10 水素分子〜その 1〜原子価結合法   Valence Bond Method

化学結合を量子力学的に表現するためには大きく分けて,原子価結合法と分子軌道法の二つの方法がある。
原子価結合法は,はじめに独立した原子を考え,結合を作る原子からそれぞれ一つずつの電子が対になって化学結合が生じると考える。共有結合の概念をモデル化したのもであるといえる。歴史的には,Heitler と London によって水素原子に用いられたのが最初である。

10.1 水素分子に対する計算の準備

平衡核間距離 0.0741 nm
解離エネルギー 4.7466 eV

2 つのプロトン A, B
2 つの電子 1, 2
原子核は固定して,電子の運動のみを取り扱う
(Born-Oppenheimer 近似)
様々な原子核間距離についてエネルギーを計算し,
もっとも安定な配置を求める。
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水素分子に対するハミルトニアン
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10.2 2 つの原子が全く別々に存在している場合

A 原子のみに対するハミルトニアン(原子単位)

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A 原子の波動関数 fA(1) B 原子の波動関数 fB(2)
A 原子のエネルギー EH = -1/2 (au) B 原子のエネルギー -1/2

水素分子に対するハミルトニアンは次のように書ける

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2 つの原子が全く別々に存在している場合,電子 1 は原子 A のみに属し,電子 2 は原子 B のみに属している。
よって,全系の波動関数とエネルギーは次のように書ける。

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エネルギーの極小を与える R の値 0.09 nm
エネルギーの極小値 0.25 eV


10.3 原子価結合法

二つの原子が近づいて化学結合を形成したとき,電子 1 は原子 A のみに属しているとはいえず,原子 B に属しているとも考えられる。しかも電子 1 と電子 2 は区別できない。よって,全系の波動関数は次のように書けると考えなければ ならない。

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変分法によって c1 と c2 とをきめる
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ただし,ハミルトニアンのエルミート性から
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また
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ここで変分原理を用いて
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連立方程式
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c1 = c2 = 0 という物理的に意味のない解にならないためには(永年方程式)
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この問題では対称性と規格化条件から
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これらを用いると式 (10.14) の永年方程式は次のようになる
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これはE に関する二次方程式なので,解くことができて
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これでエネルギー準位がわかった

次に波動関数を求める。式 (10.12) を変形すると,次のように書ける

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これは c1, c2 の個々の値は決まらないが,その比は決められることを意味している。 c1, c2 の個々の値は,規格化条件から決まる。

式 (10.20) に式 (10.19) を代入すると,復号の上をとった場合 c1/c2 = -1,下をとった場合 c1/c2 = 1 となる。
よって,答えを次のようにまとめることができる。

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および
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N± は規格化定数である

二つの答えのうち Y+ が低いエネルギーを与える   エネルギー -3.14 eV      核間距離 0.087 nm

普通つぎのような記号を用いる

重なり積分

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Coulomb 積分
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交換積分
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この記号を用いれば
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10.4 原子価結合法の改良

10.4.1 遮蔽効果

今までの計算は,原子軌道をそのまま用いていたが,電子は二つの中心から引力を受けるので,軌道の大きさが原子の場合と異なるはずである。
この効果を取り入れるために,次のような原子軌道関数を考える。

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計算としては変分パラメータ C がひとつ増える
エネルギー 3.78 eV         核間距離 0.0743 nm

10.4.2 分極効果

一方の原子の効果で他方の軌道は非対称になるはずである。
つまり,原子軌道は球対称ではない。これを考慮するための原子軌道関数は

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新しい効果を考慮すると新しい変分パラメータが増え,計算の手間が増える。
エネルギー 4.02 eV

10.4.3 共有結合とイオン結合

最も簡単な原子価結合法では,原子が互いに電子を交換して電子対を形成すると考えているので,完全に共有結合的である。
一方,イオン結合を考えれば,電子対は両方ともどちらかの原子に属しているはずである。現実は完全な共有結合と完全なイオン結合の中間にあると考えられる。

共有結合

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イオン結合
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全体は線形結合
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エネルギー 4.10 eV

演習問題

  1. 原子価結合法によって水素分子を考察する。
    1. 2 つの水素原子の 1s 軌道の波動関数を用いて,結合状態を表す波動関数の関数形を書け。
    2. 変分法を用いて水素分子の基底状態のエネルギーと波動関数を求めよ。
    3. 前問で求めた波動関数について,許されるスピン波動関数を理由とともに書け。
  2. 2 つの水素原子の 1s 軌道の波動関数を用いた原子価結合法による水素分子の計算で求められた 2 つの軌道のうち片方は一重項でありもう片方は三重項であることを示せ。
  3. 水素原子に対する原子価結合法の計算で用いる積分について。
    1. 回転楕円座標は次のような座標系である。
      電子 1 について
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      そして, f1 は R を回転軸とし xz 面を基準とした三角形 (A, B, 1) の面の回転角である。
      x1, y1, z1m1, n1, f1 で表し,積分の体積素片が次式になることを示せ。
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      積分範囲
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    2. 重なり積分が次のように表されることを確かめよ。
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      として
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    3. Coulomb 積分が次のように表されることを確かめよ。
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      として
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    4. 交換積分は難しいのでやめておく。
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      本で調べよ。
  4. 次の試行関数を用いた変分法によって水素分子の波動関数 Y(1,2) とエネルギー準位を求めよ。
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    fA は A 原子, fB は B 原子の 1s 軌道波動関数である。
  5. 原子価結合法による水素分子の計算について。
    1. gerade, ungerade の波動関数とはどのようなものか。
    2. gerade, ungerade の波動関数の概略図を,分子軸に沿ってプロットせよ。
    3. gerade, ungerade の軌道について,電子密度の概略図を,分子軸に沿ってプロットせよ。