研究会設立の背景と趣旨


言語学が科学として確固たる地位を築いたのは19世紀以降である。まず、ヨーロッパの諸言語を対象とした比較言語学の方法が確立され、20世紀に入り、一般言語学の誕生から、アメリカ構造主義言語学を経て、百家争鳴な時代へと突入した。現在も、生成文法に代表されるような統語形式を重視した文法理論、又は数理論理学に基礎を置く形式意味論、あるいは人間の認知能力に根ざした認知言語学など、様々な言語理論が提案されている。

比較言語学の方法にせよ、現代の言語理論の方法にせよ、共通していることは、いずれも欧米からの発信であり、各々の方法論を支える言語事実の多くは欧米の諸言語の観察に因るものであるといってよい。一方、アジアの諸言語に対する理論研究は、その多くが欧米式の理論に基づき、分析がおこなわれているのが現状である。しかしながら、欧米の諸言語を中心とした言語理論が必ずしもアジアの諸言語にうまく適用できるというわけではない。したがって、21世紀において、我々はアジアから発信された、アジアの諸言語における言語現象を説明する理論を構築する必要があるわけだが、残念ながら、我々の研究はまだその段階には至っていないように思われる。特に、中国語と日本語の対照研究の成果に基づいて言語理論を構築しようという試みは、世界的に見て、質的にも量的にも手薄であることは認めざるをえない。

この現状を鑑み、2005年に、井上優、于康、影山太郎、木村英樹、定延利之、沈力、田野村忠温、張勤、平田昌司、益岡隆志、村木新次郎、森山卓郎、LAMARRE, Christine(柯理思)、楊凱榮、李長波(敬称略)の15名が発起人となり、中日理論言語学研究会を立ち上げることとなった。我々一同、アジア諸言語の特質を明らかにできるような研究を少しでも進めていこうとするこの「企て」こそが、中国語・日本語の研究に携わる者として果たしていかなければならない責務であると認識し、かつ、この「企て」によって、人間の言語能力を解明する普遍的な言語理論の発展にも寄与することができると考えている。

この研究会の趣旨は、日中両言語を中心とする理論的研究を促進するため、意見交換の場を設ける、というものである。交流範囲は中国語や日本語に関わる記述的研究、理論的研究、及び日中対照研究などである。この研究会は年に4回の例会が行われ、テーマごとにシンポジウムが開催されることもある。今までに9回の例会、1回のシンポジウムが開催され、発表者はすでに25名にも上っている。

この研究会を立ち上げてから3年目になるが、ここで、我々は、この研究会の趣旨を実現するための2つの学術活動について言及しておきたい。1つは、2007年度科学研究費補助金を申請し、基盤研究B「中国語と日本語の対照による事象表現の総合的研究」(代表者:沈力)が採択されたことである。この科研のプロジェクトには、中日理論言語学研究会の活発な研究活動を目指すことが盛り込まれている。もう1つは、去る9月1-2日に北京大学外国語学院日本言語文化系と共に「中日理論言語学研究国際フォーラム」を北京に於いて開催することができたということである(HPの「学術活動」の欄を参照)。このフォーラムにおいて、中日両言語の研究者が北京に集い、研究交流を行い、活発な意見交換をおこなうことができたことは、大いに意義のあることであった。

今後は、中日理論言語学研究会を中心に、論文集シリーズを発行し、充実した研究活動を継続していくことを目指す。2年後には、日本で中日理論言語学研究の国際学会を開催し、研究成果の発表をおこなう予定である。我々は、中日理論言語学研究会のさらなる発展を目指し、アジア諸言語を対象とした理論研究の基盤を確立し、その研究成果を日本国内だけではなく、世界へと発信していきたいと考えている。

2007年10月1日