3 ヘリウム原子の基底状態〜その 1〜摂動法

ヘリウム原子には 2 個の原子があり,電子間に反発力が働く。この場合は Schrdinger 方程式が変数分離不可能であり,厳密解は知られていない。
厳密に解けない問題に対しては種々の近似法が考案されている。この節ではよく用いられる近似法の一つである摂動法について述べる。(副読本 pp. 109 〜 128)

3.1 原子単位atomic unit (au)

次のように置いて得られる単位系を原子単位という。

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長さの単位 bohr (水素原子の Bohr 半径 a0 を単位とする)
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エネルギーの単位 hartree (水素原子基底状態エネルギー w0 の 2 倍)
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水素類 似イオンの核の電荷数が Z で m  -~ me と見なしたとき,ハミルトニアン^H と Bohr 半径に相当する量 a 及び基底状態エネルギー W は au で次のように書ける。
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3.2 ヘリウム原子中の電子に対するSchrdinger 方程式

一般的に原子核の電荷数が Z で電子が 2 つある系について

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ただし
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pict
原子単位で書くと
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ハミルトニアンは次のように書ける
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電子間 反発項(摂動)があるため Schrdinger 方程式が変数分離できない。その結果方程式が解析的に解けない。
ところで,もしも^H'の項がなければ,ハミルトニアンは水素類似原子のハミルトニアン^H1 ^H2 の重ね合わせであり,この場合容易に変数分離できて解が求められる。つまり,無摂動の Schrdinger 方程式は
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であり,基底状態の波動関数とエネルギー準位は次のようになる。
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ただし
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3.3 縮退がない場合の摂動論

摂動法の一般論について述べる。次のような Schrdinger 方程式を解きたいが,解が解析的には求められないとする。

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そこで,ハミルトニアン^H を二つの部分に分けて考える。
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c は無次元の小さい量で,最終的には c = 1 にするが,今のところ任意の数であると考えておく。
^H'は摂動のハミルトニア ンと呼ばれている。

H^o は無摂動のハミルトニアンだが,これに対しては,固有関数 uno と固有値 Eno が既知であるとする。

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無摂動 の波動関数 uno は規格直交性 (3.26),完全性 (3.27) を持つとする。
3-26
任意のf に対して
3-27

さて,摂動論では式 (3.23) の un と En とが次のように書けると仮定する。

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式 (3.24), (3.28), (3.29) を式 (3.23) に代入し, c の次数ごとに整理する。
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この式 が c の任意の値に対して成立するためには,両辺で c の各次数の係数がそれぞれ釣り合っていなければならない。

ゼロ次項(c0 の係数)に関する方程式

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無摂動 の方程式 (3.25) と同じなので,新たに考察する必要はない。

一次項(c1 の係数)に関する方程式(一次摂動)は

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左からuno* をかけて積分
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ここで 規格化条件 (3.26) を思い出すと
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ハミルトニアンのエルミート性に注意すると次の関係が得られる
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式 (3.34) と (3.35) とから一次摂動のエネルギー En'がわかる
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一次摂 動の波動関数に関しては,完全性 (3.27) から次のように書けるはずである
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これを 式 (3.32) に代入して整理すると
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cm を 求めるためには,左から umo* をかけて積分する。
式 (3.26) の規格直交性と,式 (3.25) の無摂動の Schrdinger方程式を用いれば,次の式が得られる。
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また, 一次摂動の範囲内で波動関数が規格化されるという条件から cn = 0 でなければならないことがわかる。まとめると
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3.4 ヘリウム原子の基底状態に対する一次摂動エネルギー

摂動論をヘリウム原子の基底状態エネルギーに応用する。

一般論で述べた式 (3.23) は,ヘリウム原子では式 (3.13) であから,ハミルトニアンは式 (3.14) 〜(3.17) で与えられ, 波動関数 unY(r1,r2) に相当する。
^H を (3.24) のように分離したとき,^Ho は式 (3.15) と式 (3.16) の和 (^H1o + ^H2o) で与えられ,H^'は式 (3.17) で与えられる。 (3.25) に出てくる無摂動の波動関数 uno は式 (3.19) の uo,無摂動のエネルギー Eno は式 (3.20) の Eo である。

一次摂動のエネルギー E'は次の計算で与えられる。

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この積分はr1, r2 のそれぞれについて,全空間にわたって行う。計算法は付録の第A-3章に示した。

基底状態エネルギーの数値計算結果(単位 eV )

無摂動 一次摂動 実験値
He -108.24 -74.42 -78.62
Li+ -243.54 -192.80 -197.14
Be2+ -432.96 -365.31 -369.96
B3+ -676.50 -591.94 -596.40
C4+ -974.16 -872.96 -876.20

