に聞く.なぜなら司会者は,ヴェテランがするのが普通だからである.
(2) 原稿の棒読みはしない.本当は原稿無しが良い.
図6 OHPを使う発表
(3) 暗記で始めたときは,言い忘れてもしかたがないと腹をくくれば良い.忘れたことは,大体質問が来るのですぐ思い出すから,安心して良い.内緒だが,わざと話さないで質問のためのエサをまく方法もある.
(4) OHPをつかうときは,つぎのような方法がある.
(i) OHPを差し替える人,つまりアシスタントを頼む.この場合
(a)アシスタントに練習のときからつきあってもらい,この人が講演の進行にしたがって,OHPシートの内容を指し棒で適確に指示する.
(b)アシスタントは単にOHPシートを交換するだけで,講演者がレーザーポインター等で内容を指し示す.この場合は,講演内容を暗記していると良い.の2つの方法による.
(ii)OHPシートは講演者自ら差し変え
る.この場合,講演者は参加者にたいしてスクリーンに写った図が隠れない位置に,立つようにする.また,アガッテイタリ,年齢を重ねると,手が微妙にふるえて指し棒がゆれることがあるので,
OHPシート上の指し示す場所にシャープペン等を置いてしまうのも,一つの方法である.
(5) スライドを使うときの注意もOHPの場合と同様である.試し用のプロジェクターが用意されているときは,講演の前にチェックができる.
(6) 講演室の大小によって,講演者の立つ位置が異なる.
(i) 大きい部屋では,位置関係が大体図 6(a)のようになり,講演者が立つ場所も決められているので,まず問題は無い.
図7 講演者とスクリーンの位置関係(ii) 小さい部屋は注意しないといけない.なる可くスクリーンに平行,つまり壁にはりついた形で立ち,スクリーンに近い方の腕を使って指し示すと,どの席に座っていても,参加者によく見える.ただし,一部の席はどうしても死覚になるが,席選びは参加者の責任である.
(7) 声は大きくする.小さい声だと参加者に講演者の意図が伝わり難い.特に強調したい所は,声のトーンを上げる.
(8) 講演時間は守る.講演者への予めの通知,ブリーフィングで,また会場に
1鈴:5分前 2鈴:講演終了
3鈴:質疑終了
といった張紙がある.1鈴がなると講演者は普通ドキッとし,残り時間で終了しようと早口になる.時間オーバーだと,質問時間が5分しかない場合には,内容のあるディスカッションができない.
図8 講演終了
(9) 融通のきかない司会者によっては,冷たく講演終了を宣告する.最近はタイマーが自動的に,(8)の3つのベルをならすことが多い.
(10)質問の意味がよく理解できないときは質問者に問いなおす.
(11)質問にたいしてヒトリヨガリの答え方をするのではなく,質疑がカミアウようにする.
(12)質問内容によっては関連する,あるいは予め用意したOHPシートやスライドで説明するとよい.
(13)共同研究者は,講演者の成長(場なれ)のために,立ち上がって助け船を出すことを,なるべく避けたほうが望ましい.ただし,講演者がトンチンカンな答えをしているときには,誤解を解くために簡潔な助けを出さなくてはならない.
6.講演のメデタシメデタシの結末
こうなるためには,発表する研究や技術がしっかりした内容を持つことと,十分な準備に裏打ちされた発表技術が必要である.
以上,単に筆者の経験にすぎないが,会員各位には,本年12月21〜22日開催予定
の日本液体微粒化学会主催の第4回微粒化シンポジウムで講演される場合に,本報の内容を御利用になっていただければ幸いである.
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