9 核スピンと核磁気共鳴

電子だけではなく,陽子や中性子もスピンを持っている。その結果,原子核はそれぞれ固有の核スピンを持っている。
磁場とスピンの相互作用を利用して, NMR のシグナルが観測できる。 NMR は現在の化学にはなくてはならない実験手段であり,物理化学だけではなく有機化学の分野でも広く用いられている。
(副読本 pp. 103〜108)

9.1 核スピン

核スピン量子数 I と核スピン磁気量子数 mI (-I < mI < I) によって核スピンは記述される。
電子の場合と異なり, I は整数または半整数(つまり 0, 1/2, 1, 3/2,...)の値を取りうる。この値は核種によって決まる。

9.2 核に対する磁場効果

核磁気モーメント z 成分

9-1
核の g因子 gI と核磁子 mN
9-2
z 方向の一様磁場 B 中に置かれた核のエネルギー
9-3
原子核 天然存在比 スピン I gI
1H 99.895 1/2 5.58536
2D 9.65 ×10-3 1 0.857386
12C 98.9 0
13C 1.10 1/2 1.4044
14N 99.634 1 0.40358
15N 1.04 ×10-3 1/2 -0.56608
16O 99.96 0
17O 0.038 5/2 -0.7572

9.3 NMR 分光

試料を静磁場中に置き電磁波をあてる。
電磁波の周波数は固定して,静磁場の大きさを連続的に変化させるとあるところで電磁波の吸収が起きる。そのときの共鳴条件は

9-4
で与えられる。 Lamor 周波数はスピンの軸の歳差運動の周波数と考えることができる。
試料内の核が感じている磁場は,実際には外部磁場 B そのものではなく,周囲の環境によって決まる局所磁場 Bloc である。
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遮蔽定数は,周囲にどのような核や電子軌道があるかに大きく左右される。電子の運動による磁場によって,外部磁場は大きく遮蔽されるが, s は正(反磁性)の時も負(常磁性)のときもある。
これを化学物質の同定に利用する事ができる。その際,化学シフト d を用いる。化学シフトは,標準物質の共鳴周波数を no,共鳴の起きる磁場を Bo として次のように定義される。
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隣接基効果によって吸収ピークが分裂する事も多く,化学シフト,スペクトルの面積強度とともに分子の同定に利用される。

9.4 緩 和

スピン a が外部磁場と平行であるとしたとき, a のスピンの個数 Nab スピンの個数 Nb とは,平衡において次のような Boltzmann 分布をしていると考えられる。

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核磁気共鳴が起こり電磁波を吸収した直後は平衡が崩れている。核はその後どうなるのか
そろっていた歳差運動の位相がバラバラになっていく...スピン - スピン緩和 (横緩和)
ab の数が平衡の Boltzmann 分布に戻っていく...スピン - 格子緩和 (縦緩和)

演習問題

  1. 磁場中の核について
    1. z 方向の一様磁場 B 中に置かれた核のエネルギーを書け。
    2. 核磁気共鳴の共鳴条件を書け。
    3. Lamor 周波数とは何か。
  2. 表に示した核種が裸で存在する場合について次の計算を行え。
    1. 取り得る核磁気モーメントの z 成分の値を J T-1 単位で計算せよ。
    2. g 因子をもとにして 1 T の磁場中に置かれた時の共鳴周波数を計算せよ。
    3. 磁場が 10 T になるとどうなるか。 1 T と,どちらが細かい情報が得られるか。
    4. 400 MHz で動く分光器を使用した場合に共鳴の起こる磁場の強さを計算せよ。
    原子核 1H 2D 12C 13C 14N
    スピン I 1/2 1 0 1/2 1
    gI 5.58536 0.857386 1.4044 0.40358
  3. NMR スペクトルついて
    1. ピークの位置が決まる要因について述べよ。
    2. ピークの本数が決まる要因について述べよ。
    3. ピークの面積が決まる要因について述べよ。