無摂動に比べて,一次摂動のみで大幅に改善されている

演習問題

  1. 原子単位について。
    1. 水素原子に対するハミルトニアンを原子単位で書け。ただし,陽子の質量は電子に比べて十分大きいとする。
    2. 水素原子の波動関数を原子単位で書け。
  2. ハミルトニアン^Ho の固有値 Eno と固有関数 yno が既知であるとする。縮退はなく, yno は規格直交完全系をなすとする。
    系に小さい摂動が加わり,そのハミルトニアンがH^'で与えられるとする。
    1. 一次摂動の範囲でエネルギー準位と波動関数の表式を導け。
    2. 二次摂動の範囲ではエネルギー準位と波動関数はどのようになるか
  3. 一次元の箱の中の粒子(質量 m )を考える。
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    1. Schrdinger の方程式をたてて,エネルギー準位と波動関数とを求めよ。
    2. 次のような摂動のポテンシャル V '(x) が加わったときのエネルギーを一次摂動の範囲で計算せよ。
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    3. 二次摂動ではどうなるか。
  4. 次の一次元ポテンシャル中の質量 m の粒子の運動について,箱の中の粒子を無摂動系としてエネルギー準位と波動関数とを一次摂動の範囲内で計算せよ。
     3-46
  5. 次の一次元ポテンシャル中の質量 m の粒子の運動について,箱の中の粒子を無摂動系としてエネルギー準位と波動関数とを一次摂動の範囲内で計算せよ。
     3-47
  6. 共役 p 電子系に対する自由電子モデルで, p 系の両端に N がある場合に長さ a の箱の中の粒子の問題に次のような摂動を加えて考えることがある。
     3-48
    1. 一次摂動の範囲でエネルギー準位を計算せよ。
    2. p 電子が 2n 個ある系で,最長吸収波長はどのように表されるか。
  7. x, y, z 軸方向の辺の長さがそれぞれ a, b, c であるような三次元の箱の中の質量 m の粒子について,
    a/4 < x < 3a/4 かつ b/4 < y < 3b/4 かつ c/4 < z < 3c/4 である時ポテンシャルがゼロではなく V 0 > 0 であるような摂動が加わった。一次摂動の範囲で基底状態のエネルギーを計算せよ。
  8. 質量 m で電荷 e の粒子が次のポテンシャル中を一次元的に運動する。
     3-49
    k は力の定数,E は電場である。
    1. 一次元調和振動子を無摂動系とする摂動法によって,基底状態エネルギーを一次摂動の範囲で計算せよ。
    2. つぎの変数変換を用いると,この問題は厳密に解ける。結果を一次摂動の計算と比較せよ。
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  9. 次式で表されるポテンシャル中を質量 m の粒子が運動する。
    3-51
    ただし k と a は正の定数で, a の絶対値は小さいものとする。一次元調和振動子を無摂動系とする摂動法を用いて,基底状態と第一励起状態のエネルギーを a に関して一次の項まで求めよ。
  10. 次式で表されるポテンシャル中を質量 m の粒子が運動する。
    3-52
    ただし k と a は正の定数で, a の絶対値は小さいものとする。 k を力の定数とする一次元調和振動子が無摂動系であるとみなして,摂動法により基底状態と第一励起状態のエネルギーを a に関して一次の項まで求めよ。結果 は厳密解と比較せよ。
  11. 次式で表されるポテンシャル中を質量 m の粒子が運動する。
    3-53
    ただし k と a は正の定数で, a の絶対値は小さいものとする。一次元調和振動子を無摂動系とする摂動法を用いて,基底状態と第一励起状態のエネルギーを a に関して一次の項まで求めよ。
  12. He 原子について。
    1. ハミルトニアンを原子単位で書け。
    2. 水素原子に対する Schrdinger方程式の解が既知であるとしたとき, He に対する無摂動のハミルトニアンはどのように選ぶのが便利か。
    3. 前問の場合,無摂動の基底状態エネルギー準位は原子単位でいくらになるか。
    4. 基底状態エネルギーを一次摂動の範囲内で求めよ。計算の際に,次の積分を利用せよ。
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  13. 電荷数が Z である原子核と 1 つの電子からなる水素類似原子イオンについて。
    1. 基底状態の波動関数とエネルギー準位を書け。
    2. 核電荷が Z + 1 である場合にはどうか。
    3. 電荷数 Z の場合を無摂動状態とする摂動論によって,核電荷が Z + 1 である状態の基底状態エネルギーを一次摂動の範囲で計算し,厳密解と比較せよ。
  14. 縮退がある場合に適当な摂動が加わると,縮退していた準位が分裂することを示せ。
  15. z 方向の一様な電場E の中に置かれた水素原子について。
    1. ハミルトニアンを極座標で表せ。
    2. 電場の効果を摂動として,一次摂動の範囲で基底状態のエネルギーを求めよ。
    3. Stark 効果について調べよ。
  16. 陽子を半径 R で表面のみに電荷が一様分布している荷電粒子であるとする。
    1. 陽子と電子の相互作用ポテンシャルが次の形に書けることを示せ。
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      ただし r は陽子と電子の距離である。
    2. 摂動法によって 1s 軌道と 2p 軌道のエネルギー準位を求めよ。
    3. 陽子を点電荷とみなした場合と比べて,原子スペクトルの Lyman 系列の最初の波長はどれだけ変化するか。
  17. 陽子を半径 R の一様な電荷分布を持つ荷電粒子であるとする。
    1. 陽子と電子の相互作用ポテンシャルが次の形に書けることを示せ。
      3-56
      ただし r は陽子と電子の距離である。
    2. 摂動法によって 1s 軌道と 2p 軌道のエネルギー準位を求めよ。
    3. 陽子を点電荷とみなした場合と比べて,原子スペクトルの Lyman 系列の最初の波長はどれだけ変化するか。